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「スペインは“ドリル練習”を ほとんど行わない」日本サッカーとの差を作る 戦術メモリ とは? サッカー指導者 金 孟範氏インタビュー

2021.11.08 07:00

 日本でサッカー指導者としてのキャリアをスタートさせた後、オーストラリア、スペインと海外挑戦を重ねてきた金 孟範氏(キン・メンボン)。


 日本時代に抱えていた葛藤を晴らすべく海を渡ったが、紆余曲折を経て、どのような価値観を構築したのだろうか?また、“サッカーの本場スペイン”で目の当たりにした「サッカーの本質」について、伺う。

「子供たちの未来を背負っているのに、このままでいいのか…」。葛藤を晴らすべく海を渡る


ーー本日はよろしくお願い致します。金氏はサッカースクールのコーチを8年間務められた後、オーストラリアとスペインに渡られます。どのような経緯があったのでしょうか。


金:「サッカーが好きで日本での仕事にも充実感を抱いていたのですが、『サッカーが根本的に分からない』というモヤモヤをずっと抱えていました。指導を行っていくなかで自分なりに勉強し時間やお金を投資して指導者としてのインプットも行いましたが、確固たる『軸』を手に入れられないまま、時間だけがズルズルと過ぎてしまっていて。『コーチとして子供たちの未来を背負っているのにこれでいいのか』と、毎日晴れない疑問を持ちながら過ごしていました」


ーーその“モヤモヤ”を払拭するため環境を変えようと思われたのですね。


金:「そうですね。もちろん指導方法にこれといった『正解』はないと思いますが、自分の中での軸すら見つけられずにいたので、とにかく環境を変えるしかないと思っていました。そう悩んでいた時に、このスクールを紹介してくれた先輩が当時指導活動を行っていたドイツから一時帰国して自分の指導を見に来てくれました。そこで、一言目に『ぬるま湯に浸かってるな』と言われてしまって、その一言でこれまでに抱えていたモヤモヤが明確になりました。その後すぐに環境を変えようと急いでビザとチケットを取得したことを覚えています」


ーーそのなかで金氏が最初に選んだ国はオーストラリアでした。


金:「当初の目的はとにかく環境を抜本的に変えることで、日本から渡りやすく語学勉強にもなるということでオーストラリアを選択しました。結果的にオーストラリアでは選手として2部相当のチームと契約を結びプレーをさせて頂いたのですが、環境を変えるだけでこんなにも世界が変わるのかと驚いたことを覚えています。なんにせよ、僕が日本で選手契約を結び選手としてサラリーを貰うことなんて想像出来ませんでしたから」


ーー文化やパーソナリティの部分での違いはありましたか。


金:「オーストラリアでは『空気を読む』という概念を感じる瞬間がありませんでした。自分がやりたければ『チャンスをくれ』と手を挙げるし、自分がやりたくなければはっきりと『ノー』と言う。そこに空気を読むとか周囲に気を遣うなどといった考え方はありません。こっちだと黙っていてもなんとなく察し譲ってくれたりしますが、オーストラリアだと手を挙げない限りチャンスが回ってくることは無いですし、自分の意見を主張しない限り不当な扱いを受け続けることになります。至って単純明快に生きてるんだなと感じましたね」

アカデミックに学ぶことで垣間見えた「サッカーの本質」。まずは「全体像」を捉えること


ーーその後スペインに渡られどのようなご経験を積まれていきましたか。


金:「スペインではサッカー指導者養成学校で学問的にサッカーを学びながら、街クラブのコーチとして現場に立ち仕事をしていました」


ーー指導者養成学校ではどのようなことを学ばれたのですか。


金:「指導者養成学校ではサッカーの本質を学びました。たとえば日本にもライセンス制度があると思いますが、そのライセンスの取得過程に少し違いがありまして。スペインでは、『サッカーは色々な要素を絡み合わせた複合体である』ということを強く認識しています。つまり戦術、技術、心理学、リーダーシップ、メディカル、マネジメント、歴史、文化など、サッカー指導者として最低限おさえなければいけない要素たちを理解して初めて指導者のスタートラインに立てるという意識があります。なので、コーチライセンスの初級の段階から全てを網羅し『全体像』を捉えることからスタートします。しかし日本の場合はその順序が逆で、段階が上がって行くに連れて『局所から全体像』へと発展していきます。また、僕も含めてそうでしたが、日本の多くの指導者の学びがC級ライセンスでストップしてしまいます。僕の場合も全体像を捉えず局所しか見えていない状態で指導を続けていたので、そこの部分にモヤモヤを感じていたんです。まずはサッカーを本質的かつ体系的に学ぶことで『全体像』を捉え、いま教えている部分は全体像の中のどこの部分なのかをイメージする。自分がいま何を指導しているのかすらも分からなければ効果的な指導は出来ませんよね」


ーーなるほど。そのなかでも特に印象的だった学びはありましたか?


金:「プレーの中で起き得る全ての現象が明確に『定義化』され『言語化』されているということですね。それによって、指導者と選手の間での『共通理解』が生まれ、目まぐるしく展開されていくサッカーにおいてもタイミングやシチュエーションを逃すことなく、的確かつ瞬時に伝えることが出来るんです。長々と現象についての説明を加えなくても共有したいメッセージを一言で伝えることが出来る。当時はスペイン語に四苦八苦しながらも共通理解とされる定義や言語をひたすら暗記しました」

ーー金氏は養成学校で学ぶだけではなく、合計2つのクラブでアシスタントコーチや監督を務めています。

   

金:「最初に就いたクラブは大きな街クラブで、その街は日本人が慣れ親しむ場所でもありました。クラブ関係者たちは『日本人はよく働く』というイメージを持っていましたし、逆にスペインの人たちは基本的に自由なので、『やりたくないことはやらない』というノリで生きている。だからこそ、最初の1年間はなんでもやってとにかく働きましたね。基本は一人あたり1つのカテゴリーしか担当しませんが、僕は2つのカテゴリーを担当し、週末になったらリーグ戦が行われる試合会場で朝から晩まで過ごして顔を売り、各スポットで色々なチームを手伝わせてもらいました。そうしていくうちに『よく働くな』と評価を受けるようになり、トップチームであるU18の試合前のウォーミングアップを担当したり、練習メニューを任せてもらえるようになりました。時には監督が不在の時もあって、分析、練習、采配、マネジメントを任せられるようになり、その翌年に、U12とU18の監督を務めることになりました」

   

ーースペインの指導者はどのようにして評価されるのですか。

   

金:「スペインではどのカテゴリーにおいても結果を残さないと生き残ることはできません。基本的にコーチ陣の契約も1年契約が多く、シーズンが終わるごとにクラブ首脳陣から評価をくだされ事実上解雇になることも多くあります。また、選手たちに関しても移籍を積極的に行う風潮があります。シーズン途中でも監督と合わないと思えば親と相談し移籍を頻繁に行うし、良い選手が生まれれば強豪クラブから引っ張られることが日常茶飯事です。なので、指導者に出来ることは選手たちを納得させ、結果を残すこと。もちろんこの結果とはチームによってそれぞれ異なりますが、スペインの選手たちは自我があり自らの考えをしっかり主張出来るので、目の前の選手たちに対し納得のいくパフォーマンスを発揮することが求められ、そのようにして評価されていくんだと思います」

   

ーーその後次のクラブにはどのようにして移られたのですか。

   

金:「履歴書を持ってクラブに売り込みを行っていたんですが、とあるクラブの事務所にお邪魔したところ、前クラブで仕事を共にした監督がU18の監督を務めていたんです。そこで、監督からスポーツダイレクターに紹介してもらい、U18のアシスタントとU13のFチームの監督を務めることになりました。

その後、監督を務めたU13のFチームはリーグの中位になり、シーズン途中にU14のBチームの監督になりました。そして、スペインで過ごした最後の年には監督としてリーグ2位の成績を収め、昇格を果たすことが出来ました。スペインで様々なことを学びましたが、最終的に結果として表れてくれて本当に嬉しかったです」

スペインと日本における大きな違いは「戦術メモリの豊かさ」

   

ーーそのような結果を収められた要因はどこにあったと考えていますか。

   

金:「プレーモデルを明確に作ったことです。サッカーで起き得るシチュエーションを位置ごとに区別し『原則化』することによって戦い方がクリアになったと思います」

   

ーープレーモデルを構築することで、どのようなメリットを享受出来るのでしょうか。

   

金:「たとえば、原則に応じた評価方法が可能になるので『なんとなく"ボール扱い"が上手いから起用する』や、『偶然であれ結果的に上手くいったからOK』などといった曖昧な評価が無くなり、逆に、原則に沿った基準が明確にあることで、『たとえ結果に繋がらなかったとしても原則にトライした姿勢』があれば評価することが出来ますし、『一貫性』に関しても、選手たちは『前回は認められたのに今回は認められなかった』といった困惑を抱かなくて済む。よって、選手はクリアな状態でプレーすることが出来るし、指導者が伝えようとするメッセージの理解速度も早くなり、全体的なパフォーマンスが向上します。

また、『創造性あるプレー』とよく言われますが、本来は原則があるからこそ創造性が生きる訳で、原則も無いままに自主性を促すのは少し厳しいなと感じますね」

   

ーースペインと日本の育成において最も大きな違いはどこにあると思われますか。

   

金:「大きな違いは『戦術メモリの豊かさ』です。スペインでは小学3年生あたりから戦術的観点が導入され始めるのですが、それ以前の幼稚園の年代から拮抗したレベルで1年間を戦い合えるリーグ戦が整備されていることで、『週末の試合に向けた1週間サイクル』を過ごし、分析に基づいた戦術練習を遂行していきます。なので、『相手はディフェンスラインから繋いでくるから前から奪いに行こう』とか、『攻撃は相手の弱点である右サイドから仕掛けて行こう』などといったサッカー本来の形である"相手ありき"の戦いが可能になり、その幼稚園年代からの蓄積が後に『戦術メモリ』となるのです」

   

ーー『戦術メモリ』とは具体的にどういったことですか。

   

金:「たとえば日本では多くの年代でコーンドリブルやリフティング練習などといった『相手を置かない状況』での“ドリル練習”を多く取り入れますが、それでは戦術メモリは蓄積されません。一方スペインではそのような個人練習をチームとして行うことはほとんどなく、如何なる時でも相手ありきの考え方でプレーし、シチュエーションごとの練習を繰り返し行います。そのような蓄積を重ねていきながら中学、高校と年代を上げていくに連れて、戦い方の『引き出し』がどんどん増えていく。これを『戦術メモリ』と言います。コーンドリブルやリフティング練習をスペインの選手たちにやらしても日本の選手たちの方が断然に上手いですが、『サッカーの本質はどこにあるのか』ということを考えると、答えは明確です」

最終目標は在日コリアンサッカーに還元すること

   

ーー金氏はスペインでの活動を終えアルゼンチンに渡られると伺いました。

   

金:「欧州とは対極的である南米特有のリズムを持つ荒々しいサッカーを体感してみたいという気持ちからアルゼンチンを選択しました。アルゼンチンでも指導者養成学校に通いながら現場に出て指導者としての経験を積んでいくつもりです。

また、僕の最終的な目標は色々なサッカー文化を経験し、その経験を在日コリアンサッカー界に還元することです。そこに向かって頑張っていきたいです」

   

ーーそれでは最後に いま夢を抱く子供たちに向けて一言メッセージをお願いします。

  

金:「いま取り組んでいる努力のリターンはいつか必ず返ってきます。多少のタイムラグは有り得ますが、必ず返ってきます。なので、しんどくなったり、挫けそうになったとしても、あと少しの努力を重ねるように意識して欲しいです。

また、いま思い悩んでいることがあったとしても、それは時間が解決してくれるかもしれないし、勇気を出して一歩環境を変えてみれば世界は変わります。いま見ている景色が全てではないし、自分も海外に行くことで全てが変わったので、そういった視野を持って日々を生きていくと、より楽しい人生になるのではないかと思います。頑張ってください!」

   

ーーありがとうございました。今後益々のご活躍を応援しております!