Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

美的なるものを求めて Pursuit For Eternal Beauty

Fallは生命力の源 「軽井沢千住博美術館」(2011年開館)

2021.10.07 23:00

「新・美の巨人たち(テレビ東京放映番組<2021.9.11>)主な解説より引用」

 心やすらぐ美の空間と独特の建築。アメリカ・ニューヨークにアトリエを構え、世界的に活躍している日本画家・千住 博さんの美術館として2011年にオープンし、今年10月で開館10周年を迎える。

 展示作品のメインは、同館回廊の特別な場所に配されている「ザ・フォール The Fall」(1995年 千住博作)。タテ3.4メートル、ヨコ14メートルの畢生の大作である。滝の流れる音、滝に打たれ、心も打たれ、やがて魂が鎮まるように、滝も鎮まっていく・・・

 制作動機について、千住博さんは語った。「美しいと思った。エネルギーそのものが上から下へドーンと落ち続けている。躍動感であり、生命力であり、これは<時の流れ>なんだなと思った。美術というのは、ある意味で見えないものを見えるようにすること。滝を通して<時の流れを描きたい>と思った」と。
 日本画特有の「岩絵具」。人類最古の絵具とも言われ、鉱物を砕き、粒子状にした天然のこの顔料に惹かれた千住さんは、1978年東京藝術大学日本画専攻に入学。大学院修士課程終了の作品「回帰の街」(1984年作)は、そのまま藝大買上となった。その後1990年初頭にニューヨークへ渡米し、翌年にはハワイ島の溶岩の上にヘリコプターで降り立った際の風景に魅了され「フラットウォーター #14」(1991年)を描いた。
 千住博さんはこれまで「日本画の精神は気高くて外国の人にはわからない」という教育を受けてきた。そんなことはないと考え、「人間として発信して人間として見てもらう。これが本当のインターナショナルだ」として、生命の根源である「水」に着目。この作品により、日本画が世界で認められることを証明した。

 「激しさ、弱さ、厳しさ、冷たさ、温かさなど、絵を描くプロセス自体が僕の人生の縮図。画面に向き合った時には、もう勝負はついている。日頃の生き方、日頃の見識、日頃の態度の固め方、日頃の腹の括り方というのが、全部絵に出ている」と千住さんは語った。
 この美術館の独特な建築は、建築家・西沢立衛さんとのコラボレーションの賜物と言っていい。建築にあたって、千住さんは西沢さんに一つだけ注文・依頼した。「これまでの美術館にありがちな、暗くて、閉鎖的で、権威の象徴みたいなところではないものを作りましょう」と。
 西沢さんは考えた。明るく開放的なスペースで展示するには。絵画展示では不可欠な
<壁>であるが、その壁のないミュージアムってどういうものか。自然との連続感を感じられるために、斜面になっているこの地形利用を活かせないかなど、つまりは<作品をみる空間>としてはどういうものがありうるか、心やすらぐ美術館とはなど、複数案を出しつつ検討していった。
 そして、完成したミュージアム。外と中が違和感なく開放感に溢れている<カラーリーフガーデン>の採用。自然との一体感が感じられる自由な空間。空間を仕切る壁はほとんど設けてない。決められた展示作品鑑賞の順路もない。一度入館したら、同館への出入りも自由。
 緩やかな傾斜の先には、明るく広い空間から、まるで母親の胎内に戻ってきたかのように、深い深いやすらぎ。そこには、生命の源でもある滝<水>の荘厳な姿「ザ・フォール The Fall」に出逢う。
 千住さんは語った。「この美術館で、絵を観て自然に触れる。自然に触れて絵を観る。そんな中での再発見。心を洗うといった一人ひとりにとっての良いきっかけ・一つの機会になれば、私にとっても西沢さんにとっても幸いです」と。

 絵画は建築に何ができるのか。建築は絵画に何ができるのか。幸福な出逢いがここに、そして心やすらぐ美の空間がここにもある・・・


(番組を視聴しての私の感想綴り)

 千住博さんは、私が卒業した「京都造形芸術大学」(現在は「京都芸術大学」に校名変更)で、2013年〜2017年まで学長を務められた方でもあり、同校の東京にある外苑キャンパスにて、千住博さんの講演を直接受講させていただいたことがある。

 日本画を巡る歩みや歴史的経緯、日本美術の創造性について、パワーポイントによる資料・画像により、とてもエネルギッシュに語られていたことが印象的であった。

 今回の番組視聴後に、主に感じた点を以下の3点に整理した。

1点目 「水・滝」と「人間と自然との共存」について

 千住博さんが語った「滝のエネルギーは生命の源」という表現、人間の根源的なエネルギーを希求せんとする圧倒的な美への探究心に、まずは心を打たれた。
 「私(千住博)はこの美術館を、豊かな自然に囲まれた避暑地でもあるこの場所だからこそあり得る、光あふれる、明るい美術館にしたいと思っています。その中で、私の作品を年代を追って、観ていただくことのできる、理想的な空間です。 多くの方に観に来ていただいて、美しいものを観たなと、勇気が出てきた、生きる力が湧いてきた、新しい発見があった、そのような体験を、もしこの美術館でしていただけることが出来るのであれば、もうそれにまさる喜びはないですね」(千住博さんの同館サイトより引用)


 これまでも番組で取り上げられ、私もこのブログで綴ってきたいくつかの作品に、「水」「滝」「青・ブルー」にこだわり続けた画家たちを想起した。例えば葛飾北斎の「諸国瀧廻り」、東山魁夷の「夕静寂」、海外ではフェルメールのラピスラズリ・瑠璃「真珠の首飾りの少女」などである。
 千住博さんの求める「究極の美」には、おそらくこうした画家たちと共通する想いがあるのではと夢想した。「人間と自然との共存」という世界観に立てば、これからの世界で最も希求されるべきコンセプト(世界と向き合う態度としての)ではないかとも感じた。

 一方では、記憶に新しい津波や地震による自然の大災害や猛威に、人間は脆くさらされているのも現実ではある。昨日(2021.10.7)も首都圏で震度5強の地震に見舞われた。そこに向けて「美の追求」を語っても、けんもほろろの世界になるかもであるが、自然の美とのバランス・調和を見出していく方途は、むしろこれからのグローバルな世界全体のニーズではないかとも推察した。


2点目 「絵画と建築との共存」について
   「最初に千住さんに声をかけていただいたときに、明るく開放的な、今までなかったような美術館を考えられないか、というお話をいただきました。明るい空間の中で、人々が千住さんの作品世界を体験でき、また同時に、集まってくつろいだり、自分の時間をすごせたりできる空間です。
 建物の構成は、既存の敷地地形に合わせてゆるやかに傾斜していく、ランドスケープのような一室空間です。深く軒を出して、シルバースクリーンとUVカットガラスによって光を制御しながらも、軽井沢の風景や緑、光が室内に柔らかく入ってきて、軽井沢の自然と千住さんの芸術が、融合し調和します。
 人々は森の中を歩くようにいろいろな場を巡り、各所に配された家具でくつろぎながら、千住さんの作品と対話したり、豊かな自然を感じたりすることができます。公園でもあり、同時にプライベートなリビングでもあるような、開かれた空間を目指しました」
(以上同館サイト 建築設計に携わった西沢立衛さんからのコメントより引用)

千住博さんは、同館サイトでも次のように語っている。
「異質なもの同士がハーモニーを奏でたときに、本当に美しい調和が生み出される、と私は常に思っています。この美術館も、先進的な建築家と組ませていただくことによって、いままでどこにもなかった新しい空間が出現したらいいなと思っていました。そして、本当に世界どこにも見たことのないような、まったく新しい創造的な空間がここに現れました。人と人が傷みを、喜びを、心をわかちあうのが芸術です」と。


 本美術館の建物を視聴し、金沢21世紀美術館のことを想起した。いくつかの点で、設計コンセプトに類似点が見出せるかと。それでも、自然や緑との調和、「水・滝」という生命のエネルギーに触れられる空間、順路のない自由で明るい開放的な鑑賞スタイルなど、いままでの美術館のどこにもなかった「創造的な空間」という点で、画期的な建物であり、何よりも鑑賞者の皆さんにとって、とても魅力あふれる、居心地の良い、心やすらぐ空間でありミュージアムであるだろうと感じた。


3点目 「千住博さんの日本美に対する飽くなき情熱・志」について
 「滝・FALL」に魅せられた同氏の作品を鑑賞させていただくことで、優しくあるだけではない、生命の根源ともいえる滝を通じての「生きるパッション」「漲るエネルギー」のようなものを感じた。 
 私は、なぜか人間の心臓の鼓動を想起した。体全体に血液を循環させるポンプの働きである心臓であるが、我々の意識するしないに関わらず、平均で1分間に60〜80回収縮し、5リットルの血液量が全身に送り出されている。
 拍動の回数は、1日10万回、寿命にもよるが平均で、一生の間に約40億回以上も打ち続けている。まさに、「エネルギッシュに生きている」のである。
 滝の滴り落ちる猛烈な激しさを、「人間の根源的な生命力」に見立てるとしても、画面に向き合った際にはすでに、「画家の志」というか、「日頃の生き方、見識、態度の固め方、腹の括り方」で「勝負がついている」という言葉がとても印象に残った。


写真: 「新・美の巨人たち」(テレビ東京 2021.9.11放映) より転載。同視聴者センターより許諾済。

「The Fall ザ・フォール」(1995年作  軽井沢千住博美術館/所蔵)

「軽井沢千住博美術館」外観 (2021年開館)


「軽井沢千住博美術館」内観 (2021年開館)

「Day Fall ディフォール 」(2007年作 同館所蔵)

「Night Fall ナイトフォール 」(2007年作 同館所蔵)

  <Day Fallにブラックライト照射による>

「Water Fall on Colors ウォーターフォールオンカラーズ」(2021年作)
 滝の内側より視点を変えての描写