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教養としての社会保障 No2

2021.10.10 04:53

(No1からの続き)

  そうは言っても年々増大する社会保障費。よく国会で野党が、政府の歳出における無駄遣いを指摘します。では、政府の支出を切り詰めればこの社会保障費の伸びを抑えることはできるのでしょうか。。。残念ながらその期待はあまり持たない方が良いかも知れません。なぜなら、上記したように、国際比較でみると、日本の社会保障費は必ずしも突出した額でもなく、むしろ医療制度はコスパの優れたパフォーマンスを維持していますし、日本の高齢化率を勘案すると給付率も低水準(下図6-7)、さらに、事業主負担の社会保障費も国際比では、実はそんなに高くはないのです。ですから制度自体の費用切り詰めで対処する、というのは現実的でないようです。

(図6-7)

  うーん。。では、何が問題なのでしょう。。。(私的には、)先進国における社会保障の考え方は、「国の経済成長が前提」になっています。日本ではその前提条件が機能していないこと、が一つ挙げられると思います。つまり、日本の人口における高齢化の進行が速く、急激であること、一方で少子化の進行も早く、今の減少する労働人口で日本の経済の成長を支えきれなくなっていること。そのために経済におけるデフレ要因が増え、日本の経済成長が先進国中、最低水準に留まっていることです。こういった少子高齢化という日本社会の激変と経済成長の停滞という問題が二重に重なり、年々増大する社会保障の伸びに追いつけなくなっていることが一つの要因だと思います。実際、香取さんも本書で指摘していますが、実は日本の政府の歳出・歳入は既に先進国中最低レベルにあるのです(下図6-3)。 つまり、日本は国の規模に反して、相当いろいろなところを切り詰めてやりくりしている家計のような状態なのです。

(図6-3)

  このような、経済停滞と、少子高齢化という二つ(三つ?)の重荷により成長軌道を思うように描けない日本。(その結果というか、当然の流れで)年々、予算に占める社会保障費の増大が言われるようになってきます。赤字国債発行額も増え続け、我が国の財政は1100兆円という巨額赤字を背負っています。経済評論家の中には、「ギリシャなどと違って(日本は)外国政府に借金しているわけではない、」とか、「日本は海外に巨額の資産を持っている、」とか強気の発言をする方がいますが、現場にいた香取さんに言わせると、この巨額の財政赤字が足枷となり、経済対策など政府が考える日本再生政策の選択の幅を狭め、問題解決能力を著しく阻害していることは確かなのです。


  また、これまでは「現役世代(生産年齢人口)が牽引する経済成長が付加価値を生み、その付加価値分を現役を退いた高齢者へ『所得の再分配』を行う、」というのが社会保障の根本の考え方であったのに対し、今の日本では、(マクロ的には)若者(生産年齢人口)が減り経済が停滞しているため若者による高齢者への「所得の再分配」が負担になりつつある一方、高齢者が貯蓄という形でストックをため込んでいることがあります。実は日本の一番の裕福層は高齢者層です。この層の人々が消費を活発化させることが、経済を活性化させることも解決につながるのですが、この世代の人々は、とにかく消費をせず、少ない年金も無理くり貯蓄に貯め込む傾向があるのです。(このようなことは、先進国においては日本だけで、他の先進諸国では高齢者はもっと消費をする傾向にあるのです。)このような、日本で一番の裕福層であるはずの高齢層が、苦しい年金生活においても貯金をしている日本はどこか異常だ、と香取さんは話します。


  では、なぜ、日本の高齢者はお金をもっているのにも関わらず消費をしないのでしょう? それは日本の将来が不安であるためだ、と香取さんは推測します。戦後の日本が安定した社会を実現できたのは、雇用が安定し、家族や地域が十分に機能して、人々は働く職場があり、働けば働くだけ生活が向上していった。(その核を担っていたのが経済成長)昨日より今日、今日よりも明日が良いものになる、と信じることができた。それが日本社会における安心感だったのでしょう。しかし、これは先進国に共通していることですが、社会が豊かになれば労働者の賃金は高くなり、人口増加も減退してくる。一方、先進国を見習い、豊かになろうと必死に追いつこうとする新興国では、人々が必死に勉強し、働き、人口も増え、海外から産業を誘致する。そうなると日本国内では産業の空洞化が起き、産業構造も変化させなくてはならない。それに追い打ちをかけるように、ITテクノロジーに牽引されたグローバル化が更に経済を弱体化させ、結果として日本の競争力が弱まる。日本がこれまで成功してきたやり方は、むしろ、「ガラパゴス化」して世界では通用しなくなってきている。要するに、これまで機能してきた日本の社会システムが徐々に機能不全に陥り出している、ということなのかも知れません。


  香取さんは今後の参考として北欧の成長モデルを取り上げています。北欧もかつての製造業モデルから、知識産業を中心とした産業構造の転換に成功しました。労働市場を弾力化させるため、雇用保障を厚くし、失業者には職業訓練を義務付け、職業能力開発などの人的投資にGDPの1%とも2%とも言われる予算をつぎ込んだのです。このような給付型ではない社会保障は、人材能力を停滞産業から成長産業への移転を促進します。労働者が、仕事を通じて自らの力で生活を向上できれば、さらに意欲をもって生活できる。そういった人々が社会で増えて行けば社会全体が活気づき、消費向上につながり、ひいては経済成長につながるのかもしれません。ただでさえ労働人口の少ない日本。今後は、高齢者や女性という人的資源を活用していくことになりそうですが、そういった層の人材を労働市場へ移転しやすくさせ、市場を活発化させるカギになるのは、やはり、「人材の再教育への投資」です。また、特に女性の場合は、保育所の整備、会社における休業保障の質的向上といったことなのでしょう。本書で何度か香取さんが繰り返していますが、「社会の活力の源泉は、個人の自立と自由な選択に基づく自己実現。そこが原点。望む人なら誰もが、働きながら家族を持ち、家庭を築き、子供を持ち、育てることができる社会です。その実現のためには、家族が持つ子育て機能を社会的に支援し、働くこと(=自己実現・経済的自立)と、家庭生活の持続的両立が可能な就労環境と社会環境の保証が不可欠です。」と言います。そういう社会こそ(将来に対する不安のない)経済の持続可能性を確保することができる社会なのでしょう。


  最後に香取さんが指摘した今の社会保障に関するポイントで私的に興味深かかった点を上げます。1,現行の高齢者に厚く、現役世代に薄い制度から、若い人たちへの支援制度を拡充させることで、所得移転を促す。そうすることで、これから結婚し家庭を築く現役世代の消費を促すことが必要。2,貯蓄の調整。どうすれば過剰、巨額の貯蓄を持つ高齢者世帯に消費を促し、ストックを移転させることができるか。3,実はその高齢者層においては、資産を持つ層と貧困層の格差が大きい。これまでの社会保障における現役世代から高齢者へ「所得の再分配」という考えから、高齢者層における「同世代間での再分配」も考えることが必要である。

  本書を読むまで「社会保障」と言うと複雑、難解、地味といった概念があったのですが、本書を読んだ後は、社会保障への興味が一段と深くなりました。それは、おそらく、著者の日本の社会保障制度づくりに携わってきた自負と愛情、日本の将来を憂う真摯な思いがストレートに本書に語られているからだと感じます。これから日本の社会保障について学びたい人にはお薦めです。