髪の毛が当たり前に生えてるこの世の中へ
今日は直営店舗の集会がありました
後ろに座り、美容師ながらの多種多様な髪形を眺めていて、改めて思いました
「髪の毛よ、生えてきてくれてありがとう」
もし髪の毛が生えない世界だったらどんな感じなのだろう、、
と髪が何にもない世界のことを想像してみました
一旦お茶を吹き出しました
しかし髪の概念が初めからなければ、なにも可笑しいことはないのでしょう
でも帽子という文化は生まれるだろうな
後は例えば、キレイな頭皮にアートのような、頭皮アートのようなものが生まれるのかな
「お、アート変えたね!良い感じじゃん!」
「何あんたそんな不良みたいなアートいれてるの!校則で禁止でしょ!」
「うちの野球部は一律野球ボールアートにするのが伝統だから、一週間いないに野球ボールアートしてくるようにね」
「最近流行ってる1000円アート行ってきたけどさ、磨かれるだけだったわ」
「お前アートしてないから見つけにくいんだよ」
「キムタクのカリスマ頭皮アートのドラマヤバくね?俺もカリスマ頭皮アート師になりに東京いってくる!」
「最近年をとって、アートがうすくなっちゃうんじゃよ」
きっとこんな会話があるあるになるのかな
なんにせよ、「装う」という文化がある以上は頭部に対しても必ずなにかしら施すのだろうという結論にいたり、そこには技術、サービス、あるある、体裁、規則、個性、表現、が生まれるだろうと思います
そしてきっと、誰かがふさふさし始めるのです
空前絶後のふさふさブーム到来
そして美容師の誕生、アート師の危機
みたいなね
頭部への装いは必然的になるでしょう
必ず必要とされる仕事なんだ
そしてこの髪の毛が生えてるのが当たり前のこの世界では
私と社会との繋がりを持たせてくれる原点なのだ
そう思うと、もっと髪が好きになった
明日からもっと人間の文化に寄り添ってきた「髪の毛」を、もっと大切にしよう
以上
「髪の毛よ、生えてきてくれてありがとう❗」
でした
新人吉松くんに、感謝を感じる感性が大事だよねという話をしました
どれだけ当たり前だと思っている事が当たり前じゃないか
周りにあるものが当たり前じゃないと気づいたときに感謝が生まれる
その感謝エネルギーは、100%お役にたちたいエネルギーになる
と
話した後の集会での感じた妄想話です
たち戻り過ぎー❗
ただの言葉遊びです
まあ感謝に気づく感性こそ、センスだと
明日も髪の毛お任せ下さい!