「日曜小説」 マンホールの中で 4 第四章 1
「日曜小説」 マンホールの中で 4
第四章 1
「何だあれは」
郷田は慌てた。山の中腹でいきなり様々な所からピンクのガスが出てきたのである。
「近くに寄れ」
郷田は近くに人を寄せると、緑のガスの出る筒を投げた。この場ではそれしかない。それでもバス2台100人近くいたうちの、40名程度が、その場で離脱せざるを得なくなった。
「上に誰かいるな」
中腹の休憩小屋に来たところで、郷田はそのように呟き、部下に銃を用意させた。
「郷田さん、残した人々はどうすれば・・・・・・。」
正木は言った。全員を連れてゆくといったために、その中の40人くらいの人が、ピンクのガスに巻き込まれたのである。しかし、すぐに緑のガスで寄生虫を殺したので、完全にゾンビになってしまったのではなく、半身不随のような感じになったり、中には、倒れただけで生きている者もいた。正木はそれらのものを助けなくてよいのか、ということを聞いたのである。
「ほっておけ」
郷田は、全く動こうとしなかった。
「でも、助ければ助かる人もいますが」
「ここでガスが出るということは、上に誰かがいるということだ。その時に動けない者がいれば、返って足手纏いになる。そんなものを助けても意味がない。」
「しかし・・・・・・。」
正木はあえて食い下がった。
「正木、何なら、お前が助けに行ってやったらどうだ。またいつ寄生虫が出てくるかもしれんし、その他に何か仕掛けがあるかもしれない。その中で、どうやって助けるかは知らんが、まあ、いってやれ」
「いや、付いて行きます」
正木もそこまで言われては、他の人を見捨てるしかなかった。
「なんだよ見捨てる気かよ」
和人は、いつまでたっても戻ってこない郷田たちに腹が立った。近くでは、先ほどまで動いていた女が、緑のガスに筒まれたあと全く動かなくなってしまっていた。
和人は、あまり郷田のことを信用できないからか、列の一番後ろに立っていた。その時に、自分の前で、ピンクのガスが流れ出し、そして、多くの人がパニックになって逃げてきた。折り重なるように和人の上に斃れかかってしまったのである。当然に何人かはピンクのガスから、寄生虫を吸い込んでおかしくなったが、その折り重なった中で、打ち所が悪く、重症になった者も少なくなかった。そのような中で、緑のガスを投げ、当然に寄生虫を消し去った。しかし、その折り重なったままの仲間を、郷田は助けに来ないのである。
「酷いな。幸三を見捨てたときと変わらない、いや隆二や幸宏もあいつに殺されたんだ。」
一番初めの、肥料倉庫の中で、警察に囲まれた時もそうだった。もちろん、女を連れ込んでいたずらしようとした自分たちが悪かったということは間違いがない。それがなければ、警察に囲まれるようなことはなかったはずだ。
しかし、ピンクのガスの入った爆弾をその場において、そのまま放置して、寄生虫を街の中にばら撒いた。そのようになることを知っていて、何も知らない自分たちを放置し、警察に囲まれるようにしたのである。もしかしたら、自分たちが女を引き込まなくても、何かほかのことで、警察に囲まれるように仕向けたかもしれない。いや、もしかしたらあの時も警察に通報したのは、郷田かもしれないのだ。
「あいつ、殺してやる」
和人は、やっとの思いで立ち上がった。上から人がかぶさり、土に叩きつけられたので、色々なところがあざだらけである。上の方の人は、寄生虫のせいなのか泡を吹いて倒れて死んでいるし、また、そうではなくても、体の一部が寄生虫にむしばまれた後に寄生虫が死んで、身体が思うように動かなくなっているものもいた。それでも、和人のほかに、周りを見回して呆然としている男と、もう一人女が立ち上がってきた。
「これはどういうこと」
「俺たちは見捨てられたんだよ」
女は、その場で座り込んで泣き始めた。目の前にこれだけの死体が、それも先ほどまでは一緒に山を登っていた仲間が、皆死体になっているのは、かなりショックなのに違いない。これがホラー映画やパニック映画ならば、おおきな悲鳴を上げるのであろうが、日本の、それも本当にそのような光景を目の当たりにすると、声などは出なくなってしまうのである。
「郷田さんが見捨てた・・・・・・。」
もう一人の男も、そのことがショックであったのか、しばらく呆然と立ち尽くした。
「とにかく上に上がろう」
「ああ」
「お前も歩けるか」
女は、黙って頷いた。
和人は死体の山から、銃やナイフを取り出した。小さめの銃を女に渡して、大きめの銃をもう一人の男に、そして、自分は拳銃と自動小銃とナイフを手に取った。
もう一人の男は、死体を丹念に調べながら、まだ生きている人がいるか、または、動ける人がいるかなどを調べていた。
「俺は和人」
「私は、バス会社の受付をしていた陽子」
「俺は、信夫」
三人は、目を見合わせたのちに、和人を先頭に山頂を目指した。
そのころ、スネークは、様々な仕掛けをしていた。もちろん武器などはない。それでも石が落ちるような仕掛けなどは、即興でも作ることができる。スネークはさすがに「鼠の国」の戦闘要員だけあって、そのようなところはうまくやっていた。
次郎吉は、このような時は基本的には武器は持たない。次郎吉は自らのポリシーとして人は殺さない。そのためにスネークから、安全なところに隠れるように言われていたのである。
「誰がいるのかな」
郷田は、山頂につくと、三人一組のチームを作り、そのまま誰かを捜索させた。
「鼠の国の時田じゃないのかな」
郷田は、そのようなことを言いながら当たりを見て回った。
「あの洞窟の中を見てこい」
「はい」
ひとつのチームがスネークたちのいる方向に入ってきた。その時に仕掛けが作動し、大きな石が落ちてきたのだ。
「うわーっ」
三人のチームは、そのまま大石の下敷きになった。
「面白いことをするじゃねーか。次はお前らが行ってこい」
「郷田さん、しかし、」
「なに、もう一つ仕掛けがあると思っているのか。同じ仕掛けを二つ、同じところに作ることはない。つまり、今石が落ちたところまでは安全なんだ。そのあとは注意すればよい。違うか」
「は、はい」
若い者たちは、そのまま反抗を続ければ、郷田が怒り始めるので、しぶしぶ洞窟の中に向かった。確かに郷田のいう通り、そこに仕掛けはなかった。しかし、次は中から石礫が飛んでくる仕掛けだ。若い衆たちは、そのまま後ずさって帰ってくるしかなかった。
「しょうがねえなあ」
洞窟というか、東山将軍の作った山頂の本陣跡が、攻防の中心になっていた。
郷田は、少し離れたところで見ているだけだ。正木はその郷田の隣に立ち、他のものを山頂の洞窟本陣の方に向かわせていた。
「どうします」
スネークは、その洞窟本陣の見渡せる、反対側の尾根に次郎吉と二人でいた。
「見ているしかないだろう」
「まあ、そうですがね」
「今出ていけば、あの人数だ。勝てるはずがない」
「まあ、おもちゃみたいな仕掛けでしたが、それでも時間稼ぎにはなりますよ」
スネークはまだいくつか仕掛けを残してあるので、なんとなく楽しそうに見えた。
「おい、あれ」
次郎吉は、その郷田や正木の後ろの草が動いているのを見逃さなかった。
「郷田!」
その草の動きは、和人たちであった。
信夫は、和人の郷田と叫んだ声にはじかれたように、手元の銃の引き金を引いた。正木の隣に立っていた男が、急に糸の切れた人形のようにその場で斃れた。
「なんだ」
和人は、そのまま小銃の引き金を引いた。陽子も、その場で銃を撃った。
三人は見放されたこと、そして、助けに来なかったことで、話し合い、そして今までのいきさつを和人に聞いて、郷田を殺すことにしたのであった。
「あいつらを始末しろ」
郷田は、大きな石の陰に隠れた。若い衆は、一斉に和人に向かって銃を向け、弾を放った。
「この野郎」
和人は、ナイフを持つと、そのまま真直ぐに郷田に向かって走った。
その間に、陽子も信夫も、銃弾に倒れていた。連射できる小銃と、拳銃とではやはり敵ではなかった。それでも、数人は、確実に仕留めたが、多勢に無勢である。
「郷田さん」
正木は、郷田を守るように郷田の前に出た。その腹を、和人のナイフが深く抉った。
「お前」
正木は、和人の胸ぐらをつかんだが、そのまま力なく斃れた。
和人は、そのナイフを話し、拳銃を構えたが、郷田の銃の方が先に和人の腹を撃ち抜いた。
当たりは騒然となっていた。