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junpei murakamiの日記

職業、職種なんて言うくくりをするのは、もう古いのかもしれない

2017.04.07 02:19

先日いつも良いヒントをくださる人とご飯に行かせてもらった。


そのお人が長年の自分の中のいつかあれを直したいとか、そう言った事に最近決着をつけていると言われていた。


その「自分に決着をつける」と言う言葉が凄く僕の頭にもこびりついた。


僕にとって決着を着けるとはなんだろう?と、改めて考えた時、40歳になった今の自分が欲しているものが直ぐに頭に浮かんだ。


そろそろあれを片付けなければいけないなと。。。




◼︎そろそろあれを学ばなければ


僕はある書物を読破するべきだと思った。

それは中国古典と言われるような中国の大昔からある書物だ。


大昔というのは紀元前とかのモノもあるのだ。それはそれは大昔だ。


僕は歴史を学ぶことが好きだ。

何が面白いって、人間の感情や心というのが何千年経っても全くかわらないのだ。


テクノロジーや、それ以外の表層的なものは人はいちぢるしく進化を遂げた。

それに反して内面は全く進化していない。


歴史上の様々な出来事は人の感情に引き起こされる事が凄く多い。


過去の様々な事例を学ぶ事により、時代に関係なくい普遍の原理や真理みたいなものを知ることが出来る。


メジャー所で言うと、論語や孔子、性善説の孟子や性悪説の韓非子など、兵法書として有名な孫子、呉子

他にもたくさんあるのだが、


戦国武将の知恵者や、明治維新の志士たちも読んだであろう。


更には三国志の諸葛孔明などもそういったもので学んでいる。


40代になり、おっさんになっていく中で表層的では無く、より深いところでの何かをしりたい。


いや。知らなければいけないのである。


と、いう事で早速この徳間書店のシリーズを、1から買ってまずは全巻読破しようと思う。


まずは、「韓非子」

帯の文章が、なんだかおそろしい。。。ww




◼︎「正は奇となり、奇は正となる。」


長い前置きになってしまったが、孫子の言葉でこんな言葉がある。


「正は奇となり、奇は正となる。」


ここ最近のご時世はまさにこれがぴったり当てはまる。なにがそうなのかって大きく考えると2つ。


一つはこの正は奇となり、奇は正となるスパンがあまりにも短く早い。

当たり前だと思っていた事や、流行っていた事はすぐに陳腐化され、過去のものに。

そして、少数派だったものがあっという間にメインストリームに踊りでる。

変化の波の速さにしっかりアンテナを立て、進むべき方向、乗るべき方向を見定めていかなければあっという間に置いてけぼりをくらってしまう。


もう1つ。

現在進行系であるマクロな部分大きな部分での価値観の大転換だ。




◼︎100年に一度の大転換期


IT革命そして情報化社会は、18世紀末の産業革命よりも大きな変化を産み出したのではないだろうか?


PCの小型化、低価格化さらにはスマホにより全ての人はほとんどの情報を手のひらの中で知ることが出来る。


そしてネットの利便性は格段に向上し、自分の衝動をいつでも満たすことができ、簡単にベストな選択もする事が出来る。


そしてSNSというものが、人間のコミュニケーションツールとしても定番化した。

これは言葉を話すのとは違う新しいものでウェブ上でコミュニティーや今までに無い形での人との繋がりを産み出した。


これからはVRやロボットなどまだまだ、変化はしていくのだと思う。

人間のサイボーグ化ももうすぐそこだ。


21世紀は大きく変りつづけている。


きっと人類は100年に一回くらいの割合で大きなパラダイムシフトが起こるものなのであろう。



◼︎職業、職種なんて言うのはもう古い?


前置きがまたまた長くなったが、この21世紀の大きな変化はさらなる、大きな概念の変化を生み出していると思う。

それが

「正は奇となり、奇は正となる。」

のもう1つだ。


例えば僕はもう「職業、職種」という概念は無くなっていくのでは?と、思う。


この厳しい世の中で、老いて朽ち果てるまで1つのお仕事だけを切々とやっていけるのだろうか?


もちろんその中でも飛び抜けた技術や何かを持っていれば別であろう。


ただ、普通の人では難しいのではないだろうか?

ギリギリにはやっていけるのか?

田舎に引っ込んだり、その中で質を向上していけばなんとかやっていけなくも無いかもしれない。



◼︎デフレが産み出す様々な産物


デフレが進みあらゆるものが低価格化に振れて企業間競争は厳しさを増している。


顧客は安くて良いものを満足する事なく求め続ける。


そして追い討ちをかける人口減により、今家売り手市場の労働者はより高い報酬、分厚い福利厚生を求めながら、もっと休みをよこせという(完全週休二日、ノー残業デー、スーパーフライデーなど)。


そうなると、企業側は自動化、機械化して人間を使わなくなる。必ずそうなると思う。


なぜなら消費者の要望に答えつつ企業が存続し、経営者が儲けるにはそれしか無いからだ。



◼︎「美味しいところどり」を求める消費者


人間はとにかくワガママだ。


自分あまり働かないけど、高い報酬が欲しい。そして金を使うときは安くて良いものが欲しい。


とんでもない生き物である。ww


そして、

ほとんどのワガママな人間は、最良の最も良い状態、鮮度のものだけを欲しがり続ける。


働いている側、サービスを提供する側の人間は歳をとる。ある一定の年齢までは成長していくと思う。


しかしある年齢を超えると退化していくものもある。


そんな感じで鮮度がおちていく。


店舗や会社、サービス自体も


「旬」


つまり流行りが終わってしまうのもひとつ鮮度がおちていくと言えるかもしれない。


そのような感じで、消費者側はその鮮度の良い状態の時だけサービスを求める。


しかし鮮度が落ちたら消費者は去っていく。今や簡単に検索してまた鮮度の良い所に行ってしまう。


それがこれからの、いや、今の世の中だ。



◼︎ただただ普通の人はお払い箱に?


更には前記でも言った通り、世の中自動化、ロボット化が進み、使われる側もただの作業が出来るだけでは雇ってもらって、働く事も出来ない。


人間としての強みみたいなものがない人は、仕事をさせてもらう事も出来ない。


消費者側から鮮度を。

雇い主側からも強みを。

どちらからも要求されるものが高い中で、1つしか自分のできる事が無いという状態で晩年まで仕事で活躍していくのは難しい気がする。


それならば職業、職種という概念を捨てて、自分が人に求められることや、役に立てる事、お金を生み出せる事、そして自分にしかできない事を、いくつもっているという方が、長い人生考えると強いのでは無いかと思うのだ。


言い方を変えれば


「仕事の分散投資」


である。


1つの所に投資して、それが、パーになったら全てがパーだ。


しかしいくつものところに投資しておけば、1つがパーになっても痛く無いし、思いもよらぬところから儲かったりするものだ。



21世紀はまだまだ序盤。


これからまだまだ


「正は奇となり、奇は正となる。」


事が、多くおこるのだろう。


そんな時代。何かに固執する事は自らのクビを絞める事になる。


職種、職種という概念を捨てる事がもしかしたら成功する、生き残るための方法かもしれない。


なんて、思ったのでした。