Witch'sGift wandering glare 3:2 60分
Witch'sGift wandering glare
この台本は『Witch'sGift』の続編にあたります。話は独立していますが、前作を呼んでいるとより楽しめます。
0: の表記はト書きです
この台本は本編→あとがき(キャラ詳細や設定集)で構成されています。
以下本編
:
0:アストライアモノローグ
アストライア:「永遠に飽いたこともあった。でも、手放そうとも思わなかった。
アストライア:物語に出てくる不老不死の魔女は、終わりを望むものだ。だが、私はそう思わなかった。
アストライア:自分が生まれた時、何かを欲していたことを覚えていたから。
アストライア:自我が芽生えた時、何かを望んでいたことを覚えていたから。
アストライア:それが何なのか分からないから、世界をさすらった。
アストライア:あてもなく、道標もなく、闇路を照らす星もなく、ただ、彷徨った。
アストライア:巡り巡って、やっと『ソレ』を見つけたかと思えば、こんなものが欲しかったのかと思うほど醜い『ソレ』は、私の胸を穿って裂いた。
アストライア:何かに縋らねば立ち上がれず、地に伏せた私の目に入ったのは、同じく地べたに転がった、泥まみれの石だった。
アストライア:『それ』を拾った私は、いつしか『それ』こそが私が望んだものだと気づいた。
アストライア:『それ』こそが、探し求めた星灯(ほしあか)りなのだと気づいた。
アストライア:ただ、そう気づいたころには、永遠は私の手から零れ落ちていた」
:
0:大陸西部・森林の奥地・清廉な小川の源流にあたる泉
0:川のせせらぎ、木々のざわめき、小鳥のさえずり。
0:昼・晴れ
0:膝下まで濡らしながら泉の中央まで分け入り、水源近くの水を掬うフォス。
0:後ろからそれをのぞき込むように声をかけるリュティ。
:
リュティ:「どうですか、フォス」
フォス:「――ここもダメだ。神秘が枯れている。魔力のないただの泉だ」
リュティ:「そうですか。怪我の方は?」
フォス:「問題ない。今更生傷が多少増えるくらいなんともない」
リュティ:「治療はします。さあ、腕を出して」
フォス:「ん」
0:フォス、掬った水を手放し、腕をだす。
0:リュティ、フォスの右手の傷に処置をして包帯を巻く
リュティ:「しかし、ここも外れとは。これまでいくつもの霊地を辿ってきましたが、やはり、この大陸にはもう彼女の命を繋ぎとめるものは――」
フォス:「いや、まだだ。南方の霊峰、その山頂にある霊木と、東方の湿地帯の最奥にある底のない沼。
フォス:いずれかには、魔女誕生の神秘が――アストライアを延命させるための何かが在るはずだ」
リュティ:「南と東――それなら、一度帰国しませんか。この旅を始めてもう2年、アストライア様の容態も気になりますし、方角的にも――」
フォス:「いや、だからこそだ。猶予はない。一刻も早く、つきとめなければならない。不老不死の魔女を、生きながらえさせる術を」
リュティ:「フォス」
フォス:「無理に付き合う必要はないぞリュティ。そもそもこの旅は一人で行くつもりだった。アストライアが心配なら先に―」
リュティ:「いえ。それだけは決してあり得ません。だって、アストライア様に頼まれたのです。飛び出すように家を出たあなたと、どうか無事に帰ってきてほしいと」
フォス:「っ――ならば、先を急ごう。この大陸のどこかに、必ず道標は在るはずだ。――――必ず」
:
0:オープニングテーマ『独白』
0:不老不死の魔女の衰弱という予期せぬ事態を解決するため、旅をするフォスとリュティ。
0:いくつもの国を経て、様々なものを見て見ぬふりをして、残り少ないアストライアの寿命が尽きてしまう前に成果を持ち帰ろうと焦るフォス。
0:国以外にも、熱砂の乾燥地帯、鬱蒼とした森林地帯、極寒の銀世界、暗雲立ち込める険しい岩山など、人前未踏の艱難辛苦を踏破しつづける旅。
0:肉体的にも精神的にも、限界は近づくばかり。
0:それでも、旅を続ける。何かを求めているはずなのに、まるで何かから逃げるように。
:
0:場面転換
0:フォスとアストライアの家
0:衰弱のため、病床から動けない病人のような生活を送るアストライア。
:
ラクレス:「失礼します。アストライア様」
0:ラクレス、スキア入室。ベッドにて上体を起こした状態で窓から外を見ていたアストライアが振り返る。
アストライア:「どうぞ」
スキア:「母上、ひと月ぶりですか。ご無沙汰しております。お体の調子はいかがですか?」
アストライア:「問題ないわ。まだここに居られる。最後の望みを叶えるまでは、まだ。
アストライア:そういう貴方は、また少し痩せたわね。無理をしないでといつも言っているのに」
スキア:「無理など致しておりませぬ。ご心配には及びませんよ」
アストライア:「ラクレスも、国政に携わる激務の中、度々足を運んでもらって申し訳―」
ラクレス:「僭越ながら、今のあなたは王妃ではなく、私も従者ではない。友人として、病床に伏せる貴方を見舞うのは、私が望んで勝手にやっていることなのです。
ラクレス:故に、貴方が申し訳ないなどと仰ることなどないのです。無骨でむさ苦しい男が度々顔を出すのはお邪魔かと存じますが―」
アストライア:「わかった。わかりましたから、もうその辺で意地悪はやめてちょうだい」
スキア:「ふっ、お元気そうでなによりです。母上」
アストライア:「ええ、気力なら有り余ってるの。身体が少し言うことを聞かなくらいなんてことないわ。ただ――」
スキア:「母上?」
アストライア:「今日、貴方を連れてくるようにラクレスに頼んだのは、伝えなければならない事と、お願いしたい事があるからなの」
0:神妙な面持ちになるアストライアと、何かを察して居住まいを正すスキア
スキア:「っ―――伺いましょう」
アストライア:「あなたと再会してからもう6年。あなた達はこの国を立て直す計画を進め、それは順調に推移してる。この調子でいけば、絶望的だったこの国の存続は達せられるでしょう」
スキア:「はい。退廃の一途を辿るばかりであったこの国に、私は止めを刺すところでした。皆に与えられたこの機会、より良い結果に繋がる為に微力を尽くす所存です」
アストライア:「あなたが贖罪を望み、それを皆が受け入れてくれていることは、とても喜ばしいわ。だから、あなたはそれに専念しなさい。余計な研究などは、もうしなくて良いのです」
スキア:「母上?何を―」
アストライア:「あなたの父がそうであったように、魔法の研究を私に秘匿することなどはまかり通らないということです。それが、あなた自身を犠牲にするものなら、尚更」
スキア:「そうですか。既にご承知だった、と」
アストライア:「私のこの衰えは、人の寿命と同じで抗うべきものではないの。いくら私が不老不死の魔女だからといって、不滅なわけではない」
スキア:「しかし!私はこの世で唯一の、その魔女の血を分けた人間です。母上の、魔女としての何かが欠落してその生命が危機に瀕しているのであれば、私からそれを補填することで生きながらえることも可能なはずです」
アストライア:「それで貴方の命が損なわれるような事があっては、私は死んでも死にきれません」
スキア:「死なずにいて下さるのなら、私はどうなろうとも構いません」
アストライア:「聞き分けが悪いわね」
スキア:「遅めの反抗期とでもお思いください」
アストライア:「まったく、貴方も段々と口が回るようになってきたわね。誰に似たのかしら」
スキア:「それは……」
ラクレス:「私の知る限り、スキアと共に多くの時間を過ごし、言葉を重ね、アストライア様と並ぶほど口の回る人物など一人しかおりませぬな」
アストライア:「ふふっ。二人が仲良くしてくれて何よりだわ」
スキア:「あいつに影響されたなどと思うのは業腹(ごうはら)です。回り回って母上に似たということにさせていただきたい」
アストライア:「それは――素直に喜べない、複雑なところね」
ラクレス:「親子なのです。似て当然とも言えましょう」
スキア:「だからこそ、同じ型の部品は代替が効くように、私自身を使うことで母上の延命も――」
アストライア:「半年」
スキア:「っ!」
ラクレス:「まさか――」
アストライア:「私は、あと半年で自然に還ることになるでしょう」
スキア:「そ、れは……」
ラクレス:「余命が、あと半年程しかないと、そうおっしゃるのですか」
アストライア:「その少し前には、もうベッドに横になっているだけの抜け殻のようなものになっているかもしれないわね。スキア、あなたの口から、答えを聞きたいの。あなたはそれまでに成果を出せる?」
スキア:「――たとえどれほど絶望的だろうと成し遂げると、私は誓いました」
アストライア:「その決意と思いやりは、私にとってはこの上ないほどの宝だわ。でも、どんな物にも終わりはある。この大地にも、夜空に輝く星々にも。
アストライア:終わりはいつか訪れる物ではなく、存在する生命が生まれ持つもの。不老不死の魔女には、老いや死以外の終着点がある」
スキア:「それを、受け入れる、と?」
アストライア:「もちろん、あなたやフォスが何か方法を見つけて、二人が成長するのを見守ることが出来るくらい私という存在が続くのなら、そうしたい。
アストライア:私の愛した人は変わり果ててしまったけれど、あの時抱いた感情は嘘でも偽りでもなかった。だから、あなた達が素敵な人に出会って、結ばれて、子が生まれて――それを見届けられたらという人並みの未来が、今の私の願い。
スキア:「それならっ!」
アストライア:「人は誰しも、心残りを遺して逝くものなのよ。それに私は、この数年あなた達と過ごした夢のような日々を送る事が出来ただけで、生まれてきて良かったと、心の底から、そう思えた」
スキア:「でも、私はまだ……」
アストライア:「ごめんなさいね。母親らしいことは、結局あまりしてあげられなかった」
スキア:「そんなことはない!ないのです母上。
スキア:貴方はこの国を守護した。フォスを育てた。リュティも、あなたがいなければ私を支えることはなかった。道を踏み外した私をつなぎ止めてくださった。私は貴方に救われ続けていたのです」
アストライア:「ありがとう。あなたがそう言ってくれるなら、私は心残りはあるけれど、思い残す後悔はない。
アストライア:でも、ひとつだけ。このままにはしておけない、心残りの種があるの」
スキア:「フォスのこと、ですね」
アストライア:「あなたと同じように、私を救うために自分を犠牲にしているあの子にもういいのと伝えて――いいえ、私は単純に最期にフォスに会いたいの。それだけが、我侭(わがまま)な魔女の、最後の望み。これを叶えられるのは、貴方しか居ない」
スキア:「―――私に、母上を救う可能性を諦めて、フォスを迎えに行けと、そうおっしゃるのですね」
アストライア:「そう、だから聞いたの。あなたの優しい研究は、私の終わりに間に合う?」
スキア:「―――本当に、酷なことをお聞きになる」
アストライア:「貴方はフォスと違って、人が目を背けたがることをきちんと受け止められる芯の強さがある。
アストライア:あの子は、眩しい希望そのものだけど、光に目が眩むのもまた、人間だから」
スキア:「っ――――――明朝、出立します」
アストライア:「――ありがとう。ごめんなさい」
スキア:「必ず、あいつと一緒に帰ってきます。だから、どうか」
アストライア:「ええ。いつまでだって、待ってるわ。あなた達が帰ってくるのを」
:
0:場面転換・10か月後
0:大陸南部・山脈の頂上・曇り・険しい岩山の山肌を乗り越え、山頂にそびえたつ大木の前
:
フォス:「ちっ!ここもダメか」
リュティ:「大陸の果て、世界の端とまで言われるこの山脈の最高峰。その頂点にそびえる樹齢千年以上ともいわれるこの古樹でさえ、すでに神秘を薄れさせているとは」
フォス:「いや、まだだ。まだ終わっていない。東方の湿地帯の最奥、そこならば、アストライアの衰弱を解消させるための手がかりがっ」
0:突風。足を踏み外し、滑落しかけるフォス
リュティ:「フォス!」
0:間一髪で手を取るリュティ。宙吊りになるフォスを引き上げる
リュティ:「は――ぁっ!気を付けてください。この高さから滑落(かつらく)すれば、無事ではすみませんよ」
フォス:「あ、ああ。すまない」
リュティ:「―――フォス。まだ、続けるのですか?」
フォス:「当たり前だ!成果を持ち帰れないのであれば、この2年の旅は無駄になる。それに、アストライアも……」
リュティ:「この旅は、危険の連続でした。今のような事故も、兇悪な魔物との遭遇も、他国の軍や野党との諍いも、絶えることはありませんでした。それを休みなくひたすらに、今日までずっと」
フォス:「だが、どれも乗り越えてきたじゃないか。これからだって――」
リュティ:「たしかに、あなたの魔術は他に追随を許すものではなく、知恵者でもあります。私とて、そこらの有象無象に遅れを取るような剣の腕前ではありません。
リュティ:それでも、今日まで旅を続けてこられた幸運が、これからも続くとは限らない。現にあなたは体力の限界を迎え、足を滑らせて死ぬところだった」
フォス:「では、諦めろというのか?アストライアが死んでも構わないと!」
リュティ:「そんなわけがないでしょう!」
フォス:「――っ」
リュティ:「失礼しました。怒鳴ってしまって」
フォス:「いや、俺の方こそすまない」
リュティ:「あなたが焦っているのは分かります。この2年、大陸中を奔走した私達ですが、成果と呼べるものは未だなし。アストライア様が今どうなっているのかさえ分からないまま、微かな希望に縋って危険な地を渡り続けてきました。
リュティ:ただ、私は貴方に死に急いでほしくはないのです。アストライア様に、あなたの訃報を持ち帰るような事だけはしたくない。その時、あのお方がどれほど悲しむか、想像できないあなたではないでしょう」
フォス:「――分かった。下山後、麓(ふもと)の宿でしばし休むこととする。体力が十全に回復するまで数日間。それで構わないか?」
リュティ:「そうしてくださるなら、私もいくらか安心できます」
フォス:「では、山を下りよう。ここにはもう、用はない」
リュティ:「はい」
0:下山の為歩き出す二人
フォス:「―――なぁリュティ」
リュティ:「?」
フォス:「何故ついてきた」
リュティ:「言ったはずです。アストライア様に頼まれたと」
フォス:「質問を変えよう。なぜ、アストライアにそこまで尽くす?」
リュティ:「――私は、代々王家の近衛を務める家に生まれました。定められた行く末、課せられた日々の勤め、私には、自由などなかった。
リュティ:そんな私からみて、あのお方は自由そのものだった。悠久の時を生き、何処にも属さず、何者にも縛られず、自分のあるがままに生きる彼女に憧れた。
リュティ:そして、そんな方が、その自由を我々の為に使ってくださっている。こんながんじがらめの私を、友と呼んでくださった。
リュティ:命を救われたとか、王妃だったからではない。私は、私が忠を尽くしたいと、そう心の底から望むからこそ、今ここにこうしているのです」
フォス:「――そうか」
リュティ:「あなたも、そうでしょう」
フォス:「ふん……」
リュティ:「必要な休息の後、旅を急ぎましょう。必ず、アストライア様を」
フォス:「ああ」
:
0:場面転換
0:自然豊かな丘陵地帯・小さな湖のほとり・夜・晴天星空・焚火を囲むラクレスとスキア・座って食後のコーヒータイム
ラクレス:「それで、どう説得するか、考えはあるのか?」
スキア:「この旅の道すがら、そればかり考えてきた。だが、答えは見つからないままだ。何を言っても、フォスが大人しく家路につくとは思えぬ」
ラクレス:「まあ、あいつはそういう奴だからな。信じた道を愚直に行く――その姿に、我々は救われた」
スキア:「そうだ。今度もあるいはと、期待さえした。しかし、人の身には届かぬ泡沫(うたかた)の夢幻(ゆめまぼろし)もあるのだ」
ラクレス:「――辛い役回りだな」
スキア:「しかし、これは他でもない私の役割だ。母上の願いを受け止め、恩人の希望を打ち砕く。たとえフォスに恨まれようと、これが私に出来る、二人への恩返しなのだから」
ラクレス:「ああ。投げ出すことと、受け入れる事は違う。それを分かっていても、実際に事を成せる者はそう居るまいよ」
スキア:「そうでもないさ。何せ私はまだ、諦め切れてはいないのだ。二人に追いついた時には既に何かを掴んでいて、大急ぎで帰国して母上にそれを施して、全てが夢のように上手くいけばと、今でも願わずにはいられない」
ラクレス:「変わったな、スキア」
スキア:「この数年、フォスと共にあって散々見せつけられたからな。捻じ曲がった性根をつい真っすぐに伸ばしてしまうほどの生き様を」
ラクレス:「我らの国が今他国との協調路線を歩んでいけているのは二人のおかげだ」
スキア:「フォスはともかく、私は罪の清算をしているだけだ。それも自己満足にすぎない。国家が立ち直れているのは、偏(ひとえ)に民のおかげだ」
ラクレス:「それでも、行動力、思慮深さ、魔術の発展とその管理統率、二人でなければ出来なかった事ばかりだ」
スキア:「ならば、意味はあったのだろう。私の過去にも、私たちの出会いにも。私は、これからもそう思い続けていたいし、母上にも、そう思っていただきたい。思い残すことがないように」
ラクレス:「――手がかりによれば、二人はこの先の山脈の頂上を目指したそうだ。麓の村で張っていれば、今度こそ見(まみ)えることが叶うだろう」
スキア:「そうか。ならば、私も見つからないなどとは言っておられんな。あの分からずやの頑固者を捻じ曲げるだけの事を、覚悟せねばなるまい」
ラクレス:「無理はするなよ」
スキア:「なに、知っているだろう?捻じ曲げるのは私の得意とするところなのでね。それに私達にはもう、時間がないのだから」
:
0:場面転換
0:下山後の麓の村・雨が降り始める日暮れ前くらいの薄暗い天候
フォス:「降り始めたか。宿をとろう。先に宿屋で手続きしておくから、リュティは雨具を買いに行ってくれ。
リュティ:「この地方の雨は何日も続く事も多いと聞きますが、宿をとるなら様子を見てからでも」
フォス:「いや、どうせ今のものはもう替え時だ。約束通り数日休みはするが、出立の日が土砂降りだろうと構わず沼地へ向かう。頼んだぞ」
リュティ:「ええ」
0:外套を羽織って宿屋へ駆けていくフォスを見送り、道具屋に足をむけるリュティ
リュティ:「…………」
0:少し進んだ先で、先ほどから気配を感じる尾行と対峙するために狭い路地に入り、尾行者に声をかける。
リュティ:「ここらでいいか。そこの者!尾行はバレているぞ。おとなしく出てこい」
0:建物の陰から現れる大柄な体躯の男。羽織っていた外套のフードを上げ、顔を晒す。
リュティ:「っ!あなたは―――」
:
0:強くなる雨音、場面転換、間5~7秒
:
:
0:2日後・宿を出発・午前9時過ぎ・小雨
フォス:「この2日間で充分休息を取れた。さあ、出発するぞ――リュティ?」
リュティ:「ん?どうしました、フォス」
フォス:「それはこちらのセリフだ。浮かない顔をしているぞ。そもそも、先日宿に帰ってきた時から様子が変だった。体調でも悪いのか?」
リュティ:「いえ、そんなことは」
フォス:「ではなんだ。言ったはずだ。この旅は先を急ぐ。ついてこられないのなら容赦なく―」
リュティ:「実は、伝えるか迷ったのですが――先日店を訪れた際に、街道を外れて山中を行く近道があるという情報を聞いたのです」
フォス:「なに?なぜもっと早く言わない」
リュティ:「危険な魔物が出るとかで、手放しで勧められなかったのです。もう何年も使われていないそうで」
フォス:「これまでの旅で、そんなもの何匹も相手してきただろう」
リュティ:「でも、これまでにない相手が立ちはだかることもあります」
フォス:「構わない。何も倒すことが目的じゃないのだから、やりようはいくらでもある。案内してくれ」
リュティ:「――はい」
0:野をかき分け、道なき道を行く二人。山野の中ほどに、木々の切れ目、開けた野原に出る。
0:小雨の中、野原の真っ只中に、フードを目深に被った男が一人
フォス:「ふぅ。確かに、中々の悪路だ。雨も手伝って歩きにくいことこの上ないが……よし、開けた場所に出たな。鬱蒼とした山野がずっと続くかと思ったがこれなら多少は歩きやすく――
フォス:ん?人?こんな山の中で出くわすとは。猟師かなに、か―――」
リュティ:「………」
0:フードを取って顔を出すスキア
0:事情を察するフォスと、目線を伏せるリュティ
フォス:「そうか。そういうことか」
リュティ:「っ――」
スキア:「久しいな、フォス」
フォス:「何をしに来た、スキア」
スキア:「決まってるだろう。連れ戻しに来たんだ、お前を」
フォス:「まだ帰るわけにはいかない。アストライアを延命させるための方法はまだ見つかっていないんだ。
フォス:それともお前が何か良い術(すべ)を見つけたのか?」
スキア:「いいや。私も研究を重ねたが、母上の――不老不死の魔女の最期を遠ざける方法は掴めなかった」
フォス:「なんだその言いようは。まるで、その術を探すことを諦めたような―」
スキア:「そう、諦めたのだ」
フォス:「――――なに?」
スキア:「私は諦めたのだ。母上を救うことを」
フォス:「お前、なにを」
スキア:「フォス、帰ろう。母上が、お前を待っている」
フォス:「そんな言葉に、俺が唯々諾々(いいだくだく)と従うとでも?」
スキア:「では逆に問うが、お前はこの先、必ず見つけられるのか?母上を救う術を」
フォス:「っ!――ああ。見つけてみせるさ」
スキア:「そうだな。お前はそういう男だ」
フォス:「どうしても、俺の邪魔をするのか」
スキア:「ああ。退かぬ。お前が家路につくまでは」
フォス:「こうしている間にも、アストライアの命が消えていくとしてもか?」
スキア:「そうだ」
フォス:「――だったら、覚悟しろ。お前を打ち負かしてでも!俺は先に行く!!」
スキア:「……」
0:フォス、魔法詠唱開始。リュティは二人を見つめながら後退り、距離を取る。
フォス:「其は流転するもの。万象巡る千変万化の星屑。逆巻き、揺蕩い、穿ち、いずれ帰郷する放蕩の一滴よ。
フォス:収束し、結合し、氾濫せよ!大地を削る濁流となりて、矮小十把に泡を手繰る絶望を示せ!」
0:※詠唱読み「そはるてんするもの。ばんしょうめぐるせんぺんばんかのほしくず。さかまき、たゆたいうがち、いずれききょうするほうとうのひとしずくよ。しゅうそくし、けつごうし、はんらんせよ!だいちをけずるだくりゅうとなりて、わいしょうじっぱにあわをたぐるぜつぼうをしめせ」
0:フォスの頭上に、降る雨が収束するように大規模な水球が発生。
0:スキア、独り言を零すように
スキア:「魔女の血を引かぬお前が、これほどの規模の魔術を……やはり母上はとんでもない拾い物をしたものだ」
フォス:「沈め!スキアァ!」
0:水球が己の形を忘れたように、あるいは本来の「形をもたない」というカタチを思い出したようにスキアに流れ襲い掛かる。
スキア:「(深呼吸)―――歪曲れ(まがれ)!」
0:怒涛の水流を捻じ曲げるスキア。直撃はないものの、膨大な濁流を浴びせられ続け身動きが取れない。
フォス:「流石は魔女の嗣子(しし)。故に、出し惜しみはしない!
フォス:其は迸るもの。天地揺るがす霹靂閃電の光芒。弾け、溜り、積り、いずれ決壊する一条の紫線よ。
フォス:隕落し、轟鳴し、焼灼せよ!逃れ得ぬ神意となりて、有象無象を灰燼に帰せ!」
0:※詠唱読み「そはほとばしるもの。てんちゆるがすへきれきせんでんのこうぼう。はじけ、たまり、つもり、いずれけっかいするいちじょうのしせんよ。いんらくし、ごうめいし、しょうしゃくせよ!のがれえぬしんいとなりて、うぞうむぞうをかいじんにきせ」
0:曇天から奔る極大の雷がスキアを強襲する。周囲の濁流は弾け跳び、降り注ぐ雨粒は瞬時に蒸発し蒸気が立ち込めるが、それさえも雷の威力に吹き流され続ける。
スキア:「まっ――がァれぇ!!」
0:スキア、この雷も歪曲させ、雷がスキアの眼前で裂けていく。
0:まるで雨雲から地上に向けて逆さに生えた極太の青白い巨木の幹が、スキアを起点に枝葉を拡げるかのように見える。
0:両者、咆哮(セリフ被っても大丈夫です)
フォス:「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
スキア:「はああああああああああああああああああっ!」
0:轟音、山野に響く
0:雷が止み、息を上げ肩で息をする二人(息遣い被っても大丈夫です)
フォス:「っ!―――はぁ、はぁ、はぁ」
スキア:「はっ――はぁ、はぁ」
フォス:「まだだっ!」
スキア:「こい!」
0:離れた位置から二人の勝負を見守るリュティと、そこに歩みより合流するラクレス
0:二人の魔術戦は続いている。
リュティ:「これで、良かったのでしょうか。ラクレス殿」
ラクレス:「俺には分からんよ。ただこれが、スキアの選んだ道だ」
リュティ:「この数年、二人は無二の友と呼べる間柄になったと思っていました。殺し合いとも呼べるあの出会いからは想像できないほど、互いを信頼し、影響しあって――私はそれが、この上なく嬉しかったのです」
ラクレス:「ああ。俺とて同じだ。仲睦まじく、なんてものとはほど遠かったが、彼らは血を分けた兄弟のごとく、互いをこの世で唯一の存在だと認め合っていた」
リュティ:「それが、二人ともあんなに苦しそうな顔で、互いを廃するべく戦っている。願うものは、同じはずなのに」
ラクレス:「フォスがアストライア様を救ったあの日、城内で相対した我々も、きっと似た顔をしていたのだろう。同じ人の幸福を願いながら、些細な行き違いで衝突する。
ラクレス:だが、きっとあの二人は、我々よりも辛いだろう」
リュティ:「何故、そう思われるのです」
ラクレス:「我々は、互いに本気だった。己の道こそが正しいのだと、その時は信じ抜いて剣を握った。だがあの二人は、互いに『相手の方が正しくて、自分は間違っているのではないか』という恐怖を抱えている」
リュティ:「あぁ――そうですね。あの子達は、聡いですから。そして私はまたも、救えなかった」
ラクレス:「お前が気に病むことはない。フォスの自由を束縛しないことが、アストライア様の願いだ」
リュティ:「それでも、結局間に合わなければ、私はあの方に合わせる顔が――」
ラクレス:「いつも、俺たちは選択を迫られて後悔する。同じ過ちを、繰り返しもする。それでも、今は信じよう。俺たちを救ってくれた光と、その光に照らされた彼女の愛を」
:
0:フォスとスキアに場面が戻る
0:徐々に強くなる雨・両者魔力は枯渇し、膝に手をついて息をするほどに疲弊。
フォス:「はぁ、はぁ、はぁ」
スキア:「はっ、はぁ、はぁ」
フォス:「まだ、だ。はあぁっ!」
0:フォス、左手で顔面に殴りかかる
スキア:「ぐっ。うぉおおっ!」
0:スキア、右手で反撃
0:以下、二人の殴り合い。セリフには起こしませんが、上記のような殴る→受ける→反撃の流れを3回くらい繰り返してください。
0:最期、ひと際大きいスキアの雄たけびと共にフォスダウン。地面に背中から倒れる。
フォス:「はあっ、はぁっ、はぁっ――まだ、諦めるわけには、いかない」
0:上半身を起こし、顔の泥と血を拭うフォス。立ったまま、それを見下ろすように話をするスキア
スキア:「お前が諦めの悪い性格なのは知っている。それに何度も救われた。あの時も、これまでも。
スキア:だが、私とてここで引き下がるわけにはいかない。それが、もう諦めてしまった私に許された最後の――」
フォス:「聞けスキア!まだ可能性はある。これから向かう沼地にならきっとアストライアを救う何かが―」
スキア:「お前が旅立ってから。母上の容体(ようだい)は、益々悪化していった」
フォス:「っ!」
スキア:「お前が母上を延命させる術を探るために大陸中を旅したように、私も研究に注力した。お前は自然の神秘に手がかりを求め、私は私自身の肉体を研究した。
スキア:現状、恐らく世界で唯一の魔女と人間の混血である私の何かを代償とするカタチで、失われる母上の存在を補填できないかと。
スキア:光明(こうみょう)が見えないまま、時は無情(むじょう)に過ぎ去っていった。そして遂に母上は私を呼びこう口にした。残り、半年だと」
フォス:「半、年――」
スキア:「その時点で、母上は生きているのが不思議なほどただ眠り続けるだけの生活を送っていた。生命としての消耗を抑え、可能な限り延命するためだと。
スキア:とっくに限界を迎え、それでもなお最後の望みのために、尋常ならざる胆力(たんりょく)で命を繋いでおられるのだ」
フォス:「最後の、望み」
スキア:「半年だと告げたその口で、母上は私にこう言った。最期に、フォス、お前に会いたいと」
フォス:「最期、だと――そんなもの、認めない。認められるわけがない。だってあいつは!」
スキア:「それを聞いて、お前を探す旅に出た。国を発ってからもう―――10ヶ月経つ」
フォス:「なっ――」
スキア:「余命と願いを聞き、延命の為の研究も、国家の再建さえ投げ出してお前を探した。母上を救うことを諦めて、母上の最期の願いを叶えるために、私はここにきた」
フォス:「そん、な――」
スキア:「母上は、命を紡ぐためにそれ以外のことを全て投げうってでも私たちの帰りを待つだろう。だが、それが今も保たれているか、保証はない。だがきっとまだ間に合うと、私は信じている」
フォス:「それじゃ、たとえ生きていたって、俺があの家に帰ったら、俺が会いに行ったら、アストライアは―――」
スキア:「その瞬間に、事切れるかもしれない」
フォス:「っ!」
スキア:「それでもお前は帰らなくちゃいけない。母上は、他でもないお前が帰ってくるのを、待っているのだから」
フォス:「お前は、それでいいのか」
スキア:「酷なことを、聞いてくれる」
フォス:「っ――」
スキア:「私にだって願いはある。こうなってほしいと望む未来がある。それを照らし出してくれたのはフォス、お前だ。
スキア:自分に素直になれと――本当に欲しいものから目を背けるなといったお前の言葉が、そうさせてくれた。
スキア:だから、これはあの時のような責任の放棄でも、自暴自棄でもない。
スキア:思うようにはいかないことだってある。出会いがあれば、別れがある。これは、当たり前のことなんだ。
スキア:だからフォス、悲しい現実を、それでも受け入れる勇気を持て」
フォス:「くっ――――」
スキア:「お前は一人じゃない。お前がここに居ること。私が生きていること。母上に関わった者全員が、これからもその人生を歩んでいくこと。その全てが、母上が生きた証だ」
0:起こしていた上半身を雨で泥沼溶かした地面に沈め、大の字に寝そべって雨が降り注ぐ鉛色の雲を見つめるフォス
フォス:「――――――――――少し、昔話をしてもいいか。お前にとっては、聞くに堪えないことかもしれないが」
スキア:「いいや、私も聞きたかったんだ」
フォス:「そうか。
フォス:拾われてすぐの頃、俺は不思議に思ってたんだ。この人は何で俺を拾ったんだろうって。親にも見捨てられ、誰からも蔑まれ、遂には要らないモノ扱いされたこの俺を。
フォス:俺を見つけた時から、どこか寂しそうな顔ばかりしていたから、それが理由なのかななんて、うっすら思ってた。
フォス:でも、すぐにそんな心配、している場合じゃなくなったんだ。適当な住まいを見つけて暮らし始めたものの、あいつは家事全般がまるでダメだった」
スキア:「ふっ。そうだろうな。私の僅かな記憶でも、その辺のことは侍女に任せきりだった」
フォス:「だから、俺がするしかなかったんだ。炊事も洗濯も、一から覚えた。人の社会とは隔絶していたけど、足りないものは得意の魔法で何とでもなった。獣が勝手に掴まりに来るのも、野菜が見る見る成長していくのも、あの家では当たり前の日常だった。
フォス:そういう、あたりまえと呼べる日常が少しずつ出来上がっていって、お互いいろんなことに慣れて、口数が増えていった。軽口の応酬も、段々俺の方が上手くなっていった。
フォス:ある日、森を行く猟師たちに遭遇した。もちろん身を隠したが、彼らが街で祭りがあるなんてことを喋っているのが聞こえた。まだ幼かった俺は、少し様子を見るだけだと自分に言い聞かせて街まで向かった。
フォス:そこは知らない街だったが、不思議なことにおかしな見た目のガキを気持ち悪がる風習ってのはどこの街にもあるようでな。見つかった俺は酒瓶やらを投げつけられた。
フォス:そこにあいつが現れて、俺を庇うように抱きしめた。魔法を使えばあんな奴らを黙らせるのは造作もないのに、あいつはただ、俺を庇って血を流した。
フォス:俺は、『ああ、この魔女も血は赤いのか』なんてどうでもいいことを気にしてた。ひとしきり飛んできたガラクタと暴言を耐えきって、俺たちはそのまま歩き出した。
フォス:あいつが何も言わず立ち上がって手を引いたから、それに任せて歩いたんだ。
フォス:俺は謝ろうと思ったけど、何を謝ったらいいのかわからなかったから、何も言い出せずにいた。
フォス:そうしたら、こう言ったんだ。『最近あなたの作るごはんがだいぶマシになってきたから、そろそろ魔法の使い方を教えてあげる』って。
フォス:どこまでも馬鹿なやつだった。最初にした契約という関係を律儀に守ろうとして、そんな言い方しか出来なかったんだ。
フォス:しかも、魔法を使わないで怪我を負った直後に、そんなことを言うもんだから、その時の俺は訳が分からなくって、でも言いたいことは伝わったから、「うん」とだけ答えた。
フォス:あとは二人とも、何も言わずに歩いた。人間が祭りをやってる賑やかな街を背に、それよりもっと明るい星空を眺めながら、手を繋いで、あの家に続く、道を―――」
0:雨脚が弱まっていく。次第に雨粒は小さくなり、雲の切れ間から徐々に日が差す
フォス:「家に着いたら、急に振り返って言うんだ。『おかえり』って。俺は、誰かが家で帰りを待ってるなんて、初めてで、戸惑ってた。そしたら――」
アストライア:「どこに行ってもいいけど、必ず帰って来なさい。そして、おかえりには、『ただいま』って返すの。約束出来る?」
フォス:「返した『ただいま』は、戸惑いと、後悔と、ほんの少しの安心で出来てた」
スキア:「そうか」
フォス:「うっ――くっ――――」
スキア:「帰ろう。私たちが愛し、私たちを愛してくれたあの人が待つ、あの家に」
0:五体投地で天を仰ぎ、片腕で涙を拭うフォスに、手を差し伸べるスキア。
0:4人は覚悟を決め、帰路についた。
:
0:4人が共に帰宅。
0:ドア(木製)の開く音
0:ゆっくりと、歩みを進めるフォス。
0:一階奥、アストライアの寝室に入ると、ベッドの上には血の気の無いアストライア。
0:気配を感じ、うっすらと目を開けるアストライア。
:
フォス:「っ――――くっ―――――」
0:逡巡。戸惑いの果てに、短い音の連なりを、口にする。
フォス:「ただいま」
0:アストライア、久しぶりに声を出すということもあり、掠れそうな弱々しい声。しかし、残った命を燃やし尽くすように、届くように、確かに。
アストライア:「おか、えり。ありがとう」
0:フォスに手を伸ばすアストライア。それを取ろうと前に出るフォス。しかし、その手が握られることはなく、力なくすり抜けていく
フォス:「あ――」
0:アストライア、二言を告げた後、魔女としての生を終える
スキア:「っ――」
ラクレス:「なんとっ」
リュティ:「あ、あぁ――アストライア様、アストライアさまっ!!うあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
0:遺体の手を取り号泣するリュティ
0:その場で膝をつき、うなだれるフォス。視線を落とす先――ベッドの傍らの乾いた床に、右目から零れ落ちる雫が染み込んでいく。
フォス:「俺は――おれ、は…………」
スキア:「フォス」
フォス:「?」
スキア:「机の上に、これが。お前宛てだ」
フォス:「手紙……?」
0:呼吸を置き、意を決して封を開けるフォス
0:手紙読み上げBGM 『色彩 オルゴールver』
アストライア:「まだ手が動くうちに、この手紙を書いています。本当は、直接伝えたかったけれど、万年反抗期の同居人がいつ帰ってくるか、わかったもんじゃないからね。
アストライア:まず、この手紙を読んでいるということは、あなたは間に合わなかったのでしょう。それを悔いている頃かもしれないわね。
アストライア:でもいいの。あらゆる物には終わりがある。不老不死の魔女にも、老いや死以外の終着点がある。それは抗いようのない世界の理。
アストライア:終焉は、外から訪れるものではなくて、形を持って生まれた瞬間に、その生に内包されているの。いつか迎えるその瞬間を含めて、人のそれを人生という。
アストライア:だから、さよならを悲しみはしても、拒むことは無い。長い永い人生を送ってきた私が言うのだもの、間違いないわ。
アストライア:それににね、私はこの終わりに、満足してる。貴方に以前語った静かな終わりよりも少しだけ賑やかで、予想していたよりも暖かな最期を迎えられそうで、幸運な拾い物に得した気分。
アストライア:だって、私はやり終えた。やりたかった事の全てが出来たわけじゃない。でも、望んだ事を、望んだ以上に叶えることが出来た。
アストライア:ただ、心残りが、ひとつだけ。
アストライア:最期に、フォス、あなたに会いたい。
アストライア:言いたいことはたくさん。でも、伝えたいことはふたつだけ。
アストライア:『おかえり』と『ありがとう』
アストライア:これだけ。貴方が帰ってきて、これだけ伝えられたなら、私は本当になにも憂うことなく夜の帳の中に沈んでいける。
アストライア:だから、あまり想像できないけど、もし貴方がこの離別を悲しんで泣いているのなら、忘れないで欲しい。
アストライア:出来なかったと嘆く必要は無い。救えなかったと悔いる必要は無い。
アストライア:もし涙を流すのなら、もう私と軽口を叩きあったり、魔法について意見を交わしたり、一緒にご飯食べたり、そういうことが出来なくなるんだってことを少しだけ残念に思って、そうしてほしい。
アストライア:そして、そうしてきた私との日々を忘れないでくれたら、言うことないわ。
アストライア:あなたの人生は、これからも続いていく。
アストライア:私の思い出を抱いて、これからも沢山の思い出を増やして、そして、たくさんの人の思い出に残りなさい。あなたなら、きっと難しくはないわ。私たちにそうしてくれたように、あなたには闇路を照らす光がある。
アストライア:あなたのその輝きがどこまで届くようになるのか、見せてごらんなさいな」
:
フォス:「―――あぁ、見ててくれ。
フォス:きっとあんたに届くくらい、眩しく生き抜いてやるからな」
:
0:BGMストップ
:
0:二週間後。土葬したアストライアの遺体からはトネリコの木が芽生え、それを見届けたフォスが旅にでる準備を終える。
0:早朝、日の出直前。空が徐々に明るくなるころ。アストライアと二人で暮らした家を、名残惜しそうに見渡しつつ、荷物を背負い玄関のドアを潜る。視界の不自由な左側を補う旅の杖として使うため、異常な速度で成長したトネリコの木の枝を一つ折る。
0:敷地を出ようとしたところで人影に気づく。そこにはスキアが居た。
スキア:「行くのか?」
フォス:「あぁ。この二年の旅路で、色んな国を回った。食料問題を抱えた国、自然が侵された国、豊かすぎて閉塞してた国。
フォス:俺はその全てを横目に、素通りしてきた。アストライアを救うこと以外の全てを切り捨ててたからな」
スキア:「それは、私もそうだ。この国の民に忠を尽くすといいながら、母上を救うために多くの時間を割いてきた」
フォス:「だから、俺はもう一度旅をする。
フォス:見て見ぬふりをしてきたものを、この目でちゃんと見て、自分に出来ることをするつもりだ。
フォス:この国は軌道に乗り、憂うことは僅かだ。それも、お前たちがいれば問題は無いさ」
スキア:「それは請け負うとも。私に遺された役目だ」
フォス:「役目だからやるのか?」
スキア:「いや、これは私が決めた、私の道だ。それが、母上の願いでもある」
フォス:「そうか。じゃ、達者でな」
0:歩き出すフォス。すれ違う二人。
0:フォスの背中に呼びかける
スキア:「ああ。――フォス!」
フォス:「よせよ。辛気臭いのは嫌いだ。それに、今生の別れでもない。たまにふらっと顔を出すさ」
スキア:「――それなら、必ず帰ってこい。お前の『ただいま』を待っている人がいることを、忘れるな」
フォス:「っ――」
0:一瞬だけ足を止めるフォス
フォス:「―――あぁ」
0:旅に出るフォスと、それを見送るスキア。朝焼けに包まれて、眩い日の出に向かい逆光の中を歩んでいくフォスの影がスキアに落ちているが、それも徐々に離れていく
0:それを、更に遠くより眺めるラクレスとリュティ
ラクレス:「よいのか。スキアと俺には役目がある。だがお前は自由だ。フォスに着いていくのも―」
リュティ:「いいえ、よいのです。ラクレス殿。
リュティ:私が連れ添ったこの2年。確かにフォスは不安定でした。自身のことさえ顧みず、アストライア様のために無茶ばかり。
リュティ:傍で支えるものが無ければ危うく、アストライア様のご心配のとおりだった。
リュティ:でも、今は違う。見たでしょう?あんなに晴れやかな顔をして。
リュティ:もう心配することは何も無い。私たちは、いつかあの子が帰ってくる場所として、彼を待っていればいい。そして、彼の『ただいま』に『お帰りなさい』と返して迎えてあげたいと、そう思うのです」
ラクレス:「そうか。ふっ、そうだな。では待つとしよう。いつまでも。我らを照らしてくれた眩い生き様が、更に輝きを増して帰ってくるその日を」
:
0:見送る視線の先、朝日に溶けていく彼の背中。夜闇一色だった世界に光が当たり、鮮やかな世界の色が浮かび上がっていく。
0:エンディングテーマ 『色彩』
:
0:国と民、そして友の安寧を予期して旅に出たフォス
0:この二年旅をしてきた国々をもう一度回り、人を助け、自然を守り、諍いを収め問題を解決していった。
0:あの時助けを求めた少女の手を、路地裏で意気消沈していた青年の目を、鞭打つ看守と鞭打たれる無罪の老人の体躯を――見て見ぬふりをした全てに、今度こそ向き合う様に。
:
0:以下、アニメで言ところのCパート。女性演者さんは兼ね役で少女を演じていただきます。
0:シナリオ設定上はアストライア役の人が望ましいのですが、リュティ役の方が演じられても構いません。
0:キャラ詳細は後書きにて。
:
0:エピローグ
0:いくつかの国を巡り、人々を助けてきたフォス。
0:人々に感謝の念と共に見送られ出国し、次の国へもうすぐたどり着く頃。
0:夕方。日が沈みきる直前。空は僅かなオレンジと藍色のような夜空のグラデーション。森林を貫く一本道。舗装はされておらず、旅人や行商人の往来で自然に出来た路。遠くでカラスの鳴き声が木霊している。
0:暗闇に沈み始めた草木の陰に人の気配を感じるフォス。
フォス:「旅に出てもう2年か。そろそろ一度帰っても」
エリー:「うっ―――ぐっ――」
フォス:「?誰かいるのか」
エリー:「――ちか、よらないで」
0:草木に分け入った先で、傷だらけの少女が泣いているのを見つけるフォス。少女に駆け寄る。
フォス:「っ!こんなに傷だらけで」
エリー:「寄らないでって、言ってるの!――他人、なんて、みん、な、信じられない。ぜんぶ、全部、殺してやる」
0:アストライアに拾われた過去の自分を重ね、何かを察するフォス。
フォス:「―――今のお前は、無力だ」
エリー:「――は?」
フォス:「身体は怪我だらけで精神も不安定。見たところ持ち物も同行者もない。
フォス:どれだけ威勢のいい罵詈雑言を並べ恩讐を呪いのように垂れ流しても、そのまま無力に野たれ死ぬ他ない」
エリー:「あんたに、何がっ!」
フォス:「力が欲しいか?」
エリー:「っ!?」
フォス:「自分に降りかかる不幸を退ける、力が欲しいか?」
0:フォスの雰囲気に呑まれ、彼がただものではない事を悟った少女が答える。
エリー:「―――欲しい。私をこんな目に合わせた奴らに復讐する力が!」
フォス:「違う!間違えるな。お前が復讐すべきはお前を苦しめた誰かではない。お前にもあったはずの、『帰る場所』を奪った世界そのものだ!」
エリー:「なに、言ってんの?意味わかんない。そんなの、どうやって」
フォス:「俺が知る範囲で、教えてやることは出来る。その術も、その為の力も」
エリー:「――いいよ。なんだっていい。どっちにしろ、私はここで死ぬわけにはいかない。
エリー:あんたがそれをくれるってんなら――このクソみたいな世界に生きてる私を助けてくれるってんなら、なんだって差し出してやってもいい!」
フォス:「これは契約だ。善意でも慈悲でもない、対等な約定。
フォス:お前には、いつの日かそれを破棄する権利さえある。たが、お前はその汚泥から這い出でる力を得る代わりに、余分な過ちを犯すかもしれない。
フォス:今ここで死んだ方がマシだったと思う時が来ることもあるだろう。出会った人も、得た力も、いずれ離別の時を迎え、悲嘆に暮れることになる。
フォス:だが、その身に癒えぬ傷跡を遺し、それでもなお、それが己の人生だと胸を張る――その覚悟があるのなら!」
0:会話をしている間に日没
0:少女は夜闇の、そのまた木陰に、フォスには太陽の代わりに顔をだした月の光がまるで後光かスポットライトのように差し込んでいる
0:地べたに這いずる様に座っている少女に、手を差し伸べるフォス。
0:少女は無言で意を決するように、闇から這い出て月光下のフォス〈光〉の手を取り、立ち上がる。
:
0:終幕
:
0:以下、演者向け設定資料集、並びに後書きです。
0:必読ではありませんので無視して演じても結構です。
0:後書きの存在をリスナーに提示するのも必須ではありません。
:
0:■■■ト書きの楽曲について■■■
0:もしこのシナリオがボイスドラマやアニメなら、ここでオープニング曲を、ここでエンディング曲を流すなというだけです。指示や指定ではありません。
0:しかしながら、しっかり歌詞を聞いていただくと『独白』はフォスに、『色彩』はアストライアに符号していますので良かったらじっくり聞くか、この後書きを読むBGMにしてみてください。
0:どちらもシナリオ読後に聞くと歌詞のほぼすべてが心にぶっ刺さり、役作りの助けになるはずです。
0:それぞれ坂本真綾さんの楽曲です。ぜひ。
0:頭の中には絵コンテっぽいもの(この曲のこのタイミングでこのキャラのこんな顔が~とか)がありますが、書き始めるときりがないのでそのうち#刹羅木劃人のぐわんば でのツイートに回します。
0:手紙読み上げのBGMも同じく指定というわけではないです。ここで流れたらいい感じだなってだけです。この台本の告知ツイートを#wg2pr で行っており、そのツリーにて3曲の紹介もしてます。
:
0:■■■世界観■■■
0:前作は後書きもなく、情報が一切ありませんでしたが、概ねよくあるファンタジー世界だと思ってください。
0:前人未踏のダンジョンじみた森林や遺跡、砂漠や湿地帯があり、魔物や精霊がいます。
0:ただ、エルフやドワーフなどの亜人種は居らず、人間の中で魔法が扱えるのは僅かな才能の持ち主だけです。それも魔法が自由に使えるというよりは魔力の適性があるというだけで、自在に使えるのはほんの一握り。
0:そういった人が、いわゆるRPGの勇者のような役割を担います。なので、魔法学校とかも無ければ、日常的に魔法が使われているという事もありませんでした。
0:ただフォスたちの国は、前作からの流れがありますので生活基盤の中に魔法を応用した技術が浸透しつつあります。
0:フォス達の物語の舞台となっている国の名前はホロヴァといいます。『魔』法が充実することで『まほろば』(「住みやすい場所」や「素晴らしい場所」を意味する日本の古語)になるという意味でつけましたが、要らない情報なので今までどこでも触れていません。
:
0:■■■魔女・魔法の仕組み■■■
0:この世界における魔女は、そもそも人間ではありません。
0:冒頭フォスが旅していたような神秘が色濃く残る場所において、人類の集合無意識が集積した結果発生する生命体です。
0:人が立ち入らない神秘的な場所には魔力が集い、そこに人の集合無意識が呼応する形で生命が生まれ落ちる、という自然現象です。
0:人の思念は強く、故に残り、それに引っ張られるので人の形として発生します。
0:アストライアは、フォスが行き損ねた最後のスポット『東方の湿地帯の最奥にある沼地』で誕生しました。
0:彼女を形成するにあたり集積した人類の集合無意識、願いは、『愛される』こと。
0:ただ生まれてくる魔女はそれをはっきり認識して生まれるのではなく、生まれた後で自然にそれを欲するようになり、『これが私の存在理由(レーゾンデートル)だ』と気づきます。
0:冒頭のモノローグはその辺のアストライアの心境です。
0:魔女はその性質上、魔力というものとの親和性が非常に高いです。
0:よって魔法を生まれながらに使える。人間が手足を使うことを覚えるのと同じくらい自然に周囲の魔力を扱うようになります。
0:魔女発生というイベント自体は珍しいことですが、結実する人類の集合無意識は人の欲求なので、強いものほど現れやすいです。
0:よって、過去現れた魔女は破壊や支配といった願望によって生まれる事も多く、基本人類社会に悪影響を及ぼし、人類の中のいわゆる「勇者」達に滅ぼされることもしばしば。
0:だから魔女というものは忌み嫌われる。アストライアもそれを学んできたので、人とは関わらないようにしてきた。その結果自分の「愛されたい」という欲望に気づくのが遅れた。
0:彼女の愛への目覚めは投稿済みの台本、sideAを参照してください。この台本と同じシリーズにあります。
0:このように、魔女は感情的な起源を持ち、感覚的に魔法を扱う。その為基本魔法を使うための詠唱を必要としないのです。
0:前作からですが、アストライアとその血を受け継ぐスキアは詠唱をしていません。自分が今望むことを分かりやすいワードとして発しているだけです。
0:フォスはその生まれによるスペック差を埋めるために詠唱という補助をして魔法を発動させています。
0:前作でアストライアが戦争中に帰巣本能を引き出す魔法を使ったのは、愛する夫と子が居る城に早く帰りたかったから。スキアは境遇による捻じ曲がりや凶気が作用していたからです。
0:一応この辺設定は前作執筆時に考えていたんです。後付けじゃないんです。一つだけ後付けの設定がありますがこの後別の項で触れます。
0:そういった出自の為、魔女には外見上おっぱいはありますが、生殖器はありませんでした。アストライアは出産のために自分で子宮などを作っています。魔法による肉体改造ですが、これも魔女ならではです。
0:いくらフォスのように魔法の才能をたまたま生まれ持った女性でも、普通の人間には肉体改造レベルのことはできません。
0:「愛されたいという欲求で生まれ落ちたなら生殖器も持って生まれるんじゃ?」と思う人もいるかもしれませんが、この愛には性愛意外のものも含まれます。その辺は次項で触れます。
0:魔女は不老不死ですが、生命である以上、終わりはあります。方法はふたつ。
0:まず、先ほど触れたように人類の中に稀に生まれる「勇者」に討伐される場合。
0:勇者とはフォスのように魔法の適性を持って生まれ、そのうえで魔女退治や魔物退治をやってる人です。ファンタジーでよく見るやつです。
0:魔女は魔力で構成された生命体なので、同じく魔力による干渉を受けるとダメージを受けます。
0:普通の人間がいくら刃物で切ろうが火で炙ろうが死にませんが、そういった方法で存在を削り取られると霧散してしまいます。
0:第二に、先述した「その魔女が生まれるにあたって核となった欲求が満たされる」場合です。
0:支配したい、破壊したい、愛されたいといった望みが満足するほど叶うと、魔女は静かに終わりを迎えます。
0:魔女はそのことを明確に知りませんし、そもそも人の欲望に果てはないので、このケースの終わりを迎えるのは、ただでさえレアな魔女という存在の中でもレアです。
0:例えば知識欲の魔女が居たとして、この世の全てを解き明かし真理に至ったと自分で思ったなら、静かに終わりを迎え、草木に還り地に眠るということくらいはあったかもしれませんね。
0:つまり魔女は、いろんな人の叶わない欲望や願いといった『心残り』が『自然の魔力』によって形を得た生き物、ということです。
0:同じ仕組みで男が生まれにくく、基本女なのは、その方が願いを叶えるのに都合がいい場合が多いからです。魔法が扱えるので膂力が要らないし、となれば大抵の望みは『美形の女』の方が達成しやすい、といった感じです。
:
0:■■■アストライアについて■■■
0:絶大な力を持った不老不死の魔女である彼女が消えゆく理由はふたつ。
0:一つは前述の魔女の終わり、願望の達成による消失。
0:もう一つは前作での王がらみの精神的ダメージや大規模魔法の使用による器の破損です。
0:スキアが行った事はあまり関係がないのですが、スキア自身は「もしかしたら自分があんなことをしてしまった影響が・・・」と後悔しているところもあります。
0:一つ目の理由は、前項で触れたとおり、「愛された」ことによる願望の成就なわけですが、これには一般的な性愛に加え、親子愛、姉弟(きょうだい)愛、師弟愛、敬愛、親愛、慈愛、友愛なども含まれます。
0:この辺はシナリオを読んでいただければ分かるかと思います。
0:二つ目の方は単純に魔力の過剰使用というわけですね。普通の不老不死の、まだ願望を叶えていない魔女であれば、多少の無理は回復するのですが、彼女の場合一つ目の理由によって終わりに向かっているので、その修復が成されなかった、というわけです。
0:愛されたい、最後にフォスに会いたいだけならその目的のために不老不死継続だったのですが、このダメージに対する修復がされなかったので、余命宣告を受けた病人のようになりました。
0:もう少し分かりやすいようたとえ話をふたつ用意しました。まずゲームっぽいたとえ話をします。
0:魔女は常時、毎ターンHP回復効果が叶えたい欲望の数だけ発動しています。アストライアは先ほど述べたように既に多くの愛を経験していたため、欲望の数が少なく毎ターン回復するHPが少なくなっていた。そんな中、以前無理して魔法を使ったり心に傷を負ったことなどによる毎ターン減少するHP数値の方が上回ってしまったので、ターンを重ねるごとにHP0に近づいている、みたいな感じです。
0:もうひとつ例えるならひびの入った花瓶に水を注ぐようなもの。水を入れても、漏れる方が多ければ花瓶の水は果ててしまうのです。
0:そんな風に、彼女は今にも死んでしまいそうな自分の命を気合で繋ぎとめて来たわけです。あの瞬間、あの二言を伝えるために。母は偉大、ですね。
0:ただ、その無茶は本来死んで消えているはずの生命を無理やり延命させているので、かなりの苦行です。常時めっちゃ重い生理痛状態みたいな。まあ生理痛の重さとか私には分からないのでこの例えはご無礼かとも思いますが。アストライア本人は夜一人でベッドに横になっているときによく自問自答してたりします。こんなに苦しいのに、帰ってくるか分からないフォスを待つのかと。答えはいつも変わりませんでした。「決まってるでしょ。あの子は帰って来るし、私は待つわ」
0:ちなみに、アストライア以外のキャラの名前がギリシャ系列から文字っているだけなのにアストライアだけ女神の名前そのままなのにも理由があります。
0:他のキャラは、ヘラクレスなど、その元ネタ要素がすこしあるくらいで、作中においてもたまたま名前が似ているだけなのですが、アストライアはこの女神の名前を自分に名付けたのです。
0:先ほど紹介した前日譚のサイドストーリーであるsideAにも記していませんが、アストライアは人間の社会に深くかかわる(人を愛し愛される)事を決意した際に自らアストライアを名乗りました。
0:そもそもこうした生まれなので名前もなく、人々からは魔女と蔑まれるばかり。ただ一人の男を愛し、人の社会の中で生きていくには名前が必要だった。
0:彼女は魔女が人にかかわるとろくなことにならないと重々承知していたので、その力を使う使わないの判断、あるいはどう使うかの決断を誤らないようにしなければならないと覚悟しました。
0:そのため、善悪と正義の女神、アストライアの名前を自らにつけたのです。アストライアはギリシャ神話上で、人の世が荒んでしまっても最期まで地上に残り正義を訴えた女神です。
0:現実においても、裁判官のバッジにある天秤や、その関係施設にある正義の女神像にゆかりのある女神でもあります。おとめ座のモデルであり、そのおとめ座がてんびん座をもっているんですね。
0:でも、彼女は結局間違えた。だから、『わたしは女神になれない』。
0:名前に関することも含め、前作時点から続く設定です。
0:というか前作でアストライアだけ名づけの法則が違っていることに気づいてくれるような人はきっと居なかったと思います。
0:いろんな仕掛け、込めた意味がありますが、書きすぎてもあれなので演者、読者、聞き手にはいろいろ想像してみてほしいですね(投げやり)。例えばなんでトネリコなのか、とか。
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0:■■■前作からの幕間■■■
0:スキアは王殺しの罪を償うつもりでしたが、世間的には父である先代国王の圧制に終止符を打った英雄でした。舞台は近代的な法治国家ではないので人殺しの罪より革命としての劇的な展開を重視する社会なのです。
0:しかしスキアはそれを良しとせず、未遂に終わったとはいえ危険な計画を遂行したことを公表し、権力を放棄し国民に混ざって最前線で国の立て直しや諸外国との関係修復にあたりました。
0:形式上は国家は民主主義的な制度に移ろい、初代首相はラクレスが務めました。その指令を受ける形で、フォスとスキアは共に国家の安定のために尽力しました。
0:魔法と頭脳、二人が協力した時、ほとんどの問題の解決に時間を要する事はなく、様々な仕事を共にする中で二人は親友と呼べる間柄になりました。
0:リュティはフォスとスキアの護衛として随行し、3人でいる時間が長く続きます。最初はぎこちない関係も徐々に日常になり、アストライアを含め穏やか時間を過ごすこともしばしばありました。
0:それは前作でアストライアが望んだ未来。フォスが手繰り寄せた希望ある日々でした。
0:前作でフォスとスキアはそれぞれ片腕を失っています。フォスは左手、スキアは右手を、互いに奪い合いました。
0:フォスとスキアはアストライアの治療(の域を超えた魔法)を拒み、協力して義手を作成しています。これが二人の初めての共同研究でした。
0:アストライアの魔法に頼りすぎたことが人類にとっても彼女にとっても良くない事になると全員が理解し、二人は自分たちの知識と技術でやっていく決意の象徴として、魔術を応用した生体義手を作成しました。
0:この辺は作中で説明するのが不自然なので言及してません。
0:同様に、前作にてフォスは左目を失って眼帯をしています。何故左目なのかなど理由や由来はぐわんばに回します。
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0:■■■スキアについて■■■
0:前作でも決して悪人というわけではなく、根は良い人なのに境遇で捻じ曲がってしまった青年という役どころでした。
0:今作ではそう言った憑き物がとれて、本来の彼が表出しています。
0:キャラがガラッと変わっている感じがすると思いますが、こっちが本来の彼なのだと思っていただければ。
0:正しくあろうとした魔女と、素朴で優しい性根の国王の子供なので、本来は彼が主人公補正がかかるくらいのキャラなんです。
0:彼は犯した過ちを悔い、フォスという友を得てまっとうになりました。理知的なのはフォスにも似ていますが、彼との決定的な違いはリアリストである点です。
0:一度いろんな物を失って、今というチャンスを得た彼は、しっかりと現実を見据え、目の前の事実であろうと理想や希望であろうと、そこからから逃げないという決意を固めています。
0:だからこそ彼は、母の問いに対し、フォスを迎えに行くという決断を下した。
0:それが、母親を救う可能性を廃し、半ば自棄になって憐れな選択をすることから救ってくれた友に無情な宣告をすることだとしても。母の最期に、友を引き合わせるために。
0:スキアはフォスが自分を能力的、立場的に対等で唯一の友だと思っている一方で尊敬はされていないことをうすうす感じ、そんな自分を悔しく、申し訳なく思っています。年下のフォスにもらいっぱなしの人生で、彼が初めてフォスに渡せたもの。それが「母上がお前の帰りを待っているがお前が帰ると母上が死ぬ」という現実でした。
0:ちなみに前作からの設定である左手の薬指の欠損はそのままにしています。父の圧制を忘れない証として。ただ、何か『きっかけ』があれば、義指をつける事もあるでしょう。例えば、指輪を嵌める必要ができた、とか。
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0:■■■フォスとスキアの魔術戦について■■■
0:二人が対峙した山間の開けた野原は野球のスタジアムや陸上のグラウンド並の広さを想像してください。足首から脛当たりの草丈の草原で、ところどころに腰掛程度の岩が突出し、地面が見える場所もあるような緩やかな斜面。
0:小雨降る曇天の中、世界で初めての、魔女の弟子と魔女の息子の魔術戦が始まります。それは神話の再現、余人が立ち入ることの出来ない神秘の衝突。だからこそ、フォスを連れ戻すのはスキアにしか出来ないことなのです。
0:先述のとおり、フォスは詠唱を必要とし、スキアは己のイメージを発する一言で魔術を発動しています。スキアのそれは前作とは同じ読みですが宛ててる字が変わってたりします。
0:詠唱内容に関しては解説しすぎると中二披露大会みたいで恥ずかしいのですが、起こす事象の性質の本質を言霊にしているというイメージです。前作の時間魔法は緊急だったので前段の詠唱破棄バージョンですが、今作の詠唱と並べていただければ法則っぽいものが見えるかも?まあ言ってしまうと、この詠唱だけは前作時点になかった設定です。つまりここだけ続編書きながら考えた後付けです。
0:フォスは相手が魔術戦において格上である事を承知しており、彼の実力に信頼を置いてもいるので全力で臨んでます。
0:フォスは現在の天候から水→雷のコンボを決める作戦を即座に立案。水のないところでこのレベルの水遁を――ではなく、周囲に水が溢れている事を利用し最大の効果を狙っています。
0:雷につなげるのは高威力でもありますが自殺まがいの選択でもあります。この水魔術も、ナイアガラの滝レベルの水量が横幅6mくらいでドバっと襲っているので、フォスとしてはここで決着がついてくれるならそれで恩の字だがスキア相手には厳しいだろう、といったところ。
0:予想の通り、全てはスキアの眼前で歪曲し、あらぬ方向へと受け流され行きます。
0:そうして、スキアはフォスの悲嘆を受け止めるため、あえてその魔術の全てを受け切り、捻じ曲げます。
0:前作のようにフォスの身体を捻じ曲げようとすることはしません。
0:友の嘆きを受け止めるように、魔力も、拳も、全てを吐き出させ、受け止めているのです。拳に関しては『目を醒ませ』的な意味合いで殴り返していますが。
0:リュティとラクレスの会話の裏でも大規模魔術が乱発されては捻じ曲がり、周囲は濡れ、焦げ、抉れ、隆起し、割れ、消え去っていきます。そのうち魔力が尽きたフォスが殴りかかり、殴りあいになります。
0:スキアも疲弊しているため、余裕はあまりありません。
0:互いに肩で息をしながら、土砂降りの雨の中、泥にまみれながら互いの拳(生身の腕と、互いの友情の証である義手)で殴りあう。
0:それを泣きそうになりながら見守るリュティと、険しい面持ちで見つめるラクレス。
0:互いの拳が交差し、顔面を捉えたところで、フォスは力なく地べたに倒れ込み、最期の会話になります。殴り合いでフォスが負けるのは魔力消費が激しかったことと、精神的に折れたこと、スキアは過去の幽閉の最中(前作無印参照)にリュティに体術の手ほどきを受けていたことからです。
0:徐々に雨はやみ、フォスが泣いているのか、それとも雨粒なのかは分からないけれど、二人は殴りあってボロボロになった互いの義手を取り合って立ち上がるのです。
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0:■■■フォスについて■■■
0:前作から引き続きの主人公。親であり、姉であり、友であり、師であり、フォスの世界のほとんどを占める存在であるアストライアの異変に気づき、その解決策を得るために制止も聞かずに旅に出た。
0:アストライアに拾われたとき、フォスは別に世界を憎んでは居ませんでした。
0:愛されたことがない彼は、他人や世界に何も期待していなかったからです。
0:白銀の毛髪と緋色の眼という理由だけで迫害を受け、親からも見放され棄てられた彼は世界に何も望まず、ただ自分はそう扱われる異物で、彼らはそういう生き物なのだと冷めきった目で見ていた。
0:ついに欲望のはけ口として棄てられた彼は、あの夜にアストライアという運命に出会う。そして初めて、契約――与えられることと与えることを誓いあう行為を経験することで、人並みの感情を得ていく事になる。
0:彼は今日に至るまでの全てを、アストライアとの出会いによるものだと理解し、感謝しています。
0:そして、それが絶望であるということすら気づけない奈落の底にも手を差し伸べられる奇蹟は起きる――希望はあるのだと、誰よりも信じ抜くことが出来る信念を持っている。それが前作における彼のポジションでした。
0:今作においても、彼のそれは変わりません。生命の終わり、アストライアの終焉という絶望さえ覆せると信じて彼は病床から手を伸ばすアストライアに背を向けます。
0:それがどういう結末を辿ったのかは作中の通りです。
0:ちなみに彼が最後に向かうはずだった湿地帯は前述のとおりアストライアの生誕地でした。もしフォスほどの魔力適正と観察眼を持った人間が出向いていたなら、何かを見つけて、本編とは違う結末があったかも痴しれませんね。ただしそこには他の神秘の濃い地同様、強力な魔物(沼地に潜む者、フェンリル)がいるので、フォスとリュティでは詰みです。ほかに強力な魔法使いと屈強な騎士が居れば、あるいは。出発時点で4人、回る順番が逆なら、アストライアが助かるが国の立て直しはガタガタで帰るころには戦争で国がボロボロルートになりますね。
0:なお、言わずもがな、先ほど触れたアストライアの終わりのきっかけである性愛以外の親子愛、姉弟(きょうだい)愛、師弟愛、敬愛、親愛、慈愛、友愛など、ほとんどはフォスがきっかけで得られたものです。
0:スキアとは互いに認め合う無二の親友でしたが、この本編に至るまでは「尊敬」という点ではスキアからの一方通行でした。今回のことを経て、フォスはスキアに初めて畏敬の念を覚えます。
0:自分が拒み続けた『終わり』に向き合った者として、尊敬せずにはいられなかったのです。
0:フォスが終わりを拒み続けた理由。一つは彼の前作からの特性である『どんな絶望的な現実も覆せる』という意志の強さ。もうひとつは、『人の死に馴れていない』というものです。彼は自分だけが他人にひたすら迫害された過去と、アストライアに拾われて人間社会から疎遠な生活しか知りません。一般人のように、生きているうちに著名人や近所の人、親戚などが死んだ時の「いつかは自分の母親や自分の番が来るんだな」といった漠然な心の準備がフォスにはありません。ここが、他3名と大きく違う所です。人が死ぬという当たり前のことが未知で、恐怖だった。だから彼は、最期まで認められなかった。しかもその引導を渡すのが、自分の「ただいま」だということを。
0:冒頭の泉のシーンで怪我を負っているのは、直前にその場所の守護獣とでもいうべき魔物と闘った為です。先述の世界観設定のとおり、人の手が入っていない神秘の濃い場所では魔女が生まれるように強力な魔物も誕生しがちです。ただそのどれもが無差別に人を襲うわけではなく、この泉の守護獣も付近の村では守り神のような扱いを受けている大人しめの獣でした。しかしながらフォスは先を急いでいたので対話や融和という選択肢を選ばず、殺しています。彼が全てが終わった後の2度目の旅でここを訪れた際は、この獣の墓を立てています。
0:フォスの旅の目的上こういった獣とは高確率で闘い、殺しているので今回もそうした、くらいの感覚なのですが、その都度彼は怪我をするので、この旅でかなりの負傷を抱えています。
0:余談的サイドストーリーですが、「自分にとって都合のいい夢・幻覚を見せる魔術を使うサル型の魔物」との闘いは身体的な負傷こそなかったものの、フォスは自分ではそれを敗れませんでした。リュティが居なければここで詰み、ゲームオーバーだったポイントです。
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0:■■■リュティについて■■■
0:近衛の家に生まれて、ひたすら訓練と勉学の日々。名家でありながら、リュティは長女であり、長男は生まれなかった。親族は冷ややかな目で見てきたが、でも両親は優しかった。厳しい日々ではあったが、不幸ではなかった。しかし、ある夜たまたま目が覚めたリュティは廊下で両親の寝室から聞こえてきた話し声に耳を傾けてしまった。「なぜ男の子ではなかったのか」。ドアの隙間からみえた、そう悲しげにつぶやく父と沈んだ眼をする母の姿が、彼女を縛った。
0:両親の期待に応えなければ。強迫観念とも呼べる父母への誓いが、ただでさえ不自由だった彼女の人生から『立派な騎士になる』為の行動以外の全てを排除した。その生真面目さ故に、彼女は自ら不自由を加速させた。
0:そんなこんなで独身です。両親も望まぬ婚姻話などは持ってこなかったので。厳しい幼少期を経て仕事一筋、アストライアを崇拝して生きてきて、スキアを見守り続け、ここ数年はフォスの供。そんな境遇に加え、生真面目すぎる性格と近衛の副長をするだけの実力。
0:並の男ではなびきもしませんが、現状経験に乏しいのもあって一番色恋に疎い恋愛ポンコツキャラでもあります。
0:もしかしたら、血筋も過去も背負いきって、自分の力でいろんな物を手に入れて立派になった誰かさんの猛アタックにたじたじでちょっとした歳の差婚、というのもあるかもしれません。
0:作中では相変わらずアストライアに忠を尽くす騎士道の人ですが、彼女にとっての最善や未来の可能性、いろんなことを天秤にかけた瞬間が、フォスに『近道』を提示する場面です。
0:前日に会ったフードの人物はラクレスで、スキアが待っている場所を伝えられました。
0:リュティはそれを無視してフォスと可能性を求める旅を続けることもできた。ただ、ラクレスから聞いた彼女の現状と望みを聞いて、最期まで迷いながら、その決断を下したのだと思います。
0:ちなみに彼女は近衛式の暗号を旅の途中至るところに残しています。木や岩にナイフで刻むように。広大な大陸においてラクレスとスキアが行き違いにならずに10ヶ月で二人を見つけられたのはこれをラクレスが読み取ったことによります。軍隊式の暗号の為、仮にフォスが気づいても読み取れません。
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0:■■■ラクレスについて■■■
0:彼は今回そもそも登場させるか悩みました。物語のうえでの役割があまりなかったので、国政で辣腕を振るっているという設定だけですませても良かったからです。
0:でもまあ彼なら万難を排してアストライアに仕えるだろうという性質と、成長する青年たちを見守り、見送る父性としての視点を創ることで納得しました。
0:後は単純にせっかくの続編にいないのは寂しいかなという勝手な都合です。セリフ少なくてごめんなさいね。
0:幕間で触れたとおり、彼は国(ホロヴァ)の再建に尽力してきました。ただ本人はあくまでつなぎ、次の指導者が見つかるまでのピンチヒッターのつもりでいます。
0:彼には卓越した武力と味方からの厚い信頼はあれど、民衆を率いるほどのカリスマはないからです。妻子と平穏に暮らし、アストライアの安寧が約束された世界を目指す彼にとっては、フォスとスキアの動向は目の離せない重要事項でした。
0:国政を一時的に信頼できる部下に任せて、スキアの旅に同行する決意をさせるほどに。
0:スキアへの態度はラフです。これは幕間で語ったとおり、スキアは王族の権力などを全て返上しており、その際に「敬語はやめてくれ」とスキアに言われたためです。
0:先述の通り、ラクレスにはフォスとスキアにとって父性を見出す役どころをになって貰っているので、そういった背景もあります。
0:ちなみに前作とサイドストーリーでも登場していた彼の愛馬、ディオメデスは今回の旅にも同行しています。フォスとリュティは徒歩ですが、スキアとラクレスは馬を伴った旅をしています。
0:そして彼と共に戦場を駆け、長く付き従ってきたディオメデスはこの旅を最後に息を引き取ります。「そうか。お前も逝くか。あのお方の道行の供に、お前がついてくれるならこれ以上頼もしいことはないな。ありがとう、友よ。我が人生において、お前と駆けた時ほど、眩しいものはなかった。アストライア様を頼んだぞ」
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0:■■■エピローグの少女とその後■■■
0:ラストに登場する少女の名はエリー。18歳。ギリシャ神話の復讐の女神、エリーニュスから。
0:何故アストライア役の方に演じてほしいのかは前作をご覧いただいてあのシーンがどういうものなのかを知れば分かっていただけると思います。
0:別人なので、似せて演技する必要とかはありません。
0:彼女はフォスが到着間際だった次の国、カラグリアから逃げ出してきたところ。
0:カラグリアは産業革命期に差し掛かり、貴族や資本家が一般市民を奴隷のように扱っている国で、エリーは4歳年下の弟と二人で貧しい奴隷生活を送っていた。
0:両親も同様の扱いで、僅かな食料をエリーと弟に分けていたため、身体を壊し死亡。エリーも同じように弟を大切にし、二人でなんとか生きていた。
0:だが弟は生まれつき呼吸器に疾患があり、労働環境もあって満足に働けずにいた。弟の分のノルマも、エリーがこなしていた。
0:或る日、弟はエリーが居ない所で支配階級側の人間(奴隷の作業を現場監督する者たち)が、エリーを強姦する計画を立てているのを耳にしてしまう。
0:エリーは眉目秀麗なので、好き勝手犯したあとは娼館で働かせれば金になると下卑た声で話す男二人に激怒し、その場で糾弾するも返り討ちにあってしまう。
0:弟の帰りが遅い事を心配したエリーが様子を見に行った時には、弟は息も絶え絶えで死に体だった。
0:二人の男は怒りに身を任せ、そのまま計画を実行しようとエリーに迫る。男たちはエリーの服を剥ぎながらべらべらと事の顛末――計画のことを喋り、弟が何故こんな目にあったのか察するエリー。
0:男たちの背後から、仕事用の工具を男の一人の後頭部に突きさし、殺害する弟。
0:残った男は刃物を取り出し弟の腹部に刺突。弟も工具で頭を殴りつけ、倒れたところを馬乗りになり頭部の形が変わるまで殴り続けた。
0:残ったのは二人の死体と、腹部から血を流す傷だらけの弟と、服を破られ返り血に染まったエリー。
0:「ごめんね姉さん。せっかく今日まで二人で頑張ってきたのに。――さあ、逃げて。追手に掴まったら酷いことになる。だから―」
0:感謝と謝罪を吐露し、熱を失った弟の亡骸をあとに、エリーは走った。事情を知っていた、あるいは察した奴隷仲間たちの助けもあり、エリーは国境を越えた。
0:このとき、他の奴隷たちが助けてくれたことに気づかぬほど、一心不乱に走った。
0:半ばパニック状態で野を駆けたきたエリーは、遂に力尽きて森の中でへたり込み、慟哭し、怨嗟の炎を燃やした。
0:体力はとうに限界。精神も不安定なまま涙を流していた所に、夜空から声が降ってきた。
0:その声の主と共に、カラグリアの奴隷制をひっくり返して支配層を打ち負かし、自由を勝ち取る物語は――さらにその後、国を照らしたその〈光〉と共に旅にでる少女の物語は、また別のお話。
0:――いや、書く予定は微塵もないですけど。なぜこんなエピローグを書いたのかは、言うまでもないですよね?
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0:■■■作者あとがき■■■
0:ここまで読んでいただいた方へ、まずは感謝を。
0:演じる上での材料はここまでで提示しているので以下はスルーでも上演に問題ないです、読みたい方だけどうぞ。
0:本シナリオはおそらくボイコネ史上もっとも多いテキスト量、情報量だったと思います。いや、知らんけど。
0:後書きも作者の考えてることを乗せておいて、演者さんが演じる材料にしてもらえたらなってだけなので取捨選択してもらったら。全部この通りにしろなんて言いませんし全無視でもおっけーです。
0:作者の意図に添わなくても、あなたが「こういう解釈の方がおもしろい」と思えばそれで構いません。
0:そもそも作者がこれだけ自作のことつらつらと書き連ねるの、どうなんだろうと思わなくもないので。
0:それでもこれだけの設定や幕間を書いた理由は2つ。1つは、今まで拙作を演じた上演を聞いてたまに「俺の考えてること1/3も伝わってないな。純情な感情以下かよ」と思うことがあったから。もう1つは、ボイコネにおける声劇というコンテンツが演者の芝居、解釈によって無限の可能性があるとして、逆に作者と演者が同じ方向を向いて究極の一を目指すのも面白いのでは?と思ったからです。
0:最近の台本は後書き残してますが、こんなに文量が増えたのは初めてです。
0:今作はWGの続編にあたりますが、前作はまだ後書きを書くということ自体やっていなかったので、今回後書きに書いた設定なども全く載せず、セリフだけの普通の台本でした。
0:それでも60分5人のまあまあのボリュームで仕上げて投稿しました。話自体もそこそこ面白いんじゃないかなーと思ってました。
0:あとがき無しでも60分5人台本書くってまあまあ時間使うわけですが、それが投稿してから100日で上演1回。この続編投稿時点で3回。
0:やってくれた方々に感謝です。0回だったら流石にボイコネに台本投げるモチベが消え去ってたかもしれなかったです。
0:今回もこれだけ書いて、今から投稿するわけですが。投稿したきり誰にも使われず0回もあり得る。これは謙遜やネガティブ思考ではなく、これまでの刹羅木劃人という作家の実績による客観的な予測です。
0:文量が多くても、面白さに手応えがあっても、そんなものは関係ないんだと思い知りました。
0:なので、今作はある意味復讐です。あの頃、前作をそんな結果で終わらせてしまった自分へのリベンジなわけです。
0:ボイコネで初めて声劇台本――というか物語の執筆活動自体を始めてまだ1年にも満たず、私が面白いと思っててもやはり素人の書くものだから自分では気づけない、気づいても直せない至らない点が多々あるのだろうと思います。
0:そうでなくともこの台本は人数が多い、時間が長い、設定が複雑、他の演者に投げにくい、演じるのが難しい、声劇向きのシナリオではない、ボリューム過多と、「選ばれない理由」ばかりたくさんあるシナリオです。
0:というかこのシリーズに限らず、拙作は面白いわりに基本難しくてやりにくいんだろうと思います。(「夏目玲子の憐憫」とか「遠雷にさよならを」とか)。
0:でも、そんな「選ばれない理由」の全てを打ち負かして、人を集めたり企画したりしたくなるように、台本の「面白さ」で「選ばれない理由」の全てをねじ伏せてやる。そんなつもりで執筆しました。
0:この台本はセリフやキャラの関係性など、随所に「前作を知っているほど楽しめる」要素をたくさん盛り込みました。個人的な推しポイントはフォスとスキアの「何をしに来た」「連れ戻しに来た」の問答が逆転しているとことか好きですね。
0:ということで、お時間あればぜひシリーズの台本、無印のWGやsideAもよろしくお願いします。
0:演じずとも、読むだけでも面白いと思って頂けたならそれでも構いません。
0:台本エールとかも要らないので、ここが面白かったよって短いコメント一つくれれば「そっか~」って嬉しくなるので、気が向いたらお願いします。
0:そういう言葉があると、私の執筆も『気が向く』かもしれません。
0:では改めまして、最後は愚痴に近い戯言でしたが、お目通しいただき感謝です。
0:前作は『現実では見失ってしまいがちな希望や理想を求める心をフォスという光が照らし出す物語』
0:今作は『希望や理想ばかりでは立ち行かない現実を、それでも受け入れて歩いていく物語』でした。
0:光が真っすぐ進む様は人に希望と勇気を与えもするし、光の屈折現象は虹のような美しいものを生み出しもする。
0:もちろん他にもいろいろありますし、読み手の方によって受け取り方も異なると思います。
0:どんな形であれ、願わくばこのシナリオが、ここまで読むのにそれなりにいただいてしまったあなたの人生の時間に見合う美しいものでありますように。
0:そして上演された暁には、リスナーの皆様の心を震わせる時間となりますように。
0:刹羅木劃人