Main1-7:アストロペと誕生日
今日は珍しくガウラ1人だった。
と言っても独り身だからほぼほぼそういう日なのだが、今日は周りに何の気配もない。
白き一族であるヘラ(ガウラ)を護る使命を担う黒き一族…ヴァルももちろん、弟とそのパートナーも、リリンやナキも居ない1日。
この日は石の家に行くわけでもないので暁のメンバーも会わないだろう。
そんな彼女は生い茂った草木を避けつつある場所を目指していた。
─────
数日前に立ち寄った白き一族の集落で母のジシャからある話を聞いた。
『ガウラはアストロペを知っているかい』
「アストロペ?」
『心優しい者の前にしか現れないとされる、非常に獰猛な獣だ』
「?」
『姿は誰も見たことがない…名前だけを私は知っている』
「それが、なんなんだい?」
『彼の名前は…ヘラから聞いたんだ』
「え?」
ヘラは記憶を無くす前のガウラの名前。
ヘラとして生きていたのは幼少期なので、その期間に聞いたということになる。
「なぜ今更?」
『これだけ集落が焼けたというのに、何故か遺物が結構残っていてね…時魔法の誤作動の1つだろうとは思うのだが。
その中にヘラの日誌が残っていたんだ。
失礼ながら軽く読ませてもらっていたら、その中に彼の名前が書かれていた…』
「名前だけしか分からないのかい?」
『あぁ、そうだよ。
名前を見て私も思い出したが、確かに聞いたのは[名前]と[集落の外れで出会ったこと]だけだった。
そこで[優しい冒険者]であるガウラに頼みがあるんだ』
「…探してこい、と」
『お願いできるかい?』
「見つけられる保証はないよ」
『それでも構わないさ。
ただ生きているのであれば保護してあげてほしい…ここ一帯はまだ不安定なエーテルだから安全な場所へ連れていく必要があるからね』
─────
そうして始まったアストロペ捜索。
だがここはまだ未開の森なのでガウラも地理は詳しくない。
集落を中心とし、周りを探している状態だ。
広い森だから他の者にも頼めばよかっただろう、そう思われるだろうが…なぜかそうはしたくなかった。
いやそうしない方がいいと思ったのか。
どうも頼る気がなかったようで結果的に1人で捜索する状態となった。
見つけたという日誌を読んでみると、どうも何日かアストロペの所へ通っていたような記録があった。
そう考えると獣道ができていてもおかしくない…。
数年前にできたであろう獣道を、生い茂った草木の中から探す羽目となった。
「獰猛な性格ってなるとそもそも人の前には現れないはずなのに、ヘラの前には現れた…。
何か意味でもあったのだろうか、理由があったのか…」
迷子にならないようにと目立つ木にナイフで目印を付けつつ進む。
「…お、これは獣道の跡?
方角的には集落に繋がってそうだな…」
コンパスで方角を確認し、獣道だったであろう道を進むことにした。
=====
遡ること十数年前。
ヘラは獣の前に座り本を読んでいた。
「ねぇアストロペ」
『……』
「僕、大きくなったら冒険者になって世界を見たいと思うんだ」
『……』
「できるかどうかは、一族の問題でどうなるか分からないけど…もし冒険者になれたら僕は君と一緒に旅をしたいなぁ」
『……』
「僕が君を護る!」
『?』
「この本の主人公の言葉だよ。
主人公はね、[君を護り続ける代わりに、君の世界を見せてほしい]ってドラゴンに頼むの」
『…』
「するとドラゴンは主人公を背中に乗せて大空へ羽ばたくんだ。
怪我をして羽ばたけなかったドラゴンは、主人公の言葉に励まされてどんどん高く飛ぶんだよ」
ヘラの言葉を理解しているのか、アストロペは静かに彼女の言葉に耳を傾けていた。
「アストロペ、君はドラゴンじゃないけど大きな翼がある。
君も今は怪我をしていて飛べないかもしれないけど、僕が大きくなって君を護れるほど強くなったら、その背中に乗せて君の世界を見せてよ」
[約束だよ]
そう言ったのが出会いの最期だった。
=====
「のわぁ゙っ!?」
変な声をあげ斜面を滑り落ちたガウラ。
獣道とはいえ草木が育っていたので視界が悪く、斜面に気づかなかったようだ。
「いってぇ…擦りむいたか…」
持っていたマキシポーションで応急処置をしつつ辺りを見渡す。
斜面の下は少し開けた場所となっており、千年樹程ではないが大樹があり小さな池やタンポポが咲いていた。
人気はないが、壊れた梯子も落ちている。
「なんだい、ここは…」
そっと立ち上がり周りを捜索し始めた。
視界は悪すぎず、芝生の広場。
果実の食べ残し。
抜けた羽。
古びた本。
「本……」
手に取り辛うじて読める表紙の文字は[ドラゴンの世界]だった。
中身はほぼほぼ分からないが、挿絵には羽ばたくドラゴンとその背に乗っている男の子が描かれていた。
『ヘラ』
「?」
誰かの声がした。
ジシャではない、脳に響くような誰かの声。
『私を置いて去った、ヘラ』
「!
誰だい!」
警戒し、持っていた斧に手を出す。
『君の優しさを、信じていた!』
「な…!?」
振り返り少し上を見上げると物凄い速さでこちらへ向かっているペガサスがいた。
原初の直感で咄嗟に受け止めたが、自身の数倍あるであろう大きさと重さには耐えきれず後ろの池に飛ばされてしまう。
「…ゲホッ…なんなんだい急に襲いかかって!?」
『ヘラ、私はもう羽ばたける!
それなのに迎えにこないだなんて、なんて酷い!』
「ヘラは確かに私の本名だと聞いているが、生憎私は記憶がないんだ!
約束なのかなんなのか知らないけ、ど!?」
『約束!
そう、約束した!
[共に旅をしよう]と!』
前脚でガウラの前を踏みつけ水しぶきをあげる。
ペガサスは相当怒っている。
あまり話を聞いてもらえない様子だ。
だがガウラはどことなく冷静で、この騒ぎで寄ってきたであろう別の気配を感じていた。
怒っている彼は全く気づいていない。
どうにかしなければ、気配がすぐそこまで来ている。
「怒るのは結構だが私の話も聞いてくれないのかね!?」
『約束を守れぬ者の声など聞くものか!』
「なんて意地なんだい!
…って今はそんなこと等いいから周りに気づけ!」
『!?』
勢いよく起き上がりペガサスの背面に出てまたも原初の直感で軽減する。
襲いかかってきたのは同じく大柄の獣。
2本角を持ち荒い息遣いでガウラを睨んでいた。
[僕が君を護る]
「お前の退路は私が護るよ、怒った暴れん坊はとっとと去りな!」
『!』
原初の解放を使い目覚めた力でオンスロートをし敵に急接近する。
怯んだ獣にこれでもかとフェルクリーヴでダメージを与えていく。
それでも大きさ故か耐久力のある獣は爪や角でガウラを攻撃する。
ガウラもランパート等を使い軽減するが、こちらもダメージが蓄積されていた。
見守ることしかできないペガサス。
これが[護られている]ということか。
いいやこれはそんなものではない。
危険だ、あのままでは力負けしてしまう。
『なぜ、逃げない?』
そっと呟いた言葉は聴覚の鋭いガウラには聞こえていた。
「目の前に、護らなきゃいけない者がいたから、だぁッ!」
記憶がなくても、ヘラはヘラだった。
何も、変わってないじゃないか。
「グルルァアッ゙!!」
「しま…ッ!?」
力負けし斧が手から離れてしまった。
それをチャンスと見たのか獣は角でガウラを持ち上げ投げた。
咄嗟の受け身だったからかちゃんと軽減を使えておらず身軽な体は宙を舞う。
『ヘラ…!!』
護られるだけでは旅に出られない。
あの子が生きて帰らねば共に旅ができない。
大きく白い翼が、勢いよく飛んだ。
─────
『無茶しすぎだ!』
「ッ…、お前、どうして!」
『私も君と共に旅をすると約束したから…生きて帰らないと意味がない!』
「!」
満身創痍の体を起こし振り落とされないように体勢を整える。
上空から見る景色は地上とまた違って見えた。
地上にいる獣はこちらを見上げ唸っている。
その獣の背には弱点らしき鉱石が付いていた。
「トドメ、刺せるかもしれない」
『どうすればいい?』
「アイツの背中を狙いたいんだ。
どうしてくれても構わない、私には取っておきの獲物がある」
そう言って今度は弓に持ち替えた。
何をしようとしているのか理解できたペガサスは、速度を上げ獣を撹乱させる。
速度に慣れたのか、ガウラは狙いを定めた。
「悪いね獣さん、今回は私たちの勝ちだッ!」
エンピリアルアローを放ち背中の鉱石にダメージを与えた。
弱点というのは正解らしく、大ダメージとなり獣は悲鳴をあげ粒子となり消えた。
後に分かったことだがあの獣はヴォイドの種だったらしい。
事件以降、周辺にヴォイドが出るようになっていたという噂があったがその1体かもしれない…という結論になった。
「ありがとうな、アストロペ」
『記憶がないのに、私の名前は知っているんだ?』
「いいや、知らないさ。
ただ母さんや他の情報から見て、そうかなと思っただけだよ」
『……先のこと、すまない。
私が勝手に置いていかれたと早とちりしてしまっていたみたいだ。
君はちゃんと、迎えに来てくれたんだね』
「だから私は…」
『記憶がなくとも、心は記憶しているものだよ』
「……屁理屈だなぁ」
そんな会話をしながらアストロペはガウラを乗せたまま彼女に道を教えてもらいつつ集落を目指した。
─────
『これがアストロペかい?』
『これが、君の母?』
「質問は順番にしておくれ」
姿とオーラがそうさせたのか、ジシャとアストロペは特に警戒することもなかった。
アストロペはガウラをじっと見つめ問うた。
『ヘラ…いや、ガウラ。
私は確かに噂通り獰猛だ。
けれど君の勇姿はすごいと感じた』
「私はやるべきことをやっただけだよ」
『きっとその姿は他の者に対しても変わらないのだろう…。
献身的な心優しき者、その勇姿を他の者にも見せていると信じて問わせてほしい。
私も共に旅をしてもいいかな?』
「…お前がそうしたいなら喜んで」
─────
ガウラの怪我をジシャが治したあと、彼女はアストロペと共に集落の外を出た。
地上から見る景色はアストロペにとって新鮮なものだろう。
「おや、ダンジョンで困ってる冒険者がいるみたいだ」
『?』
「私はこういう[支援]を主にしているんだ。
困っていたら助ける、共に攻略する。
だから今回も行ってくるよ」
『だったらこれを』
そう言って渡してくれたのはアストロペホイッスル。
彼を呼ぶための物だ。
『それで呼んでくれればどこへでもついて行くよ』
「そいつはありがたい!
それじゃぁ行ってくるよ。
メンターとして冒険者と共に助け合いやるべきことをやる…これ、結構楽しいんだぜ?」
そう言い切るとダンジョンの方へ転送されたのか目の前から姿が消えた。
今日はどこへ向かったのだろうか。
冒険の話を聞いてみるのも悪くないかもしれない。
─────
数時間後、ようやく落ち着いたのか個人宅についたガウラは庭で何か話している弟たちを見つけた。
「ああ、義姉さん!
やーっと帰ってきた!」
「ええ?」
「俺は強制だ」
「ヘリオは毎度そうだろう…。
で、なんだい?私にも用事かい?」
「用事も何も、今日誕生日でしょう!?
ケーキもあるんですよ!?
あ、まさか忘れて…!」
「忘れてたな!」
「………」
ヘリオとパートナーであるアリスはパーティの話をし始める。
今日はガウラとヘリオの誕生日でもあったようで、準備を進めていたのであろうアリスはどんどん盛り上がっていた。
テンションの温度差ができてしまった弟たちの横で、ガウラは笑顔で見守りつつ彼らの話が終わるのを待つことにした。
「…うん、今年もイイ年にできそうだな」
そう呟くとどこかでアストロペが[そうだね]と答えた気がした。