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源法律研修所

下命

2021.10.20 12:45


 「御下命を拝する」、「御下命あり次第手配致し候」というように、「下命(かめい)」は、本来、「① 命令をくだすこといいつけ。 」、「 ② 命令の尊敬語。おおせつけ。「御」をつけて用いることが多い。」を意味する(『精選版 日本国語大辞典』小学館)。


 上位者から下位者に命令する場合には、「上意書(じょういがき)」・「下文(くだしぶみ)」・「下知状(げじじょう。後世では、げちじょうという。)」などと呼ばれる書状を用いる。これらの書き始めは、「下」や「下す」といった言葉で始める。

 例えば、時代劇の『忠臣蔵』で浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が切腹を命じられる場面で、幕府の役人と浅野内匠頭は、同じ大名なので、対等に話しているが、いざ切腹を命じる際には、役人が「役儀により言葉を改める」と言って、懐から恭(うやうや)しく書状を取り出し、「御上意である」と言ってその書状(通常、表書きに「下」と書いてある。)を見せると、浅野内匠頭が「はは〜」と言って平伏し、役人が「殿中において刃傷(にんじょう)を働くとは不届き至極(しごく)。よって切腹を命ずる。」と言うと、浅野内匠頭が「謹んでお受け致しまする」と答えるシーンがある。あれがまさに「下命」だ。


 ちなみに、「上意」の対義語は、「下意」だ。「下意」は、下々(しもじも)の者の考えをいう。下位者が上位者に考えを申し上げる場合には、「上書(じょうしょ)」と呼ばれる書状を用いる。この書き始めは、「上書」・「口上書(こうじょうがき)」・「口上」・「上」といった言葉で始める。

 例えば、時代劇で、百姓がお殿様に直訴(じきそ)する場合には、表書きに「上」と書いた書状を掲げて、「恐れながら、お殿様に申し上げたき儀これあり」と土下座するシーンがあるが、あれがそうだ。


 法学用語(講学上の概念)としての「下命」とは、行政庁が、私人に対し一方的に作為、不作為、給付、受忍の義務を課す行政行為をいう。このうち、不作為の義務を発生させる下命を特に「禁止」という。

 行政行為の分類の一つとして「下命」があるわけだ。


 この法学用語としての「下命」は、ドイツ語の Befehlの翻訳語だ。 Befehlは、英語のorderに相当する言葉で、①命令、②指揮権、命令権を意味する。


  だったら、Befehlを端的に「命令」と翻訳すればよかったのではないかという疑問が生じる。

 しかし、政令や省令などを意味するドイツ語のVerodnungを既に「命令」と翻訳していたのだ。法令用語としての「命令」とは、国家法の一つで、法律の対義語として、国会の議決を経ないで、行政機関によって制定される成文法(法規命令ともいう。)をいう。

 そこで、Befehlを「命令」と訳さなかったものと思われる。


 また、「上命下服」や「上意下達」という四字熟語があるのだから、Befehlを「下命」ではなく、「上命」や「上意」と翻訳しても良かったのではないかとも思える。

 しかし、「上命」とは、「国家、天子の命令。おかみからのいいつけ。」をいうので(『精選版 日本国語大辞典』小学館)、これを天皇ではない行政庁の行政行為に用いるのは不適切だ。

 また、「上意」とは、「① 主君の意見。上に立つ者や支配者の考え、または命令。」、「② 特に、江戸時代、将軍の命令をいう。」をいうので(『精選版 日本国語大辞典』小学館)、「上意」を用いると、徳川将軍の命令であると誤解されるおそれがある。


 そこで、色々悩んだ末、Befehlを行政庁が優越的地位に立って下々(しもじも)の者に一方的に命令を下すので、「下命」と翻訳したのだろうと思う。


 現行の国の法令で「下命」を用いたものはないが、廃止法令の中には「下命」を用いたものがある(下記のスクショの1・2・6・8)。

 ただし、これらの廃止法令は、本来の日本語の意味で「下命」を用いているのであって、法学用語としての「下命」ではない。

 自治体の例規も、本来の日本語の意味で「下命」を用いているものがあるが(cf.1)、中には法学用語としての「下命」を用いているものもあった(cf.2)。法学用語としての「下命」が法令用語になっていたとは知らなかったので、驚いた。


cf.1名取市消防職員及び消防団員招集規則( 平成18年1月13日 名取市規則第2号)

(招集時の措置)

第4条 消防本部の課長及び消防署長(以下「所属長」という。)は、所属職員に招集の下命があったとき、又は、招集しなければならないと認めるときは、当該職員の休暇又は休日(勤務を要しない日を含む。)を停止して招集しなければならない。


cf.2高萩市規則等で定める様式のあて名に使用する敬称の取扱いに関する規則( 平成9年3月18日規則第6号)

第2条 規則等で定める様式のあて名に使用する敬称は、当該規則等の様式の定めにかかわらず、次に掲げる区分に従い読み替えて適用し、使用するものとする。

 (1) 個人あて 様

 (2) 法人、団体等あて 様又は御中(当該法人、団体等において様式を指定しているものについては、当該法人、団体等の定める敬称とする。)

2 前項各号の規定にかかわらず、次の各号に掲げるもののあて名に使用する敬称については、当該各号の定めるところによる。

 (1) 賞状 敬称は、付さない。

 (2) 辞令 職員に対しては、敬称は、付さない。

 (3) 身分証明書 敬称は、付さない。

 (4) 行政行為の表示として発する文書下命、禁止、許可、認可、特許、免除、確認、承認、諮問等に係るもの) 文書の性質により敬称を付さないことができる。 ←審議会等の諮問機関は行政庁ではないので、諮問機関の答申は行政行為ではないのだが、なぜ「諮問」が入っているのだろうか?(私見)

 (5) 不特定多数のものに発する文書 各位も使用することができる。

 (6) 法令等の規定により様式の定められている文書 当該様式の定めるところによる。ただし、差し支えない限り「様」を使用する。