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Past8:族長の座

2021.10.22 10:20


かれこれ20年ほど前の話をしよう。

私、ジシャ・リガンは純血種として無事に儀式も終え、それから数年たった頃だ。

歳で言うと…18歳頃だろうか。

この日は成人を迎えた純血種が先代族長に呼ばれていた。


─────


「族長、他の者は?」

「お前さんが早すぎるだけさね…」

「あれ、時間を間違えてしまってましたか」

「お前さんは本当に太陽の傾きで時間を読むのが苦手だねぇ?」

「今日こそは読めたと思ってたんですけど」


皆が集まる1時間前。

室内には族長とジシャがいた。

ジシャは当時まだまだ未熟者で太陽の傾きで時間を読むのがとても苦手な女性だった。

談笑していると1人また1人と純血種が集まってくる。

しばらくして全員が集まると、族長は話を始めた。


「ワシはもう歳だ。

生きて知識も衰えぬ前に、次代の族長を決めようと考えている」

「え?」

「俺たちが?」

「族長の座につく者は、一族の中で一番魔力の高い者…そしてお前たち純血種の中で選ぶこととなっている。

それは一族の歴史を途絶えさせぬためだ。

だが今期はどの者も魔力が強く、そして魔力を理解している者ばかりだ。

それで1つ試練を出そうと考えたのだ」

「試練……」


試練という言葉を聞き、若者たちは静かに族長を見つめた。

族長は性格上突拍子もないことをたまに行うが、今回はどうだろうか。


「…自分の力で、自身の武器を作り上げよ」

「?」

「族長、それはどういう」

「ワシら一族は武器を介さずとも魔法を扱える程、内に秘める力がとても強い。

その強さは護る武器になるだろうが、時に自身を殺す刃にもなる。

ワシはそれで一族を途絶えることは避けたいと願う。

[古き伝承に新しき知識を]…それがワシが精霊から聞いた最後の言葉。

故に新しき知識として武器の制作を行ってもらいたい。

殺し傷付けぬ限りはどんな方法を使ってくれて構わん。

期限は1週間だ、どうだね?」

「………」

「……」

「分かりました」


沈黙を破ったのはジシャだった。

その目は覚悟に満ちた光を持つ。

ジシャの言葉に感化されたのか、他の純血種たちもやる気になったようだ。


「うむ、では今この時より試練を開始する!」


─────


ちなみに彼らは実際に魔法職が扱う武器という物をほとんど見たことがない。

それはジシャも同じだ。

白き租は杖を使っていたと記録されているが、いつの間にかそれが途絶え魔法杖という物もこの集落から姿を消していた。

狩りに使う弓や槍は存在するが、彼らは口を揃えて[武器として認識した記憶がない]と言う。

外からやって来た者は武器を目にしたことがあるとはいえ、この集落に来て以降は武器を持たなくなったので知識が衰えている可能性がある。


「これは難しいぜ…」

「ジン、どうするんだい?」

「俺はとりあえず外の者に聞いて回ってみようと思う。

ジシャは?」

「私は一度集落の外に出るよ、湖の方へ調べ物をしに行くつもりだ」


ジンと呼ばれたミコッテの男性は、族長の孫である。

両親は族長補佐、そして次世代の一族たちの育成係でもある。

彼ももちろん純血種であり実力も高い。


白き一族の族長の座は、基本的に血統関係なく純血種且つ実力が1番である者が座る場所となっている。

孫が居るにも関わらず試練を与え次代族長を決めるのにはこういう理由があるのだ。

白き租の子孫であるはずのジシャ・リガン…その親世代が座に居ない理由もこれだった。

だがリガン家はこの族長の座以外に重要な役割を代々受け継いでいる。


「歴史の管理はどうするの?」

「あれ、ミルじゃないか」

「ほら、リガン家って確か歴史の記録管理を役割にしてるでしょ?

ジシャ、試練受けてるけどそっちの役割はどうするの?」

「それはもちろん役割を優先するさ。

それを踏まえた上で族長が私を呼んだのだから、私も試練を受け上に就く権利があるってことだと思っているよ」

「なるほどー」

「おいミル、喋ってると時間なくなっちまうぜ!」

「ジンに言われたくありませんよーだ!」


いつも仲の良いジンとミルは2人で行動する様子だ。


「それじゃぁジシャ、また後でね!」

「あぁ、また後で」


別れるとジシャは4〜5日分の野営準備をして集落の外に出た。


─────


白き一族の行動できる範囲は掟としてそこまで広くはない。

白き租が最初に住居としていた場所の湖は行動範囲内だが、それより外には行くことを禁じられている。

ジシャは自身の自慢としている脚力で難なく進み、その小屋へ向かう。

実は集落から小屋までの距離は結構あり、純血種でもなかなか立ち寄らない場所でもある。

距離の関係上、試練の期間で設けられた1週間はギリギリの時間となっている。

それでもここへ来た理由は、自身の租がここに一時期住んでいたというただそれだけだった。


伸びきった草を掻き分けどんどん進む。

日は沈み始めている。

夜になると危険だろう、拓けた場所で野営をしなければならないがそろそろ湖まで出てくるはずだ。

乾燥した木を見つけ、魔法で火を付け明かりにする。


「あぁ、見えてきた。

よかった…道は合っていたようだね」


木々の間から小屋が見えた。

進み湖まで出てくると日は殆ど沈んでおり夜の虫が鳴き始めていた。

木で閉められている小屋の扉を開け中に入り、今日はとりあえず休むことにした。


─────


次の日の朝、ジシャの姿は小屋になく荷物だけが置かれていた。

湖の方で音がする。

どうやら素潜りで朝食用の魚を捕まえているようだ。


ジシャは狩りや釣りが得意で自炊する分には1人でも余裕でこなしてくる。

もちろん魔法も得意だが、本人は体を動かす方が好きらしい。

故に魔法を使った訓練でもなかなかトリッキーな動きを見せる。

教えも上手で、後に彼女の子供として産まれたヘラもジシャに教わり実力を高めている。


湖から出てきたジシャの手には2匹の魚があった。


服を乾かしながら火をおこし魚を焼き始める。

いい頃合いに焼けた魚を頬張りながら小屋の中を捜索し始めた。

古びた釣竿に布切れ、文字が滲んだ本があるが租がここを去る際にほとんどの荷物を持って行ってしまったのかこれといったものは見つからない。

ふと窓のある一角を見つめると、謎の杖らしきものが落ちていた。


「…?」


魚の尻尾を口に咥えたまま杖を拾うと、僅かながらにエーテルを感じた。

触った感じは木の素材だろう。

エーテルを纏わせているその杖は、まさにジシャが探していた代物だった。


─────


外に杖を持ち出して太陽にかざしてみる。

随分前の物だからか状態自体はよろしくない。

だが不思議なことに太陽の光を浴びたその杖は、先端に小さな花を咲かせたのだ。

蕾も何も付いていなかったはず…。

調べる必要があると考えたジシャは、太陽の当たる位置に杖を立てかけ小屋に残っていた文字の滲んだ本を解読し始めた。


どうやらあの杖は時魔法の術式が込められていたらしい。

木には水と土と太陽が必要なように、あの杖も太陽と杖に込められたエーテルと術者が居ることできちんと魔法が扱えるのだそうだ。

だが小屋の中にあったことで太陽の光は届かない上に術者も不在だったので劣化、術式もほとんど消え本来の姿からかけ離れた物になっていた。


「なら、時間いっぱいまであの杖に術式を描き直し太陽の下で修繕すれば…直せるかもしれない」


決めたら即行動を開始した。


─────


3日目、夜通し本の解読をしていたジシャだが術式に関しては記録がなかったので杖を見つめながら首をかしげ唸っていた。

杖は太陽の光をどんどん吸収し先端に花を6つ程咲かせていた。

枝も少し伸び小さな葉も付けている。


「杖自体に篭っているエーテルも少ないから、これも補充してあげないといけないのか…私のエーテルと杖のエーテルが反発しなければいいのだが」


そう言って少量のエーテルを杖に込めてみる。

反発はしなかった。

もう少しエーテルを込める…反発はしない。


「……むしろ全く違和感もない。

そうなるとまた話が変わってくるな…」


何も違和感のないエーテル。

それは血縁者同士であったり先祖と子孫の間柄であったり様々だが、繋がりを持つ者が扱っていた物という証明にもなる。

つまりこの杖は血縁者の誰かが扱っていた。

そして両親はおろかその祖父母もこの小屋に来ていないという彼ら直々の話を考えると、杖の持ち主はある1人に絞られる。


「まさか、始まりの租…?」


その答えに応えてくれる者はいないが、直感と経験がそうであると告げている気がした。


─────


5日目。

前日から改めて刻まれていたはずの術式を探しているジシャ。

杖はというとどんどん成長しており、時々植物と間違えて蝶々がとんで来ている。

今日辺りで切り上げて戻らなければ、期限に間に合わなくなる…ジシャはそう考えつつも慌てず術式を探した。


「あと少しで完成しそうなのに、最後の式が出てこない…。

何が必要なんだ?」


小屋の外でウロウロしながら考える。


「白き時、無の中に1つの色…。

色はとても強く、白は色に染められる。

……黒き時、有の中に1つの色。

色は儚く、黒は色を飲み込んだ」


術式を読み返すジシャ。

白と黒の話だということが分かるが、これが何を示しているのかが分からない。

白を始まりの租だとすると、黒は…。


「………まさか…」


1つの言葉が浮かんだ彼女は、その言葉を描き足してみる。

術式が完成した。


術式というよりは、きっとこれは詩なのだろう。

そう感じたジシャは綺麗に成長した杖に式を刻んだ。


─────


試練の最終日。

無事に集落に着いたジシャは残りの者を待っていた。

リィやジン、ミルは既に武器を作り上げていたのでジシャで4人目となる。

ジシャたちの世代は純血種が7人いる。

先々代の族長が認めていた一夫多妻により、この世代は純血種が多い方だという。


「おお、残りの3人も戻ってきたようだな」

「ホントだ!」

「あら、皆素敵な武器ね!」

「だが俺は負けねぇぞ!」

「話はそこまでだ!

……では1人ずつ武器を見せておくれ」


族長がそう言うとまず最初にジンが前に出た。

ジンが作ったのは弓だ。

しかも弓には魔力を込めるための魔石も組み込まれている。

いい出来だとジシャも思った。

放たれた矢は鋭い氷となり的を射抜いた。

氷は彼の得意な属性だ。


続いて2人目3人目と武器を見せていく。

中には上手く機能しなかったり魔力が耐えきれず武器が壊れることもあった。

皆魔力が強かろうと、知識がなければこうして失敗するということだろう。

最後はジシャとなった。


「ではジシャよ、その杖を見せておくれ」

「はい」


前に出るとジシャは早速杖を構えた。

意識を集中し術式を展開する。


「白き時 無の中に1つの色

色はとても強く 白は色に染められる

    黒き時、有の中に1つの色

色は儚く、黒は色を飲み込んだ

    白と黒が混ざる時 2つは1つの色となる

それは何時しか未来へと 先を歩む者の為に」


それはまるで未来を歩む子供へ贈る言葉のようだった。

杖を掲げると魔法が輝き放たれた。

美しいその魔法を試験中の者や通りすがりの混血種たちが見つめていた。


─────


「やはりジシャか」

「…こればっかりは完敗だ」


各々そう述べる中、族長がジシャの元へやって来た。


「皆、お前さんを認めているようだが…どうする?

指名するのは族長であるワシの仕事だが、最後に決めるにはお前さん自身だ」

「私は…族長はしない」


その言葉にびっくりする周りの者たち。

族長は分かっていたのか朗らかな様子だ。


「なんでだよ!

皆あんたの実力を認めてたもんだろ?

それって、トップの実力ってことじゃないのか!?」

「そうかもしれない。

けど私はこの杖の強さに頼っただけだよ、これがなければ私はトップではないはずだ。

それに[役割]があるからね…この杖も役割として記録/管理をする必要がある」

「それってつまり…その杖が始まりの租の物だと言うことなの?」

「私はそう確信している。

だから私は族長の座にはつかない。

自分の役割に専念し、全うするために」

「……そうだろうと思っていた」

「爺ちゃん、知ってたのか!?」

「孫とはいえ外では族長と呼べと言っただろう!

……コホン、知っていたと言うよりは、杖を見て感じたと言った方が正しいだろう。

これは並大抵の術者が作り上げたものではない…それをジシャが苦なく持っているのであれば、元の持ち主はあの方のみ…とな」


─────


そうして試練が終わり、族長の座についたのは他の純血種だった。

ジシャはその後、杖を大事に保管し術式も含めて記録していった。

子の為に、未来の為に唱われたそれは、まるで恋詩にも聞こえたとか何とか。


ジシャは将来自身も子に恵まれた際にこの詩を歌ってみたいと思った。


─────


「そういえば、母さんはトップの実力を持っていたって聞いた気がするんだけど…どうして族長にならなかったんだ?」


以前、ヘラの頃に書いていたという日誌を読みながらガウラがヘリオに問うた。


「………恋をしたから、らしい」

「??」


ヘリオの答えに意味が分からない様子でガウラは首をかしげていた。