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刹羅木劃人の星見棚

Witch's Gift 【3:2 50分 ファンタジー台本】

2021.10.23 12:32

キャラ紹介

■フォス

魔女に拾われた少年。17歳。銀髪赤目の所謂アルビノ体質で、迫害をうけて魔女に拾われる。賢くてクールなのに、ブちぎれると周りが見えなくなる一面も。心根には熱いものもってる優しい子

名はギリシャ語で光の意味。

魔法はアストライアに教わって少し使える程度。アストライアがあまり教えたがらないのでその程度にとどまっているが、地頭とセンスは良いのでその気になれば彼女に並ぶ魔法使いになれる素質を持つ。

■アストライア

不老不死の大魔女。もともと人がそんなに好きではなかったが、作中の出来事もあって世捨て人に。人に裏切られ絶望し、同じようにヒトから捨てられた異端であるフォスを拾う。普段は自堕落でずぼらな性格をしているが魔女としての権能は本物で、その気になればたいてい何でもできる。名はギリシャ神話の正義をつかさどる女神から。

王妃としての振舞、人の世を厭う魔女としての態度、フォスと過ごすありのままの彼女、と、演技の振れ幅が多く難しい役どころです。

■スキア

暗い過去を抱える王子。性格も情緒も不安定。19歳。名はギリシャ語で影の意味。

物心ついたときに迎えた母との別れ、父からの心無い扱いによって歪んだ成長をしてしまうが、その心の奥底には平和を願うだけの優しさが確かにある。

■ラクレス

作中もっとも真人間で腕っぷしの強い王国近衛騎士団団長。回想中はまだ団長じゃない時期もあります。42歳。名はギリシャ神話のヘラクレスから。

肉弾戦最強クラスなので多人数相手でも圧勝します。

妻子持ちであり、作中の様々な行動について断腸の思いで決断している。しかし政治家としての才覚も持っていたため、この国を守るために、王妃の笑顔のために、成すべきことを選んだ傑物。

■リュティ

王国近衛騎士団副団長。今の地位に上り詰めるまでの間もラクレスとはともに戦場を駆け抜けていた。3ト歳。名はギリシャ神話のヒッポリュテから。護国の騎士として、そして尊敬する上官と王妃に仕える者としての役割、を背負いながらもスキアを傍で見守り続けた母としての想いが滲み出る、難しい役どころです。

ラストシーンはラクレスとの戦闘の最中、スキアの悲鳴が聞こえ居てもたってもいられなくなりスキアのもとへ駆けつけた、という顛末です。

ト:はト書きの表記

続編台本『Witch'sGift wandering glare』に世界観やキャラ詳細のあとがきあり。

以下本編

ト:深夜・深い森の入口・人の暮らす町と神秘の佇む森林との境目・木々の隙間から月光が差し込む

ト:怪我だらけで身なりもボロボロの少年・フォス(7歳・本編時間軸10年前)が満身創痍で倒れている

ト:通りがかった魔女が、月光を背に地べたに這いつくばる死にかけの少年に声をかける

アストライア:

「まあ、こんなところに棄てられて。あなたも人の世から爪弾きにされたのね。真っ白な髪に緋色の眼。迫害でもされたのかしら。

なんにせよ、あなたは棄てられた。私と違って、知恵と器量さえあれば、人の世でも生きていけたでしょうに。」

フォス:

「うっ――あ―――」

アストライア:

「まともに喋れもしないのね。いいわ。私が拾ってあげる。だからあなたは、私に全てを捧げなさい。

何もないあなたが何かを手に入れようとするのなら、その命を対価にするしかない。その代わり、人の世から離れたところで暮らせる知恵を授けましょう。

そうしてあなたが成長し支払える対価が吊り上がっていくのなら、私も相応のものをあなたに上げる」

フォス:

「あ――げる。ぜん―――ぶ」

アストライア:

「成立ね。ならばまずはあなたが差し出したあなた自身という存在の対価に、名前をあげましょう。

僅かな月光を反射して輝いたその銀髪が、私の目に留まったの。だからあなたの名前はフォス。

貴方のその輝きがどこまで届くようになるのか、見せてごらんなさいな」

ト:フォス(17歳)モノローグ 現在時間軸から過去を語る口調

フォス:

それが、どこか悲しそうな貌をしていた大魔女と、ぞんざいに打ち捨てられていた俺との出会い。俺がこの世に生まれなおした、奇蹟の誕生日。

ト:場面転換・十年後

ト:二人の住まう森の奥の一軒家

ト:キッチンで料理をするフォスと、匂いにつられて起きてきた魔女アストライア

アストライア:

「ふぁ~あ。あらフォス、もう起きてたの」

フォス:

「はぁ、逆だ逆。やっと起きたのか寝坊助魔女め」

アストライア:

「何言ってるの。朝起きて夜寝るのを常識だと思ってるならそんな固定観念は捨ててしまいなさい」

フォス:

「あんたの場合は、自分が起きたら朝で、寝た時が夜だと言ってるようで非常識極まりないんだよ」

アストライア:

「人間社会とは無縁の生活なんだから別にいいでしょ」

フォス:

「それでも、俺とは共同生活だ。飯時くらい合わせてもらわないとな。ほら、座って」

アストライア:

「ん~いい匂い。いただきまーす」

フォス:

「まったく。最初に出会った時の威厳はどこへやら」

アストライア:

「バカね。魔女の威光と畏怖は安売りしないのよ」

フォス:

「化けの皮がはがれただけだろ。ずぼら魔女」

アストライア:

「その口の悪いの、誰に似ちゃったのかしらね」

フォス:

「あんた以外に誰がいるんだ」

アストライア:

「最初に出会ったといえば、ほんと、ボロ雑巾がここまで立派になるとはね。誰のおかげかしら」

フォス:

「ふん。あんた以外に誰がいるんだ」

アストライア:

「ふふっ。そういう素直なとこは好きよ」

フォス:

「契約だからな。俺は全てを差し出した。その対価として、今の俺がある。その認識だけは、何があろうと覆ることはない」

アストライア:

「そういう言い方は可愛げがなくて好きじゃないわ」

フォス:

「そこは育て方を間違えたあんたの責任だ。それで?今日も篭るのか」

アストライア:

「そうね。理論と式は、もう完成してるの。あとは実用の際に生じる問題点の解決ね」

フォス:

「時間魔法なんてもの、ホントに成立させられるのか?」

アストライア:

「まあね。っていうかもうそれくらいしかやることないもの。他のことは大体何でもできてしまったし」

フォス:

「だがそんなもの、莫大な対価を要求してくるに決まってるじゃないか。実現したとして、実用化するにはまた別の壁があるだろう」

アストライア:

「私は別に時間旅行するほどの大がかりなものは実践するつもりはないわよ。

たぶん数年遡るだけでも人間百人分の命くらい必要だろうし、それが可能であるってことを証明してしまえばそれで満足だから」

フォス:

「長い年月生きてきたのに、変えたい過去の一つもないのか?」

アストライア:

「あるわ。数えきれないくらいね。でもそれを変えることは、今の私を否定することになる。

私はね、失敗や傷跡だってその生を創ると思っている。過去を変えることは、人を変えることでもあるのよ」

フォス:

「そういうこと言ってると、魔女というより聖職者だな」

アストライア:

「だてに長生きしてないわ。でもあなたは、私に拾われる前に戻ってうまく立ち回れば、人の世でうまく生きていく人生もあったかもね」

フォス:

「そんなもの―」

ト:ノック音(SEでも机叩くでもご自由に)

フォス:

「客?アストライア、誰かと約束でも?」

アストライア:

「いえ。そんな予定も相手もないわ。」

フォス:

「なら、招かれざる客だな」

ト:机から立ち上がり玄関へ

フォス:

「誰だか知らんが、立ち去れ。この扉が開く事はないし、もしこの家に住むものとかかわりを持つのなら、お前自身に災いが降り注ぐことになる。

用件を述べることも許さない。即刻立ち去れ」

スキア:

「ずいぶんな言い草じゃぁないか。ここが、魔女の家だからか?」

フォス:

「――っ!貴様、何者だ」

スキア:

「母を訪ねて三千里ってやつさ。立ち去るのはお前の方なんだよ。さぁ!母上ぇ!あなたの愛する息子が参上仕りましたぞ!!」

アストライア:

「そんな、まさか――」

フォス:

「母上だと?貴様何をいって――なっ、アストライア!何をしている。止せ。扉を開けるな。気が触れた異常者だ。相手にする必要はない」

アストライア:

「違うの。いやでも、そんな、はずは―――っ!」

フォス:

「まったく。人間嫌いのあんたがそんな風に扉を開けて飛び出すだなんて。まさか、本当に――っ!なんだ、これは」

スキア:

「やっとお会いできましたねぇ母上。お迎えに上がりましたよ。貴方の子スキアと、王国近衛騎士団の精鋭騎士百余名がね!」

アストライア:

「あなた、本当にスキア、なの?」

スキア:

「はい。証人もこれこのとおり。」

アストライア:

「――っ!ラクレス!リュティ!」

ラクレス:

「お久しゅうございます。王妃殿下」

リュティ:

「ご壮健でなによりでございます。お会いしとう、ございました」

アストライア:

「そんな、じゃあ、この子は本当に」

ラクレス:

「はい。ご子息様であらせられます」

アストライア:

「でも、あなたはあの後」

スキア:

「死んだ、と思ったのでしょう。実際死に体でした。でも奇跡的に助かったんですよ。しかし、目覚めた時にはあなたはどこにもいなかった。

私の生存は秘匿され、表に出ることはなくなりました。まあ、それは母上も同じでしたね。人払いの結界を張ってこんな辺境で暮らしていらっしゃるとは。

貴方に、協力を頼みたいことがあるんですよ、母上。私の夢についてです。覚えていらっしゃいますか?

アストライア:

「っ!まさかあの計画がまだ――」

スキア:

「もちろん、ご同行いただけますね?」

フォス:

「おい。黙って聞いてればどこまでつけあがるつもりだ。俺たちは人の社会を厭い、断絶を望んでこんな辺境に暮らしているんだ。

何の用か知らないが、いまさら人の社会に、それもその中枢である王家に属するような連中に、この魔女がのこのこと追従するわけが」

アストライア:

「フォス、ごめんなさい。あなたとは、ここでお別れです。」

フォス:

「は?突然何を言っているんだ。こんな奴らの戯言に付き合うのか?」

アストライア:

「彼は――スキアは間違いなく私の実子です。私はこれから、責任を果たさねばならなくなりました」

フォス:

「――っ!」

スキア:

「もうわかっただろう。邪魔者はお前なんだよ。――ラクレス!やれ」

ラクレス:

「はっ」

フォス:

「どけ!邪魔だ!何をさせる気か知らないが、お前たちと行かせるわけには――」

ラクレス:

「ふっ!」

ト:鳩尾(みぞおち)に掌打一発。膝を折り蹲るフォス

フォス:

「うっ!ぐはっ」

アストライア:

「やめなさい!私はおとなしく同行します。それ以上その青年に危害を加えるなら、この場の全員を今すぐ氷漬けにします」

スキア:

「おやおや、おっかない。流石は母上。神に選ばれた正義の代行者の権能はご健在のようですな。ここはその豪胆な威勢に敬意を表して、お言葉に従うとしましょう。

もっとも、あれはもう何本かイってしまってる様子ですが。クククッ」

フォス:

「待――て、アス、ト――」

ト:フォス、気絶

アストライア:

「っ!フォス……」

ラクレス:

「ご安心ください。私が面倒を見ましょう」

アストライア:

「ラクレス。ありがとう」

ラクレス:

「リュティ、指揮と護衛は任せるぞ」

リュティ:

「はっ!(敬礼)――団長」

ラクレス:

「なんだ」

リュティ:

「――いえ。お戻りを、お待ちしています」

ラクレス:

「ああ。抜かるなよ」

ト:踵を返すリュティ

リュティ:

「アストライア様。こちらへ。馬車のご用意があります。

アストライア:

「ええ。―――リュティ」

リュティ:

「はい」

アストライア:

「今日まで約束を守ってくれて、ありがとう」

リュティ:

「っ!―――身に余るお言葉、痛み入ります」

スキア:

「さあ母上、どうぞお乗りください。道中積もる話もございます故」

アストライア:

「ええ……」

ト:アストライア、軒先で倒れるフォスを横目に乗車

ト:半日後

フォス:

「うぅっ。げほっげほっ!――くっ、あれから何時間たった?早く、追わないとっ」

ラクレス:

「まだ寝ていろ。後を引かないように場所を選んではいるが、それでも気を失う程度にはダメージを与えた」

フォス:

「貴様っ!さっきの」

ラクレス:

「一応確認するが、お前が魔女の拾い物だな」

フォス:

「口を閉じていろ。今すぐ殺してやるっ!」

ラクレス:

「まあ待て。わざわざお前が起きるのを待っていたのには理由がある。お前、今から魔女を追うのだろう?」

フォス:

「当然だっ!」

ラクレス:

「単身で?王城に?無策で挑めば死ぬか、良くて一生檻の中だな」

フォス:

「関係ない。何があったかは知らないが、あの魔女は人を、世界を憎んでいた。

それが、こんなにあっさりと、自分の心に嘘を強いてまで奴らについていくなんて、何か理由があるに違いない。

アストライアが望まない所業を強要されるなら、俺は必ず彼女を連れ帰る」

ラクレス:

「そこだ。お前は彼女の過去を知らない。だから、今のままでは結局彼女を連れ帰ることは出来ない。

フォス:

「なに?」

ラクレス:

「お前も見ただろう。たとえ理由があったとしても、彼女は自分の意思でスキア王に着いていった。

お前がたとえ彼女のもとにたどり着けたとしても、彼女はお前とこの家に帰ることを選ばない」

フォス:

「それはっ――」

ラクレス:

「だからお前は知らなければならない。彼女の歩んできた道を。

知恵者たる魔女の弟子ならば、知識や情報というものがどれだけ重要かなど、骨身に染みるほど理解しているはずだろう?

フォス:

「だがすぐにでも追わなければ。アストライアの身になにかあってからでは―」

ト:独り言を零すように

ラクレス:

「ふっ、お前も、あの人を想っているのだな」

フォス:

「なに?」

ラクレス:

「いや、なんでもない。それより、このまま何も知らないままでは、お前は結局大切なものを取りこぼすことになる

彼女を救いたいのなら、知恵を絞り、策を練れ。勇敢と蛮勇をはき違える愚者になるな。お前に出来ること、すべきことから目を背けるな」

フォス:

「くっ。随分と知った風な口を利くじゃないか。お前の話とやらは、それだけ価値のある者なんだろうな」

ラクレス:

「あっはっは。随分と傲慢な態度だな。まあいい。では語って聞かせよう。

我が名はラクレス。王国近衛騎士団の長にして、王家の顛末を見続けてきた者。

これから語るは、愛と破滅の昔ばなし。今から、二十年も前の話だ。」

ト:回想・二十年前

ラクレス:

「くっ!負傷者は後退させろ!ついてこれる者は俺に従え。戦列を立て直す。リュティ!」

リュティ:

「ここに」

ラクレス:

「後退する部隊の指揮を取れ」

リュティ:

「なっ!ラクレス殿、私はまだ十全に戦えます!」

ラクレス:

「だからだ。こうも混戦していては後方とて安全とは言いきれん。頼んだぞ」

リュティ:

「しかしっ!この残存戦力ではっ」

ラクレス:

「――お前だけには言うが、この戦は我々の敗北だ」

リュティ:

「っ!」

ラクレス:

「周辺諸国の連合軍だぞ。数が違いすぎる。こうなってしまっては、徒(いたずら)に命を散らすことに意味はない」

リュティ:

「王国は、堕ちる、と」

ラクレス:

「だから、次のことを考えねばならん。戦に負け、敵国に下ろうとも、生き残った民には後に続く人生がある。

それが険しい道であっても、な。なぁに、お前たちの撤退の時間くらいは稼いで――っ?なんだ?」

リュティ:

「剣劇が止んだ?っ!ラクレス殿、あれを!」

ラクレス:

「あれは、王妃?なんだあの光は。戦が、終わっていく?」

ト:戦場にいる兵士の脳内に直接響く声

アストライア:

『帰りなさい。あなたのいるべき場所へ』

リュティ:

「敵が引いていきます。私達は、奇蹟を見ているのか?」

ラクレス:

「これが、神の御業。正義の、代行者」

リュティ:

「ですが、あのご尊顔は」

ラクレス:

「ああ。国を、民をお救いくださっていると言うのに、なんと、哀しいお顔をなさるのか」

ト:間(回想の中で場面転換しますので上演時は間をしっかりとって観客に分かるように願います)

ト:回想・十年前

ト:王族の住まう離宮・庭園・昼

ラクレス:

「王妃!アストライア王妃!いずこにおられますか!」

アストライア:

「そんな大きい声をださないでラクレス。スキアが起きてしまいます。

ラクレス:

「おっと、これはご無礼を。リュティも居るな」

リュティ:

「はい団長。王妃の側付きですから。常に」

ラクレス:

「時が来た。今夜だ。準備をしておけ」

リュティ:

「っ!やはり、そうなってしまうのですね」

ラクレス:

「王妃、申し上げるのも大変心苦しくはございますが―」

アストライア:

「そう、あの人はやはりあれに手を出していたのですね」

ラクレス:

「残念ながら」

アストライア:

「いえ、これも道理です。この結末もまた、私が見せた力が人の心を歪めてしまったから」

リュティ:

「ですが、アストライア様があの時お力添えくださらなければ、我等はとうに死しておりました。

敵兵の心身を掌握するあの大魔法で敵兵を撤退させたからこそ、この国は滅びを免れたのです」

アストライア:

「でも、魔法をかけてはいないはず我が国の民の心さえ歪めてしまった。この力があれば、他国を退けるどころか、蹂躙し支配することさえ容易だと。そして、それが自分たちに向けられればという恐怖も植え付けた」

ラクレス:

「あなたは、それを承知の上で我等を救ってくださった」

リュティ:

「あの時のアストライア様の悲しげな表情に、私は誓ったのです。この方をお守りすることに、命を賭すと」

アストライア:

「感謝しているわ。私があの後迫害されなかったのは、あなた達が城内での地位を固めつつ、私への敬意を表明してくれていたから。王の愛は翳るばかりだけれど――永劫の時を生きる私にとって、この十数年は泡沫の夢だった」

ラクレス:

「くっ。近衛の兵でありながら、王の暴走を食い止められなかったこと、慚愧の念に堪えません」

アストライア:

「あなたが悔いることはないわ。人の世など、関わらないべきだと識っていながらそうできなかったのは私」

ラクレス:

「アストライア様」

アストライア:

「でもね、あの人は愛してくれた。社会に疎まれ、忌避され、消費される定めの魔女がこうして人並みの幸せを味わえたのは、王が確かにあの時、私を愛してくれたから。今となっては、それこそ夢だったのではと思う程だけれど」

ラクレス:

「確かに、怖れ多くも王は、我らが護国の誓いを立てたあの頃とは別人のようになってしまわれました。しかし、あなたをお慕い申し上げる民は、多く居ります。私も、リュティも、あなたの安寧をこそ望み、お仕えしているのです」

アストライア:

「ええ、分かっているわ。この世には良い人も悪い人もいない。誰だって、誰かにとって、良い人の時と悪い人の時があるだけ」だから、王もきっと、目を醒ましてくれる。そう信じてみようと思うほどには、人の心の光を知ったわ。生きにくいこの世界にも、生きていたいと思える場所はあるのだと」

リュティ:

「スキア様、ですね」

アストライア:

「この子が言っていたの。なんで戦争なんてやるんだろう。世界中みんな仲良くすればいいのにって。わたしは人の世を厭うばかりだった。関わる価値もないものだと。でも、縁を結んでしまった。守りたいと思えるものが出来た。この子が望む世界があるなら、私は出来ることをしてあげたい。

だからお願い。あなた達が私にとって良い人で居てくれるなら、一つだけ約束して。私になにかあれば、この子をお願い」

リュティ:

「命に代えても、必ずや」

ラクレス:

「スキア王子とアストライア様、お二人の健やかな安寧をお約束します」

アストライア:

「全ては、今夜。私の魔法を研究し悪用しようとする王を正し、糾弾します。願わくば、一滴の血も流れずに事が済みますように」

ト:間(回想の中で場面転換しますので上演時は間をしっかりとって観客に分かるように願います)

ト:回想・同日夜・王城裏手出口付近・雨

ト:石造りの壁、僅かなかがり火、ぬかるんだ足元

ト:半狂乱のアストライアを連れて脱出してきたラクレスと、外で脱出の準備をしていたリュティが合流

アストライア:

「あぁ、スキアぁ、スキアっ――これが、こんなものが人の――」

ラクレス:

「くっ!よもやここまで、とは」

リュティ:

「団長!ご無事ですか?」

ラクレス:

「脱出の準備は?」

リュティ:

「出来ていますが、しかしアストライア様に何があったのです?その様子、尋常では―」

ラクレス:

「魔法の研究施設は壊滅させた。しかし我等の動きを予見した王は、兵を伏せていたのだ。スキア王子は人質に取られ、激昂した王は王子を――」

リュティ:

「そ、んな」

ラクレス:

「まだ分からん。しかし、希望を紡ぐためには、アストライア様にはお一人で逃げていただかねばならぬ」

リュティ:

「こんな状態のアストライア様をお一人で?」

ラクレス:

「そうだ。そしてリュティ、剣を抜け」

リュティ:

「は?団長何を――まさかっ」

ラクレス:

「状況が変わった。事が予見されていた以上、先ほど燃やした魔法研究もどこかに予備の施設や記録があるやもしれん。それに万が一王子がご存命であれば、傍でお守りする者が必要だ」

リュティ:

「団長を売って出世しろとおっしゃるのですか?」

ラクレス:

「そうだ!――幸いお前の面は割れていない。副長のお前なら、俺に手傷を負わせでも不思議には思われまい」

リュティ:

「くっ」

ラクレス:

「アストライア様、馬にお乗りください。

アストライア:

「もういい…もういいの。あの子が、よりによって父親であるあの人の手で殺されて、わたしは、守ってやることもできなかった。もう、生きながらえる意味など、私には」

ラクレス:

「お二人ともを無事に守護できなかったことは、私の不徳の致すところ。しかし、それでもあなたには生きていただきたい。たとえ、あなたが望まぬとも」

リュティ:

「アストライア様。必ず、あなたのもとへ馳せ参じます。それまでどうか、ご無事で」

ラクレス:

「ふっ!」

ト:アストライアを馬に乗せるラクレス

ラクレス:

「王妃を頼んだぞ、ディオメデス。はっ!」

ト:愛馬ディオメデスの尻を叩き王妃を逃がすラクレス

リュティ:

「アストライア様。どうかあなたの行く先を照らす光があらんことを」

ラクレス:

「さあ、リュティ。追手がすぐそこまで迫っている。後のことは頼んだぞ」

リュティ:

「団長――」

ラクレス:

「ためらうな。やれ!」

リュティ:

「くっ!はぁっ!!」

ト:リュティ、ラクレスの腹部を件で刺突。

ト:追ってきた兵士に賊を捕らえたと宣言し、王妃が逃げた方向とは真逆の方角に王妃が逃げたと嘘の伝達をして時間を稼ぐ

ト:ラクレスは捕縛され投獄。

ト:回想終了

ト:現代・フォスとアストライアの家

ラクレス:

「そして俺は投獄され、リュティは一命をとりとめたスキア王子の側付きに。アストライア様は、お前を拾ったというわけだ」

フォス:

「なぜスキア王子の存命をアストライアに知らせなかった」

ラクレス:

「出来なかったのだ。俺は獄中でそもそも知らぬままであったし、リュティは監視されていた。決定的な証拠がないものの、当時俺の側近であった彼女が易々と俺を捕らえた事を、王は不審に思ったのだろう。王子と一緒に籠の鳥、というところさ。なにより、アストライア様が王子を奪還にくることを怖れた王は、王子の生存を秘匿した」

フォス:

「――戦争の原因は、アストライアの魔法か」

ラクレス:

「ご名答。彼女の魔法は暮らしを豊かにした。国力は見る見る成長し、経済力も軍事力も発展した。調子づいた王と臣下は、技術力に物を言わせた軍備で他国を蹂躙。戦争を仕掛ける口実を見つけては隣国を犯して回った。それに恐怖を覚えた周辺諸国は連合軍を組織し我が国を攻め、結果、魔女の威光を目の当たりにし、更に恐怖心を強める結果となった。

フォス:

「国王が研究していた魔法というのはそれか。魔法を使いたがらない魔女に頼らず、敵兵を無力化できる支配魔法」

ラクレス:

「いや、実際には彼女が使ったのは帰巣本能を刺激する魔法だ」

フォス:

「帰巣本能?じゃあ、アストライアは攻めてきた敵兵に、家に帰りたいと思わせた、と?」

ラクレス:

「そうだ。だが国王が研究していたのは正真正銘他人を操る魔法だった。

彼女は王との間に、魔法を軍事転用しないという約束をしていたそうだが、これは明らかにそれを反故にする目的で研究されていた」

民を守るためなら、彼女はまた同じように救ってくれただろう。ただ、王は守るのみならず、犯す力を欲した」

フォス:

「欲と責任で心が歪んだか。それで、あんたは何故牢から出てこれた?」

ラクレス:

「王子が、王を殺害したからだ」

フォス:

「実の父親を?まあ、殺されかけた上に軟禁状態では、恨みも買うか」

ラクレス:

「王が死に、スキア王子が実権を握ることで城内の権力構造が一変した。

そのおかげで、俺も牢から出てこられたわけだ。それが4日前のこと。

だが、久しぶりに見た王子もまた、変わっておられた。哀しいほどに歪みきっていたのだ」

フォス:

「ふっ、親子だな」

ラクレス:

「皮肉を言うな。こうなってしまったのは、王子を御守りできなかった我等に責がある」

フォス:

「それで、これが本題だが、彼女が戻った理由はなんだ?」

ラクレス:

「王子の目標は分からんが、王の研究を引き継いで居るのは確かだ。それも一国の国土全体に影響する規模のものらしい」

フォス:

「人心支配の魔法を国家規模で?ふざけているのか」

ラクレス:

「いや、大真面目だ。牢を出てその魔法の研究設備を見たが、尋常ではなかった」

フォス:

「馬鹿な。そんな絵空事、出来るわけがない」

ラクレス:

「それを可能にする方法が、悠久の時を生きる大魔女を、その炉心に据えることだとしたら?」

フォス:

「っ!!」

ラクレス:

「俺は魔法には詳しくない。しかし少なくとも、王子らはそれが出来ると考えている。だからこそ、ここを探し当て彼女を連れだした。

もし周辺諸国の敵兵を完全に無力化出来るとしたら、あとは好きなだけ侵略すればいい。土地も人も、全てはいとも容易く手に入る。

そこのところどうだ?魔女の弟子よ。そんなことが可能だと思うか?」

フォス:

「燃え尽きることのない薪を、永遠に燃やし続けて燃料にするとでも?出来たとして、彼女は永遠に焼かれ続けることになる。そんなこと、許せるわけがない!」

ラクレス:

「―――話すべきことは話した。後はお前が考えるんだな。彼女の心を手繰り寄せる方法を」

フォス:

「確認しておくが、お前の目的は国家存続の為、親子二代にわたる暴走に終止符を、といったところか?」

ラクレス:

「国の守護を任される立場としてはそうだ。だが、俺個人としては、アストライア様に幸せになってほしい。それだけだよ」

フォス:

「ふん。まあいい。利害の一致だ。お前は、王を殺しておきながら王の遺産を継承している王子を止めたい。

俺はあいつらからアストライアを取り戻したい。それまで、力を貸してやる」

ラクレス:

「契約成立だな。準備をしろ。すぐに発つぞ。魔女が城に戻った今、あの魔法は準備が出来次第この大陸を包むだろう。外で馬の用意をしてくる」

フォス:

「――さて、アストライアの部屋に役に立つ薬があったはずだ。これと、これと――ん、これは」

ト:5日後・夜明け前・王城

ト:衛兵は兼ね役。フォス、スキア、ラクレスのどなたかが兼ね役でどうぞ。

ト:前読み、打ち合わせなしで本番中に気づいた場合、スキア役の方にお願いします。

衛兵:

「団長殿!戻られましたか」

ラクレス:

「ああ、城の周りを嗅ぎまわる不審者を見つけたので、牢まで連行する。通してくれ」

衛兵:

「はっ!どうぞお気をつけて」

フォス:

「すんなり入れたな。おい、ちょっときつく縛りすぎだろ」

ラクレス:

「あと少しだ辛抱しろ。このまま上階まで行くぞ」

それより、なにか良い方策は思いついたのか」

フォス:

「そんなもの、都合よく出てくるものではない

ラクレス:

「そうか。だが、俺はお前に託すことにした。あの夜、俺もリュティも、彼女の心に届く言葉を見つけられなかった。

しかし、彼女はお前を拾い、お前は彼女と共に短くない時を過ごした。

お前なら、俺たちの見つけられなかったものを、彼女に贈ることが出来るかもしれん」

フォス:

「っ――言われなくとも、やって見せるさ」

ラクレス:

「ふっ。さて、この先のホールの奥の階段を昇れば、上階にたどり着く。そこが魔法起動の為の設備を設置した――」

リュティ:

「団長」

フォス:

「っ!」

ラクレス:

「リュティ」

リュティ:

「その者を連れてこんなところまで。何をなさるおつもりなのです?」

ラクレス:

「探りの会話はよせ。互いにもう、分かっているだろう」

リュティ:

「――言ったはずです。お戻りをお待ちしている、と」

ラクレス:

「だが、俺が戻るべきは、そこではない」

リュティ:

「そうですか。残念です。はぁっ!」

ト:リュティ抜刀。ラクレスに切りかかる。

ト:ラクレス、受け止め弾き返し、フォスへ声をかける。縛っていた縄を斬る。

ラクレス:

「くっ!フォス!ここは俺に任せて先に行け!」

ト:階下から姿をあらわす近衛兵達

フォス:

「一人で対処できるのか?」

ラクレス:

「何だ、心配してくれるのか」

フォス:

「いや、大見え切ったくせにあっさりと抜かれて、俺が後で挟撃に遭うのではたまらんからな」

ラクレス:

「ふっ、案ずるな。獄中にいたとはいえ最強故の王国近衛騎士団長だ。俺も後で向かう」

フォス:

「死ぬなよ。共犯者」

ラクレス:

「お互い様だ」

フォス:

「ふっ――」

ト:駆け出し階段を上がるフォスと背中合わせに、階段を塞ぐように近衛騎士団と相対するラクレス

リュティ:

「団長、何故邪魔をするのです。我等は共にアストライア様をお守りすると誓ったではありませんか」

ラクレス:

「ああ。彼女に命を救われ、その恩に報いるため、剣を取ると胸に誓ったあの日の想いは今でも変わらんさ」

リュティ:

「ではなぜ」

ラクレス:

「お前こそ、アストライア様に苦しみを強いる王子の計画を良しとするのは何故だ」

リュティ:

「アストライア様が、それを望んでおられるからです。王子を孤独にさせた罰を、彼女は望んでいる。

それにこれは、スキア王子の悲願。私がそれをお助けせずに、誰がそれを成しましょうか」

ラクレス:

「リュティ…」

リュティ:

「アストライア様が御身よりも大事になさっていらっしゃった王子を、私ただ一人が、十数年見続けてきました。

親の愛も知らず、ただただ孤独に苛まれ苦しんでこられた王子のお姿を、団長は知らぬでしょう。

覚えておいでですか?私はあのお方に、なにかあれば王子を頼むと仰せつかった。私だけが、スキア様をお支えすることができた。

なのに、私がどれだけ必死にやっても、孤独が癒えることはなかった。

心身ともに傷だらけの王子が、やっと王の呪縛から逃れ目的を果たそうというのです。

これは、力及ばなかった私の、最後の献身!

だからっ!スキアの――あの子の邪魔をしないでっ!」

ラクレス:

「お前の忠心、軽々に分かるなどと口が裂けても言えぬ。あまりに悲痛なこの十数年を連れ添ったお前にとって、スキア王子は我が子も同然、いや、それ以上に、幸せを願ってきたのだな」

リュティ:

「ならばそこをどいてください。あの子の企てを害するものは、羽虫一匹許せません」

ラクレス:

「だが、それでも、俺は立ちふさがろう」

ト:ラクレス、剣を構える

ラクレス:

「俺には、その道の行く先に、皆が笑っている景色は見えんよ、リュティ」

リュティ:

「ならば、切り伏せさせていただく」

ラクレス:

「ああ。同じ人の幸せを願っているのに、なぜこうも上手くいかぬのか。まったく、彼女が人の世を厭うのも仕方のないことやもしれませんな」

リュティ:

「本当に、残念です。はぁっ!」

ラクレス:

「ふんっ!」

ト:剣戟がホールに響く

ト:同時・上階・王室謁見の間

ト:階段を上がり、二人の元へたどり着くフォス

ト:巨大な装置に繋がったケーブルが伸びる椅子に座るアストライアと、その側に佇むスキア

フォス:

「はっ―はっ―はっ――!見つけたぞ、アストライア!」

アストライア:

「フォス。来てしまったのね」

スキア:

「んん?何をしに来た真っ白いの。って、まあ来るのは予想していたが。母上を連れ戻しに来たといったところだろう?

だが残念ながら母上はもうあの家にはお帰りにならない。今日!ここで!!平和の礎になるんだよォ」

フォス:

「それは、この国にとって、お前にとっての平和だろう。

フォス:

他人を自分勝手に操り、他国を蹂躙(じゅうりん)し、搾取(さくしゅ)するだけの悪辣(あくらつ)な行為を平和とは言わない」

スキア:

「なんだ、聞いたのか?だが残念、それは少し古い情報だなぁ。私がこれから起こすのはまさに魔法を超えた奇蹟。

平和の国の創造だ!私は未来永劫、恒久平和を実現した聖王として歴史に名を刻むことだろう!」

フォス:

「他国に戦意喪失魔法をかけて、虐殺をするのでは?」

スキア:

「そんな妄想は父上の代で潰えたんだよ。私がその魔法を適用するのは、この国だ」

フォス:

「自国の国民に?そんなことをすれば、逆にこの国は容易に攻め落とされて滅びるぞ」

スキア:

「いいやそうはならない。この魔法は永続する。この国に侵入した瞬間から、侵略者の敵意は喪失するんだよ」

フォス:

「バカな!国全域に影響する魔法を永続発動するなんて、正気の沙汰ではない!」

スキア:

「そうさ。だからこそ、母上には魔法理論の構築だけではなく、これからは平和実現の人柱として永遠に眠ってもらう。

不老不死の魔女を炉心に据えられるなんて、これ以上ない素材だ」

フォス:

「ふざけるなっ!そんなこと」

スキア:

「そもそも先代の王は研究に失敗していた。

どんなに生け贄を用意しても魔法の発動ができないままで、生け贄の質を上げる以外の方法を見出せなかった。

だからあのクズは、この私さえ燃料にしようとした。魔女との混血である私を」

フォス:

「だから殺したのか」

スキア:

「それだけじゃない。永い幽閉の最中も、あの男は俺を道具としかみていなかった。

母上と別れたあの夜も、お前に人としての道などないと、誰かと愛し合う権利すらないのだと、俺の薬指を切り落とした!

挙句に城のなが―い階段から突き落とされた私は、出血多量に脳震盪(のうしんとう)、全身打撲に裂傷、骨折に内出血とその他もろもろ、致死量の大けがを負った。

世の中にはな、死んでもいいやつってのはいるんだよォ。クククッ。だがそれもお終いだ。この魔法で、この国から争いは消える。」

フォス:

「いずれ人は、弩(いしゆみ)以上の遠距離攻撃の方法を獲得するだろう。

技術の進歩が兵器開発に流用される様子は、お前もこの国で見てきたはずだ。

いずれこの国は、国土の外から攻め落とされるぞ。そんな仮初の平和に、意味なんてない。

お前が真に平和を望むなら、外交という手段を―」

スキア:

「そんなもの今更聞き届けられはしない!我が国は侵略国で数多の命をうばったんだからな」

フォス:

「お前のそれは、歪んだ破滅願望だ。そんなものに、俺たちを巻き込むな!」

アストライア:

「フォス。いいの。これが私の責任。これが私の結末」

フォス:

「受け入れるのか!?そんな苦痛を!」

アストライア:

「聞いたのでしょう。この国の増長は私が招いたもの。

人の社会など醜いばかりだと分かっていながら、一時の感情に任せて私は選択を誤った。

そしてこの子を産み、見放してしまった。この子の歪みも、他国の犠牲も、私が責を負わなくてはならないの」

フォス:

「人の世を嫌っていたあんたが、平和の礎なんて」

アストライア:

「それがこの子の願いだから。歪んでいても、この子の意志だけは嘘ではないの。

それに、平和が本当に訪れるなら、それは良いことだわ。

もし仮にこの国が滅ぼされたとしても、それはそれで、私の責任は果たされる。

私が撒いた悲劇の種が摘み取られるのなら――」

フォス:

「だったら!そんな顔をするな!」

アストライア:

「――っ!」

フォス:

「俺は知っているぞ、あんたの本当の望みを!

自堕落な生活を送って、魔法研究に没頭して、いつか全てに飽いたなら、植物のように静かに終わりを迎えたいと、そう言っていたのを覚えている。

だから俺は誓ったんだ!あんたが枯れないように、水をあげようと。

俺が生きている間くらい、あんたには綺麗に咲いていてほしいと!だからっ!!」

アストライア:

「知った風な口を利かないで!貴方は所詮、気まぐれで拾った他人の子供。スキアを失って、孤独に生きることを嫌がった私がただ落ちていたあなたを拾っただけ。

そう、あなたはこの子の代わりに過ぎなかったのよ。だから、もう帰りなさい。いえ、あの家に帰る必要もないわ。

今のあなたなら、人の社会の中でもやっていける。この国を出て、どこか私の知らない所で、当たり前の幸せを手にして、普通に、幸せに―」

フォス:

「そんなものは要らない!俺の幸せを勝手に決めつけるな!そんなのそこの夢想家と同じだ。自分がそう思ってるだけの平和や幸せを他人に押し付けているだけじゃないか」

アストライア:

「だったらあなたも」

フォス:

「俺は、あんたの幸せはこうだと押し付けているんじゃない。自分の願いに、素直になれと言ってるんだ!

こんな結末は認めない。みんなが笑って居られる景色を追い求めることを、諦めるな!」

アストライア:

「っ――」

フォス:

「俺の望みは、あんたが笑顔でいてくれることだ。アストライア、あんたの望みはなんだ?」

アストライア:

「私の、望み、は」

スキア:

「もういいだろう。それはお前のエゴだ。私の崇高な意思の前には無為なものなんだよォ。

フォス:

「お前もだスキア!これは本当にお前が望んでいることか?仮初以下の平和を体現して、国もろとも心中してなんになる!

フォス:

過去は変えられない。でもこれからどう生きるかは、今のお前が決めていいんだ!せっかく再会できた母親を消耗品のように使うことが、お前の幸せなのか?!」

スキア:

「綺麗事ばかり抜かすな!理屈じゃないんだよ。この俺の身体に溜まった怨念をどうにかしないと、気が済まないんだよ!」

フォス:

「綺麗事で何が悪い!みんな本当はそう在ってほしいから綺麗事なんじゃないのか!自分の夢から目をそらすな。本当に欲しいものを、自分の手で棄てるつもりか?」

スキア:

「他人のくせにべらべらと癇に障る言葉を並べて!それ以上喋るなァ!禍れぇ!(まがれ)」

フォス:

「っぐ、ああああああああああああああああああああああああ」

ト:フォス、左腕の肘から先が雑巾を絞る様に捻じれていく

アストライア:

「やめなさい!スキア!彼に手を出さないで!」

スキア:

「ちょっと腕をねじっただけじゃないですか。母上はさっき私が歪んでいるとおっしゃっていましたねぇ。言い得て妙ですよ。

私は何かを歪ませたりねじったりする魔法が得意でねぇ。世の中に魔法使いなんてそういませんし、教えてくれる人はいませんでしたからねぇ母上。

使い方も加減もよくわからないんですよねぇクククッ」

アストライア:

「やめて、あなたの言うとおりにするから、だからっ」

スキア:

「では、魔法式を起動しましょう。これであなたの体は永遠の燃料になり、魂は肉の棺に幽閉される。

さようなら母上。これで、平和の完成だ」

ト:フォス、モノローグ

フォス:

ふざけるなっ!こんな!こんな終わり方!

納得できない!承服できない!受容できない!出来るわけがない!

この後などない。復讐も、報復もあり得ない。たった今、あなたを失うという未来を、世界を、俺は否定する!

フォス:

光は世界で最速の速度を誇る。それを超えるだけの速度と、それに耐えうるだけの存在証明を己に施す。

その他あらゆる制約を緻密な精度でクリアする。理論以上に実践が困難な、人並み外れた御業。

それでも、俺なら出来る。俺はフォス。かの大魔女に、光を意味する名を与えられたのだから。

ト:モノローグ終わり

フォス:

「反射し、反転し、叛逆せよ!定められし時流に反旗を翻し、奔れ!光の彼方まで!」

アストライア:

「フォス!その詠唱は」

スキア:

「いまさら何をしたところでもうお前の手は届かな――あぁ?」

フォス:

「大丈夫。時間遡行(そこう)まではしていない。少し、停めただけだ」

ト:フォス、停止した時の中でスキアの片腕を切断しアストライアの傍に移動

スキア:

「お前、いつの間にここに――う、腕がっ!私の腕がぁぁぁぁぁあ!っあぁ――」

フォス:

「スキア、お前が求めていたのは、失って悲しんだのは、アストライアと一緒にいた時間のはずだ。

今の俺なら、いや、俺だけが分かるよ。お前が突然現れて、アストライアを連れて行ったあの瞬間の想いを、お前も感じたはずだから。

フォス:

だからお前も、少しだけ、素直になる勇気を持て」

スキア:

「ぐっ――はは、う、え――――」

ト:スキア倒れる

アストライア:

「使ったのね、時間魔法を」

「ねじれて使い物にならなくなった片腕と片目を代償にして、少し時間を止めただけだ。

あいつの片腕はそぎ落としてやったがな。これで、少しは眠ったままだろう」

アストライア:

「治癒魔法をかけてもいい?あなたと、それから」

フォス:

「いいよ。殺す気なら首を刎ねてる」

アストライア:

「ありがとう。でも、あなたの目はもう」

フォス:

「この世にそうない、希少な緋色の目だから、代償として成立したんだ。大丈夫。片眼があれば問題はない」

アストライア:

「それでも、傷は塞がなきゃ」

ト:リュティ、ラクレス合流

リュティ:

「はっ―はっ―はっ―スキアっ!」

ト:スキアに駆け寄るリュティ

アストライア:

「大丈夫よ。命に別条はないわ。

リュティ:

「でも、アストライア様、スキアの腕がっ」

アストライア:

「リュティ、ごめんなさい」

リュティ:

「え?」

アストライア:

「あなたはこの子を守り続けてくれた。長い孤独からこの子を救い続け、約束を果たしてくれた。

なのに私は、責任なんて言葉に甘えて、楽になろうとした。あなたが守り続けてくれたものを手放そうとした。本当にごめんなさい」

リュティ:

「そんな、頭をお上げください。私は結局、スキアの心を救えませんでした。せめてこの子が望む様にと、そればかり必死で、何も」

アストライア:

「そんなことはないわ。自分が孤独だと思っている時、誰かが傍にいてくれる。それだけの事がどれほどの救いになるか、私はこの十年で思い知ったもの。

そしてこの子には未来がある。犯した罪を償ってなお、自由に生きる事の出来る時間が。

だから、これからもこの子の側に、私と一緒に居てくれるかしら。私の数少ない友人がそうしてくれるなら、とても嬉しいのだけれど」

リュティ:

「っ!―――はい。今度こそ、お側を離れません。私が、彼の失くした腕となり、これからもずっと支えさせていただきます。

アストライア:

「ありがとう。リュティ」

アストライア:

「ラクレス。あなたにも苦労をかけました」

ラクレス:

「いえ、今のあなたの笑顔を見れたなら、もうそんな苦労のことなど忘れてしまいましたな。そうだろう、フォス」

フォス:

「ふぅ。―――念のため、言っておく。俺はあんたを助けるために来たわけじゃない。さっきこいつが言ったとおり、俺は俺のエゴを貫くために動いただけだ。

だからあんたに帰る気がなくても連れて帰るし、また自堕落な生活を送ってもらう。

こいつを殺すつもりもないし、あんたが、やっぱりやり直したい過去や関係があるなら、この先の未来でそれをやるのを反対もしない。

俺は、俺の我侭(わがまま)を通させてもらう。あんたも、そうすればいい。」

アストライア:

「バカね。そういうの、本当に不器用なんだから」

フォス:

「あんたは言ったじゃないか。失敗や傷跡だってその生を創ると。

あんたにもし、本当は変えたいほどの過去があっても、それを変えてしまったら、俺を拾ってくれたあんたはいなくなってしまう。

だから、これからは未来を変えればいい。変えたいと願った過去の負債を返済してお釣りが来るくらい、笑って幸せに生きられるように、俺も一緒にがんばるからさ。」

アストライア:

「そう、ね。私も、責任なんて言葉を使わずに、もっと自分に素直になるわ」

フォス:

「――なぁ。こいつが家に来た時、言いかけた話だが」

アストライア:

「過去に戻ったらって話?」

フォス:

「俺は過去に戻って記憶を引き継いだ状態で人生をやり直せるのなら、たしかに上手くやれるだろうと思う。それでも、俺はまたあんたに拾われるよ」

アストライア:

「そうね。私も、きっとあなたを拾うわ。それだけは、変わらない」

フォス:

「まあ、過去の自分に一言メッセージを残しに行くくらいなら悪くはない。このずぼらな魔女との共同生活は面倒事が多いぞ、とな」

アストライア:

「まったく、こんな時でも口が悪いの、誰に似ちゃったのかしらね」

フォス:

「ふっ。あんた以外に誰がいるんだ。改めて聞くよ。アストライア。あんたの望みはなんだ。

アストライア:

「いつのことになるか、実現できるかも分からない。でも、またあの家で、静かに暮らしたい。

人の世とかかわりを持つのはやっぱり難しいだろうけど、それでも、フォスとスキアと、リュティとラクレスと食卓を囲んで、笑って過ごしたい。

目を醒ましたこの子がどう思うかは分からないけど、私の言葉で、ちゃんと向き合うわ」

フォス:

―――帰ろう。俺たちの家へ」

アストライア:

「ええ。帰りましょう。私が拾った、色彩の日々へ」

ト:夜明けとともに朝陽が差し、世界の色彩が眩く輝きはじめる中、物語は終了。