稲葉城(和泉国・岸和田市)
※縄張図については下記<構造・現状>参照
<別称> 稲葉塁
<住所> 大阪府岸和田市稲葉町
<比高(標高)> 8m(72m)
<形態> 平山城
<時期> 中世
<アクセス>
菅原神社の駐車場を利用するのがいい。神社背後に存在している。
<歴史>
城主については、土井備中守とも(『和泉一国古跡名所』、「和泉地方の農事調査書」、「泉州四郡村高」)、今木氏とも(『五畿内志』、『和泉国城館跡絵図』)され、『日本城郭大系』には稲葉元春の築城と記されている。また『大阪府全志』は稲葉弥治郎とし、和泉の信長方寺田又右衛門・松浦安太夫と対立し大坂本願寺を援けたが、信長の紀州征伐で落城したという。なお、近隣の尾生村の福田九郎左衛門尉の被官又八郎が戦った稲葉合戦(『かりそめのひとりごと』)は稲葉城に関わっているとも考えられている(『泉南記要』)。
<構造・現状>
上の縄張図は、かなり前に自分が描いたもので、その頃は歩測で描いていたこともあり描き直して載せようと思っていたのだが、立ち入り禁止になったらしく、再び描く機会はしばらく無いと判断し載せるに至ったものである。よって、正確性に欠ける可能性がある。
『和泉国城館跡絵図』(『岸和田古城から城下町へ』)所収の絵図と現状の遺構はかなり近い。川を背後に半円状の単郭構造であり、弧を囲むように堀が配置されている。南側には城内への虎口らしきものがあり、土塁が構築されている。アクセスの容易さに比べ遺構の残存や見応えは十分にある城である。
【2022/1/30追記】
立ち入り禁止になった様子を見に行った。猪が生息するので危険らしく、撮影も禁止で主郭にも入れないようになっているが、一応横堀を見ることはできる。
<史料・資料>
『和泉一国古跡名所』、「和泉地方の農事調査書」、「泉州四郡村高」、『五畿内志』、『かりそめのひとりごと』、『大阪府全志』、『泉南記要』、『大阪府史蹟名勝天然記念物』(以上は『史料集5 和泉の中世城郭』所収)、『和泉国城館跡絵図』、『岸和田古城から城下町へ』、『日本城郭大系』、『大阪府中世城館事典』