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月光は君を消さない【男1:女1】

2021.10.31 14:30

題名『月光は君を消さない』

声劇用 男性1名×女性1名   目安50~60分

○月島圭吾(つきしま けいご):Webライター。30歳。本が好き。人と対面する瞬間が少し怖い。

○綿谷香音(わたや かのん):音大生。20歳。心臓の病気で入院中。明るくて物事ははっきり言うタイプ。時に脆い。


R15程度の性的表現が少し含まれます。

病状については実際の症例と異なる点がございます。


参考:ドビュッシー「月の光」(ベルガマスク組曲第3曲)

   https://youtu.be/jEc_r33ODos



下記をコピーしてお使いください


題名「月光は君を消さない」

作:みつばちMoKo

月島圭吾:

綿谷香音:

https://mokoworks.amebaownd.com/posts/22881250/



圭吾M:後から思えば、クラシックのピアノ曲を全く知らなくてよかったと思う。

知っていたらあんなふうに君に声をかけたりしなかっただろう。

あの時の自分を褒めてあげたい。一生忘れられない曲になったこと以外は。


(以下、医師との会話)


圭吾:そうですか…。わかりました。

あー…とりあえず、なんとか。周りはこの状態を知らない人がほとんどですけど。

把握してくれている人もいるので、助けてもらいながら。

…はい。外来の日じゃないのに、急きょ診ていただいてありがとうございました。

ちょっと心配なんでまた痛くなったら…来ます。

はい。ありがとうございました。


(医師と会話終了。以下歩きながら)



圭吾:異常なし、か…。薬だけで良くなんのか、これ…。タクシー飛ばしてきて処方箋一枚って…。


(可能であればSE ドビュッシー「月の光」)


圭吾:ん? なんか聞こえる…。……ピアノ?


(しばらくの間)


圭吾:あの…これってなんていう曲?


(ピアノSE停止)


圭吾:あっ、ごめん。えーっと、初めまして。その…。廊下歩いてたら、ピアノが聞こえて…。綺麗な曲だったから、思わず覗いちゃったんだけど…。


香音:『月の…光…』。


圭吾:え?


香音:だから、『月の光』。…曲名。


圭吾:あぁ、そっか。『月の光』っていう曲なんだ…。誰が作った曲?


香音:ドビュッシー。本当は4つの曲からなる組曲のひとつ。結構、有名だと思うけれど…。


圭吾:へぇ。詳しいんだね。俺、クラシックは全く…。


香音:一応、音大生だから。今は、入院してるけど。


圭吾:そのパジャマって病院のやつじゃないよね?自分専用?


香音:だってダサいんだもん、病院のやつ。みんな同じに見えるし。やだって駄々こねたら、特別に着てもいいって許可もらったの。


圭吾:“同じに見える“、ね…。ふふ、そうかも。そっちの方が可愛い。ピンクで女の子らしいな。


香音:あなたはどうしてここに? お見舞い?


圭吾:いや、俺自身が受診しに来たんだ。先生の都合で今日は病棟で診察。


香音:5階は眼科と脳外科だから…、どっちかの先生?


圭吾:んー、まぁそんなとこ。頭が痛いから来たんだけど、眼精疲労だって。文字ばっかり見てるからかなぁ。 君は?その…差し支えなかったら、なんで入院してるの?


香音:わたしこの病棟の患者じゃないの。ひとつ上の階にいる。ここへはピアノがあるから来てるだけ。この部屋、本当は防音になってるの。今は昼間だから、少し換気のために開けてた。


圭吾:だから、ピアノの音が聞こえたんだ。


香音:前の院長先生がピアノが好きで、ピアノ専用の部屋を作っちゃったんだって。奥様がそこで弾けるようにって。公私混同ってやつ?まぁ、おかけでわたしはいつでも弾けてラッキーって感じだけど。


圭吾:ふふ。ははは。君は境界線を張らない人なんだな。初対面の俺にも、全然気取らない。…俺は、人に会う時はいっつもビクビクしてる。気を悪くさせてしまわないかと…。なぜか君にはスッと声をかけてしまったけど。どうしてかな。ピアノの音が綺麗だったから…かな。


香音:…まぁ、音が綺麗って言われるのは悪い気はしないけど。


圭吾:ふふ。ねぇ、さっきの曲、もう一回最初から聞かせてよ。


香音:…いいよ。わたしも好きな曲だから。


圭吾:よかった。ここ、座っていい?


香音:どうぞ。


圭吾:贅沢だな、俺だけのための演奏会。じゃあ、お願いします。


(再びSE 「月の光」)



【数日後】


圭吾:こんにちは。


香音:あ…。こんにちは。


圭吾:また来ちゃった。ここで聞いててもいい?


香音:いいけど…。暇なの?お兄さん。2、3日に一回は会ってるような気がする…。


圭吾:あれ?そんなに来てた…?居心地いいんだ、ここ。君のピアノを聴きながら本を読むのがすごく心地いい。迷惑?


香音:ううん。別にわたしも好きな曲弾いてるだけだし。学校も行けてないから、課題もコンクールもないし。


圭吾:よかった。今日もピンクのパジャマ、可愛いな。


香音:来たらいっつもそれ言うんだね、お兄さん。


圭吾:お兄さんじゃなくって、月島。月島圭吾って言います。


香音:綿谷香音…です。


圭吾:じゃあ香音ちゃんだ。よろしく。


香音:よろしく。


圭吾M:そう言うと、彼女はピアノを弾き始める。俺にとって心地のいい時間の始まりだ。本当はこんなに病院なんて来なくていい状態なのに、なぜか足が向いてしまう。きっと彼女の素敵なピアノのせいだ。


香音:そういえば、月島さんって何してる人?こんなにここに来て、お仕事大丈夫なの?


圭吾:うーん。痛いとこつくなぁ…。今は、逃亡中ってとこ。


香音:逃亡中…?あぁ休憩中ってことね。


圭吾:はは。休憩中って…。そんなふうに思ったことなかったな。本当は、ちょっと現実社会とうまくいかなくなって仕事は休憩中。昔書いた短編小説が小さな賞をとったことがあって。今は小説は書いてないけど…、そこから声かけてもらって色々文章を書くお仕事してる。といっても大したことはしてないけれど。


香音:ふーん。だから本が好きなんだ。いっつも本読んでる。


圭吾:読むの速いんだ。だから、家にどんどん読み終えた本が溜まってく。まぁ、何回か繰り返し読み直したりするんだけど。


香音:ここに置いとけば?ここ、私ぐらいしか使ってないし。置くとこ、いっぱいあるよ?


圭吾:ふふ、ありがとう。どうしてもって時はお言葉に甘えるよ。



【ある別の日】


圭吾:今日は何を聞かせてくれる?


香音:うーん。何にしようかなぁ。


圭吾:迷ってるなら、『月の光』弾いてくれない?


香音:本当、好きだよね?『月の光』。


圭吾:なんか、ハマっちゃった。聞いてたら想像できるから。真っ暗な夜空から…明るく光る大きな月が見守ってる感じ。


香音:ふふ。そうだね。さすが圭吾は文章を書く人だけあるね。表現が綺麗。


圭吾:いや、香音のピアノの音の方が綺麗だ。


香音:そんなことない。


圭吾:いや、そんなことある。


香音:私ね、演奏家になりたいわけじゃないの。ちっちゃい子にピアノを教えたいなって思ってる。コンクールとかあると、周りがギスギスしてて、あぁ私なんでこんなところにいるんだろうって思うんだ。


圭吾:いいじゃん、素敵な将来の夢。


香音:まぁ、こんなんだから、なれるかどうかはわからないけど…。


圭吾:大丈夫。なれるよ、きっと。こんなに君のピアノを聴いてる俺が言うんだから間違いない。


香音:ふふ。うん、そうだね。



圭吾M:俺たちが恋仲になるのは当然だった。お互いのことを話して、あっという間に打ち解けあって、あっという間に好きになって。10個も下の子をこんなに愛おしく思えるなんて俺にも信じられなかったけれど、彼女のもつ柔らかくて優しい雰囲気に包まれているのがとても心地よかった。

ピアノを弾いた休憩の時、彼女は本に夢中になってる俺に横向きにもたれかかって、俺の真似をして本を読むふりをした。飽きてきたら本の中にいたずら書きをしていたのが可愛かった。



圭吾:あー!またこの本にもいたずら書きしてる!もしかしてだいぶ前からやってた?だってこれ、最近読んだ本じゃないはず…。


香音:ふふ。今頃気づいたの?ここに本を置いていくようになってからすぐだよ?


圭吾:本当?知らなかった…。まぁ、全部俺の本だからいいけど。他の人の本とか図書館とかのはダメだからな?


香音:はーい。わかりました〜。



【また別のある日】


香音:圭吾ってさ。


圭吾:うん?


香音:私以外の人に会う時は、大人しいの?


圭吾:え?


香音:最初あった頃にたしか、人に会う時はビクビクしてるって言ってなかった?


圭吾:あぁ…。相手の顔色を伺ってるって感じかな…。


香音:どうして?


圭吾:…俺のせいで気分悪くさせたことあるんだ。


香音:そんなに怖がんなくてもいいんじゃない?


圭吾:は?


香音:だって私が会った時、いやな感じしなかったよ?


圭吾:それは香音だったからで…。


香音:だーかーら。きっとあのときはあの一回しかもう会うことがないからと思って、普段の自分で私に接してきたんでしょ?このあとずっとよい人間関係を築いていかなきゃっていうプレッシャーがなかったんじゃない?

私なんて、病気だって知ったらなかなか一緒に遊べない子なんだって離れていく子ばっかりだったよ。

だから、もう初めから私こうなんです!ってぶつかっていって、それでも近くにいてくれる人たちがいて、その人たちに今でも支えられてる。

圭吾も初めから自分自身のこと、さらけ出してもいいと思う。まぁいきなり方向性変えるのは難しいと思うけど…。

それに圭吾の優しいところとか本当は相手のことすっごく考えてるところ、みんなが知ったら離れていく人なんていないよ。


圭吾:ふふふ。ははは。そんなふうに言われたの、初めてだ。当たり障りなく人生を過ごしていければいいって思ってたから。


香音:人生、何があるか分からないんだよ。長いかもしれないし、…短いかもしれない。だったら顔色伺ってる時間、もったいなくない?


圭吾:香音…。ありがとう。なんか色々と気づかされるばっかりだな。すぐには無理だと思うけど…少しづつやってみる。


香音:うん!


圭吾:でも本当に優しいのは、香音の方だ。


香音:そうかな?


圭吾:きっと俺なんかより何倍もつらい経験してきたんだろうな。だから他人にも優しくなれる。言い方がはっきりしすぎるとこはあるけど…。


香音:なにそれ。褒めてるの?


圭吾:褒めてる。俺にはできないことだから。


香音:いつ自分がいなくなるか分からなかったから、ぼんやりじゃなくって今しっかり伝えなきゃとはいつも思ってた。


圭吾:ほら、そういうとこ。それに俺も助けられてるんだ。大事なことはきちんと伝えないとって香音から学んだ。まだできてないけど。


香音:えへへ。ちょっと照れる。


圭吾:強くて、優しくて…。でも弱くて脆いとこもある。守ってあげたくなる。


香音:私も浮き沈みはあるからなぁ…。人のこと、言えないね。


圭吾:そうそう。前回は大人しかった。風邪かもって言ってたけど大丈夫だった?ほどんど喋らなかったし。


香音:まぁ…うん。大丈夫。あの日はね…。そういう時もあるよ。



【ある日の夕方】


圭吾:今日、悲しい曲ばっかりだな。


香音:…そうかな?


圭吾:どうした?


香音:別になんでもないよ。…そういう気分なだけ。


圭吾:はぁ(ため息)。これ。ついさっき、見つけた。このいたずら書き、何?

「怖い」ってなんのこと?


香音:なんで今日に限って、最近読んだ本読み返すの…?

……手術。受けるかもしれない。


圭吾:え?……手術?


香音:…うん。成功すれば、外出も退院もできるって。症例は少ないけれど、成功率は低くない。


圭吾:それなら、手術するべきじゃない?


香音:だって…。同じこと言われて、手術したことあるの!確かに…確かにそのときは良くはなったけど、こうやってまた入院してる!

また繰り返すんじゃない?また、元気になったって喜んでも…、元に戻るんだったらいや。


圭吾:手術は怖い?


香音:…怖いけど、ほんとに怖いのはそこじゃない。


圭吾:どういうこと?


香音:体に…。体にまた手術の痕が残っちゃう…。圭吾に見られるのは、いや。


圭吾:…え? それって…。えっと、いや…、その…。

気持ち、伝わってない? しなくたって俺はずっと好きだ。


香音:いや!私はしたいの。


圭吾:ちょっと待って。女の子がなんてこと言うんだよ…。


香音:だって女の子ってそういうことして幸せって感じるんでしょ?愛されてるって感じるんでしょ?


圭吾:…愛されてるって…思ってないの?


香音:そうじゃ…ないけど…。



圭吾M:黙ってしまった彼女に何故か少しイラついて、彼女の手を引っ張りキスをした。軽いキスは何度かしたことはあった。けれどここまで深いキスするのは初めてで…。彼女が苦しそうに声を漏らしたので唇を離した。



香音:はぁ。


圭吾:苦しかった?こうやっても俺がどんだけ大事に想ってるか伝わらない?



圭吾M:そう言って彼女にもう一回深いキスをした。少しすると慣れてきたのか彼女も答えるように返してくるようになった。俺の背中と腰をぎゅっと掴んでるのが可愛い。



圭吾:どう?


香音:…伝わってる。ちゃんと伝わってる。ごめんね。ちょっと不安になってたの。どうやったら、圭吾の中に私を刻みつけれるか考えちゃって。


圭吾:…ほんと勘弁して。それに、手術の痕があっても気にしない。今、抱けるもんだったらとっくに抱いてる。


香音:わかってる。私の心臓のこと、心配してくれてるんだよね?


圭吾:…あぁ。


香音:ね…。手術して元気になって退院したら、ちゃんと抱いてくれる?


圭吾:先生の言う通りにして、元気になったらな。


香音:うん、頑張る。っていうか頑張るのは手術する先生だけど。


圭吾:ふふ。そうだけど、退院できるように自分も頑張ること。


香音:はーい。…圭吾の心臓の音、聞こえる。


圭吾:俺の心臓、あげたい。


香音:だめ。そしたら一緒にいれなくなっちゃう。それに、私の病気は心臓をもらっても治るわけじゃない。


圭吾:難しいな…。


香音:そうだね…。難しいね…。



【手術そしてその後】


圭吾M:手術の日。俺は家族じゃないから付き添いはできなくて…。というか彼女の家族と面識がないから仕方がない。落ち着かないから家の中でウロウロして見たり、本を読もうにも全然頭に入っていかず…。次の日、病棟でまだそこに彼女が存在してることを確認だけして安心していた。彼女から連絡が入ったのは5日後のことだった。



(以下、電話での会話:あればSE着信音)


香音:圭吾?


圭吾:…香音。


香音:私、戻って来れたよ。ちゃんと生きてるよ。


圭吾:…あぁ。…うん…うん。


香音:もしかして泣いてるの?


圭吾:…泣いてない。


香音:ほんと?


圭吾:本当。


香音:なーんだ。私のために泣いてくれたのかと思って嬉しかったのに。


圭吾:泣いてないけど、嬉しいに決まってる。


香音:あのね、このまま体力つけて、検査結果が問題なさそうだったら一ヶ月後ぐらいに退院できるって。


圭吾:そっか…。そっか…よかった…。


香音:ふふ。退院するまでまたピアノ弾くから、あの部屋きてね。


圭吾:行く。何回でも行く。


香音:うん。待ってる。



【退院前の病院にて】


香音:ちょっとこっちきて。


圭吾:なーに。あと少しで退院できるからって、はしゃぎすぎ。


香音:見て、窓の外。こっからね、病院の中庭が見えるの。ほら、あそこにちっちゃな噴水がある池があるでしょ?夜になると、噴水は止まって静かな水面になる。そこに大きな満月の日は、月がうつってすっごく綺麗なの。夜だけだから、今は見せてあげられないんだけど。


圭吾:へぇ。水面に月がうつるのって綺麗だろうなぁ。夜空からと水面からと両方から光が当たって、すごく明るそうだ…。


香音:うんうん、そうなの!すごく綺麗なの!その時にね、『月の光』弾くと、もう別世界にいるみたいなんだ。圭吾に見せてあげたい。


圭吾:じゃあ夜中にこっそり来ようかな。


香音:えっ、ホント?ちゃんと満月の時に来てよ。それが一番綺麗なんだから。


圭吾:あぁ、来る。退院した後だったら一緒に来よう。


香音:圭吾にもちゃんと見えるかなぁ…。


圭吾:ん?


香音:ううん。…綺麗だからちゃんと目をおーきく開けて見てね。


圭吾:目を?


香音:うん、そう。


圭吾:ふふ。わかった。



圭吾M:彼女は無事退院した。デートの約束もした。病院以外で彼女と会うのはなんだか不思議な感覚で、待ち合わせでは彼女から声をかけてもらうまで気付かなかった。



香音:ねぇ…。こういうことって、こうやって向かい合って正座して始めるの?


圭吾:いや、たぶん違う…。


香音:だよね。なんかあまーい雰囲気になってそっから…とかじゃないの?


圭吾:多分そう…なんだけど。なんか、緊張して。


香音:そっちは初めてじゃないのに?


圭吾:そうなんだけれどな、なんかこう…うん。


香音:せっかく退院してウキウキして、今日デートしていい雰囲気作ってきたのに?


圭吾:はぁぁ。…よし。うん、もう大丈夫。一応、確認する。病院の先生には、こういうことしてもオッケーだって確認したんだな?


香音:うん。


圭吾:体調は大丈夫なんだな?


香音:うん。


圭吾:覚悟は…できてる?



圭吾M:そこまで問うと、彼女の方からキスをしてきた。驚いたけれど、彼女の唇が震えていたのを感じて、できるだけ優しく愛おしく抱こうと覚悟を決めた。

胸を触ると恥ずかしそうにするだけでたまらなくなった。服を脱がして上半身が露わになると、彼女は腕で胸元を隠した。



香音:待って。やっぱり…。


圭吾:隠さないで。怖がらなくていい。大丈夫。俺が見て、嫌いになるとでも思ってる?もし俺が、香音が傷つくことを言ったら殴ればいい。

俺も緊張してるんだ。どうやったらちゃんと気持ちが伝わるかって。手で触れたところから俺の気持ちが全部流れ込めばいいって思ってる。



圭吾M:俺は優しく微笑んで腕をほどいたあと、見えた手術の痕にキスをした。何度も、何度も。彼女が頑張って生きてきた証に思えて愛おしいとさえ思えた。終わるまで、現実ではない夢のような時間だった。



(少しの間)


圭吾:痛かった…? だって涙…。


香音:…違う。やっと繋がれたから。普通の女の子と同じように愛されてるって感じられたから。


圭吾:ちゃんと愛されてるって思えた?


香音:うん、思った。感動した。

…ね。圭吾の記憶にちゃんと残った?


圭吾:え?初体験が忘れられない思い出になるのって女の子の方だろ?


香音:まぁ…そうだけど。圭吾の中にも記憶に残りそう?


圭吾:…当たり前。


香音:本当?


圭吾:本当。


香音:よかった…。忘れないでね。私、ずっと覚えておくから。圭吾も忘れないでね。


圭吾:忘れない。忘れられるわけがない。


香音:ふふ。お願いね。


圭吾:わかった。


香音:圭吾は将来また小説を書くの?


圭吾:うーん。どうかな。俺、本当はお話を書くことが特別好きなじゃわけじゃないんだ。でも、この話は面白いよっていうことは伝えたい。子供たちに。

大学で教育実習とかいってたんだ、これでも。ちょっと学校で教えるのは俺には合ってないなって思ったけど。


香音:へぇ。学習塾の先生とかは?


圭吾:そうだなぁ。できれば田舎の方で。木に囲まれた小さな建物で文字とかお話とか教えるのがいい。


香音:うんうん。素敵、そういうの。あっ。じゃあ私、そこでピアノ教えたい。

私も小さい子にピアノ教えるのが夢だもん。だめ?


圭吾:ふふ。いいよ。


香音:いっぱい生徒さん来るかなぁ。


圭吾:もしいっぱい来なくても、小さな小屋の中で病院でしてたみたいに、君がピアノを弾いて、俺は本を読むっていう生活もいいかもな。


香音:何それ?…贅沢!素敵! …いいなぁ、それ。夢のよう。



圭吾M:片手を繫ぎながら未来の話をした。本当に夢のような時間だった。



圭吾:眠い?


香音:…ん。少し。


圭吾:少し寝るか…一緒に。いい夢みれそうだ。


香音:うん。一緒に同じ夢…みよ?


圭吾:あぁ。



【姉と対面】


圭吾M:彼女とはそのあともう1回デートして、家族と旅行に行く予定があるからと、しばらく会えない日があった。旅行先から電話が一度だけ来た。


(以下、通話)


圭吾:旅行、楽しそうだな。


香音:うん!あっごめん…私ばっかり話しすぎた?


圭吾:いいや。楽しそうだからよかったなって。


香音:うん、楽しいよ。前はこんなにはしゃぐのはダメだったから。


圭吾:そっか。よかったな。


香音:……圭吾。


圭吾:ん?


香音:旅行先の景色ってなんかずっと覚えてるよね。

普段見てない景色だからなのかな…。心に刻まれていくみたい。


圭吾:もの珍しいからってこと?


香音:いつも見ているものでも、…見えてなくても近くにあるものも、私はずっと覚えていたいな。


圭吾:ずっと近くにあったら覚えてるもんなんじゃない?


香音:圭吾も覚えている?近くにあったらずっと覚えてる?


圭吾:んー…多分覚えてると思う。


香音:そっか。…覚えてて欲しいな。


圭吾:どーした?


香音:え?なんか変なこと言った?


圭吾:まぁいいけど。気を付けて帰ってきて。


香音:うん。長くなっちゃってごめんね。

…圭吾。…大好きよ。


圭吾M:小さく聞こえる波の音と「好き」って言葉が強く印象に残ってなんだか胸騒ぎがしたけれど、きっと旅行先で色々感じることがあったんだろう。

連絡はそのあとなかったけれど、手術のあとみたいに突然連絡が来るのだろうと思っていた。なんとなく感じた不安は無理矢理どこかへやろうとしていた。

だけど…。突然きた連絡は彼女からではなく、俺にとって最悪なものだった。

彼女にそっくりな声で俺を奈落の底に落とした。「香音が亡くなった」と…。

病院へどうやって行ったのかも覚えてないぐらい霧の中にいるようだった。



圭吾:は?…香音? …なんで? どうして…生きてるの?



圭吾M:目の前にいる香音は俺に深々とお辞儀をした。香音だと思った。

髪型も雰囲気もそのままだったから。だけどピンクのパジャマは着ていない。

彼女は自分は香音の姉だと名乗った。双子の姉だと。



圭吾:は?双子? はは。そっか…だからかぁ。雰囲気がそっくりだ。

…なんで?なんで香音は死んだんですか…。



圭吾M:手術は本当に成功したらしい。術後の検査でも問題なかった。旅行も無事帰ってきた。けれど、ベテランの医者でも見つけるのが難しいぐらい、ものすごく小さな小さな血栓がどこかにできていたらしく段々と大きくなって…。

彼女は驚く話を続けた。今までに2回ほど、香音と入れ替わって、俺と会ったことがあること。それは香音の頼みだったことも。その時、俺はかなり目が悪いから自分と入れ替わってもきっと気づかないということ。そして、入れ替わった後、やはり気づいてなかったことにショックを受けていたこと。



圭吾:違う!違うんだ…。目が悪いわけじゃないんだ…。人の顔がわからないんだ…。



圭吾M:相貌失認症(そうぼうしつにんしょう)。これが俺の病気。脳の障害で人の顔を正しく認知できないという症状。俺の場合、数年前にあった交通事故のせいで発症した。

人の顔の区別がつかない、と言った方がわかりやすだろうか。これでも俺は軽度な方で日常生活にはそれほど困らず過ごしていけている。

でも…。一度会った人に初めましてといってしまったり失礼な態度をとることもあった。だから、着ている服装だったり髪型だったりから情報を読み取って誰なのかを判断したりする。正直手探りなところもある。

でも、相手を傷つけることも多いからこの障害を周りの人に話すのは怖くて、ごく親しい仕事関係の人と家族しか知らない。香音にも黙っていた。それがいいと思い込んでいた。このままずっと過ごしていけると思っていたのが間違いだった。


病院のベッドに横になってる彼女を見るのは初めてだった。パッと起きて楽譜を持ってあのピアノのある部屋へ歩いて行きそうなほど、ただ眠っているだけのようだった。



圭吾:…香音。…香音? なんでまだ寝てるんだ?

ピアノ…弾いてくれないのか? また本に…いたずら書きしないのか?

俺さ…子供たちに教えるのはどこの田舎がいいか…考えてたんだ…。

香音? 香音は…どう思う?



圭吾M:彼女の姉に挨拶もまともにできないまま、病院の庭に走ってきていた。



圭吾:あぁー(叫ぶor 嗚咽)。

なんで…。目が…悪いわけじゃない…。ちゃんと…見えてる…のに。



圭吾M:こんなときに彼女とのやりとりが思い返される。



香音:私ね、ハタチまで生きれるかどうかって言われてたの。でもね、ハタチの今も生きてるでしょ?きっと圭吾に会うためにこの歳まで神様が生かしてくれたんだと思うの。


圭吾:じゃあ、あの日たまたま病棟にいて君のピアノが聞こえたのも神様のお導き?


香音:ふふ。そうかも。いや、絶対そう!


圭吾:そこは、自分のピアノの音色が綺麗だったからって言わないと。


香音:それはまぁそうなんだけど…。圭吾。耳はいいんだよね…。


圭吾:耳?


香音:だってその耳で私を見つけてくれたでしょ?ほら、体のどこかが悪いと別のところの機能が発達したりするって言うじゃない。だから、圭吾の場合は耳が良くなったのかなぁって。


圭吾:なにそれ。耳が良くなくたって君のピアノならすぐ反応すると思うけど?

それに俺がどこか悪いみたいな言い方。


香音:えー。だってたまにボーッと私を見てるから、その時はなんか具合悪いのかと。今だってちょっとボーッとしてない?私、今、なにしてる?


圭吾:え?え?えーっと…俺に向かってピースしてる。


香音:正解。私はどんな服を着てる?


圭吾:パジャマ。ピンクの。


香音:じゃあ。私、どんな顔してる?


圭吾:……可愛い…顔。


香音:その他は?


圭吾:…可愛い以外になにがある?


香音:(小声)やっぱり打ち明けてくれないんだ…。


圭吾:ん?なに?


香音:…ううん。正解です!可愛いって言われて嬉しくない女の子はいないしね?


圭吾:だろ?


香音:圭吾…。私、待ってるからね。


圭吾:え?


香音:圭吾が私がこんな体でも愛してくれてるように、私も圭吾に何かあっても…なにか隠してても、大丈夫だからね。


圭吾:は? いや、俺、浮気してないぞ?


香音:浮気? してるの?


圭吾:だからしてないって!


香音:いや、させないから。私とずっと一緒にいるんでしょ?離さない自信あるもん。


圭吾:ふーん。すっごい自信。


香音:もし一時的に離れることがあっても、ずっと圭吾の中に残るように私という存在を刻みつけておくんだから。覚悟しておいてよ?



圭吾M:気がついたら初めて声をあげて泣いていた。庭にある池に映った月の光が明るくて、悲劇の舞台で暗闇に俺だけを照らすスポットライトのよう。

…今日は満月だった。



【数週間後】


圭吾:えーと。これは防音室に置いてあった分か…。



圭吾M:どこにも行く用事がなくなって、ボーっとすることが多くなった。そうすると、彼女を抱いたことが原因でいなくなってしまったんじゃないかと考えてしまう。彼女が生きていたなら、それは絶対違うと顔を真っ赤にして怒られるのを分かってはいるけれど。彼女の言動は自分がいなくなるのを本能で感じていたからだったんだろうか。

部屋いっぱいになっていた本たちに目をやる。あの防音室に置きっぱなしになっていた本たちも回収してきた。山積みになっている本を一冊ずつ手に取って、パラパラとめくっていった。



圭吾:あいつ、よくいたずら書きしてたもんな…。



圭吾M:ページをめくって行くと、時々彼女がいたずら書きした可愛い字が目に入る。



香音:「月島さんってほんと暇だね」


圭吾:暇で悪かったな。



香音:「ねえ、こっち向いて」


圭吾:かまって欲しいのか。



香音:「ピアノの先生になれるかな」


圭吾:なれるよ、きっと。



香音:「昔書いた小説読みたい」


圭吾:そんなのいつでも見せたのに。



香音:「ねえねえ、私のことどう思ってる?」


圭吾:ずっと大事だよ。



香音「手術うまくいきますように」


圭吾:ちゃんと成功した。



香音:「退院したらデートして」


圭吾:…したよ。もっとしたかった。



香音:「ホントはもっと触ってほしい」


圭吾:もう二度と…触らせてくれないくせに。



圭吾M:そして多分最後に書いたであろういたずら書きを見た瞬間、心臓がギュッと痛くなって、俺はそのページに雫を落とした。



香音:「圭吾に私が見えていなくても、あなたの記憶に残りたい」