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神の微笑

2018.10.29 13:18

Facebook新田 修功さん投稿記事

神は風のように……🍃⁉️

神さんは風のように何処にもいるが、人間はおがむ対象がなければ困るので、こんな社をつくったが、神体は月日の心と書いて入れてあると笑っていた。

「神の微笑」 芹沢光治良より

………………………………✨✨✨

神さまといえば、雲の上で白い髭を生やして、杖を持っているお爺さんをイメージする人が多いと思います。

信仰のある人は、イエスさんの姿や、天照大神さまを思い浮かべるかもしれませんね。

でも、神さまは、風のようにどこにでもいる。

偏在という言葉があります。

あまねく、存在する……。

……ということは、水や土、植物や動物たち、そして、私たち人間も、実は神さまなんだと思います。

今日も読んでくれてありがとう

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/02/post_29.html 【[書評]神の微笑(芹沢光治良)】より

 週刊新潮をめくっていて、思わず、うぁっとうめき声を上げてしまった。記事ではない。広告だ。芹沢光治良の「神の微笑」が文庫化されるのだ。

神の微笑

 私は単行本はどしどし文庫になるべきだし、良書は文庫として若い人に提供すべきだと思う。この本だけは文庫にしちゃいけないなんって本は存在しないと…思っていた。が、ある。これだ。「神の微笑」だ。この本は、このまま歴史の彼方に奇書として消えていって欲しかった。でも、文庫で出ちゃたんだ。新潮社、本気か。いわく「芹沢文学の集大成、九十歳から年ごとに書下ろした生命の物語“神”シリーズ、待望の文庫版」。

 世の中に危険な本と呼ばれる本は多いが、本当に危険な本というのは少ない。が、これは、危険物だぞ。知らねぇぞ、俺は、とかいいつつ、こうなっちまったらしかたないだろうと思う。爺ぃファンタジーという独自分野(そんなのあるか)でこのくらい面白い本はない。私はシリーズ全巻読んで、その毒にのたうちまわった。そういう体験も読書のうちだと思う。というわけで、薦める、ことにする(いいのか?) 佐藤愛子みたいなのがちまたに溢れるのかぁ。うー、胃が痛くなる。

 このシリーズは、当時まだ続くのかよ、とはらはらしたものだ。そして、神のお恵みあれ、このシリーズは歴史の彼方に消えていくことになる…と信じた。でも、復刻かぁ。角川書店が文庫にする、大川隆法のしょーもないSFファンタジー+しょぼい人生訓や、阿含教って何よみたいなのはわけが違うのだが、むしろ、そのノリで、この社会から拒絶されることを、祈りたい気分だ。

 ちなみに、芹沢光治良をアマゾンで検索したら、絶版が多い。「人間の運命」すら切れている。と思うに、「人間の運命」の刷り増しが後回しなのかとまた絶句する。ちょっと「はてな」を検索したら、まだキーワードにはなっていないようだ。ほっとする。と同時に、芹沢光治良について説明が必要な時代になったのだなと感慨深い。ありがちな説明を端折るとこんな感じだ。

 明治29年、静岡生れ。第一高等学校から東京帝国大学経済学部を卒業。農商務省辞してフランスのソルボンヌ大学に留学。当地で結核。昭和5年帰国して書いた「ブルジョア」が「改造」に当選。「人間の運命」で、日本芸術院賞、芸術選奨を受賞。フランス政府からコマンドール(文化勲章)を受章。日本ペンクラブ会長、ノーベル文学賞推薦委員。93年死去。

 しかし、これでは、彼と天理教の関係が見えない。彼は天理教の家庭に育った。そして、彼の人生の大半はその信仰から離れていたように見えた。が、がだ。

無信仰な僕が、一生の間に経験した宗教的現象を次々に想い起すと、これらが単なる偶然な経験ではなくて偉大な神のはからいによって経験させられたのであろうかと、自然に考えるようになった―人生九十年、心に求めて得られなかった神が、不思議な声となって、いま私に語りかける…。

 そう、語りかけるのだ。樹木ですらね。これがあの芹沢光治良か。しかし、このシリーズは、本人自身「小説」と言っているように、フィクションでもある。そのあたり、ピンチョンでも読んでいるような幻惑感が漂う。

 芹沢光治良がこのシリーズで描く「中山ミキ」をどう捕らえたらいいのか。それ以前に、現在はすましこんだ天理教の歴史をきちんと近代史のなかで再評価しなくてはいけないだろうとは思う。その異端の運動も含めてだ。この小説は、押さえ込んだ天理教のパワーが新しいかたちで噴出した「異端」でもあろう。が、もはや異端ではすまされはしない。「おふでさき」「みかぐらうた」「おさしづ」これらをきちんと歴史の文脈に戻して、天理教義から独立したかたちで評価しなくてはならないだろう。村上重良の死は早すぎたなと思う。余談だが、東洋文庫の「みかぐらうた・おふでさき」にはCDがあるのか。聞きたいなと思う。私の祖母は半生リュウマチだった。天理教は信じていないが、教師は親切な人で連れられて、お地場に「帰った」ことがある。生涯一度の長旅だったらしい。お手振りもできた。思い出すと泣ける。彼女の人生を天理教が救えたわけでもないし、そんな期待を持つべきでもない。だが、天理教の末端はあの時代に生きていたことは確かだ。そこには、神聖な力があったのだとしか思えない。

 芹沢光治良とこの最後の神シリーズは、「芹沢光治良文学館 第6期」(参照)に詳しい。知らなかったのだが、「天の調べ」の後にまだ遺稿があったのか。しかし、なぁ。読みたいか。

 キューブラー・ロスもそうだが、どうしてこれだけの知性が、最晩年、こういうことになるのか。人間の知性というのはそういうふうに型取るようにできているのか。俺すらも神を賛美して死ぬのだろうか。正宗白鳥みたいに。存在の根幹がふるえるような恐怖だな。

http://myomyon.seesaa.net/article/161423383.html 【神とは?信仰とは?「神の微笑(ほほえみ)」 芹沢光治良】より

神の微笑(ほほえみ)

無信仰な僕が、一生の間に経験した宗教的現象を次々に想い起すと、これらが単なる偶然な経験ではなくて偉大な神のはからいによって経験させられたのであろうかと、自然に考えるようになった―

人生九十年、心に求めて得られなかった神が、不思議な声となって、いま私に語りかける…。

芹沢文学の集大成、九十歳から年ごとに書下ろした生命の物語“神”シリーズ、待望の文庫版。

幼少期の天理教との関わり(著者の父が信者だったが、著者自身は反発していた)、

フランス留学時代に、結核の療養所で出会った天才ジャックとの交流の中で”神” を考え始め、作家になろうと決心したくだり、後半、中山みき(天理教教祖)との対話を通しての親神についての考察。

著者の神、信仰、宗教についての考え方が、その体験をもとに書かれています。

樹木と会話したり、ある人を介して故人(中山みきなど)と会話したり、読み手によっては敬遠されそうな内容ですが、私は何回か読み返しています。

芹沢光治良さんの文章を読んでいると、なぜか穏やかな心境になり、決して押しつけがましくない宗教感に、素直に共感できます。

宗教感というより、自分にとっての神への信仰といった方がいいかもしれません。

既存の宗教に属することなく、あくまで神と自分との関係の上で、神を信じ仰ぐという、とてもシンプルで根元的なものを再確認させてくれます。

https://open.mixi.jp/user/7912087/diary/1960476915 【芹沢光治良”神の微笑(ほほえみ)”を久しぶりに読み返して、、、】より

毎週、火曜日の”新聞を読む会”(日本キリスト教会17:30から)の後、いつも数人でアペロを楽しむ習慣があり、私にとっては美味しい赤ワインを気の置けない友人たちと楽しむ時間は至福のひとときで、いつも小一時間集うようになりました。

その折にMさんの知り合いの方で日本から留学してパリに来ているある学生さんが難病にかかり、何度も手術を受けているようなのですが、、なかなか完治せず、時々身内の方が日本から看病にいらっしゃるのですが、ヴィザの関係で3か月以上の滞在が認められないため、一時、帰国する状態で、ご本人も非常につらい心情で入院しているということで、若い彼を少しでも気持ちを和らげて上げるためには、どうしたらいいかという問題提議がありました。

やはり、こういった場合、安易に元気づけるのもかえって反発を招きそうで、それよりも内面の自己啓発の気持ちに向かえるほうが、きっと少しでも穏やかな平常心に近づけるかもしれないというのが私の考えだったので、昔読んで感銘を受けたこの本をお貸ししようと思い立ちました。

本棚から探し出して久しぶりに目を通したら、思わず、また読み返したい気持ちにさせられました。

芹沢光治良は好きな作家ですべての作品を読破しましたが、特に90才になられてから書き始めたシリーズは、実に心洗れる作品で、その第一作をお貸ししようと思ったわけです。

第一章の初めに

  ”文学は  物言わぬ  神の意志に  言葉を 与えることである。”

私はこの文章に彼の文学の神髄を感じましたが、芹沢自身は、長い作家生活の中でどこで書いたか記憶もなく、昭和45年の6月に沼津の彼の生誕地である海浜の松林に有名な建築家の設計で友人の岡野氏により”芹沢光治良文学館”が建設され、その後まもなくして芹沢の心友であった岡野氏が数枚の絵ハガキをを作り参観者に配布したときに添えられた一文だったのですが、芹沢氏は初めてそれを見た時にとても気恥ずかしく、また当惑のあまり、、あらかじめ相談してくれたらこれだけは賛成しなかったのに、と思ったそうです。この文学館も10数年前に訪れたことがありますが、彼が育った富士山の見える素朴な海辺がとても印象に残りました。

彼は、また軽井沢に小さな別荘を持っていますが、それは若い頃、パリに国費留学生として滞在していた時に結核にかかり、フランスの高地結核病棟にて長い療養生活の後、船でやっとの思いで日本に帰国した経緯があります。その頃は結核は難病で今と違っていい薬もなく、フランスの医者に帰国しても年に数度は高地療養を進められて、軽井沢の別荘を持つきっかけになったようです。

その別荘地の庭の木々とある日から彼は話ができるようになったという、一見、眉唾みたいな話からこの随筆は始まるのですが、木々や花々でも心が通えば、こういうことが起きるのだということを実証してくれた話なのですが、突き詰めていくと、自然に自分は何のために生まれ生きているのかという命題に突き当たるのです。この本をその若い彼が読むことによって少しでも自暴自棄になったり、ペシミスティックな気分から解放されて、神(既存の宗教ではない)に自分をゆだねて少しでも心穏やかに療養出来る一助になれば、という気持ちでこの一冊をお貸ししようと思った次第。このシリーズは一年に一冊ずつ8冊書かれていて非常に私にとっては大切な本だけれど、彼が望むなら順次、お貸ししようと思っています。(新潮社)

健康な人とは違って、病に侵されている人々の心情は、いかばかりかと思われますが、自己に埋没せずに、少し視点を変えることによって日頃の苦しみが少しでも軽減されることを期待したい一心で

芹沢氏の本を手に取ってもらいたいと思いました。