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記憶を追ってくる女

2017.04.24 11:52


語り部というのは、得難い才能だと思う。

彼らが話し始めると、それまで見てきた世界が別のものになる。

例えば、俺などが同じように話しても、

語り部のように人々を怖がらせたり、楽しませたりはできないだろう。 


俺より五歳上の従姉妹にも、語り部の資格があった。

従姉妹は手を変え品を変え、様々な話をしてくれた。

俺にとってそれは非日常的な娯楽だった。

今はもう、それを聞けなくなってしまったけれど。  

従姉妹のようには上手くはできないが、これから話すのは、 

彼女から聞いた中で、もっとも印象に残っているうちのひとつ。 


中学三年の初夏、従姉妹は力無く抜け殻同然になっていた。

普段は俺が催促せずとも、心霊スポットや怪しげな場所に連れて行ってくれるのだが、 

その頃は頼んでも気のない返事をするだけだった。 

俺が新しく仕入れて来た話も、おざなりに聞き流すばかり。

顔色は悪く、目の下には隈ができていた。 

ある日、理由を訊ねた俺に、従姉妹はこんな話をしてくれた。 


春頃から、従姉妹は頻繁にある夢を見るようになった。 

それは夢というより記憶で、幼い頃の従姉妹が、

その当時よく通っていた公園の砂場で、ひとり遊ぶ光景を見るのだった。 

やがて何度も夢を見るうちに、ひとりではないことに気づいた。 

砂場から目線を上げると、そこに女が立っている。 

淡いピンクの服を着た、黒いロングヘアの女が、従姉妹を見つめ立っていた。


女に気づいた次の夜、夢は舞台を変えた。

少し大きくなった、小学校に入ったばかりの授業参観の光景。 

後ろに沢山並んだ親たちの中に、自分の母親もいるはずだった。 

教師にあてられ正解した従姉妹は、誇らしさを胸に後ろを振り返った。 

だがそこにいたのは母親ではなく、公園で従姉妹を見つめていた女だった。


次の夢は、小学校高学年の頃の運動会だった。

従姉妹はクラス対抗リレーに出場していた。 

スタートと位置に立ち、走ってくるクラスメートを待った。 

もうすぐやってくる。

腰を落として身構え、後方を見た。

 走ってきたのは公園にいた女だった。

両手足を滅茶苦茶に振りながら凄いスピードで近づいてくる。 

従姉妹は恐怖を感じ、慌てて逃げ出した。

 一瞬女の顔が見えた。

真っ白な肌に、どぎつい赤の口紅を塗りたくり、ニタニタ笑っていた。


翌日の夜、従姉妹は寝る前から予感を抱いていた。 

今日も夢であの女に会うのではないか。

それは殆ど確信に近かった。 

そして、その通りになった。

 

夢の中で従姉妹は、中学生になっていた。

記憶にある通り、吹奏楽部の練習に参加していた。 

顧問のピアノに合わせて、トロンボーンを構えた。

深く息を吸い込んだまま、従姉妹は凍り付いた。

ピアノの前に座っていたのは、あの女だった。

狂ったように鍵盤を叩き、顔だけは従姉妹を凝視していた。

女の顔ははっきり見て取れた。 

異様に白い肌、細い目、高い鼻筋、真っ赤な口紅が塗られた唇を大きく広げ、ニタニタ笑っていた。 そこから覗くのは八重歯で、口紅だろうか赤く染まっている。

不揃いな黒いロングヘアが、女の動きに合わせ激しく揺れた。


汗だくで目覚め、従姉妹はあることに気づいた。

私は夢の中で成長過程を辿っている。

始めは幼い頃、次は小学生、今は中学生だった。

もしかして、女は私の記憶を追ってきているのではないか。

その仮説は正しかった。

眠るごとに夢の従姉妹は成長し、女は必ずどこかに現れた。

あるときは見上げた階段の上から、あるときは電車の向かいの席で、

あるときは教室の隣りの席から。

 従姉妹はここに至って、もうひとつの法則に気がついた。

女との距離がどんどん縮まっている。 

いまではもう、女の三白眼も、歯と歯の間で糸を引く唾液も、はっきりと見えるようになった。  

従姉妹はなるべく眠らないように、コーヒーを何杯も飲み徹夜した。しかしすぐ限界がくる。 女は、昼に見る一瞬の白昼夢にも現れた。 そしてとうとう現実に追いついた。 そこまで話すと、従姉妹はうなだれるように俯き黙った。黒い髪がぱさりと顔を覆い隠す。 すっかり聞き入っていた俺は、早く続きを知りたくて急かした。 催促する俺を上目遣いで見て、従姉妹はゆっくりと笑った。 「だから、現実に追いついたって言ったでしょう」 そう言ってにやりとした従姉妹の口元は、八重歯が生えていた。 いつから従姉妹が八重歯だったのか、俺には自信がなかった。


従姉妹はなるべく眠らないように、コーヒーを何杯も飲み徹夜した。

しかしすぐ限界がくる。 

女は、昼に見る一瞬の白昼夢にも現れた。 

そしてとうとう現実に追いついた。 


そこまで話すと、従姉妹はうなだれるように俯き黙った。

黒い髪がぱさりと顔を覆い隠す。

すっかり聞き入っていた俺は、早く続きを知りたくて急かした。

催促する俺を上目遣いで見て、従姉妹はゆっくりと笑った。 


「だから、現実に追いついたって言ったでしょう」 


そう言ってにやりとした従姉妹の口元は、八重歯が生えていた。 

いつから従姉妹が八重歯だったのか、俺には自信がなかった。