Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

のらくらり。

三兄弟、温泉旅行に行く

2021.11.02 11:33

転生現パロ三兄弟が温泉旅行に行くお話。

アルバート兄様17歳記憶あり、ウィリアム4歳記憶あり、ルイス3歳記憶なしという設定。

三兄弟、温泉入ってまったりハピネスに過ごしていてほしい。


「おんせん?」


モリアーティ家の自慢の一つ、とても広くて大人三人が入ってもまだまだ余裕のあるバスタブ。

そこでの入浴を済ませてほこほこ湯上がりの弟二人の髪を拭いてあげたアルバートの言葉に、末のルイスは大きな瞳を丸くさせながら首を傾げていた。

透き通るほどに真っ白い頬が熟した桃のように染まってとても可愛らしい。

同じくアルバートの言葉にキョトンとしたような表情を見せるウィリアムも視界に収め、兄弟の中で一番の年長者たるアルバートは繰り返すように同じ言葉を言ってあげた。


「今度の休み、三人で温泉に行こうか」

「…にいさん、おんせんってなんですか?ゆうえんち?」

「ふふ、ゆうえんちじゃないよ。おんせんはね、おおきいおふろのことなんだ」

「おうちのおふろよりもおおきい?」

「うん。まるでプールみたいにおおきいんだよ」


アルバートは小さな弟達が湯冷めしないよう毛布で包んでから抱き上げた。

居心地の良い長兄の腕の中、ルイスは大人しく彼に密着してウィリアムから温泉についての教えを受けている。

いつだってルイスはウィリアムに教えてもらうのが当たり前で、以前の記憶がなかろうともはや本能に染み付いているのだろう。

ウィリアムもルイスに頼られることを嬉しく思っており、楽しそうに自らの知識を披露していた。

にいさんはものしりですね、とルイスに懐かれて誇らしげに顔を緩ませるウィリアムはとても可愛らしい。

アルバートは弟二人による就寝前の癒しを存分に浴びながら、風呂上がりで清潔感あるシャボンの香りに混ざったりんごの匂いを堪能している。


「温泉は体に良いからね。ルイスの療養も兼ねて休暇を過ごしに行こう」

「りょうよう?」

「このまえ、ルイスのにゅういんがおわっただろう?おいわいとおつかれさまと、がんばったねのごほうびだって」

「ごほうび!」

「あぁ、ウィルの言う通りだ。よく頑張ったね、ルイス」

「えへへ」


ウィリアムとアルバートに褒められたルイスはとても嬉しそうに笑っている。

陰りも穢れもない無垢な笑顔は狂おしいほどに愛らしかった。


何の因果なのか、今世においてでもルイスの心臓は少しばかり弱かった。

右頬の痣は生まれたときからのもので痛みも何もないようだから、ルイスが気にしない限りはそのまま構わず愛していこうと、アルバートもウィリアムもそう決めている。

末っ子溺愛の兄達による目一杯の愛情のおかげか、現状のルイスは自分の顔に残る大きな痣を気にする様子はない。

快活なまま前髪を上げて可愛いおでこを見せたヘアースタイルを好んでいた。

ルイスの傷跡は三兄弟にとって始まりの絆そのもので、ゆえにウィリアムもアルバートもその跡を心から慈しんでいるのだ。

平穏な世界においてもそれを持って生まれてきたというのなら、ルイスこそが前世と今世の三人を繋ぐ要になるとすら考えている。

ルイスという存在全てが尊く眩しい、自分達を象徴する人なのだと、ウィリアムとアルバートはそう認識している。

だが、ルイスの心臓についてはその限りではなかった。

ルイスの全てを愛しいと思っているけれど、ルイスの生命を脅かす原因になっていた心臓のことは憎くて憎くて堪らない。

前世ではウィリアムの献身的な看病とアルバートによる治療の手配でやっと健康体になったというのに、今世でもルイスの心臓機能は不十分だというのだから、ルイスが一歳になる日に分かったその事実には心優しいはずの二人の兄が盛大に舌打ちをしたものである。

同時に、医療の発達した現世においては何を差し置いてでもルイスに完璧な治療を与えると息巻いたのは、当時十五歳だったモリアーティ家の長子たるアルバートだった。

ちなみにウィリアムはようやく二歳になる頃だったため、小さな弟を抱きしめては「ぜったいにぼくがたすけてあげるからね、だいじょうぶだからねルイス!」と緋色の瞳を燃やしていた。

何も分かっていないルイスは抱きしめられて嬉しそうに笑っていただけだったが、それもそのはず、ルイスの心臓は多少機能が劣るのみで日常生活を送る分には支障がないものだったのだ。

小さな体で精密検査を受ける姿は痛々しかったけれど、その結果は予想していたよりもずっと軽い心疾患の類で済んだのである。

成長とともにそれが悪化していくのか改善していくのかどうかには慎重な経過観察が必要になるけれど、すぐに大きな手術が必要ということもない。

それに大層安心したアルバートの腕の中、検査に疲れたルイスはこんこんと眠っていた。

発作で苦しむことのない穏やかな寝顔に心の底から安堵したウィリアムは、腰を下ろしてくれたアルバートに抱かれているルイスの顔を涙ながらに覗き込んではぐすんと鼻を啜っていた。

そんなウィリアムの頭を撫で、眠るルイスを守るように強く抱きしめたアルバートの顔もまた泣きそうなほどに歪んでいた。

弟の無事を心から喜ぶ兄という、仲睦まじいモリアーティ家の三兄弟を見て主治医及び担当看護師はもらい泣きをしたという。


以降、ルイスはこまめな定期検診を欠かさずに受けており、つい先日も簡単な検査入院を終えて退院したばかりである。

いやだいやだとぐずりながらも泣かずに検査を済ませたルイスはアルバートとウィリアムから盛大にお祝いをされたのだが、それとは別にご褒美をくれるという。

温泉も療養もよく分かっていないが、温泉はだいすきなアルバートからのご褒美だと認識したルイスは嬉しそうに目を輝かせた。


「プールみたいなおふろ!にいさんとにいさまもいっしょですか?」

「勿論、私もウィルも一緒だよ。三人で一緒に温泉旅行をしよう」

「よかったね、ルイス。ぼくもうれしいです、アルバートにいさん」

「おんせん!」


ルイスはお風呂がすきだし、毎日どの入浴剤を入れようか楽しそうに選んでいる。

最近のお気に入りは果実の香りがする入浴剤らしい。

今日はりんごの香りがするものを選んだようで、普段以上に甘い香りを纏っていた。

わぁいと喜ぶルイスを愛おしげに抱きしめながら廊下を歩くアルバートに、同じく彼のもう片手に抱き上げられているウィリアムはそっと耳打ちをする。


「にいさん、ロケーションはもんだいないですか?」

「あぁ、周辺施設は全て貸し切っている。抜かりはないよ」

「さすがアルバートにいさん」

「当然さ、ウィル」


温泉という無防備な場所でルイスにもしものことがあってはいけないし、幼児を主とした変質者も近年は多く出没している。

直接危害を加えられるなどもってのほか、それどころかその存在を危険人物の目に触れさせることすら許されないのだ。

ルイスだけでなく一つ違いのウィリアムの身も危ないと、アルバートは事前に家の力を駆使して

温泉街そのものを貸し切ることにしていた。

当日すれ違う人間は全てモリアーティ家の関係者及びSPである。

それを確認して安心したウィリアムはさすがアルバートだと、安心してその身を彼に委ねてはしゃぐルイスに目をやった。


「にいさん、にいさま、おんせんのそうだんですか?」

「そうだよ、ルイス。おんせんはいいかおりがするからたのしみだね」

「おんせん、りんごのにおいはしますか?」

「色々な種類の温泉があるよ。りんごの香りがする温泉もあるから楽しみにしていると良い」

「わぁ」


うれしい、たのしみ、にいさんとにいさまといっしょ。

そう喜ぶルイスはウィリアムとアルバートの会話の内容が聞こえてなかったらしい。

聞こえていても理解出来なかっただろうが、どちらにせよ結果は変わらないのだから構わないだろう。

大切な弟達との温泉旅行で街一つを貸し切りにするほどの財力と人脈を駆使出来ること、そしてそれが許される立場にあるということに圧倒される人間はおらず、またそれに呆れを見せる人間もここにはいなかった。

アルバートはウィリアムとルイスの部屋に入り二人専用のベッドに弟達を寝かせようとしたが、きょうはにいさまのところがいいです、と甘えを見せた末っ子の言葉に絆されて、自らの寝室に向かうべく隣の部屋に足を踏み入れた。




「ルイス、そろそろいくよ」

「はーい」

「忘れ物と言っていたが、何を持ってきたんだい?」

「ないしょです!」

「ないしょ?」


一泊だけの温泉旅行に必要な荷物は既にジャックが車に運び出している。

ルイスが持つのは小さなポシェットに入っているお菓子とハンカチくらいなのだが、忘れ物をしたと言いながら駆けて行ってしまった。

追いかけようと思ったがすぐに戻ってくると言っていたからウィリアムとアルバートはそのまま玄関ホールで待っていたのだが、帰ってきたルイスに尋ねても忘れ物が何かは教えてもらえない。

一体何だろうかと首を傾げるが、機嫌の良さそうなルイスに手を握られてしまってはそれ以上言及する気も起きなかった。


「おんせん、たのしみです!」

「そうだね、とてもたのしみだね」

「さぁ行こうか。ジャックさんが待っている」


ルイスはウィリアムとアルバートの手を握り、そのまま車に乗り込んだ。

ふかふかのシートに小さな体を埋もれさせ、左右に兄がいる状況でのお出かけにルイスは至極ご満悦である。


「今日訪ねる温泉旅館は海も近いから景色が素晴らしいそうだ」

「うみ。くらげがいるところですか?」

「そうだよ。あそぶにはさむいから、なみをみてたのしもうね」

「食事も美味しいと評判だからたくさん食べるんだよ」

「たのしみだね、ルイス」

「いっぱいたべます」


ルイスは早速ポシェットからおやつのクッキーを取り出してウィリアムとアルバートに分けている。

今まではウィリアムとルイスがまだ幼く、特にルイスは体の心配もあったから外出する機会すら多くなかった。

けれど先日の検査では問題ないと主治医に太鼓判を押されており、常に一緒にいるウィリアムの目から見てもルイスは元気いっぱいなのだから、これからたくさんの旅行なりをして思い出を作っていこうとアルバートは考えている。

前世では経験出来なかったことを弟達とたくさん経験したいと思う。

アルバートはクッキーのかけらを頬につけたルイスに指を伸ばし、詰まらせないようお茶のボトルを差し出した。




「……!」

「ようこそお越しくださいました。心を込めてお尽くし致しますので、何なりとお声掛けくださいね」

「ありがとうございます。今日明日、お世話になります」

「よろしくおねがいします」

「まぁまだお若いのにしっかりしてますわね。どうぞ、ご自分のお家だと思ってごゆっくりお寛ぎくださいな」

「ほら、ルイスもご挨拶なさい」

「ぉ、おねがいします…」

「あらぁ良い子ね。こちらこそ、どうぞよろしくお願いしますね」


歴史を感じさせる大きな佇まいの旅館を見上げて驚くルイスの手を引き、スライド式の扉を開ける。

和を基調としていながらも文明は活かしているようで、アルバートが軽く手を添えただけで自動で開くその扉の重厚さにもルイスは驚いてしまったようだ。

朗らかに出迎えてくれた女将から隠れようと、いかにもびっくりした顔をしたルイスはアルバートを盾にして小さな体をもっと小さくさせてしまった。

それでもアルバートとウィリアムの真似をするようにおずおずと挨拶をすれば、笑みを浮かべている女将に褒められる。

だがルイスにしてみれば初対面の彼女に褒められるよりも、ウィリアムに手を握られてアルバートに頭を撫でられたことの方がよほど嬉しく感じられるようだ。

これもルイスらしく好ましい一面だと、頬を染めて見上げてくる末っ子を二人の兄は優しく見下ろしていた。


「にいさま、おくつはかないんですか?」

「ここは日本由来の温泉旅館だからね、外靴ではなく室内履きのサンダルが主流なんだよ。部屋は畳という床だから裸足でないといけないらしい」

「そうなんですか。めずらしいね、ルイス」

「はい。みたことないものもいっぱいあります」


遠出をしたことはないし、モリアーティ家は英国の伝統を重んじる洋風家屋だ。

通っている幼稚園も洋の気配を滲ませているため、日本家屋そのものであるこの温泉旅館はルイスにとって驚きの連続なのだろう。

ルイスだけではなくウィリアムも知識の中で知っているだけの風景を新鮮に楽しんでいるようだ。

かくいうアルバートも日本旅館に泊まるのは随分と久しぶりで、温かみのある木をベースにした空間は中々興味深かった。


「さぁルイス、ウィリアム。お着替えしようか」

「ぼく、ひとりでおきがえできます」

「ぼくもできますよ」

「知っているよ、ルイスもウィリアムも良い子だからね。でも、これを着るのは初めてだろう?」

「…バスローブ?ガウン?」

「これは浴衣と言って、日本の伝統的な衣服なんだ」

「へぇ、ほんものははじめてみました」


首を傾げているルイスとは対照的に、どこかで知識を仕入れていたウィリアムは面白そうに浴衣の布地を手に取っている。

バスローブの一種なのだろうが、もう少し生地は重たくしっかりした作りだ。

せっかくの温泉なのだから小さな二人にも合うサイズの浴衣を用意してほしいとオーダーしていたのだが、どうやらサイズはぴったりだったらしい。

アルバートは事前に仕入れた着付けの知識を総動員して小さな弟達に浴衣を着せていき、着崩れないようしっかりと帯を巻いて皺のないよう生地を伸ばした。


「よく似合っているね、二人とも。可愛いよ」

「ゆかた、はじめてきました」

「ルイスかわいいね」

「にいさんもかっこいいです」


ちんまりした二人に揃いの浴衣を着せたアルバートは至極満足だ。

前後左右の立ち姿をしっかりと目に焼き付けてから記念に数枚の写真を撮る。

そうして自らも着替えるべく衣服を脱いでいると、小さな赤い瞳が四つ向けられていることに気が付いた。

ウィリアムとルイス、二人並んで手を繋いでいる姿はとても可愛らしい。

見られることに何を思うでもなく、アルバートは弟達に施したときよりも幾分かラフな仕草で自らに浴衣を着付けていった。


「アルバートにいさま、ゆかたかっこいいですね!」

「ありがとう、ルイス」

「よくにあっています、にいさん」

「ありがとう、ウィリアム」


おいで、と声を掛ければルイスが嬉しそうに駆け寄ってくる。

そのままルイスを抱き上げれば嬉しそうに首筋に懐いてきたのだからより一層の愛おしさが増す。

アルバートにとって容姿を褒められることは日常茶飯事でしかないし慣れ切っているはずなのに、それが可愛い弟達からとなれば途端に誇らしさと嬉しさで胸がいっぱいになる。

届けられる言葉よりも言葉を届けた人間の方にこそ価値があるのだと、身を持って理解してしまいそうだ。

全く厳禁なことだと自分でも思うが、それだけアルバートにとって弟達からの評価は重要なのである。

そうしてアルバートはルイスに続けてウィリアムも抱き上げようとしゃがみ込んだのだが、当の弟はその腕ではなく肩に手を添えて背伸びをしてくる。

耳に顔を寄せてきたので何か話したいことがあるのだろうとそっと傾けてあげれば、ルイスに聞こえないよう小声で何かを囁かれた。


「にいさん、ほんとうにちかくにいっぱんきゃくはいないんですね?」

「あぁ。それどころか、女将と料理長以外は全て当家由来の人間だ」

「それならよかった」


そう言ってから離れてにっこりした笑みを見せるウィリアムに、アルバートはよく分からないまま笑みを返す。

何か気になることがあったのだろうが、良かったというのであればアルバートの行動に間違いはないのだろう。

今更気にすることもないかと、アルバートはウィリアムの手を引いてルイスを抱いたまま部屋を出た。


「(こんなすがたのアルバートにいさんをみたらどんなじょせいもだまってないだろうから、いっぱんきゃくがいないのはほんとうによかった)」


小さく愛らしいルイスを危険に晒さないのは兄として当然のことだ。

少しの危険すらも許せないし、ルイスに害を成すものは全て排除する覚悟と決意を持っている。

だが、ウィリアムはルイスとは別のベクトルでアルバートのことも慕っているのだ。

それはアルバートも同様だし、ルイスもウィリアムとアルバートのことを二人とも大切に思っている。

三兄弟それぞれに重たい感情を向け合っているだけあって、余所者がアルバートに色目を使う場面などウィリアムは見たくなかった。

彼がそれに靡くとは到底思えないが、そういう問題ではないのである。

敬愛する兄は自分とルイスのための人で、そこに他の人間が入る余地などない。

着慣れないはずの浴衣なのに妙に様になっているアルバートの姿は、普段見せていない首元や腕が露わになっていてとてもセクシーだ。

持ち前の色気とよく調和している浴衣姿を不特定多数の人間に見られては、おそらくほぼ全員がアルバートに惚れ込んでしまうだろう。

自慢の兄が数多の人間を魅了するのは当然だが、良い気分はしないのである。

ルイスは浴衣を着た格好良い姿のアルバートを喜んでいたけれど、彼が他の人間にチヤホヤされる姿を見たらきっと拗ねてしまうに違いない。

ウィリアムはルイスが悲しい思いをすることを許せないし、ウィリアム自身もアルバートが他の人間を構うことを良く思っていない。

温泉街全てを貸し切りにしているのであれば一安心だと、ウィリアムは機嫌よくアルバートの手を握って足取り軽く歩いていた。


「アルバートにいさん、どこにいくのですか?」

「車での移動は疲れただろう?夕食の前に早速温泉に入ろうか」

「おんせん!りんごのおんせん!」

「ルイスはりんごの温泉が良いんだね。旅館備え付けの露天風呂は色々な種類の温泉があるから、気に入ったところに入ろう」

「おんせん!」

「ルイス、たのしそうだね」


アルバートに抱かれたまま足をパタパタさせて喜びを表現するルイスを見上げ、ウィリアムも初めての温泉に興味をそそられている。

今世ではもちろん、前世でもゆっくり温泉に浸かる機会などなかった。

以前のルイスは頬だけでなく胸の傷を晒す場所を嫌っていたし、海も温泉も気まずそうに首を振って拒否するのみだったのだ。

ルイスが嫌がるならばと避暑にも保養にも行かなかった以前と違って、今はこんなにも楽しそうに旅行の時間を過ごしている。

とても素敵なことだと、ウィリアムとアルバートは温泉に浸かる前から心を温かくさせていた。


「さぁ浴衣を脱ごうか」

「ぬぐのはかんたんです。ほら」

「じょうずだね、ルイス」

「ウィルも上手じゃないか。ほら、脱いだ浴衣はこちらに置きなさい」


途中で会った女将の案内の元、脱衣所に着てみれば予想していたよりも随分と広かった。

これは海に面しているという温泉もさぞ素晴らしいのだろうと期待してしまう。

アルバートはルイスとウィリアムの浴衣を簡単にたたみ、瓜二つの弟達が真っ白い体のまま冷えてしまわないよう肩にタオルをかけていく。

そうして自らも浴衣と下着を全て脱ぎ、備え付けのタオルを腰に巻いて二人の手を引いて温泉のある浴室へと向かおうとした。


「…」

「ルイス?どうしたんだい?」

「ぼくもタオルまきます」

「え?」

「にいさまとおそろい」

「あぁ、なるほど。ルイス、こっちをむいて」

「…ありがとうございます、にいさん!」

「ふふ…では行こうか」


肩にタオルを巻いていたルイスはそれを剥ぎ取り、アルバートのように腰にタオルを巻こうと小さな手を動かしていた。

どうやらアルバートとお揃いの格好が良かったらしい。

家で入浴する際のアルバートはタオルなど巻いていないが、温泉ではきっと巻くのが正しいと考えたのだろう。

だが幼いルイスもウィリアムも下半身を隠す必要はないし、巻いたところで歩くのに邪魔になってしまう。

それでもアルバートとお揃いにするのだというルイスの意思を尊重すべく、ウィリアムは同じく小さな手でルイスのお腹からタオルを巻いてあげる。

ついでに自分の体にもタオルを巻き付け、三人お揃いの温泉スタイルでアルバートの手を取った。

あまりにも可愛らしい弟達の姿に悶えそうになりつつも、アルバートは気を確かに二人の手を握りしめる。

すると左側にいたルイスがもぞもぞと浴衣の中からあるものを取り出した。


「ルイス?どうしたの?」

「おや、それは…」

「ねこさん!おうちからもってきました!」


いつの間に忍ばせていたのか、浴衣をたたんだはずのアルバートすらも見落としていたそれは、ルイスお気に入りの特注バスライトだった。


ルイスに前世の記憶はない。

今はそう確信しているが、かつてのウィリアムのように幼すぎて喋れないだけで実は記憶があるのではないだろうかと考えていた頃がある。

ウィリアムは喋ることが出来るようになってからようやくアルバートと意識を共有したが、ルイスは喋るようになってからも何かを覚えている様子がなかった。

それでも実は覚えているのではないかと、アルバートとウィリアムはなるべく嫌な記憶を刺激しないようさりげなさを装って、あの頃の英国を彷彿とさせるものをルイスの前に用意したのだ。

アンティーク調のティーセット、モダンローズが美しい庭園、半熟加減が美味しいオムレツ、絶版となっているはずのコナン・ドイル著「緋色の研究」初版本。

そのいずれにも反応を示さなかったが、ルイスの記憶を確かめるものの一つとして採用されたのがこの猫のおもちゃだった。

正しくは、アルバートが描いた絵を用いたバスライトである。

ルイス曰く「ねこさん」というこの生物、アルバートは犬を描いたつもりだった。

だが、ルイスが猫というのならばこれは猫だとそう決めた。

ルイスは前世で散々目にしたこのイラストを覚えている様子もなかったため、ウィリアムとアルバートはようやくこの子が何の記憶もないまま生まれ変わったのだと確信したのだ。

それはなんと素晴らしいことだろうと、今度こそ無垢なままルイスを守り生きていこうと決意を固めたものである。

そんな中、アルバート独特のセンスと芸術性は今世でも引き継がれているのかとウィリアムは感心してしまった。

けれどルイスは、アルバートが自分に描いてくれた猫を何故だかとても気に入ってしまったのである。

猫の絵が描かれた画用紙をベッドに持ち込んで一緒に眠るほどのお気に入りとなり、気を良くしたアルバートが業者へ特別にオーダーしてバスライトを作ってあげたほどだ。

変わった形のバスライトを受け取ったルイスは、嬉しさのあまりぴょんぴょん跳ねて喜びを露わにしていてとても可愛かったことをよく覚えている。


アルバート曰く犬、ルイス曰く猫というイヌネコらしき形をしたバスライトは、モリアーティ家の浴室に住んでいる。

大きな耳とつぶらな瞳が独特の可愛らしさを醸しているイヌネコバスライト、どうしてだか今この温泉旅館に存在していた。

きっと忘れ物をしたというあのときにポシェットに忍ばせ、ルイスがこっそり連れてきたのだろう。


「ねこさんもいっしょにおんせんはいろうとおもって、つれてきました」

「そうだったの、ルイスはやさしいね。ねこさんもきっとうれしいね」

「大事な猫さんだからな。一緒に温泉に入ろう」

「はい!」


ルイスの手には少し大きいサイズのイヌネコバスライト、なんと赤や緑や紫に光ってはくるくる回って踊るのである。

無駄なオプションだとウィリアムは思ったし、アルバートも調子に乗ってしまったと少しばかり後悔したけれど、お風呂場でくるくる踊るイヌネコバスライトを見るルイスは楽しそうに笑っていたから結果オーライなのだ。

記憶がないのに自分がデザインした生物を気に入ってくれているルイス、しかも温泉旅行にまで連れて来てくれるほどのお気に入りだと知ったアルバートは、愛おしさのあまり小さな末っ子を抱きしめる。

ウィリアムも純粋無垢なルイスの頭を気の済むまで撫でてから、ようやく三人は浴室へと入っていった。


「わぁ、おおきい…!」

「たくさんしゅるいがあるんですね」

「あぁ。一番の目玉はあそこの露天風呂のようだ。海にも面していて景色も良いから、まずはあの露天風呂に入ろうか」

「にいさま、ゆかがいわみたいです!ゴツゴツしてる!」

「ここの温泉は自然のものをそのまま使っているからね。走って転んだりしないよう気を付けるんだよ」

「ルイス、ぼくとてをつなごう。ひとりであるいちゃだめだよ」

「わかりました」


この地域を代表する厳選掛け流しの露天風呂は海に面していてとても開放感があった。

汗と汚れを流すために軽くシャワーを浴びてから、ルイスはそわそわしたようにイヌネコバスライトを片手にきょろきょろと周りを見渡している。

一つ一つの浴槽を広く取っているはずなのに狭い印象はなく、透明だったり濁っていたり、中には花びらが浮いている温泉もあった。

他の客が一切いない空間はより広々して見えて、人見知りをするルイスにとっては落ち着く場所だ。

どこが良いのか迷っているルイスを誘導するように、アルバートは一番奥にある一際大きな温泉を指差してあげる。

その方向へ真っ直ぐ向かって行くウィリアムとルイスを後ろから見守りながら、アルバートも周りの雰囲気を楽しみながら追いかけていく。

鼻を擽る果実由来の香りと透明湯が売りの温泉は、きっとルイスのお気に召すことだろう。


「りんごのにおいがします。いいにおい」

「ほんとうだ。おゆもとろっとしててきもちよさそうだね」


スンスンと鼻を鳴らして匂いを確かめるルイスと、熱くないかを確かめつつお湯の感触を確認するウィリアム。

小さな背中の後ろ姿だけでも二人が楽しげな様子がすぐに分かってしまう。

アルバートは二人の横から湯の温度を確かめつつ、弟達よりも先にそっとその足をお湯の中に沈めていった。

整えられているとはいえ、自然由来の温泉は場所によって部分的に深くなっているところがある。

小さな二人が溺れてしまっては大変だし、それを見越してウィリアムは入らずに手を伸ばして深さを確かめていたのだろう。

ルイスは元々ウィリアムかアルバートの後でしか行動に移さないから一番乗りすることはない。

アルバートの許可があるまでウィリアムもルイスも温泉に入ることは出来ないのだから、一足先にゆっくりと湯に浸かるアルバートの姿をじっと見ていた。

期待に満ちた二人分の視線を浴びながら透き通った湯を目と手で確認し、これならば問題ないだろうとアルバートは二人に向けて両手を広げていく。


「おいで、二人とも」

「にいさま!」

「にいさん」

「あまり深くはないようだが、座っていると疲れてしまうだろうから膝の上に座っていようか」

「わかりました」

「きをつけます」


右膝にウィリアム、左膝にルイスを乗せて、アルバートはゆったりと背中を岩にもたれかける。

まだまだ小柄な二人だが、抱き上げると日に日に重くなっていることが分かる。

弟達の成長を感じられることがアルバートにとっては何より嬉しいというのに、浮力のおかげで大した重さを感じないことが少しだけ寂しい。

それでも温かく気持ちが良い湯と、陽が沈みかけて紺と橙のグラデーションが美しい空と、さざ波の音と白い水飛沫がとても綺麗で、寂しい気持ち以上に気分は高揚していた。


「…おんせんって、きもちいいんですね」

「そうだな…身も心もほぐれていくようだ」

「ポカポカします…」


丸い頬が溶けてしまいそうなくらいにほわほわと緩んでいる。

ウィリアムは初めての体験に澄ました顔をとろけさせており、アルバートも全身の力が抜けていくような感覚が心地良かった。

ルイスもアルバートとウィリアムに触れながら小さな体を伸ばしている。

りんごの香りと涼しい風と穏やかな波の音。

一つ一つは大したことがないはずなのに、組み合わされるととても心が癒される。

ルイスの療養を兼ねた思い出づくりの温泉旅行は正解だったと、アルバートは早くも己の決断を高く評価していた。

三兄弟はしばらくほっこりと温泉に浸かり、時折ルイスが足を動かしてはちゃぷんとお湯が揺れていく。

そんな心癒される空間を堪能していると、ふと思い出したようにルイスは左手に持っていたイヌネコバスライトのスイッチを入れて湯に浮かべた。

途端にくるくる踊り出すイヌネコバスライトは、この開放的な空間も相まってとてもはしゃいでいるようにも見える。


「ねこさんもたのしそうです」

「そうだね、とてもたのしそうだね」

「ルイスが連れてきてくれてきっと嬉しいんだろう」


定期的に色を変えてくるくる踊っているイヌネコバスライトはこの空間には似つかわしくない騒々しさがあるけれど、ルイスが楽しそうなので問題ない。

ピチャピチャと跳ねてくるお湯すらも何だか楽しくて、ルイスは手を伸ばして遊びながら小さく笑い声をあげていた。


「にいさま、ねこさんにきょうだいはいないのですか?」

「兄弟?そうだな、猫さんは一人っ子のようだから」

「ひとりだとさみしいです…」

「ルイスがいっしょにあそんでくれてるから、ねこさんもさみしくないとおもうよ」

「…でも、ねこさんもおにいさんがほしいとおもうんです」

「ルイス?」


ルイスは踊るイヌネコバスライトを両手で捕まえ、ダンス機能をオフにする。

淡い光を見せているそれを抱き締めながらもじもじとアルバートをウィリアムを見ているルイスが何を言いたいのか、二人にはおおよその検討がついてしまった。

しかしそれを口にすることはなく、ルイスの言葉を静かに待つ。


「ねこさんのおにいさん、ふたつほしいです。ねこさんもさんにんいっしょがうれしいとおもいます」

「…ルイスはやさしいね、とてもいいこだね」


アルバートの膝の上、ウィリアムはすぐ隣にいるルイスの頭をよしよしと撫でていく。

心優しい弟の姿に胸を打たれてしまった。

おもちゃに執着する性質ではないのに、アルバートがデザインしたこの謎の生物には執着するなんてルイスらしくてとても可愛い。

ひとりぼっちのこの猫も兄が二人ほしいはずだというのは、ルイスにとってウィリアムとアルバートという二人の兄がいて幸せだと言っているようなものだ。

自分が幸せだからお気に入りのこの猫にも幸せをあげたい、という弟の心優しさに胸を打たれない人間など兄ではない。

ウィリアム同様、アルバートもルイスの体を抱き寄せて緩む口角をそのままに声をかけた。


「そうだな、猫さんにもお兄さんが必要だ。すぐに猫さんのお兄さんを連れてきてあげるから安心すると良い」

「ほんとうですか?わぁ!」


よかったねぇねこさん、と声をかけるルイスを間近で浴びたウィリアムとアルバートは温泉以上に癒されるのを実感した。

謎の生命体、イヌネコバスライト。

小さなルイスの手に撫でられてドヤ顔をしているようにも見えた。




(おんせん、きもちよかったです)

(そうだね、リラックスできたね)

(さぁ二人とも。ちゃんと体を拭いて、髪を乾かしたらご飯だよ。お腹は空いているかい?)

(ペコペコです、にいさま)

(どんなごはんがでるのかたのしみです)

(本格的な懐石料理のようだ。食べ慣れないかもしれないが、ウィルとルイスにも食べやすいようオーダーしているからたくさんお食べ)

((はい!))