玉乃井プロデューサーロングインタビュー・第2回「初期衝動」
第2回「初期衝動」
N:新規のファンも増えて、5年間の山活のことをあまり知らない方も多いと思います。そこで成り立ちからお聞きしたいのですが。そもそもなぜ玉乃井さんが山活を手掛けることになったのでしょうか?
玉:山活スタッフのFさんがアイドルを立ち上げるプロジェクトに関わってたんですが、肝心な音楽を作る人間がいないということで僕に声がかかったんです。
N:その頃玉乃井さんは山口在住だったんですか?
玉:いえいえ、東京住みでした(笑)
N:えっ(笑)
玉:僕自身、元々ダンスとボーカルのスクールをやってたんです。地元で。で、身近で誰かいない?ってなったときに「玉乃井呼ぼうぜ」ってことで招集されました(笑)
N:初めてアイドルの楽曲の話が来たときはどう思いました?
玉:実はそれ以前にR&Bのグループをプロデュースしていたんです。スクール出身の子たちを。その子たちが面白くて、結成半年でエイベックスのオーディションでファイナリストになって、そのままデビューが決まり、某大手プロダクションとも契約しノリにノッてた。これはヒット出すぜ!と意気込んでたところでメンバーに予期せぬことが起こりスタート前にあえなく解散という憂き目に会いまして、、、
N:そんなことがあったんですね、、、ではそのグループがうまくいっていたらもしかすると山活のプロデュースの話はなかったかもしれない?
玉:かもですね。で、その話が一段落したころにアイドルの話をもらった。じゃあもう一度プロデュースやってみるかな、と。ただ、アイドルか、、、と(笑)
N:その頃はアイドルといえばAKBとか?ももクロでしたっけ?
玉:まだももクロのことは知らなかったですね。たまたまとあるメジャーグループが僕の関わってた東京のイベントに出てまして、見たとき「へたくそ」だなぁと思いました。ダンスも歌も(笑)と言うのは、当時は日々クラブで世界大会で優勝するような奴らとやってましたし、歌といえばR&Bの子たちは本当に上手いですから。
N:じゃあアイドルって何?という感じですよね?
玉:ダセェと思ってました。
N:ある意味真逆のベクトルですもんね。で、よく話を受ける気になりましたね?
玉:それは知らない世界だからやってみようかなと。
N:知らない世界だけにそこに面白みを感じた、と。
玉:全然畑違いの僕が作ることで何か面白いモノが生まれるかもと思いましたね。
N:「山口活性学園」というネーミングは玉乃井さんが名付け親ですよね?
玉:そうです。(ネーミングを決める)会議で。「もう、活性学園でいいじゃん」と(笑)
歌えない、踊れない。そもそもオーディションで手品??やる?みたいなw 応募の写真ひとつ取ってみても写メだし。ちゃんとスタジオで撮ろうよ、と。こんなレベルの子たちなのか、、、と言うのが正直な感想でしたね。
玉:ああ、なるほど。。(考え中)
N:なるほど。
そうして発表した時の周囲の反応も含めて「これだ!」と思ったんです。
※初期の映像と「ノート」1’14”のところにゆいとはるののセンター争いのカットが。
第3回へつづく。