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やさしくなりたいけど、やさしくされたい

2017.04.30 14:59

斉藤和義は歌った。

やさしくなりたい、と。

愛なき時代に生まれたわけじゃない
キミといきたい キミを笑わせたい
愛なき時代に生まれたわけじゃない
強くなりたい やさしくなりたい

やさしくなりたい。わかる。「優しく」じゃなくて「やさしく」なのもなんとなく、わかる。


でも、「やさしい」っていうのは他人が決めることなんだよな。


あいつが〜してくれた→やさしい

あいつはいつも気遣ってくれる→やさしい


「やさしい」の基準は色々あれど、自分で自分を「優しい」っていうやつはちょっと信用ならない。その意識が既に「やさしくない」もん。なんか鼻につく。

アレに似てる。

ナルシストが自撮りをSNSに投稿するアレ。


「ほら、かっこいいだろ?」(ドヤ顔)


その意識がもうかっこよくないと思うのは俺だけなのかな…。ま、俺だけでもいいです。



話が逸れた。


「やさしくなりたい」って思うその心は多分「やさしくされたい」とも思ってる。

「やさしくするから、やさしくしてくれ」みたいな。見返りを求めるような感じ。

本当に芯からやさしかったら「やさしくなりたい」なんて思わない。「〜たい」は現状の裏返しだ。

ちなみに俺は「芯からやさしくて、かっこいい人」になりたい。まあ困難。


「やさしさ」ってなんなんだろうね。きっと正解はない。

ふと、「やさしいだけのオトコはつまんない」って誰かに言われたの思い出した。

オンナって難しい。


どうでもいいけど俺の文章、意味深な「」が多すぎてくどいなって常々思うけど中々治せません。