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過客観的思考

2017.05.01 18:11

ぼくたちは主観ありきで行動する。

裏を返せば行動する時には必ず主観が伴う。


昼時、文キャン周辺を歩いていて麺爺に入る。

この行動には頭の中で、

「俺は今、てんや前を通過し、左に曲がる。麺爺に入るか…いや、ごんべえもありだな…いや、麺爺にしとくか…etc」

などの主観的な葛藤をしながら、結局麺爺の愉快な券売機に硬貨を入れるわけだ。



多くの人は恐らく、そこになんの疑いもなく主観のみの行動をしているのだろう。

ぼくの場合、少しだけ違う。きっとこういう人は他にもいると思うけど「過客観」的に行動を見つめてしまうのだ。

このように。

面倒だ。

一つ目の客観はわかりやすい。

「あ、今俺のこの行動、焦ってるように見られてるかもなぁ」明快だ。誰でも考える。

二つ目の客観から事態はやや、ややこしくなる。

「あ、今俺のこの行動、焦ってるように見られてるかもなぁっていう自意識はきっと◯◯のせいかなぁ」

もはや意味がわからない。自分でもよくわかってない。3つ目以降は繰り返しだ。

客観視を客観してそれをまた客観視する。頭がおかしくなりそうなループにとどめを刺すためには忘れてしまうことだ。油そばでも食って腹を満たし、忘れてしまうことだ。それしかない。


「過客観」はとてつもなくダルい。

考えすぎだ、とよく言われるが多分これがその所以だ。

過客観によって次第に主観から遠ざかっていくその感覚すら「主観」なのだからこれはきっとただの自意識過剰なのだろう。

自意識の中で本当の意味で客観なんてものはない。

わかっちゃいるけどね。


何言ってるかわからない?

うーん、ぼくもわからないです。