松露
http://cse.ffpri.affrc.go.jp/akema/public/mycorrhizalfungi/shouro.html 【ショウロのこと】より
ショウロの性質
ショウロ Rhizopogon rubescens Tul. は、名前はある程度知られていますが、きのこファンか産地の人、あるいは青果市場や高級な日本料理屋さんの人でもない限り実物を見ることはあまりないかも知れません。地下生菌で、海岸マツ林の砂の中にきのこを作ります。しかし、山のマツ林の土壌中から出てきたこともあります。地表に顔を出すこともあります。大いに趣味が入るところですが、osoさんが擬人化するとこんな感じの菌娘になります。
ちなみに漢字では「松露」と書きますが、英語で「マツの露」 "pinedrops" というのは Pterospora andromedea というシャクジョウソウ科の菌従属栄養植物のことです。菌従属栄養植物は菌根菌に寄生して生活しますが、ややこしいことに「パインドロップス」の寄生相手は Rhizopogon sp. ショウロ属菌だったりします。
このきのこは「マツ林に出る」とは言っても普通の海岸クロマツ林を探してすぐ見つかるようなものではありません。好む場所が限られており、林内のどこにでも出るわけではないからです。
一言で言うとこの菌の生態は「攪乱依存性」で、荒らされたあとや新しいサイトを好みます。林内なら根返りを起こした風倒木の跡地のピットや重機が入って地表が荒らされたあと、あるいは林道が切り開かれた法面のような場所に出ます。また、海岸林では新しく竹垣を組んでクロマツの苗木を植えたところにもよく発生します。ブロック塀などの足下も好きです。このあたりのことは九州森林研究(2006)で報告しました。
この菌はマツの根に菌根を作って栄養を得ており、マツには水分を与えている(肥料分もかな?)共生菌で、生活スタイルはマツタケとおおむね一緒です。しかしこの菌の場合は胞子によって苗木に接種することが容易で、接種苗をうまく管理すれば1年できのこが発生します。だから栽培可能といえば可能ではありますが、困ったことに発生が続くのはせいぜい5年です。発生が減少した頃に再度攪乱を行うといった管理法が可能かどうか、現在各地で試験されています。が、あんまり上手くいったという話を聞きません。
ショウロの発生時期は、九州南部(宮崎県・鹿児島県)では3月半ばごろでした。湘南海岸では4月後半という報告もありますが、これは昭和40年代の話なので今はもう少し早いでしょう。2007年4月半ばには茨城県で発生しており、末頃にもまだ少し出ていました。何年か調べないと分かりませんが、どうやら関東地方でのピークは4月頃にありそうです。また、新潟県下越(北部)地方で5月上旬に採集したこともあります。少量ですが秋にも発生します。
地表に顔を覗かせたショウロ画面中にショウロが2個顔を覗かせています。見つかるでしょうか?リンク先は拡大写真です。
これは宮崎市の一ツ葉サンビーチ付近の新植地周辺で2006年3月16日に撮影したものです。共生相手のクロマツの苗木のサイズから見て植栽後5年前後と思われます。地表の様子は砂の上に少し落ち葉がたまり始めた程度です。苗木の間ではそろそろ腐植層の形成が始まっています。風に飛ばされてきたゴミが写ってしまっていますね。これが大都市近郊だと不法投棄のゴミだらけでうんざりすることに。
この菌は新しいサイトを好む一方、大型の子実体は地表が柔らかいもので覆われて窒素栄養に富むところに発生するという、大変矛盾した好みを持っています。肥料分が好きなくせにしばらく経って土壌への有機物の蓄積が進む頃には出なくなります。菌根菌のくせに肥料分の供給機能に疑問符がつくのは、やせ土に育つマツにショウロがつくとマツの栄養状態が悪くなるように見えることがあるからです。少なくとも外見は窒素飢餓っぽくなります。子実体形成(きのこの発生)については、経験上はツチグリが発生し始めたらそのサイトのショウロはもう終わりです。いなくなるわけではないようですが、発生しなくなります。攪乱が続く道ばたでは少しずつ出続けることも。
また、海岸林に出るだけあってか何なのか、ショウロの菌糸は塩分に強く、培地に0.8%まで食塩を加えても平気で伸びることができます。1.0%だとさすがに少し元気がなくなりました。ヒト用の生理的食塩水の濃度は0.9%なので、このくらいまでは耐えるということですね。この濃度は浸透圧でいうと700kPa(7気圧)ちょっとくらいですか。ちなみに菌類のプロトプラスト採り用の緩衝液には、菌によっていろいろですが浸透圧調整剤としてマニトールを0.6Mとか入れますから、浸透圧は1.2MPaほどにもなります。食塩水の場合浸透圧より先に食塩そのもの(ナトリウムイオン?)の害が問題になるようです。なお、ショウロを含む菌根菌の耐塩性については三重大の松田先生らがMycoscience 47(4) 212-217 2006に報告されています。
ショウロの子実体(きのこ)
採集したショウロの子実体上記の場所付近で採集したショウロの子実体です。リンク先には拡大写真と、ショウロについての説明がもう少しあります。
ショウロを食用にするには、未熟で中身が真っ白な頃が適します。この頃には匂いもまだ弱く、果物のような芳香と感じる人が多いようです。まだ堅い組織のさくさくとした歯ごたえとフルーティな芳香が相まって、一種独特の味わいになります。胞子の成熟がすすみ断面が褐色を帯びてきたものは、すまし汁に入れたりすると胞子が出て濁ってしまいます。食べられますが、調理法を考えるべきでしょう。
さらに成熟が進むと内部が自己消化を起こして液状になり、強烈な匂いを放つようになります。匂いの感じ方には個人差が大きいものですが、成熟したショウロの匂いは少しドリアンに似ていると私には感じられます。風がなければ匂いを頼りに完熟ショウロを探せるくらい強烈です。まあ普通は完熟ショウロなんか見つけても仕方ありませんけど。ちなみに私はドリアンも大好きで、インドネシアでビールを飲みながら食べましたが死にませんでした(危ないとは思いませんが安全の保証はしません)。ドリアンは「臭い臭い」とおもしろおかしく伝えられますが、最近は毎年4月末頃にタイからの輸入品が出回るようになり、実物に接する機会が増えました。私は結構いい匂いだと思いますが、やっぱり臭いという人もいます。というか、娘は「好き」息子は「嫌い」と分かれました。
写真のように地表に顔を出すこともありますが、砂に埋もれていることもよくあります。その方が虫食いが少なく、高品質なものは砂の吹きだまりのような場所でよく得られます。そのような場所で発生していれば、熊手で掻くところころととれてきます。時々「ビンゴ」になって突き刺さってしまったり、エステル臭のする砂の塊がとれたりすることもありますが。
砂ではなく地上に堆積した腐植の下に発生することもよくありますが、そのようなものは大きくてもよくナメクジに食べられています。何もない地表直下に出ることもあり、そのような場所に出たものは恐らくネズミと思われる動物に掘り出されてかじられることが多いようですし、少し季節があとになると、地域によるようですが激しくキノコバエの食害を受けることがあります。内部が虫食いかどうかは、指でつまんで部分的に柔らかいところがあるかどうかで見当が付きます。キノコバエなどの食害を受けた部分は柔らかくなっています。また、全体にぶよぶよしているようなものは全体が激しく虫食いになっているか、またはすっかり熟して自己消化を起こし始めているかです。もちろんどろどろドリアンな完熟品は食用としては論外です。
新鮮なものの固さの目安は固ゆで卵くらいでしょうか。ウズラのゆで卵はサイズまでショウロとよく似ています(もちろんショウロにはウズラの卵の殻のような模様はありません)。ちなみに今までとれた最大のものは直径4cmあまりでした。また、新鮮で高品質なものは表面が真っ白で、触ると薄赤く変色します。黄褐色になっているものは、地上に出ていたか古いかです。
ショウロの胞子
ショウロの胞子は子実体組織が白いうちから形成されはじめています。組織の着色とともに成熟がすすみ、褐色になる頃に完全に成熟します。完熟胞子はたいへん丈夫で、ウサギの消化管を無傷で通過することができ、おそらく動物によって運ばれると考えられています。ホコリタケの仲間などと違って、胞子が風で飛ぶということは(たぶん)ありません。ショウロの胞子の成熟過程についての電子顕微鏡を用いた詳細な研究の報告が最近 Mycoscience に載りました(Shimomura et al. (2008) 49:35-41)。
接種用の胞子を得るには、食用には適さない成熟子実体を利用します。胞子の発芽実験など精密なことをするのであれば、子実体が構造を保っている比較的早い時期のものを利用した方が雑菌が入りません。なお、ショウロの胞子は子実体の中で比較的早く担子器から分離して、その後さらに成熟することが上記Shimomuraらによって示されています。ショウロの子実体断面は若い頃はほぼ白色で、菌株の分離はこのステージでやるともっともうまくいきますが、その後ベージュ色、茶色と変色するのは胞子の成熟・着色と対応しているそうです。私が使っていたのは最終ステージの胞子だったわけですね。
とにかく菌根ができればよい「ぶっかけ試験」であれば、柔らかくなってきたような完熟子実体だろうが虫食いだらけだろうが大丈夫です。逆に若すぎるものはよくありません。集めた子実体を全部まとめて湿室(ポリ袋)据え置きで追熟させてミキサーにかけて胞子液にしますが、食用になるようなものはうまく熟さないでそのまま腐ることが多いようです。そのようなものの中にもある程度胞子はあるので以前は全部混ぜていましたが、どうも未熟子実体が腐っただけのものは入れないほうが良さそうです。未熟品は分離用にして、余ったら「官能試験」にでも。「食用きのこ」の研究をするなら当然その味も知っておかなければ。
胞子の取り方
赤みの抜けたような成熟子実体は、1週間程度追熟させるうちにぶよぶよになり、瓶に移すと10cmの落下に耐えず自重で破裂したりします。追熟中は表面が濡れると腐りやすいので、あまり水滴が付かないように管理した方がうまく「ドリアンの匂い」になるようです。最初からぶよぶよなものについては追熟の必要はありません。十分に熟せばミキサーなど使わずに水を加えて押し潰すだけで胞子懸濁液が得られます。どろどろしすぎなら水の量を加減します。きのこと同量くらいを目安に臨機応変。また、現場で破れて液化した内容物が周りの砂にしみこんで塊になっているようなものも、砂ごと持ち帰って少し水を加えて砂を沈めると結構胞子がとれます。
このようにして得た胞子懸濁液は当然「ものすごい匂い」がしますが、完熟子実体だけを選んだものはタンパク腐敗臭が少なく、少しはましな匂いです。「いい胞子液はドリアンの匂い、菌根がいっぱいできる胞子液、腐敗臭のする胞子液は悪い胞子液、菌根があんまりできない胞子液」なんちゃって。まあ胞子液にまでなってしまうとドリアンとはかなり違いますが、エステル臭がすることは確かです。なお、作ってしばらくは盛んに発酵してガスが出ますので密栓しないように、また瓶を開けるときは注意してください(うっかり締めすぎた経験者は語る:ぷしっじゅるるぶじゅぶじゅぶじゅー…あああ半分以上こぼれちゃったよトレーの上でよかった。)シュールストレミングじゃあるまいし、爆発してたらえらいことでした。万一のためねじ口ビンはなるべく避けて、押し込み栓のサンプルビンなどを使うべきでしょう。
こんな怪しげなものでも保存性は高く、冷蔵庫で保存すれば1年は使えます。胞子密度は加える水の量にもよりますが、1mlあたり10億個くらいです。2007年春に作ったものには約12億個入っていました。100倍か1000倍に希釈して血球計算盤(カウンティングチェンバー)に入れるといい感じ。例えばトーマのチェンバーだと計数部分のサイズが1mm四方で深さ0.1mmなので容積0.1μlですから、そこに含まれていた胞子数を1万倍してやれば試料1ml中の胞子数になります。
接種の方法
こうして作った胞子懸濁液を水に混ぜて、鉢植え苗木に1本あたり胞子1000個になるようにやれば菌根ができる、と書いてある論文もありますが、そういうのも上手下手があるのでしょうか、なかなかそうはうまくいきません。愛が足りない?いやそんなはずは…。それはともかくどんなへたくそでも確実にできる方法が必要です。その実現に向けて工夫した結果、ではないですね、現時点までの成果は、別ページの開放系での接種という項目にまとめてあります。
なお、この菌はなぜか菌糸による接種が苦手です。菌株の分離自体は若い子実体さえ手に入れば誰でもできる初心者向けきのこですが、培養菌糸での接種はなかなかうまくいきません。赤玉土に液体培地を加えて培養したものによる成功例がいくつか報告されているくらいです。
これまでいろいろやった結果から考えると、ショウロの菌糸は断片化に弱いことが考えられます。菌の回った材料をほぐして接種するとうまくいかないのはこのためであろうと考え、塊っぽい素材を使ったらいくらか接種できました。多孔質セラミックではうまくいきませんでしたが、材料を選べばきっと接種可能なはずです。簡単にはバラバラにならず、バーミキュライト程度に多孔質、みたいなものを。「フロリアライト」というバーミキュライトを繊維で固めた素材がいい感じっぽいなと思って試してみましたが、でかるちゃあな結果になってしまったり。この用途にはあんまり向かなかったようです。
どのような方法にせよ、無事に接種ができたら、鉢植えにして時々肥料をやってほどほどに水をやれば1-2年でショウロが発生することでしょう。うわあなんて投げやりな表現。はっきり書けるほど詰めていないので。とはいえ私でもできたんだから大丈夫です。小さな苗でも十分きのこを作るのがこの菌のいいところです。なお、海外でもショウロ属菌の研究例はありますが、海外では食用きのこと見なされていないのできのこを出すところまでやったのを見たことがありません。
ショウロの仲間というか分類的位置というか
ショウロによく似た仲間には触っても赤くならないものもあって、これは別種(R. luteolus ホンショウロ―別にこちらが本物で「ホン」がつかないのが偽物という意味ではないと思いますが)です。ショウロ属は全世界に100種以上が分布しており、ほとんどがマツやものによってはベイマツ(マツ属ではなくトガサワラ属、ダグラスファーとも呼ばれます)と共生しますが、霧島では周囲にカシ類しかないところで採集したこともあります。山の中でアカマツにつく種もあります。
この菌の分類学的な位置づけは、たとえば1989年に発行された保育社「原色日本新菌類図鑑(II)」では、今関六也先生は「腹菌亜綱Gasteromycetidae・ヒメノガステル目Hymenogasterales・ショウロ科Rhizopogonaceae」とされています。しかし生物の上位分類は近年大きく変わり、2007年のHibbettらの論文ではBasidiomycota/Agaricomycotina/Agaricomycetes/Agaricomycetidae/Boletales(この論文に科レベルの記載はない)とされています。日本語で表すとすれば、担子菌門・ハラタケ亜門・ハラタケ綱・ハラタケ亜綱・イグチ目となります。ポルチーニなどのイグチの仲間だったんですね。
イグチ目(新菌類図鑑とかではBoletaceaeをイグチ科としているのでその伝で、でもBoletusはふつうヤマドリタケ属なのでBoletalesはヤマドリタケ目かも知れませんがとりあえずここではイグチ目として以下その調子)については2008年にWatlingがまとめ本を出しましたが、それによるとイグチ目にはずいぶんいろいろなものが入っています。ポルチーニなどヤマドリタケ類は当然Boletineaeイグチ亜目、ショウロやヌメリイグチがSuillineaeヌメリイグチ亜目、ツチグリやらコツブタケやらニセショウロやらがSclerodermatineaeニセショウロ亜目に分類されています。そのほかにはPaxillineaeヒダハタケ亜目、あとTapinellineae, Coniophorineaeなんて寡聞にして名前も知らない亜目も挙がっています。図版を見ると、何というか想像を絶するような菌がイグチ目に入っていて…。え、Gautieriaシマショウロ属(ガウチェリア属?)って科レベルでイグチ目から追い出されちゃったんだ、そうかフウセンタケの方か、何にせよいっぺん見てみたいもんだ。