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音楽家 土屋昇平のブログ 音楽とゲームとPDやその他日々の事

作家を追うことの楽しさ

2017.05.03 09:35

事あるごとに、タイトルやメーカー、配給会社を追うより、監督や責任ある位置にいる作家などを追うと楽しいといろんな所で公言してきた。

もちろん、追えるものもあれば追いづらいものもある。


そしてなにより重要なのは、大前提として、誰が何をどう楽しもうが自由だという事だ。


あくまで提案である。こうしなくちゃいけないというわけでは一切ない。


まず、音楽については何にせよ比較的追いやすいと思う。

そもそもなんで作家を追ったほうが楽しいと公言してるかというと、例えば私がAという制作集団に最近属したとする。

そして、そのAという集団の中の人は数年前に全員変わってたとする。

昔からのAのファンの人から、Aの曲は格好いいですねと言われる。

だが、私はそれを手がけてないので、ありがとうございます。でも私が作ったものではありません。と答えるしか無い。

あるクライアントが、Aのあの曲好きで、ああいうのを描いてほしいですとなる。

私はその人ではないので描けませんと答えるしか無い。


これはクライアントやファンの人が悪いわけではない。

Aとだけ銘打って、中の人を表に出さなかったツケだ。


せめてこの例であれば、常に関わってきた作品のクレジットや告知文などで土屋昇平 (A)としておけば、少しは防げることだ。


ともかくミスマッチが起こってしまうのだ。

後今まで作ってきた人たちに対して非礼だ。

下手したらアレオレ詐欺になりかねない。


ゲーム会社やゲームタイトルなんかもそうだ。S社はこういう会社だろうとイメージを持っていると、そのイメージを作った中の人達はとうの昔に辞めており、今は全く違う人達が中心で動いている事はよくある。

これは仕方がないことだ。屋号はそう簡単に変えるもんでもないだろうし、会社も長くなれば、創業メンバーが未だに中核にいる会社なんてのも珍しいだろう。

スタートした人たちが全員いなくても、屋号を変えずその屋号のままでやってる会社なんて山ほどある。中の人が変わっても名前が変わらない典型的な例だ。

それで好きだった頃のそのメーカーの中心人物が変わったのに、そのメーカーだからといってついていくと、やり方がさっぱり変わって愕然し、あの頃のあの会社、ブランドは良かったみたいな事になる。


ゲームタイトルは色んな人が責任を持ち合って作るから、誰が作ったというのが難しいのはある。絵とか音はまだわかりやすい所ではあるが。

なので追うのは難しいが、監督の立場にいる人を追うのがまあいいのかなとは思う。

ともかくゲームは、タイトルとかメーカーで追うと痛い目にあうジャンルだ。

制作チームがガラッと変わりタイトルは同じでもぜんぜん違うことになるのはよくある。

メーカーのカラーとかも、中の人が変わればカラーも変わってくるが、なかなか外からはわかりづらく、ファンの人が求めてるもの、作りたい物とのミスマッチがどんどん起こる。


うまく文章をかけないので四苦八苦してるが、ともかく、誰が何をどう楽しもうがそんなのは自由だ。


俺はマナー、自分が求めてる何かは誰かが必ず作ったもの、そういう観点から、作った人を追ったほうが、自分が好きなものに出会いやすいと思うという提案をしたいなと思った次第だ。


ブランドの後ろに隠れた、実際に手を動かしている人間こそが、それを作ったのであり、ブランドという概念がそれを作ったのではない。

そして作る人は流動的であり、同じところにずっと留まっているとは限らないのだ。


端的に言えば、

Q社の名作Zというタイトルの続編だが作ってる人は全員違うのと

Q社の名作Zという作品を作った人達が、C社から新作Kというタイトルを出した

というような場合、どちらに惹かれるかという所だろうか。


もちろんどっちが好きでも構わないし、どう楽しんでもなんの問題もない。


ただ単に私は、好きなものを作ったのはどういう人、あるいは人達なのか。

掘り下げてみるとなかなか楽しいものだと提案をしてみたかっただけ。

特に音楽は追いやすいから是非。