Sui's standards vol.5
「美」のスタンダード
子供の頃住んでいた家の近所に
庭に葡萄の木がある古い洋館がありました。
そこに住む高齢の女性は以前から
近所の子供相手にピアノを教えており
すでに習っていた姉を真似て
わたしも通うようになりました。
***
洋館の門構えはとても質素で
塀というよりは垣根に近く
白木でできた背の低い門を開けると、小道のような石畳が続いており
その先にクニャりと枝を伸ばした葡萄の木が
テラスの柱にしっかりと巻きつき屋根代わりとなっていました。
玄関がどこにあるとか
洋館の壁が何色だったとか
細かいディテールはもうすでに記憶に残っていません。
ですが、夏になるとテラスの窓が開け放たれ
葡萄の葉の陰になった暗い室内から
白いレースのカーテンがちらちらと揺れ
木漏れ日が丸い光をかたどってテラスの床に落ちる光景が
とても涼しげで品があって
まるで童話に出てくる世界だなと
当時のわたしは幼いながらも憧れを抱いていました。
***
レッスンは楽しかったりへこんだり
あんまり上手にはなりませんでしたが
レッスンの終わりに出される
先生手製のお菓子を食べたくて休まず通っていました。
先生はちょっと厳しめでしたが
お菓子はとっても甘くて優しい味で
子供相手だというのに
我が家にはないような綺麗なお皿で
丁寧にもてなしてくれました。
***
自分の「美」の基準はどこからきたんだろう。
そんなことを考えた時、真っ先に思い浮かんだのは
この洋館の夏の日の情景とレッスン後のもてなしでした。
残念ながら音楽的なセンスは育ちませんでしたけれど
写真を撮るときにも、絵を描くときにも
創造する時はだいたいこの情景を基準に裾を広げていきます。
意識してそうしているわけではなくて
自然と原点回帰してしまうのです。
誰も思いつかないような
天才的な発想はできませんが
いつでも帰ってこられる「美」のスタンダードがあることで
心地よく創造できるのは幸せだなと思います。
***
ラストを飾る最後の一枚は
わたしの中の「美」の基準の一つ
洋館の思い出をイメージしてセッティングしました。
キティーちゃんのティーカップは当時のわたしが実際に使っていたものです。
食器棚の奥からこれを見つけたときに
そうだ、この写真にしようと決めました。
最後の「Sui's standards」の写真を撮りながら思ったのは
わたしの写真はいつでも
当時の自分を思い出して懐かしむ。
懐古主義なんだということです。
そして、そんな「美」のスタンダードを持ちながら
わたしは写真を撮り続けていくんだなと思います。
現在もそしてこれからも。
スイ
text & photo by sui