「マグネット」w/ トップリード
ひとり砂場で遊んでいると、突然、うしろから声を掛けられた。
振り返ると、赤と青のU字型の不思議なステッキを持ったシルクハット姿のおじさんが立っていた。
「きみは何をしてるんだネット?」
おじさんが尋ねてきたが、ぼくはひとり黙っていた。
「まあ、言わなくても分かってるネット。磁石で砂鉄をとって遊んでるんだネットな? そんなきみにこれをあげよう」
そう言って、おじさんは何かを手渡してくれた。
見ると、それはきれいな石ころだった。
「それは特別なマグネットネット。大事にしてほしいネット」
それだけ告げて、おじさんは砂鉄の香りを残して去って行った。
ぼくは家に帰って、さっそくそのマグネットで遊んでみようとした。
が、何に近づけても、マグネットはまったく反応しなかった。
でも、と、ぼくは妙な気分になった。たしかにおじさんは、これを「マグネット」だと言った。それなのに、何にもくっつかないなんて……。
友達に相談したいと思ったけれど、友達なんてひとりもいない。
結局、何に使うのか分からないまま、しかし、捨てるのも何となくためらわれて、ぼくはそれをポケットに入れておくことにしたのだった。
そして三十年後のいま、ぼくは恋をしている。友達もたくさんいる。ひとりぼっちだった昔とは大違いだ。
もちろん、ひとりで過ごす時間も好きだけれど、人と交流する楽しさも知ることができたのだ。そう、あのマグネットのおかげで。
使い道の分からなかったマグネットの本当の意味に気がついたのは、あれからしばらくたってからのことだった。あるとき不意に、マグネットがくっついてくれないのは、自分自身の心が閉ざされているからなのではないかと思ったのだ。
その日から、ぼくは少しずつ、自分から人に歩み寄ってみるようになった。
するとマグネットも不思議と磁力を増していき、いろんなものにくっつくようになっていった。
そしていまでは、ぼくのマグネットは世界で一番磁力が強いと誇れるほどのものとなった。マグネットは人生の大事なパートナーであり、どこに行くにも肌身離さず持ち歩いた。
そんなある日のことだった。
公園のそばを歩いていると、砂場でひとり、寂しそうに遊んでいる子供の姿が目に入った。
と、そのときだった。突然、ぼくのマグネットに異変が起こった。
なぜだか急に磁力がなくなり、それまでピタリとくっついていたものたちが、一斉にはがれ落ちてしまったのだ。
ぼくは、しばらく呆然としていたが、やがて不意にその現象の意味を悟った。
顔を上げ、砂場の少年に近づいていき、ぼくはゆっくり口を開いた。
「……きみは何をしてるんだ、ネット?」
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