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読まない

2021.11.11 13:46

おはこんばんにちは!!

ありがたくも冬公演に参加させて頂いています、4回生藤井です。


前回の舞台監督としての笛にっきは何やら自分も発展途上でしたので、今日はきちんと書けたらいいなあなどと思っています。


月曜日はでしゃばりましてすみませんでした。反省はしているんです。反省は。


まあ、ブログが止まっていたからなので、この先正規以外で書くことはありませんし自重します。また卒公で会いましょう。



さて、本日は発声のあと恐らくストップモーションと、「苦手克服エチュード」をやりました。


「恐らくストップモーション」というのは、私が途中参加だったので、笛の今日の写真から推測しているからです。

…あってますよね?ストップモーション。したでしょ?


はい、ストップモーションは手を叩く度に身体を最短距離できびきびと動かすものです。

ピタッと止まるのは案外難しく、体幹と筋肉の必要性を感じます。


これが舞台に生きるんです。意図しないぬるぬるした動きはかっこ悪い。

舞台上は単に日常の動きをすればいいという訳ではありませんから、基礎からしっかり固めていきたいものですね。


一挙手一投足、意味のある動きを見いだせたら素敵です。


そして、「苦手克服エチュード」

これは私も参加しました。

2人組になって、個人の苦手そうな役を当てて演じてもらう、というものです。


誠実そうな子がマナーの悪いチャラ男を演じたり、独特な動きの子が真面目で熱血な新人社員を演じたり。


なかなか今までにない、殻を破らないといけないような演技をあえてやることで、皆さんそれぞれ壁にぶつかっていたようです。


新たな自分を見つけられたり、予想以上にハマっていたり、限界を感じてしまったり。


あえて苦手なものを演じるというのは、苦しいけれど得られるものも多そうです。



はてさて、そんなこんなでその後はシーン練をしました。動きの根源は感情です。セリフの根源は感情です。自分がどんな感情か、周りからどんな影響を受けたか。色々試行錯誤しながらやっています。


そして!そろそろ台本が外れます。

ドキドキですね…!



さて、ここで終わるのも忍びないので、

「また書きやがって、、、出しゃばるなよコラ」って感じかもしれませんがせっかくなので筆を取ります。私を止めたきゃパスワード変えてください。(コラ)


私の中に永遠の謎、というか哲学があります。


「空気を読む」


なんなのかなぁ〜って。ずっと考えています。


なんなのかわからないけど、私はこの「空気を読む」ということに囚われているような、そんな感覚をずっと持っています。


生まれつきか、育つ上で得たものなのか、私は人の感情の機微を肌で感じることが得意(?)です。ちょっとの感情の波をダイレクトに受け取ってしまうので、近しい人の感情に引っ張られることもしばしば。あとなぜか自分がシリアスを演じるとその気持ちをずっと引きずってしまいます。この前「育児放棄して男を作って出ていった妻」を演じた際、その妻の気持ちをずっと引きずってしまった時はきつかったです。はい。地獄でした。はい。


中高時代は人の好きな人を当てるのが特技でした。親友に、「〇〇ちゃんは絶対〇〇君のこと好きだよ!なんとなく!勘だけど!」

と言っては「いやいや、ないでしょー」

と流され。


でも結局2週間後くらいには実際にその2人が付き合ってたり、ということもよくありました。


だんだん親友もこの特技を認めてくれて、

「怖い…」との言葉を頂きました。不服です。


…  …   …  …


え?


それなら、自分に向けられる好意も敏感に受け取ることができてしまっていたのかって?


……   …  ……


すみません、対象が自分になるとわからなくなるんですよ…


「あっあの人私の事…いやこんな埃みたいな人間のこと好きになるわけないか…」


と悲しい結論に達していたので。はい。ダメです。



ま、そういう感じでとにかく野生の勘か何かを働かせることが割かし得意でした。

まあ、それが正しいものなのかどうかはわかりません。感情なんて本人にしかわかりませんからね。



でも、だから、私は「空気を読む」ということに囚われているんでしょう。


周りに同調することなのか。

自分の言葉を飲み込むことなのか。

はたまた輪を乱さないことなのか。


そもそも空気とはなんなのか。


まっ、そんなの踏まえた上で私は時々照れ隠しにわざと「ふーん(棒)」とか「へー(棒)」とか言ってしまうんですがね!!!笑

後輩をいじめないでください!

相手の気持ちになって考えなさい!

随分怒られてますが、つい…えへへ…

(舐め腐った先輩すぎでは)


うーん、空気を壊したい願望とかあるんでしょうか、自分。えっ、冗談ですよ!引かないで後輩たち…好きだから…ふーんとか言いつつみんなの話めっちゃ覚えてるから…

私はなんかこう本音に近づくほど棒読みになっちゃう癖あるから…照れるのよ…許してちょ(いいように言うな)

待って感情こもってるから本音じゃないって意味でもないから!!!!


胡散臭いってよく言われますがこと笛メンに対しては本音しか言ってないのでそこんとこよろしくって感じです。


ってこれ言うとますます胡散臭いか…!

グゥ…


うーーーん。話逸れそうですが、とにかく「空気」って難しいですね。鴻上さんの評論でも読みますか…。


舞台上でもそうですよね。


人間と空気って切り離せませんから。


人間が暴れている(言い方)演劇では、やっぱり「空気」がキーになってくるのかなって考えたり。


というか、空気を読むというより、空気を読んだら逆にキャラクターの人間が死んでしまうような。


演じるって実は空気を読むんじゃなくて空気を読まないことなんじゃないかとか。


だからもう、感情の赴くままにぶつかることが人間らしくていいじゃない!的な…。


もちろん、好き勝手感情ぶつけあったらそれは会話ができない酷い舞台に成りかねませんが。


先程も言ったように全ての根源には感情があって、それが人間であって、だから周りに影響を受けて。

感情によって感情が動いて、身体が動いて、言葉が出る。


感情は作れる!なーんて冗談で言ったこともありますが、感情なんて作れる訳がないんです。


だから自然に自分の赴くままに動く。


それが極めて人間らしいのか。


いやでも、空気を読むのも人間特有じゃないか。


空気を読まずして空気を読む演技をするのか。



「空気」、「空気」、「空気」………。



囚われすぎたら演じれない。


囚われなくても演じれない。


なんなんでしょうかね。



感情や自分と今一度向き合うこと。



演技に深みをもたせるのは、文字以上に難しい。


コミュニケーションは目に見えない。


身体の動きや表情は見えるけれど、


それでも根源の感情や心は目に見えない。


だから、とりあえずは、「文字を読まない」


それが演技の初歩の初歩。


…かもしれない。


読まない演劇。




役者は、人間であり人形ではない。



妥協せず、見守っていたい。


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【劇団笛 令和3年度 冬公演】

『マリオネットに花束を』

脚本:藤井唯 演出:橋ヶ谷良太

日時:令和4年1月16日(日)

            13:00開演・17:00開演

            (30分前から入場可能)

料金:一般800円 学生 500円  

            (高校生以下無料)

場所:C.S.赤れんが ホールⅡ