山本理顕の 街は舞台だ「木造密集住宅地」
脱専用住宅化が、地域の防災化を実現する
木造密集住宅地
建築基本法は、全ての宅地は幅4メートル*以上の道路に接道されていなければならない、と定めている。ところが戦前の法律では最低幅9尺(約2.7メートル)であったために、古くからの市街地には4メートル未満の道路*に接する宅地が多いのが現状だ。消防車や救急車などが入ることができず、震災のような大災害時には、壊滅的な被害が予想される。それが「木造密集住宅地」の問題である。
こうした地域は、住民が長い間住み続けてきた場所だ。お互いが顔見知りであることが多く、生活空間としては、戦後開発されたニュータウンよりも遥かに充実しているともいえる。民間ディベロッパーによるマンションへの建て替えは、それが耐火建築であるという理由から、むしろ奨励されている。行政による4メートルあるいは6メートル道路への拡幅・・・緊急車両が進入できる道には一般車両も入ってくるだろう・・・こうした防火・防災計画は一方で従来の地域社会の生活を破壊しているということにどれだけ気づいているのだろう。
防災にとって最も重要なのは水の確保である。元横浜国立大学教授・防災都市研究所の村上處直さんから直接伺ったのだが、適当なポイントに貯水槽や屋外消火栓を設置しておくだけで有効な防火対策となるのだ。木造家屋には水をかけて火の粉が室内に入ることを防ぐことが重要だ。そのためには防災設備といったハードウェアだけでなく、地域コミュニティの充実というソフトウェアが大切なのである。
20世紀の都市計画はゾーニングであった。住居地域、工業地域、商業地域など、用途によって都市を区分けするのである。工業地帯の煤煙や商業地域の喧噪から隔離された、環境の良いところに住宅をつくろうということだ。駅前に商業施設、郊外には住居専用地区の町がつくられていった。そうした「専用住宅だけでできあがっている街区」という町の形態が、いま、さまざまな弊害を生んでいる。「一住宅=一家族」が基本の専用住宅の主な目的は、プライバシーの確保である。こうしたプライバシーだけを重要視する住宅群は地域コミュニティをつくることが難しい。そして、少子化、高齢化が問題をさらに難しくしている。いま必要なのは、ゾーニングを越えた「脱専用住宅化」である。
かつて住宅は単なる居住専用ではなかった。家業を経営する人たちが町をつくっていたのである。家は住む場所であると同時に仕事場だったのだ。町は住む人たちによる経済と共にあったのである。車の入れるように道路を拡幅するのではなく、安心して歩けるように整備することが重要なのである。そして、その整備された路地にいろいろな店舗が面している街並。町に経済が成り立つことで地域コミュニティは劇的に深化する。それが豊かなコミュニティを保ちつつ、地域の防災化を実現するのである。(談)
図:ブロック塀を取り除き、防火貯水槽を設置。1階部分を店=見世にする
『地域社会圏主義 増補改訂版』(LIXIL出版/2013)より
*1:特定行政庁が指定した場合は6メートル以上。
*2:2項道路(見なし道路)。応急処置として、一応道路として認められている。
*3:元横浜国立大学教授・防災都市研究所の村上處直氏による。
企画・監修:山本理顕(建築家)
1945年生まれ。71年、東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修了。東京大学生産技術研究所原研究室生。73年、株式会社山本理顕設計工場を設立。2007年、横浜国立大学大学院教授に就任(〜11年)。17年〜現在、横浜国立大学大学院客員教授。
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県内に多く残る2項道路/川崎市川崎区