万葉植物・ヤブコウジ(山橘)
https://www.nwn.jp/feature/201219manyo_yabukoji/ 【万葉植物散策〜ヤブコウジ(山橘)】より
此(こ)の雪の 消(け)残る時に いざ行かな 山橘(やまたちばな)の 実の照るも見む 大伴家持
寒くなってくると、野山では咲く花が少なくなり、余計に寒々とした雰囲気が漂います。そんな中、私たちの目を楽しませてくれるのは、色とりどりの木の実ではないでしょうか。
植物の中には、秋になると赤や青、黒や紫など思い思いの色の実をつけるものがあります。子孫を残すため、おいしそうに実を色づけ、鳥や獣に食べさせて種を広く遠くまで運んでもらうのです。
冬の野山では木のこずえだけでなく、足元にも赤い実を見つけることができます。ヤブコウジもその一つです。背は高くても20㌢程度で、地下茎を伸ばして横に広がるので、芝生と同様、グランドカバー(地面を覆う植物)にも活用されます。草のように見えますが、木に分類されます。
夏に開く白い花は数㍉の小ささで、うっすらとピンク色を帯び、少しうつむきがちに咲くので、ほとんど見向きもされません。しかし冬になるとその実は真っ赤に色づき、葉の緑とのコントラストが目を引きます。
万葉集には大伴家持のこんな歌が残されています。
「此の雪の 消残る時に いざ行かな 山橘の 実の照るも見む」
この雪が溶けずにまだ残っているうちに、さあ行こう。ヤブコウジの実が赤く照り輝いているのも見ようよ…との意味でしょうか。
寒い日も暑い日も、昔の人は自然の事物に興味を持ち、楽しみを見出していたようです。寒い日に、友だちと連れだって野山に出かけ、ヤブコウジの赤と緑、雪の白に映える実の美しさに感動し、それを共有できるなんて…、万葉人は何と豊かで素敵な生き方をしていたんでしょう。(県立紀伊風土記の丘非常勤職員、松下太)
写真=正月飾りにも人気が高いヤブコウジ
https://art-tags.net/manyo/flower/yamatachibana.html 【たのしい万葉集: 山橘(やまたちばな)を詠んだ歌】より
山橘(やまたちばな)は、現在のヤブコウジ科ヤブコウジ属の常緑低木の藪柑子(やぶこうじ)にあたります。夏に数個の花を咲かせ,秋から初春にかけて赤い実をつけます。葉が橘(やまたちばな)の葉に似ていることから、山橘(やまたちばな)と呼ばれたようです。
山橘(やまたちばな)を詠んだ歌
万葉集には5首に詠まれています。白い雪(ゆき)と赤い実のコントラストが素敵な歌があります。
0669: あしひきの山橘の色に出でよ語らひ継ぎて逢ふこともあらむ
原文: 足引之 山橘乃 色丹出与 語言継而 相事毛将有
作者: 春日王(かすがのおおきみ)
よみ: あしひきの、山橘(やまたちばな)の、色に出でよ、語(かた)らひ継(つ)ぎて、逢(あ)ふこともあらむ
意味: 山橘(やまたちばな)の実のように、(恋していることを)はっきりと表わしなさい。そうすれば、(人に)語り継がれて、(あの人と)逢うチャンスができるかもしれませんよ。
1340: 紫の糸をぞ我が搓るあしひきの山橘を貫かむと思ひて
原文
紫 絲乎曽吾搓 足桧之 山橘乎 将貫跡念而
作者 不明
よみ 紫の、糸をぞ我が搓(よ)る、あしひきの、山橘(やまたちばな)を、貫(ぬ)かむと思ひて
意味
紫の糸を、私は撚(よ)ります。山橘(やまたちばな)を、この糸に通そうと思って。
あの人の心を留めようとしてるのでしょうね。
補足
「あしひきの」は、山を導く枕詞(まくらことば)です。
2767: あしひきの山橘の色に出でて我は恋なむを人目難みすな
原文: 足引乃 山橘之 色出而 吾戀南雄 人目難為名
作者: 不明
よみ: あしひきの、山橘(やまたちばな)の、色に出(い)でて、我(われ)は恋(こひ)なむを、人目(ひとめ)難(かた)みすな
意味: 山橘(やまたちばな)の赤い実のように、はっきりと表に出てしまって、私は恋しますけど、人の目を気になんかなさらないでくださいな。
4226: この雪の消残る時にいざ行かな山橘の実の照るも見む
原文: 此雪之 消遺時尓 去来歸奈 山橘之 實光毛将見
作者: 大伴家持(おおとものやかもち)
よみ: この雪(ゆき)の、消(け)残る時に、いざ行かな、山橘(やまたちばな)の、実の照るも見む
この雪(ゆき)が消えてしまわないうちに、さあっ、行きましょう。山橘(やまたちばな)の実が照っているのを見ましょう。見む
天平勝宝2年(西暦750年)12月の雪の日に詠まれた歌です。
4471: 消残りの雪にあへ照るあしひきの山橘をつとに摘み来な
原文: 氣能己里能 由伎尓安倍弖流 安之比奇乃 夜麻多知波奈乎 都刀尓通弥許奈
作者: 大伴家持(おおとものやかもち)
よみ: 消(け)残りの、雪にあへ照る、あしひきの、山橘(やまたちばな)を、つとに摘み来な
意味: 消え残る雪に照り映えている山橘(やまたちばな)を、ちょっとしたプレゼントに摘んで来よう。
「つと」は、ちょっとした贈り物のことです。「みやげ」
雪の藪柑子(やぶこうじ) 撮影(2010.02) by きょう
この歌の題詞に「冬11月5日の夜に雷が鳴り雪が庭に積もったので、感動して作った歌」、とあります。天平勝宝8年(西暦756年)のことです。
http://manyou.plabot.michikusa.jp/manyousyu4_669.html 【万葉集入門 日本最古の和歌集「万葉集」の解説サイトです。】
分かりやすい口語訳の解説に歌枕や歌碑などの写真なども添えて、初心者の方はもちろん多くの万葉集愛好家の方に楽しんでいただきたく思います。
(解説:黒路よしひろ)
春日王(かすがのおほきみ)の歌一首 志貴皇子(しきのみこ)の子、母は多紀皇女(たきのひめみこ)といへり
あしひきの山橘の色に出でよ語らひ継(つ)ぎて逢ふこともあらむ
巻四(六六九)
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あしひきの山の橘のようにはっきりと態度に出しなさい。そうすれば人の噂に語られてあの人に逢うことも出来るかも知れませんよ。
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この歌は春日王(かすがのおほきみ)が詠んだ恋歌。
万葉集の中に春日王という名の人物は他にも何人か出てくるのですが、この歌を詠んだのは志貴皇子(しきのみこ)の子である春日王で、天智天皇の孫にあたります。
また、題詞によると母は多紀皇女(たきのひめみこ)だそうです。
そんな春日王の詠んだ一首ですが、恋を隠さずに「あしひきの山の橘のようにはっきりと態度に出しなさい。そうすれば人の噂に語られてあの人に逢うことも出来るかも知れませんよ。」との、なんとも思い切った表現の一首ですね。
「山橘(やまたちばな)」はこの場合は「ヤブコウジ」のことで、赤い実をつけることからはっきりと色に出す譬えとして使われています。
恋は隠さないほうが上手く行くというのはある意味でひとつの真実ではありますよね。
この時代の人々にとって恋はまさに「秘め事」であり表に出すことを非常に嫌っていたようですが、そんな常識にとらわれない発想をするところにこの春日王という人物の面白さがあるように思います。
ヤブコウジ(十両とも呼ばれます)。
「山橘(やまたちばな)」は「ヤブコウジ」のことで、赤い実をつけることからはっきりと色に出す譬えとして使われています。