小曽根 真(ピアニスト)
ゲイリーから学んだことは、僕が自分の生徒に対して一番大事に教えていること。
メンターであり、ベストフレンド。
彼がいなければ今の自分はいません。
小曽根 真(ピアノ)&ゲイリー・バートン(ヴィブラフォン)
スペシャル・コンサート Tour 2017, Final
神奈川県立音楽堂
ふたりの物語は1983年のバークリー音楽大学で幕を開ける。同校の在校生であった若かりし日の小曽根真(以下、小曽根)は、教授を務めていたジャズ界の巨匠、ゲイリー・バートン(以下、ゲイリー)に才能を見出され、卒業後に彼のプロデュースによるファースト・アルバムを発表。米CBSから日本人初のアーティストとして華々しくデビューすることとなる。それから34年におよぶ交流の中でふたりは、3枚の共作をリリースし幾度もの共演を重ね、今日に至る。そして来たる5月、3年ぶりのデュオツアーを行い神奈川県立音楽堂にやってくるのだが、どうやら今ツアーを最後にゲイリーは現役引退を決意しているようだ。
「彼の存在なくして今の自分はない」長年のコラボレーターであるゲイリーのことをそう語る小曽根は、一体どんな心境で公演を迎えるのだろう。様々な話を伺う中で、その奇跡的な出会いを通して彼が得た尊い学びに触れることができた。
目から落ちた鱗
「最初はゲイリーのことよく知らなかったんですよ。チック・コリアとかと一緒にやってるヴィブラフォン奏者って位の知識しかなくて」と、笑って話す小曽根。どうやらふたりの出会いはあまりドラマティックなものではなかったようだ。当時の自分を「いかに超絶技巧で観客を沸かすかってことしか頭になくて、早弾きばかりしていました」と振り返り、「そんな僕の演奏を聴いたゲイリーはひと言『Sounds Good』って。そして僕の返答も『Thanks』だけ。それが初対面の会話」と語る。なんとも素っ気ない。
それから1週間後、当時学長であったリー・バーク氏の主催するパーティでBGMを任された小曽根は、超絶技巧を封印し、場の雰囲気を壊さぬようスローなスタンダードを中心に披露した。「確か『Misty』を演奏してた時かな。ゲイリーがずっと横で演奏を聴いているんです。で、弾き終わった後に『なんだ。お前、ちゃんとピアノ弾けるんじゃないか』って。どうやら気に入ってもらえたらしく、翌日彼のオフィスに来るようにいわれました」
いわれた通りにゲイリーのオフィスを訪ね、初めてのセッションを行ったその日、彼は大きな衝撃を受けることになる。
「僕がアドリブした後に、ゲイリーのアドリブの伴奏をやったんですけど、8小節位弾いた途端に手を止めて『お前は伴奏ってものを全く知らないのか』っていきなり。で、意味が分からずポカンとしてた僕に『今、僕が何を弾いていたか分かるか?』って。……確かにそういわれると、全く分からなかったんですよ、それまで彼がどんな演奏していたかが。ちゃんと聴いてたら少し位は何やってたか覚えているはずなんだけど、全く分からない。つまり全く聴いていなかったんです。『自分がどんな伴奏するかしか考えてなかっただろう』といわれて、まさに図星でした」いきなり目から鱗がポロリ。今まで自分がいかに、相手の演奏に耳を傾けずに伴奏してきたかを痛感させられた出来事だったようだ。「これがなかなか難しくてね。なんとかちゃんと伴奏できるようになるまで2年はかかりました」
コミュニケーションとしての音楽
「伴奏に限った話じゃなくて、ジャズだと例えばソリストが弾いたフレーズを真似してアドリブ、みたいなプレイって結構あって。一聴するとちゃんと音を聴いているように思えるけど、これを会話に置き換えて考えるとひと言ひと言リピートされているのと一緒で、やりすぎるとうっとうしい時があるんですよ。子どもがよくやるオウム返しと同じ。ちゃんとコミュニケーションが取れてるかっていうとそうじゃないですよね。僕が今こうして喋っているのって、いってみれば僕のソロじゃないですか。でも一方的に話しまくってたら会話は成り立たないし、やっぱりうっとうしいでしょ(笑)」
「自分が弾くことだけを考えて演奏している人がすごく多い。次に自分が何を弾こうかとね。当然のことではあるんだけど、そこにばかりフォーカスしてると良い会話はできません。話していても自分が次にどう返そうかばかり考えてる人って分かっちゃうんですよ。『あ、この人話聞いてないな』って(笑)」
話を進める中で「コミュニケーション」という言葉が度々登場する。長年のコラボレーションの中でゲイリーから学んだことは、という核心めいた質問に「音楽はコミュニケーションだということ」と、実にシンプルな言葉で回答。会話で紡ぐコミュニケーションも音楽で紡ぐそれも同じなのだと語る。
バトンを渡す役目
小曽根は今、ゲイリーから学んだ大切な教えを、教鞭を執る国立音楽大学の学生に伝えている。「彼から学んだことは、僕が今生徒に対して一番大事に教えていること。はじめは大変でしたが、僕がいうことを理解し意識するようになってから、彼らの演奏は格段に良くなりました。昨年ゲイリーが大学でワークショップを行ったんですが、その時に生徒の演奏を聴いて『Wonderful!』って感動してたんです。彼が僕に教えてくれたことがちゃんと踏襲されていたから。やはり教育って大切。受け取ったバトンは次の世代に渡さないと」
「ジャズは即興の音楽なので、自分の考えていることがその瞬間モロに出てしまうんです。だからこそきちんと、一緒に演奏する相手がどうするかを聴いて、どうしたら良いかを感じて演奏することが大事。例えば相手がすごく緻密な演奏をしているとします。その後ろでワーっと音を出すと邪魔になるから、逆にスペースを空けてあげる。そうするとその演奏がより際立ち、彼のやっていることがお客さんに真っ直ぐ届くっていう、構図というか青写真みたいなものができてくると、音楽に導いてもらえる瞬間が訪れるようになります。ちゃんと聴いて感じてれば分かってくるんです。いや、正直分からん時もあるけど、そこまで意識してやってると、合わなかったら合わなかったで笑えるんですよ。『あー裏切られた(笑)』って。ゲイリーなんて、たまにわざと引っ掛け問題みたいな弾き方しますもん。そういうのが楽しいですよ。特にデュオだと、ものすごくインティメイトな会話になるから余計に面白い」
ゲイリーと行う最後のツアー
ゲイリーの存在について問うと、「メンターであり、ベストフレンド。彼がいなければ今の自分はいません」という答えが返ってきた。さらに、彼との演奏については、「自分でいうのも僭越ですが、僕らのデュオはとにかく音色が綺麗。特にゲイリーのヴィブラフォンは、こんな音を出せる人は今世にもう出てこないんじゃないかっていう位美しい」と太鼓判。「彼のように楽器を鳴らせる人はいません。マレットで叩いているだけなのに、まるで歌っているみたいに聴こえるんです」
ゲイリーの話をとにかく楽しそうにする姿が印象的だ。では、最後のデュオツアーを控えた今の心情は一体どんなものなのだろう。「リタイアの話を聞いて、最後に廻るのが僕で良いのって思いました。そりゃ僕は込み上げるものがありますが、彼は最後まで淡々と弾くでしょうね。きっと完璧に美しい音色で」
「完璧主義者」であるらしいゲイリー。様々なフィールドで活躍し、多忙な生活を送りながらもその演奏力は全く衰えを見せていないのだとか。「怪物なんですよ、ゲイリー・バートンは(笑)」言葉の端々からは彼への絶対的な信頼が窺える。
「昔ゲイリーとやっていたバンドを辞めてから、もし今後彼とやるならデュオだって決めていたんです。そしてようやくその集大成みたいな作品ができた」というふたりの最新作『Time Thread』(2013年)は、彼らがこれまで共にした愛しい時間とクスッと笑えるエピソードをインスピレーションに、小曽根が作曲したアルバム。聴けば両者の卓越したプレイと豊穣な音楽世界を堪能できるのはもちろん、これまで彼らがどれほどの愛情と尊敬の念を抱きあいながら冒険を続けてきたかを窺い知れるかもしれない。しかし彼らのライブは一筋縄ではいかない。セットの度に全く違った表情を見せるので、期待が良い意味で裏切られることは大いにあるだろう。「僕らがやるデュオのライブは一期一会。毎回毎回、当の本人たちでさえどこに向かうか全く分からないんだから(笑)」そう小曽根が語るように。
my hall myself
私にとっての神奈川県立音楽堂
ここには音楽の神様がいるんですよ。音の響きがすごく良いから、弾いていてもちろん気持ちいいんだけど、「ちゃんと見てるからね」って神様にいわれている感じがして背筋が伸びるんです(笑)。今までここで演奏されてきた多くの素晴らしい音楽家達の魂というか、「気」が残ってるのかもしれませんね。
取材・文:濱安紹子 撮影:末武和人
1983年バークリー音楽大学を首席で卒業。同年米CBSと日本人初のレコード専属契約を結び、全世界デビュー。以来、ゲイリー・バートン、ブランフォード・マルサリス、チック・コリア等、世界的ジャズミュージシャンや、自身が率いるビッグ・バンド‘No Name Horses’とのツアーなど、最先端のジャズシーンで活躍。また、クラシックにも取り組み、国内外の主要オーケストラと共演。最近では、ニューヨーク・フィル、サンフランシスコ響に招かれて高い評価を得るなど、ジャンルを超えて幅広い活動を続けている。makotoozone.com/
小曽根 真(ピアノ) & ゲイリー・バートン(ヴィブラフォン)
全席指定 一般5800円 学生(24歳以下)3000円
※シルバー(65歳以上)5500円は取扱い枚数を終了しました。