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Oimachi Act./おい街アクト

ストーンズと俺たち④

2021.11.17 03:00

ストーンズの曲がアメリカで初めて、ヒット・チャートの1位になったのは「サティスファクション」。

 

”トレモノ(アタッチメント)"のファズ・マシーンが冒頭で、まるでサックスのようにリード・ギターを響かせる。

 

この時代にファズ・マシーンとワウワウが登場した。

ワウワウはクラプトンがクリームで使い始めた。「ホワイト・ルーム」のギターは、とても上手に聞こえてくる。クランプトンのギターというより、ワウワウの勝利だ。

 

ファズ・マシーンは、アニマルズもワイルドなブルースを演るためには欠かせなかった。

 

エレキ・ギターが、エレクトリック・ギターとなり、ROCKは最盛期を迎える。

 

「ハート・オブ・ストーン」「ラスト・タイム」と、ストーンズの曲がビートルズ以上のインパクトを与え始めた。

 

ビートルズもリード・ギターが傑出したものではない。

ビートルズのギターよりも、ストーンズのギターの方がカッコ良かった。

 

「ハート・オブ・ストーン」の間奏部をコピーした僕のバンドのリード・ギターは、「してやったり」の感があった。

 

「サティスファクション」は、"ファズ"を買うことでレパートリーに入った。

「黒く塗れ」は、シタールが…。

これをギターでやるには工夫がいった。

高校時代の梅林茂さん(Exのギタリスト)の手法から学び、シタールっぽくイントロが出来た。

 

ストーンズはシタール、フルート、チェンバロ、ピアノを被せた曲が多く、工夫がとてもいった。

この時代、いかに本物に近いコピーをするかが、バンドのレベルとして問われていた。

 

東京の新宿のライヴ・ハウスに視察に行った。

 

東京では白人ブルース真っ盛り。

 

小倉では黒人のソウルとブルース全盛。

 

この違いに戸惑った。

 

横浜に行くと、あのゴールデン・カップスの連中が黒人ブルースをやっていた。

 

小倉は当時のライブ・ハウスに出演していた先輩達が、ジャズの影響も受けてブルースやソウルに興じていたのだ。

 

沖縄の米軍キャンプにライブに行った成果を、そのまま北九州に持ち込んでいたのだ。

 

当時、博多はホワイト・ブルースの時代だった。

 

北九州のROCKのレベルが高かったのだ!