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Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

タイトルのない短い小説

2021.11.17 00:47


以下、一部に暴力的な描写を含みます。ご了承の上、お読みすすめください。



むかし或る男、ひとりむしろ死をし思う。

名を多香牟羅ノ志偈能布と曰う。

何故に死をし思うか。

すでに妻この世になかった故に。

その妻名を由利那と曰う。

さらに志偈能布かさねて死をし思う。

何故に死をし思うか。

同じ時ひとり子だにも失せた故に。

その子名を哿那江と曰う。

さらに又志偈能布かさねがさねに死をのみぞ思う。

何故にか。

由利那の胎に三月足らずの命母と俱なり滅びた故に。

その子未生故名も性別もなし。

故れ志偈能布の心は悲しんだ。

肉は寠れしかすがに志偈能布はひとり今日も明日も明後日も生き延びた。

所以は如何。

かなしみに俱なりて忿怒こそあった故に。

それ三月の畢り。

櫻の花咲き四方にも四維にも色を撒く。

由利那はある男に刺殺された。

哿那江も同じ男に絞殺された。

殺した男は名を顯さなかった。

更には顏をも顯さなかった。

ただ男であることのみ顯した。

所以者何。

是れただ由利那の強姦されてあった故に。

その日の朝志偈能布は出張から歸る。

故れマンションのドアを開けた志偈能布は見た。

由利那のダイニングにあお向けて死んであるのを。

それ左目を閉じない儘に肉を冷たくした。

右目はすでに潰されて在った。

故れ閉じるも明けるも差異ない空洞のみ曝した。

狂暴にも無造作にも姧された故さらには無慚にも凄慘にも抗うた故に着衣は裂けた。

爾に志偈能布はおののく。

故れ志偈能布は引き攣る。

更に喉はわななく。

故れただ息は荒く吐かれ纔かに離れた窓にカーテンははためいた。

窓の開け放たれて在った故に。

故に志偈能布はバルコニーを覗いた。

故れ爾に志偈能布は終に叫いた。

娘哿那江のうつぶせて死んであった故に。

死んだふたりおびただしく血にまみれ志偈能布ひとり躬づからの汗にまみれた。

集うた警察は殺した男の行方を見い出せなかった。

目撃証言のなかった故に。

指紋に前科のなかった故に。

且つは防犯カメラはその個体にただ躬づからの欠陥を曝した。

不鮮明な一瞬のくらい影のみ映した故に。

その影にだれも記憶ものある筈は無かった。

故れ志偈能布に悲しみと忿怒のうちにも花は散った。

梅雨の雨は降った。

夏牡丹は花を落とした。

萠える蟲は地のうちに這った。

目覺める蝶は蛹の殻を破った。

軈而秋の紅葉ゝだに散り蝶だに死ねば爾に志偈能布ひとり同じマンションに冬に散る雪を見た。

十二月。

窓に花なす色は亂れた。

指にふれれば溶け消えるに違いないことを志偈能布いまさらに思う。

故にさらに心は苦しんだ。

懊惱のみ冬に心を燒いた。

その焦げの匂いだに喉のうちにひとり嗅いだ。

故れ志偈能布はただひとりただ傷んだ。

寢るも寢られず故に覺めたまなざしのうちにひとり夢を見た。

由利那は死んで猶死にきれずに朽ち腐り腐り朽ちた肉の眞ん中に大口を開けた。

兩眼はとろけた。

腐亂の故に。

ことごくのかたちはもとのかたちを纔かにも留めなかった。

腐亂の故に。

志偈能布は耳を澄ました。

腐亂の故にかひらく大口の叫んであるべき聲を聞き取ろうとししかすがに果たさず。

由利那叫き喚きながらもすでにして聲の一音もあり得なかった故に。

すでに喉だにとろけてあった。

腐亂の故に。

志偈能布は爾にひとり喚くしかなかった。

喉はその聲を知らなかった。

故に耳も又聞かなかった。

志偈能布の叫びを。

故れ志偈能布ひとり思へらく俺もすでにとろけてしまったにちがいないと。

又志偈能布は見た。

哿那江の死肉の沙漠に仰向くのを。

鳥等が無造作にその肉を喰った。

その數は無數。

無際限なまでに逆光の色黑く羽搏きその數をは敎えず。

哿那江殺されて猶死にきれず故についばまれる度ゝにその口に叫く。

その聲はなかった。

唇も喉も鳥等のすでについばみ喰らい畢った故に。

故に肉と骨の残骸のみわなないた。

故れ志偈能布ひとり喚きしかずがに喉はその聲を知らず。

故れ耳も又聞かず。

故れ志偈能布ひとり思へらく俺も貪り喰われたにちがいないと。

故に爾に志偈能布いまさらにも死のうと思い夢のうちに舌を噛もうとしその舌すでに焰に燃えてあったに気づく。

燒ける温度はすさまじくもゆららぐ。

その痛みに目舞いながらにくららぐ。

盈ちる激怒に血を吐くにも思う志偈能布はいくたびにもその忿怒のさめ得ないのをだけ感じた。

故れ夢に醒めてもうつつに醒めても眠りに醒めても猶もいくたびにも願う。

生き延び続ける男の死を。

探す術も無くなすすべなく見えざる男の死の凄惨をのみ。

ひとりいくたびにもかさねて忿怒し願う。

且つは厥れよりほかすべもない躬づからにもし忿怒し飽かず。

瞋り覺めやらず。

扨その同じ年に過ぎた三月の畢りの日の夙夜。

爾に齡十三の男まさに躬づから死のうとした。

まさに志偈能布のふたりの亡骸を見出す朝の前の夜。

故れ空は暗く纔かの後に朝焼けをみようとするも彌昏い。

ただ黑く澄む。

彼の男ひとり日野市の夜の靜寂の中を步く。

名を久伎ノ美紗伎と曰う。

その夜に女を強姦した。

名前は知らなかった。

通りすがりに見上げたバルコニーに女が携帯電話に電話をかけていた。

マンションの三階。

その話に彼女の夫の留守であることを知った。

見上げた街燈の向こうに女は美しかった。

頭の中に頭蓋をだに突き拔け玉に拔くようにも。

匂いたち香りたちなまめく。

街燈の閃光は光に昏む。

かならずしも欲望のたぎった譯でも無かった。

しかすがに頭から咬みつかれたような瞬間があった。

何に?

何にという譯でもなくに。

故れ何を決斷したともなくに美紗伎はマンションに入った。

防犯は杜撰だった。

古びた分譲型のマンションだった故に。

エレベーターでその階に上がった。

部屋に見当をつけつつも館内に入れば部屋に確信の持ちようもない。

外に見た風景を他人の淡い夢のようにも思った。

適当にひとつのドアのベルを鳴らした。

ややあって女が出た。

似ても似つかない女だった。

同じ女か違う女か確かめるすべを無み女は吹きでものに惱み無樣に見えた。

と見こう見するうちに思へらくこの女こそがあの女の實像にこそと。

あるいはあの女でなければならないと。

同じくに探し求めるのがあの女であるべき必然ももはやない。

チェーンは懸けられていなかった。

故に女はそのままドアを開けた。

猜疑のない素直なまなざしに美紗伎は女のこころの形をし思う。

起るべき事は顯らかに思えた。

美紗伎は躬づからの撰ばれたを知った。

強姦するに美紗伎に女はまったく抗わなかった。

潔い程に。

思い切ったにも想えて。

美紗伎は女の心の何が起きているのかさえわからなかったに違いなく思った。

女は大口を開けつづけた。

無言のままに。

息を長くただ長く吐く。

目を剝いて美紗伎の頭の上の方をし見つめた。

美紗伎は又女に騙されているに違いなくとこそも思われた。

窓際に同じくに目を剝いて見ている六、七歳の少女だにも抗うとも喚くともなく床に重なるふたりを見ていたにすぎない。

美紗伎はひとり夢に惑うに思う。

故に美紗伎は寧ろ自分から彼女を嬲った。

まさに自分が激しい抵抗にあっているかのように。

故に美紗伎は寧ろ自分から彼女を殴った。

まさに自分が荒ららぐ四肢に苛まれているかのように。

いつか自分に男の欲望が荒々しく燃え滾っていたかに錯覺した。

故に美紗伎は聲をあげない女を姧しつづけた。

女のひろげられた口は躬づからの唾にのみまみれていた。

唾液が綺羅らいだ。

自分を見つめ続ける目の狂気じみた色に美紗伎は怯えた。

網膜の霑いさえ綺羅らいだ。

呪い殺されるに違いなく思った。

故に美紗伎は犠牲者だった。

故れ美紗伎はその右眼を親指につぶした。

こうして美紗伎は犯罪者になりしかすがに部屋を出て夙夜にさまよいながらも未だ自分の手の穢れたことにも気づかなかった。

美紗伎はひとり焦燥した。

三月の畢りとはいえども大気は明け方ひたすらにも冷えた。

携帯電話が何度もなった。

親の懸けるにちがいなかった。

見向きもしなかった。

多摩川を歩いた。

土手の上に見た。

光の綺羅らを。

川の水の月の光に。

乃至街燈の。

乃至遠くの家屋のそれらさまざまの光源のなげた光の綺羅らを。

詰られたかにも思った。

侮辱されたかにも思った。

耳もとに罵倒され凌辱されたかにも思った。

美紗伎は躬づからの死を思った。

此の時それと氣づかずにも美紗伎はいくたびも思いだしていた。

于時母親の死んだ後にひとりのこされた少女は美紗伎とふたり向き合っていた。

少女の剝いた眼に狂気じみた温度を見た。

母親のそれにも似ていた。

美紗伎は倦んだ。

少女は前触れもなく媚びた色を眼差しの周囲の皮膚にだけさらした。

尻もちをつくように倒れ手もつかずに床にちいさな臀部は音を立てた。

故れ美紗伎は思った。

壊れた息物を視ると。

少女は口を一文字に横にながく開き続けた儘に自分の太ももをもって擴げた。

失禁した濡れた下着が曝された。

あるいは母を模倣したに違いなかった。

少女の頸を絞めその骨をつぶしながらまさに美紗伎は死のうと思った。

息物の總てをただ穢くのみ思った。

かくて夙夜はその色を滅ぼした。

明けの紅蓮がビルの向こうを燒いた故に。

美紗伎は駅前のビルに忍び込み屋上から飛んだ。

墜ち乍ら足の下にいまだに昏い中天の色を見た。

あまりにも遠く澄んでいた。

まさにこの時になにか口走りかけた美紗伎の頭を堕ちて来たアスファルトはたたきつぶして阿麻波勢豆加比許登能加多理其登母許遠婆

2021.01.06.黎マ