第10回 美しさは出会いから立ち現れる
タイ発のアパレルブランドで、現在ではレストラン・カフェや家具事業なども展開するグレイハウンド社の創業者でCEOでもあるバヌ氏との対談を振り返る。最近では、IKEA社とのコラボレーションも注目を集めている。前回に引き続き、グレイハウンド社の創業者でありCEOでもあるバヌ氏との対談を振り返りながら、美と経営について考えます。
バヌ氏:
グレイハウンドが考える「美しさ」とは、お客様と共有する価値です。ただし、私たちのお客様は常に新しいものに寛容で、潜在的な流行に対してはアーリー・アダプター(初期採用層)です。そして、アンチ・マス(アンチ・メガヒット)です。
藤岡:
それほど主張の強すぎない、でも普通ではない、実用的なものを好む方が顧客ということですね。
バヌ氏:
そうです。私たちのお客様は主張が強すぎるものは好みません。例えば、イブニングドレスを着て、会場の最前列に立つような女性はグレイハウンドのファンではないでしょう。私たちのファンはファッション意識が高いけれど、目立つことは好まず2列目に座る控えめなイメージです。
藤岡:
そうした顧客像はグレイハウンドのマーケティング・プログラムとも結びついていますね。
バヌ氏:
グレイハウンドの美しさは、日常にある非日常や退屈な毎日に効かせるアクセントのようなものです。
藤岡:
それはモデルを選ぶ際にも意識されているようですね。
バヌ氏:
私たちは、スーパーモデルは使いません。美しいモデルやハンサムなモデル、スーパーマッスルも要りません。写真映えする美しさではなく、日常のシーンでありのままの美しさを表現できるモデルと仕事をします。そして、デザイナーがその人の生き方を含めて人選して、彼女・彼らをオシャレにしていきます。
藤岡:
マスではなく、肌の美しさでもなく、人としての1対1を感じてもらうことが大切ですね。効率的ではないかもしれませんが、カフェなどを通じて「らしさ」を体験してもらうことができます。ファッションショーもタイの電線を表現するなど独特ですが、バンコクという街の日常のストーリーを伝えたいということですね。
バヌ氏:
バンコクの街はカオスですよね。洗練された都市から来た人によっては、汚い、ごちゃごちゃしていると感じるでしょう。でも、バンコクの人は電線に洗濯物を干したり、危ないですが生活に溶け込んでいます。壊れた椅子も、ほかの部材を組み合わせて利用しています。
藤岡:
一見、価値のないもの(Useless)が意味を持っています。リサイクルの先取りですね。
バヌ氏:
そうです。こうしたコンセプトを表現した商品がイケアとのコラボレーションで販売されますのでご覧になってください。
以下、藤岡:
バンコクについてある人は「ごちゃごちゃして、うるさくて汚い街」と言い、ある人は「活気があって、食べ物の匂いや笑い声がして、人間らしい街」と言います。同じ景色を見ても、同じ体験をしても、表現は人によって異なります。
バヌさんの言うタイの暮らしの中の美は、貧しさの中の美しさや、時代から取り残されたものの中に価値を見出し、「民藝」という言葉を作った柳宗悦に通底する部分があります。柳はその理論づけとしての『工藝の道』(1928年)において、「用と美が結ばれるものが工芸であり、工芸の美は伝統の美である」とし、「名もなき職人が実用のために親切にこしらえた日常の品物の中にこそ美しさがあり、彼らがこの世に生きていた意味が宿る」と言ったそうです。
美しさとは客観的に存在するのではなく、人や物、街と出会い、対峙している自身の振舞いや自己と向き合う姿勢(生き様)によって立ち現れてくるものです。弱さ、貧しさ、生きていくことに対する切実さを感じ取ることができれば、そこに宿る「美しさ」に気がつくことができるのかもしれません。
出典: