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のらくらり。

小さい体の特権、ぴょこん

2021.11.21 11:09

ウィリアムを驚かそうとするルイスとアルバート兄様とモラン。

兄様の後ろにいるとすっぽり隠されちゃう小さなおでこちゃん、かわよ!


幼い頃から満足な栄養を取れず、心臓を患ってからは微かな栄養すらも病に奪われてしまった影響なのか、ルイスは年齢の割に小柄だった。

それでも一つ違いのウィリアムとそう大差ないと思っていたけれど、その彼も満足な栄養を取れていなかったのだから当然だろう。

アルバートに拾われ、彼の家族を焼いて、十分過ぎるほどの栄養と休息を得るようになった幼い兄弟は、生まれて十年以上も経ってからようやく健康に成長していくようになる。

そうしてすくすく背が伸びていく兄を見てルイスが気付いたのは、やっぱり自分は平均よりも小さいのだという現実だった。


「兄さん、また背が伸びましたか?」

「さぁどうだろう。ルイスがそう言うのならそうかもしれないね」

「……」


ルイスとて成長していないわけではない。

衣服の袖は少し足りなくなってきたし、靴も何となく窮屈になってきた。

病気になってしまった以外はウィリアムと同じように生きてきたのだから、ウィリアムの背が伸びるのならきっとルイスの背も伸びるはずである。


「ルイスはね、体が今まで頑張ってきた分のエネルギーを補充している最中なんだ。補充が終わればいつかきっと大きくなれるから心配しなくて良いんだよ。一緒に大きくなろうね」


焦らなくても大丈夫だよ、と頭を撫でてくれた兄の言葉はいつだって正しかったから、ルイスもいつかきっと大きくなるのは間違いない。

出来ればもっと早く大きくなってほしいのだけれど、小さければ小さいなりに良いこともある。


「おやルイス。どうしたんだい?」

「アルバート兄様、今お時間ありますか?一緒に本を読んでもよろしいでしょうか?」

「勿論。こちらにおいで」

「失礼します」


ウィリアムが所用で外出している今、この屋敷にはルイスとアルバートと、そして居候のモランしかいない。

始めは郵便を出しに行くという兄に着いていこうとしたのだが、すぐに帰るから留守番しているよう命じられてしまったのだ。

ルイスはそれを少しばかり不満に思ったけれど、アルバートがいるのなら我慢しようと大人しく留守番に甘んじている。

そうしてアルバートの様子を伺い、今ならそばに行っても大丈夫だろうと本を片手に近寄っていった。


「ルイスは何の本を読むんだい?」

「ウィリアム兄さんにお借りした本を読もうと思います。僕にはまだ難しいけど、面白いから読んでみてと言われました」

「どれどれ…そうだね、少し読みにくい文体だけど面白い本だよ。読みづらければ僕が解説してあげようか」

「ありがとうございます、兄様」


アルバートの隣に腰掛け、そのままぴたりと彼の体に密着するよう位置を調整する。

そうすれば兄は自分の肩に腕を回して抱き寄せてくれると知っていた。

ルイスはウィリアムよりも大きな体をしているアルバートの体に身を預け、頭を上げて整ったその顔を見る。

穏やかで優しい表情はウィリアムと彷彿とさせる兄としての顔そのもので、自分は彼の弟になったのだと実感してしまう。

それがルイスには嬉しいし、こうして収まり良く抱き寄せてもらえるのも体が小さいからこその特権だということも理解していた。

早く大きくなってウィリアムとアルバートを守れるくらいに強くなりたいけれど、大きくなると抱きしめられることも抱き寄せられることも減ってしまうのかと思うとどこか寂しい。

そうだとしても、ルイスは寂しさを紛らわせるよりも大切な兄達を守ることが出来る肉体こそを望んでいるのだから惜しくはなかった。

すぐに大きくなってみせるのだから今は束の間の愛情表現を楽しんでおこうと、膝の上に乗せた本のページを開いていく。

隣ではアルバートが同じように膝に乗せた本に目を落としていた。


「…ルイス、少しここを離れても良いかい?」

「どこか行くのですか?」

「この本の続きを取ってきたいんだ」

「では、僕も一緒に行きます」


しばらく二人並んでそれぞれ本を読んでいたところ、先に本を読み終えたアルバートが声をかけてからゆっくりと立ち上がる。

難しい文体の本ゆえにルイスはまだ読み終えていないが、アルバートの後を追いかけるように立ち上がった。

アルバートはこの場で待っていても良いと伝えようとしたが、まるで雛鳥のように着いてこようとする姿は可愛らしい。

結局そのまま後ろにルイスを連れて部屋を出て、ちょこちょこと後ろを歩く末っ子の手を取ろうと腕を伸ばす。

意図を察したルイスはその手を取り、しっかりと握りしめてから変わらずその後ろを歩いていた。


「ルイス」

「何ですか、アルバート兄様」

「いや…何でもないよ」

「はい」


隣に来るよう手を引いてもただ腕が伸ばされるだけで体は付いてこない。

ウィリアムと手を繋ぐときにはすぐ隣同士で歩いていたはずなのに、アルバートと歩くときのルイスはいつもその背後を歩こうとするのだ。

それが無意識に身分の違いを体現しているのかと思うと少しだけ気分が沈む。

だがアルバートは深く言及せず、警戒心の強い子猫がこれだけ気を許してくれていることを喜ぶべきだと考え直した。

過去に威嚇するため睨みつけていた大きな瞳が、今は丸いままアルバートの姿を映してくれている。

隣に来て擦り寄ってくれるまでになり、手を伸ばせばぎゅうと握ってくれるのだからとても幸せなことだ。

いずれは隣を歩いてもらおうと、アルバートは後ろに手を伸ばしてルイスを連れたまま広い廊下を歩いていた。


「お、アルバート。一人か?」

「モラン大佐。一人ではありませんよ、ルイスがいます」


書斎へ向かう途中に会ったのはモリアーティ家で療養を兼ねて居候をしているモランだった。

大柄な彼は大きなあくびをしながら気の抜けた顔をして歩いており、向かう先はおそらく厨房なのだろう。

どうやら昼も間近な今頃になってようやく起きてきたらしい。

だがそれを咎めるのは今更だと、アルバートは気にせず問いかけへの質問を返した。

ルイスだけは、今になって起きてくるなんて、とだらしないモランに対してムッと唇を尖らせている。


「ウィリアムは出かけてんのか。で、ルイスは居間にいるのか?」

「いえ、ここにいますよ。ほら」

「はぁ?」

「おはようございます、モランさん」

「ぅおっ!?」

「あぁ、もうこんにちはですね。こんにちは、モランさん」


ぴょこん。

そんなポップな音を感じさせる軽やかさで、ルイスはアルバートの背後から小さな顔を覗かせた。

嫌味のように挨拶をするルイスを諌めることもなく、アルバートは大袈裟に後ろへ飛び退いたモランを見て思わずその垂れた瞳を見開いている。


「もしや、気付いていなかったのですか?」

「き、気付くはずねーだろ、そんなちんまりした奴!」

「ち、ちんまりしてません!ちゃんとご飯食べてます!」

「そういうことじゃねーよ!お前じゃアルバートの体にすっぽり隠れて見えないって言ってんだ!」


ルイスは別に気配を消していたわけでもないのに、本当にその存在に気付かなかったらしい。

確かに体格の良いアルバートの後ろにいては、小柄なルイスなど完全に覆い隠されてしまうのは無理もない話だろう。

そもそも日頃からモランは小さなルイスをよく見失っている。

身長差が50㎝以上あるのだから当然のことで、存在感と威圧感のあるウィリアムはともかく、大人しくて影に隠れたがるルイスのことは意識しなければ見つけられないらしい。

寝起きにいきなりのルイスは心臓に悪かったようで、モランは己の左胸に手をやって呼吸を整えていた。


「ルイスに失礼ですね、大佐。確かにルイスは小柄ですが、こんなにも溌剌としているというのに」

「それはそうだけどよ、こんな小さいのがお前の後ろにいたら気付けるもんも気付けないだろうが」

「僕は小さくないです。モランさんが大きいだけです」


ぷい、と顔を背けたルイスはもう一度アルバートの腕に抱きつきながら背中に隠れる。

アルバートの背はウィリアムよりも大きくて、広く安心感のある頼もしい背だ。

ルイスはアルバートの後ろから周りを見るのが何より安心出来る。

知らない景色を知りたいとは思うけれど、新しい風景の中に一人飛び込むのは少しだけ怖いのだ。

だから自然とアルバートの後ろに立つのが習慣のようになっていたのだが、モランの言うとおりルイスの体をすっぽり覆い隠せるほどに大きいことが安心の要因なのかもしれない。


「ったく、驚かせやがって…」

「…そんなに驚きましたか?」

「お前な、一人だと思ってた人間の後ろからいきなりもう一人出てきたら驚くだろうが」

「それは確かに」

「…ウィリアム兄さんも驚きますか?」

「あ?」

「兄様の後ろに隠れていたら、兄さんもびっくりしますか?」


心底驚いた様子のモランは無礼な人だと思うけれど、それだけ驚かすことが出来たのだと思えば少し楽しい。

戦場で恐れられたという兵士がこんなにも驚いたのならば、もしかするとウィリアムも驚いてくれるのではないだろうか。

ルイスはふとそんなことを考えついた。

別に驚かせたいわけではないが、ルイスはウィリアムが驚く姿を見たことがない。

見ることが出来たら少し嬉しいかもしれないと、ルイスは頭に思い浮かんだことをそのまま二人に尋ねてみた。


「そうだね…僕はウィリアムが驚く姿を見たことはないけれど、いきなりルイスが現れたら驚くんじゃないかな」

「こう、兄様の後ろに隠れてぴょんと出ていったら、兄さんもモランさんみたいに驚いてくれるでしょうか?」

「きっと驚くさ。ただ、大佐ほど無様に驚きはしないと思うよ」

「おいアルバート」

「…僕が驚かしたら兄さん、怒りますか?」

「まさか。どんな理由にせよルイスが顔を見せてくれたら、ウィリアムはきっと嬉しいと思うはずだよ」

「……」


アルバートを見上げて聞けば優しく肯定してくれて、見たことのないウィリアムの一面を見られる可能性にうずうずしてしまう。

ルイスはすぐにモラン並みに大きくなる予定だから、これは今小さいうちにしか出来ない些細なイタズラだ。

いきなり現れ驚かせて、「仕方ないなぁルイスは」とはにかむように笑ってくれたら、それはとても幸せなことではないだろうか。

考えるために俯いていたルイスは顔を上げ、自分よりも背の高い兄と居候の顔を見た。


「アルバート兄様、モランさん。お願いがあるのですが…」

「構わないよ。ルイスの頼みなら何でも聞こう」

「面白そうだな」


そうして大人と青年と子どもの三人、もうすぐ帰ってくるであろう自分達の核となる人間を驚かすべく作戦を練ることにした。




「よぉウィリアム。おかえり」

「ただいま、モラン。君が出迎えてくれるなんて珍しいね?」

「たまにはな」


作戦といっても簡単なことだ。

じきに帰宅するウィリアムを出迎える際、ルイスが姿を隠していればそれで良いのだから。

普段であればウィリアムが帰ってくるとすぐにルイスが駆け寄っては「おかえりなさい」と出迎えている。

だが今回ばかりはルイスがアルバートの後ろに隠れていきなり姿を現して驚かすというのだから、まずはウィリアムの気を逸らすためにモランが出迎えることになった。

そうしていつもと違う様子にウィリアムが違和感を覚えるよりも前に、後ろにルイスを隠しているアルバートが彼を出迎える。


「おかえり、ウィリアム。道中、変わりなかったかい?」

「ただいま帰りました、アルバート兄さん。郵便を出すだけなので特に何もありませんでしたよ。寄り道をすることもありませんでしたから」

「そうか、それは何より」


ウィリアムが寄り道をしなかったというのならば、道すがらに困っている人間はいなかったということなのだろう。

それは良いことだと、アルバートは穏やかな日々を受け入れるように微笑んだ。

ウィリアムはわざわざ玄関先まで出迎えてくれた二人を有難いと思いつつ、いつもなら真っ先に来てくれるであろう弟の存在が見えないことに首を傾げる。

モランもアルバートも、ウィリアムの帰宅を玄関まで出迎えることはほとんどない。

リビングで待っているのが常なのに、何故今日に限ってわざわざここまで足を運んでいるのだろうか。

まさかルイスに何かあったのではないかと、ウィリアムが細い眉を僅かに寄せて二人を見上げて声をかけようとしたところ。


「にーいさん!」

「っ、ルイス!?」

「おかえりなさい、兄さん」


求めていた存在は、突然アルバートの後ろから姿を現した。

ぴょこん、と飛び跳ねるようにアルバートの左肩から顔を覗かせ、いつものようにおかえりなさいを言ってくれる。

だがその表情は珍しいほどイタズラめいていて、にんまりとした満面の笑みを乗せていた。

ルイスに何かあったのではないかと思ったけれど、その理由はルイスの可愛らしいイタズラにあったらしい。


「びっくりしましたか?」

「あぁ、とても驚いた。兄さんの後ろにいるなんて全然気付かなかったよ、ルイス」

「ふふふふ」


いきなり姿を現す弟に驚いたウィリアムは思わず肩を上げていた。

真っ赤な瞳もまぁるく見開かれていて、突然の出来事にかなりの衝撃を受けたことは間違いないだろう。

ルイスはその様子を見て嬉しそうにアルバートの後ろから出ていき、ウィリアムの元へと駆け寄っていく。

勢いを緩めることなく腕の中に収まった小さな弟を抱きしめ、ウィリアムは驚きで跳ねた鼓動を落ち着かせるために小さく深呼吸をした。


「びっくりした…まさか兄さんの後ろに隠れていたなんて」

「兄様は僕より大きいので、後ろにいると紛れてしまうようです」

「やっぱり驚くよな。ルイスの奴、アルバートの影に隠れて完全に見えなくなってるんだから」

「本当に。今まで気にしてなかったけど、兄さんの後ろにいると全然見えなくなってしまうんだね」

「ほう、ウィリアムでも気付かないくらいなのか。見事な成功だったようだよ、ルイス」

「兄様とモランさんのおかげです」


ありがとうございますと、ウィリアムの腕の中で素直にお礼を言うルイスにアルバートの心は癒される。

初めて見る驚いたウィリアムの表情とイタズラめいたルイスの表情は見ていてとても可愛らしい。

仲の良い弟達の姿は兄としてのアルバートの心を程よく刺激しており、対するモランは小生意気なルイスが見せる年相応の顔に安心した。

どんなに大人ぶろうとまだまだ子どもで、生意気な面もあるが性根は素直なのだろう。

ジャックに教わった気配の消し方を完璧に身に付けていることを除けば、兄に仕掛けたイタズラは大変微笑ましいものである。

発想と行動は子どもらしいのにそのクオリティは実に子どもらしくないことに、モランはそっと目を逸らした。


「ルイスが出迎えてくれないから不思議に思っていたのに。驚いたじゃないか、ルイス」

「僕はまだ小さいから今しか出来ないと思ったんです。兄さんが驚く顔、初めて見ました」

「全く、仕方がないなぁルイスは」

「ふふ」


ルイスが予想していた通り、少しだけ呆れながらもそれ以上に優しく包み込んでくれるようなはにかんだ笑顔。

初めて見るウィリアムの表情にルイスはとても満足して、小さい体であることを嬉しく思うのだった。




(兄様は頼りになるので後ろにいると安心できます)

(それは嬉しい。ありがとう、ルイス)

(でも隠れて驚かすならアルバート兄さんよりモランの後ろの方が良かったんじゃないかい?モランの体は兄さんよりも大きいし)

(僕、モランさんの後ろより兄様の後ろの方が安心して隠れられます)

(ふ…だそうです、大佐。すみません、ルイスは僕の方が良いそうで)

(すみません、モランさん)

(あ…蒸し返すようなこと言ってごめんね、モラン)

(おいお前ら、俺が可哀想みたいな雰囲気出すんじゃねぇよ。お願いされてもゴメンだっつの)

(ふふ。冗談だよ、モラン)

(ユーモアは大切ですよ、大佐)

(僕は本気ですが)