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腐敗する社会から発酵する社会へのシフト

2018.11.21 14:50

Facebook竹元 久了さん投稿記事  🔵平安時代は、本当に平安だったのか?

日本の歴史を見ると、江戸時代より長い時代がある。それは平安時代だ。

平安時代は、第50代天皇の桓武天皇が平安京に遷都した794年から鎌倉幕府が成立した1185年までの392年までの期間を指す。

学校では、平安時代=貴族社会で、紫式部や万葉集などの文学が栄え、貴族達の雅な生活がイメージされるように教えられたが、実態はどうたったのだろうか?

平安期とは、桓武天皇が長岡京から平安京に都を遷都した七百九十四年から鎌倉幕府が成立した千百八十五年(以前は千百九十二年説だった)までの間を指す。

つまり、凡そ千年に及び天皇の住まいし都・平安京(へいあんきょう)は、明治維新を経て千八百六十八年(慶応四年/明治元年)に、江戸(東京)の地に遷都(えどせんと)され、江戸は東京と名を変えて日本の首都となるが、時代としての「平安時代」の呼び名は千百八十五年(以前は千百九十二年説だった)の鎌倉幕府成立の時点で「鎌倉時代」と代わっている。

平安期の政治形態としては、天皇が自ら治世した「天皇親政」、藤原氏を中心とした「摂関政治(せっかんせいじ)」、上皇・法皇に拠る「院政政治(いんせいせいじ)」などの統治形態が在った。

平安期には、清少納言(せいしょうなごん)や紫式部(むらさきしきぶ)などの女流作家が生まれ、貴族文化を象徴する七世紀後半から八世紀後半にかけて編纂された「万葉集)」が在る。

その「万葉集」以後の百五十年間をまとめる為、醍醐天皇の勅命によって編纂され九百五年(延喜五年)に出来た古今和歌集などの存在から、この平安期について単純に「平安文化が息づく良い時代」と考えている方が多い。

しかも現代に到っては、「平安」と言うネーミングそのものがその時代に対して「平和な良い時代」と言うイメージの先入観を持たせるに充分足りる名称である。

しかしそうした平安文化は、都の一部の氏族・貴族生活に於ける文献を基にした表面的な物を解釈したに過ぎない事に留意しなければならない。

桓武帝が平安遷都をした頃は、まだその大和朝廷(ヤマト王権)の権威が確立していたのは日本列島の半分・西日本に過ぎず、坂東(関東)以東から奥州(東北)に到る地域は、大和朝廷に取っては未だ混沌とした辺境の地だった。

確かに、華やかな平安貴族の文学に色採られた優雅な生活を生活に想いを馳せば、平安期を平和で文化的な「良い時代」と思い込んでしまうのも無理はない。

実はこの平安期、大和朝廷(ヤマト王権)が西日本から日本列島の全域に広がる過程の時代で、けして優雅に明け暮れる平坦な平和の時代では無かった

むしろこうした平安文化を象徴する読み物や歌集に大和朝廷(ヤマト王権)が力を入れた背景は、地方の陰惨な現実を文化面で覆い隠す狙いでも在り、平安期の蝦夷支配の実態から目を逸らして後の世に伝え難くする政治的狙いが在ったのではないか?

つまり都の貴族生活だけが文献として後世に残り伝えられた物だから、影に隠れた庶民(良民)や奴婢(ぬひ)・俘囚(ふしゅう)の生活は認識から欠落し、また地方で起こった地方貴族の反乱や俘囚(ふしゅう)に拠る平安群盗など多くの騒乱の類も都の貴族生活に隠れてしまっていたのだ。

引用

Facebook清水 友邦さん投稿記事

古代のお酒は米を発酵させた口噛み酒でした。口噛み酒とは、女性が米を含み噛みしめて唾液で発酵させた酒です。大正時代末まで、沖縄の西表島では口噛み酒が造られていました。

炊いたお米を女性が噛み、それを石臼で挽き、かめに保存して3日もするとお酒ができあがったそうです。

お酒をつくる「醸す(かもす)」は噛む(かむ)」が語源とされています。

女将を「おかみさん」と呼びますが「噛み」と同じ言葉が含まれています。

酒を造る職人のことを杜氏(とじ)といいますがもとは女性のことを指していました。

古代日本は母系社会でしたので世帯主は女性で4世紀以前の女性首長はトベ(戸畔)と呼ばれていました。

8世紀ごろから「トベ」は「刀自(とじ)」に変わり酒を作る職人の「杜氏(とじ)」になったのです。

昔は神社で巫女が口噛み酒を造っていました。酒作りは神聖な行事だったのです。

お酒がなければ神事も祭り事も成り立ちませんでした。

神事の後には必ず、直会(なおらい)という儀式がありました。その時に、『神人共食』と言って、お供えしたお酒と供物といっしょに神様と共にその場で戴いたのです。

自然酒を醸造している寺田本家の23代目当主の故寺田啓佐さんから発酵のお話を伺ったことがあります。男性では美味しい口噛み酒が作れなかったそうです。

男性10人が造った口噛み酒は腐ってしまい、女性10人の口噛み酒はとてもおいしく醸しだされたのです。

寺田本家に婿として入った寺田啓佐さんは最初どうしたら勝ち組になっていけるか、成功できるか、利益や売上を伸ばしていけるか、生産性や効率ばかり考えていました。

そうしているうちに新しく経営に乗り出していた蕎麦屋や居酒屋も上手く行かず、蔵に40年勤めた番頭や越後杜氏も辞めていきました。

赤字がどんどんかさんで経営が傾いても自分は間違っていない、自分は正しい、悪いのは辞めてった番頭や杜氏のせいだ、景気が悪いから、うまくいかない理由をすべて他人や世の中に押し付けていました。

自分から変わろうなんて考えもしませんでした。

自分を省みず、あのせい、このせいと不満を言っているうちに、憎しみとか妬みの感情がわいてきて、それがまたトラブルを生んでは愚痴をこぼしました。

うまくいかない時は、こんな腐敗循環の中にいます。

そして自分の体が腐り、蔵も腐り、家庭も腐り、あっちもこっちも腐ってしまいました。

男性は女性より競争社会に巻き込まれることが多いです。

自然の摂理から離れて競争の中で身をすり減らし、無理をしてがんばります。

でもこれが結局裏目に出て、逆に腐ってしまうのです。

腐敗循環の場にいて、もう自分は発酵できないと諦めてしまいます。

奪い合いをする腐敗場を選択することによって、自殺にまで追い込まれてしまう人もいます。

寺田啓佐さんはある日、微生物から「腐らないためには変わることだ」と教わりました。

正しいよりも楽しいことをしている心地よい発酵場に生き物はみな引き寄せられます。

発酵に一番影響を及ぼすのは作り手の言葉や意識で、お酒の味はそのときどきの精神状態によって微妙に変わってしまいます。

発酵するというのは相手を変えようとするのではなく、微生物のように自分が変わることなんだということに気がついてから、寺田啓佐さんの見方や考え方は変わっていきました。

発酵は微生物たちが自分の役割や使命を心得、相手を尊重し、自分の出番になるとやってきて命を燃やして使命を果たして消えていきます。

そして次の微生物にバトンタッチしていきます。

自然の摂理に沿って変化して発酵していると腐りません。

分かち合う、共生の世界が微生物の世界でした。

自然に逆らっていた生き方を変えて、微生物のように、仲良くまわりと調和しながら、自分を好きになって、心地良い生き方の方向にシフトしていくと循環型、調和、共生の世界が創りだされます。

腐敗する社会から発酵する社会へのシフトは微生物が教えてくれています。

寺田啓佐「発酵道―酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方」スタジオK


FacebookKNOBノブさん投稿記事

一粒万倍の日でもあった昨日大阪へと向かう前の早朝に、中山恵美賀さんにお導きいただき、伺わせていただきましたのは姥ヶ森社 姥ヶ森古墳(うばがもり)

素盞鳴大神(スサノオ)とご縁の深い場所

蘇民将来。

将来に蘇る民、、、

まさにヤウマトゥ(国を失った西の彼方からの民と日本のむすひ)の世界でありますが、その蘇民将来に関わる場所であり、スサノオの血すじの方の古墳とも、、、

数日後となる25日 笈川裕子さんからご縁をいただき、神奈川は秦野の地に鎮座する出雲大社相模分祀にて、美内すずえ先生作の《素盞鳴大神》の御奉納を初めてさせていただくのですが、その時の真菰と稲の剣を前夜にお作りくださって、お持ちくださった恵美賀さん。

御神酒と共に御供させていただき、慎み献奏をさせていただきました。

そして、初の参拝となる

津島神社。

御祭神は素盞鳴大神(スサノオ)

そしてスサノオの荒御魂を祀る社も。

こちらは元は蛇毒神社 なんと八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の御霊を祀るお社。

25日に御奉納させていただく~素盞鳴大神(スサなるおおかみ)~は、魔神(ハタレ)の意により、世の人を食い物に勝手放題、暴れまわるヤマタノオロチをスサなる神が退治をするのですが、勝ったた負けたではなく、ヤマタノオロチとは、、、

結びにはオロチの御霊が光へと戻りますことを念じる祈り

美内先生のこの今の時代にも繋がるような深いメッセージ

早朝であったため、奉納受付前で、秘かに 素盞鳴大神(スサなるおおかみ)を奏上させていただきました。

龍が空にいるかのような雲の合間より神々しい光を賜りました。

津島神社にはなんと、スサノオの四魂。

荒御魂、和御霊、奇御霊、幸御霊がすべて祀られていました。

荒(あら)御魂(勇猛進取な働き)

和(にぎ)御魂(平安柔和な働き)

奇(くし)御魂(不思議な働き)

幸(さき)御魂(幸福な働き)

そして

まさにこの順番に魂集め。

思いがけず、イダキと授けていただいた真菰と稲 二本の剣と共に人生初の魂神事。

ただただ有り難く玉・魂を授かりました。

日々、突然に起きてゆくこと、そこに生ききり、その今瞬間をひとつひとつ、、、

未来のための今ではなく、

しっかりと集中し、刻んだ今が同時に未来を

導いてくださった恵美賀さん、ご一緒くださった龍さん(本苗字)、多胡さん。

すべてに深く感謝いたします。

誠に有り難う御座います。

本日22日も一粒万倍日

素晴らしきこの今、一日を

KNOB拝

撮影 Akiko Hotta

中山恵美賀さんからも凄い光のお写真をいただきました。

ありがとうございます。