【林未来支配人×江口由美対談】映画作家とのつながりから生まれた『きょう、映画館に行かない?』と、特集上映「元町映画館と映画作家たちの10年ちょっと。」
書籍「元町映画館ものがたり」刊行と同じく、2021年8月21日から1週間お披露目上映された、オムニバス映画『きょう、映画館に行かない?』。元町映画館10周年をお祝いしたいと、映画作家小田香さんの呼びかけに賛同した総勢11人の監督たちが寄せてくれた新作短編やメッセージを一つにまとめた唯一無二のオムニバス、その完全版が11月27日より元町映画館、12月18日よりシネ・ヌーヴォ、2022年1月には京都みなみ会館で京阪神ロードショーされる。
また同作公開を記念して「元町映画館と映画作家たちの10年ちょっと。」と題し、元町映画館での過去上映作品を中心に、参加監督の旧作や新作を特集上映する。元町映画館の歩みを記した「元町映画館ものがたり」責任編集の江口が、林支配人に作家たちの過去や『きょう、映画館に行かない?』の成り立ちや見所について、対談形式でお話をうかがった。
■野原位監督の初長編『Elephant Love』上映はとても貴重な機会。
江口:「元町映画館ものがたり」と『きょう、映画館に行かない?』、『まっぱだか』は同じ11周年の日に誕生した3つ子のようですよね。書籍の最後は、この2作品のことに触れていますし、完全版の公開で参加監督の過去作品を特集上映するのはすごくいいですね。特に、野原位監督の東京藝術大学大学院卒業制作作品『Elephant Love』は、わたしも先日東京国際映画祭の文化庁映画週間シンポジウム「1990年代日本映画から現代への流れ」で登壇されていた野原さんが言及されていたのを聞き、観たいなと思っていたところでした。
林:野原さんの作品は、『ハッピーアワー』上映の翌年に濱口竜介特集ハッピー・ハマグチ・アワーを東京、京阪神で開催し、その中の1本として『talk to remember』を上映したのが最初でした。そこで初めて土村芳さんを知ったんです。すごく面白かったし、独特の文法を持っている方だなと。今回も『talk to remember』を上映しませんかとご提案すると、野原さんから「あれは短いですから…」と言われて、ハッとしたんです。観終わった印象が長編っぽかったのですが、30分の短編でした。そこでご提案くださったのが『Elephant Love』でした。野原さんも「上映機会がすごく少ないので、今回上映してもらえれば」と言ってくださって。
江口:卒業制作ですから初長編でしょうし、本当に貴重です。刊行記念のRYUSUKE HAMAGUCHI 2008-2010 Works PASSION/THE DEPTHSも、反響が大きかったですが、今回の「元町映画館と映画作家たちの10年ちょっと。」特集上映も映画館の歴史とともに、作家や俳優の過去作を振り返るいい機会になりますね。
林:そうなんですよ。加藤綾佳監督の『おんなのこきらい』は、森川葵の魅力全開で当時もヒットしましたし。野原さんに話を戻すと、最新作の『三度目の、正直』は語り方が『ハッピーアワー』的でもあり、濱口さんと作り上げたものも土台になっていると思うんです。
江口:二人で共作する以前の野原さんの色が強く出ているであろう『Elephant Love』を観ると、『三度目の、正直』の観かたが少し変わるかもしれませんね。
林:『きょう、映画館に行かない?』に収録の野原さんの短編『すずめの涙』は人気が高いんですよ。やはり、上手いですね。
江口:わたしもなんか好きだなぁと思える作品です。『きょう、映画館に行かない?』では元町映画館の正面を映し出す作品がいくつかありますが、そこで映っている作品ポスターから、大体いつぐらいに撮影したか分かりますよね(笑)。だから野原さんは今年の4〜5月ぐらいに撮影したのではないかと。
林:もう、元町映画館マニアっぽい(笑)野原さんは「締め切りに間に合わない…」と言いながら、ギリギリまで撮影していましたね。
■どうしてもオムニバスのラストにしたかった、鈴木宏侑監督『光の窓』
江口:書籍でも触れましたが、元々は小田さんが10周年のお祝いの気持ちで映像を贈りませんかと声掛けしてくださったんですね。集まった作品をオムニバスとして上映することも想定していましたか?
林:小田さんから呼びかけてくれる段階で、短い作品を贈りませんかということと、それをまとめてオムニバスにし、元町映画館で上映することを考えていますと伝えてくれていました。
江口:10周年記念の短編ということで、いろいろな解釈で作ってくださったのが面白いですね。元町映画館を舞台に作ってくださる方もいれば、そのとき自分が作った最新作を届けてくれたり、ダイレクトなコメントを寄せてくださったり。それぞれがお題をどう消化し、コロナ禍で大変な中、制作に集中して産み出してくれた。尊いなと思います。
林:大変だったと思います。2020年1月に呼びかけ1月末までに返事をいただき、6月を作品提出の締め切りにしていたんです。それで8月の10周年に間に合うと思っていたところ、コロナが襲ってきたわけですから。状況が変わり参加することが難しくなった方もいらっしゃったし、いつまで延期すればいいのかも初めてのコロナで状況が読めず難しかったですが、まずは半年延ばし、結果的には1年延びて。
江口:最終的には11周年を目指して、書籍刊行と一緒になったわけですね。オムニバスとしてリリースするために、小田さんやシネ・ヌーヴォの山崎紀子支配人、元町映画館スタッフの石田涼さん、そして映画宣伝の松村厚さんとミーティングで議論を重ねていましたが、順番を決めたりタイトルをつけるのは難しかったですか?
林:実行委員の5人の会議で、未着だった草野さん、手塚さん以外の作品を通しで一度観てから、順番を考えていきました。主人公が夢から目覚めて「きょう、映画館に行かない?」と言う鈴木宏侑さんの『光の窓』をどうしてもラストにしたかったんです。会議で聞いてみると、みんなが「だよね」と。組み立て方の想定が割と一致したので、順番もスムーズに決まりました。例えば、衣笠竜屯監督作品『神戸 〜都市がささやく夢〜』はプロローグ的に入れて、「はじまり、はじまり〜」という雰囲気かなとか、加藤綾佳監督作品『オードリーによろしく』は完成度が高いので、そういう作品を掴みとして前半に持っていきたいよねとか。あの短編でロマコメを上手く表現している。本当に凄いんです。
■作品と作品の繋がりにも注目
江口:『オードリーによろしく』と『これから』は胸キュン系です。
林:切通さんの『青春夜話 Amazing Place』も、青春時代にいい思い出のない二人が夜の学校に入ってムチャクチャするという内容で、ピンク映画っぽい要素もあるのですが、可愛いです。『これから』もすごく可愛いなと思うし、制服カップルに特別な思い入れがあるような気がします(笑)
江口:言えなかった青春の1ページという感じですね。元町映画館オープニング作品の『赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道』もキーワードになっていました。
『オードリーによろしく』は、主人公が映画館スタッフなので、仕事の描写もありました。映写室や事務所の中も映っているし、楽日の閉館後、表に出す翌日公開のポスターも、劇中作のものを実際に作ったり、その作品の記者会見の動画も作りこまれていましたね。8月のお披露目上映で、日下七海さんに中華街での琵琶の撮影について伺いましたが、マイ楽器でリアルに演奏されたと。
林:しかも撮影が宮本杜朗さん(『太秦ヤコペッティ』)、録音が松野泉さん(『さよならも出来ない』)、録音助手に三浦博之さん(『ハッピーアワー』『三度目の、正直』)と、これまたゆかりのある方々で。
江口:本当に!『きょう、映画館に行かない?』の松野泉監督作『あなたが私に話しかける言葉を聞きたい』では録音技師役で三浦さんが主演されているし、野原さんの『三度目の、正直』にも繋がります。
書籍でも今は東京で映画宣伝の仕事をされている元映画館スタッフ、齊藤さんのインタビューを元にした記事を第2章に書いているので、齊藤さん邸を訪れる『あなたが〜』は、すごく繋がりを感じました。よく池谷薫さんがドキュメンタリー塾でおっしゃっている「ドキュメンタリーはホームムービーじゃない」を実感する、ちょっと劇映画っぽさもある作品ですね。
林:三浦さんが演じる録音技師はちょっと怖そうで、そんな男が訪ねてくるホームムービーは嫌ですね〜(笑)。「息子とふたりきりにさせてください」とか、何をされるんだろうとヒヤヒヤします。
■映画ファンが絶対に注目する監督が揃った玉手箱的オムニバス、京阪神に上映を広げて
江口:草野なつかさんの作品も驚くとともに、作家性がみなぎっています。
林:『螺旋銀河』があり、『王国(あるいはその家について)』があり、そして『Home Coming Daughters』と連綿とした繋がりがあり、「草野なつかである」と言い表しているような作品です。記憶というテーマが、切通さんの『これから』と手塚さんの『Moment』に重なるというテーマのつらなりも、オムニバスの順番を考える鍵になりました。
江口:家族に対する眼差しもテーマになっていますね。10年という時間の流れをうまく入れた作品もありましたね。元町映画館だけでの上映ではなく、京阪神に広げるのが一つのチャレンジです。
林:やはり映画ファンなら絶対に注目するような監督が揃っているオムニバスですから。10周年のお祝いでいただき、わーいと内輪で喜んでいるだけではもったいないし、作品を観たら余計にそう思ったんです。これは面白いからもっと多くの方に観てもらいたいし、ヌーヴォの山崎さんがずっと実行委員として参加してくれ、「うちでもやるよ!」と言ってくれていたのも心強かった。当館以外でも上映できるんだという可能性が広がり、京都みなみ会館の吉田さんに相談したら「やるやる!」とすぐに言ってくれたので、二人には本当に感謝しています。
江口:短編だけだと上映しにくいですが、2時間7分でこれだけの短編をぎゅっと観ることができるのは、とても楽しいですよね。それぞれの監督のファンの人が最新作を楽しみかつ、新しい才能に触れるきっかけにもなりますし。
林:『螺旋銀河』の草野監督や、『Every Day』の手塚監督をはじめ、「あの監督と、あの監督が参加してる!」と映画館に通っている映画ファンの視点からすれば、その最新作を一気に観ることができるのは、めちゃくちゃ美味しい企画だと思うのです。玉手箱的なおもしろさがありますから。
江口:これだけ多様な映像作家と関係を作り、11年を迎えるにあたってオムニバスという一つの作品に結実したのは、今まで映画館が積み重ねてきたことの成果でもありますね。『神戸 〜都市がささやく夢〜』では林さんが撮影した映画館ができる前、座席も何もなかった頃の写真が登場し、「元町映画館ものがたり」前の神戸映画史を一気見できますし。『きょう、映画館に行かない?』というタイトルも映画好きならキュンとします。
林:タイトル、メインビジュアル共に鈴木宏侑さんの作品から拝借しているので、本当に感謝しています。一番難しかったのはタイトルでしたが、映画館に誘う言葉がやはり作品の成り立ち的にも理想だと思って。
■イメージフォーラムフェスティバル系のアーティスト、鈴木宏侑
江口:「元町映画館と映画作家たちの10年ちょっと。」でも鈴木さんの作品を上映しますが、鈴木さんの場合は旧作ではなく、新作ですよね?
林:小さな映画祭で上映はされていますが、公開されていない新作ですね。鈴木さんに関しては、ずっと俳優として出演作の舞台挨拶でご来館いただき、映画を撮っているという話も聞いていました。今回、映画作家として参加していただき、出来上がった作品『光の窓』が本当に凄かった。「鈴木宏侑とは、こういう映画作家なのか!」と。
江口:吸い込まれるような展開といい、カフェクリュの10周年記念クッキーがスクリーンデビューを果たしたクレイアニメといい、短編でこれだけのインパクトを与えるとは、驚きでした。
林:今回特集上映に出してくれた『黒奏』と『KIRO』は鈴木宏侑の表現の両極端という風に感じました。「こういう表現をする人なのか」と面白くて。例えば安楽涼さん(『1人のダンス』『追い風』『まっぱだか』)のように、自分が出演するために映画作りをはじめ、どんどん自分の語り文法を獲得していくタイプとは違い、俳優としての鈴木さんとは別に、表現者の顔が自分の中にある。だからいくつかみせてもらい、どれも凄いなと思った。大衆受けはしないかもしれませんが。
江口:それは、これからずっと応援し続けていきたいですね。
林:イメージフォーラムフェスティバル的なプログラムは現在関西でもなかなか上映されず、評価が見えにくいのですが、もっとアート方面や、幅広い場所で評価されればと思いますし、映画ファンも実験的要素のある映画も区別しないで楽しんでもらえればいいなと思います。
■オムニバスと特集上映で、それぞれの監督の魅力を知ってもらいたい
江口:最後に小田さんについて。今回は最初の声がけから取りまとめや編集などで尽力していただいたし、小田さん自身の新作短編も、ボスニア留学時代の映像に音のイメージがあわさり、異国に連れていかれるようでした。
林:小田さんだなーって感じですよね。映像の渋さに反して、不思議な音の付け方がむちゃくちゃ最高なんです。今回はお祝いとしての気持ちで「自分の好きな要素を詰め込んだものを作りました」と。
小田さんの作品もしかりですが、『きょう、映画館に行かない?』と特集上映「元町映画館と映画作家たちの10年ちょっと。」では、とにかくそれぞれの監督の魅力を知ってもらう機会になればと思っています。
「こんなに魅力的な作品を作る人たちなんだ!」ということが伝わればうれしいな。
江口:夏以来となる、久しぶりの祭りですね。宇治茶監督と、金木義男さん(今井いおり監督)のメッセージ動画も個性が炸裂していました。
林:京阪神の上映までは、お二人のコメント上映付きでの上映になります。それ以外の地域で上映ができることになると、元町映画館に向けた作品というところから離れていかなければいけないと思うので、両監督とも話し合い、コメントについては公式サイトでの掲載とし、本編から外す方向で考えています。金木さんの勇姿をスクリーンで観ることができるのも、今回の京阪神上映が最後ですよ!
江口:まずは京阪神で話題になり、年が明けて関東での上映を目指しましょう!