すずまき*本と、紅茶と、あの頃と。#10
#10「っポイ!」×ルピシア カシュカシュ
歳を重ねるたび、どんどん1年があっという間になりますね。
子供の頃は1年間って永遠のように長かったのになぁ。
子供の頃の1年間が長く感じられるのは、毎日が新鮮で、初めてのことやドキドキすること、ワクワクすることをたくさん経験するからなんだそうです。
大人になるにつれて、新しい経験をする機会は減っていくので、同じ1年間でも短く感じてしまうのだとか。
そういう心理的現象を『ジャネーの法則』というらしいです。
今回ご紹介する作品、まさにそんな『ジャネーの法則』的な時間の流れ方をしているんです。
中学3年生というたった1年間の時の流れを、コミックスにして30巻、連載期間(途中休載期間もありましたが) 実に19年掛けてじっくり描かれた、やまざき貴子先生の代表作・「っポイ!」。
ずっと長い間、連載が終わった今現在も、事あるごとにわたしを勇気づけ元気づけてくれる、サプリメントのような作品です。
見た目は華奢っぽく女の子っぽい、でも中身はとても元気で熱くアクティブな中3男子の主人公・平(本名は「タイラ」、通称「へー」)と、そのお隣に住む同い年でクラスメイトでもある幼馴染・万里(バンリ)を中心に、その友達や家族など周辺に巻き起こる出来事が、それはもうびっくりするくらいこと細かに描かれています。
中学3年生らしく友情や恋、部活に受験、学校行事のエピソードはもちろん、いじめや不登校、虐待、自殺未遂など、けっこうハードでヘヴィな話題も出てくるのですが、それらに向き合う平の姿が真っ直ぐで一途で一生懸命で。
平と万里、そして大勢出てくる登場人物のみんなに元気と勇気、人との繋がりの温かさ、逆境に負けず前に進む力など、人間関係のいろんな大切なことを教えてもらいました。
毎日毎日、些細なことから大きな事件まで、いろいろな新しいこと、ドキドキすること、ワクワクすること、時にはハラハラすることを平たちは体験します。
読者にとってもそれは同じ感覚。
ひとつひとつのエピソードのディティールはもはや芸術的で、小さな小さなコマ、手書きの台詞すら忘れた頃にキーワードになって伏線回収されたりするので、見逃せません。
何度も何度も読み返して、だいぶ経ってからあぁそういうことか!!!と気づくことも。
そんな感じなので、1年間を描くのに30巻、19年も掛かっても無理はない…?
まさに『ジャネーの法則』、いろんなことがありすぎて、長い長い、長すぎる1年間。
平たちの中学3年生の日々は、それこそ19年分の長さに相当するほどの、とても充実した濃密な時間だったんですね。
「っポイ!」を読むと、いつもわたし自身も中学3年生の気持ちに戻ってしまいます。
読みはじめた頃、もう既に中学を卒業していて、ちょうど平の兄・和(カズ)とほぼ同い年だったんですけどね。
ちなみに最終巻を読み終えた頃には平の母親・昭(アキ)ちゃんと同世代になってしまっていました。
中学3年生の1年間。
子供っぽいけど子供じゃない、大人っぽいけど大人じゃない、思春期真っ只中の、多感な少年少女時代。
わたしにとっても、その1年間はとても長く感じられた期間でした。
平たちほどいろんな出来事があったわけではないですが、毎日のたわいもない日常がもう楽しくて楽しくて。
小学生から大学生までの学生時代の中で、間違いなく最も長く、充実していました。
これもまた『ジャネーの法則』な1年間。
何故そんなに中3の1年間が楽しかったのか。
それはその前の年、中学2年生の1年間があまりにも暗かったから。
中2の4月に大阪から岐阜に転校してきて、なかなか馴染むことができず、1年間ほとんど友達がいなかったのです。
中3に進級する時にクラス替えがあって、そこでやっと気の置けない友達ができました。
くだらないことでわちゃわちゃ笑いあったり、好きな漫画や小説の貸し借りをしたり、放課後お互いの家に遊びにいったり。
クラスで友達ができて明るくなれたからか、部活の吹奏楽部でも友達ができ、クラス以外で過ごす時間もどんどん充実していきます。
中2のわたしからはとうてい想像できないほど、毎日が輝いていて、学校に行くのが待ち遠しいくらいでした。
中3の思い出で最も印象深いのは、クラスの友達の影響で小説を書き始めたこと。
これが今のわたしの「文章を書き始めたら止まらない」原点です。
宿題や受験勉強そっちのけで書いては回し読み、感想を書き合い、続きを相談し合う…わたしの人生の中で最もクリエィティブで刺激的な日々でした。
「文章を書く」こと以外にも、今のわたしを形成する多くの要素が、中3の1年間に集中しています。
例えばすずまきといえば「紅茶」ですよね。
まだこの頃は紅茶を実際に飲んでいたわけではないのですが、当時読んでいた漫画や小説に「アールグレイ」や「オレンジペコ」など紅茶の銘柄が登場していて、その名前に強く惹きつけられ、いつか飲んでみたいなぁ…と夢を膨らませていました。
あとは「音楽」。
吹奏楽部が楽し過ぎて、クラシックに興味を持ち、聴きはじめます。
強烈にピアノを習いたい!と思いはじめたのもこの頃です(実際に習いはじめるのは高校生になってからでしたが)。
また、ちょうどその頃世の中はバンドブームだったりしたので、ジャパニーズロックをはじめ、いろいろなジャンルの音楽を聴きました。
「本」や「漫画」は言うに及ばず…友達との貸し借りで、いろんな作品に出会いました。
他にも考え方とか好みとか、今のわたしに繋がるものとの出会いがたくさんあった時期でした。
今回の作品「っポイ!」を読みながら飲みたいなぁと思った紅茶は、ルピシアのカシュカシュという紅茶。
「カシュカシュ」とはフランス語で「かくれんぼ」のことだそうです。
茶葉を見ると、リーフの中にオレンジフラワーやピンクペッパー、金平糖、アラザンが隠れていて、とてもポップで賑やか!
まるで「っポイ!」の個性豊かな登場人物のよう。
淹れてみると、香りにもフルーツなどいろんな香りが隠れていて、「かくれんぼ」の名前がつけられているのも納得です。
カシュカシュにいろんなフルーツの香りや金平糖などがかくれんぼしているのと同じように、中3の平たちの毎日にもいろんな経験や感情が隠れています。
漫画の構成もかくれんぼのように、コマの隅々にまで次の展開へのヒントが散りばめられています。
そして中3のわたしの毎日にも、今のわたしに繋がるエッセンスがたくさん隠れていました。
隠されているものをひとつひとつ丁寧に見つけ出し、真摯に受け止めていくと、その時間は濃密になります。
そんな濃密な瞬間瞬間を積み重ねた1年間は、『ジャネーの法則』が示すように、長く長く感じられるのも不思議ではありません。
今現在、大人になったわたしたちの1年間はどうでしょう?
毎日毎日惰性のような繰り返しの日々…そんなふうに感じていたら、きっと1年なんてあっという間に過ぎてしまう。
それは歳を重ねたから仕方のないこと?
もう中3のあの頃のように、ワクワクすることもドキドキすることもなくなってしまった???
本当に、そうかな?
目を閉じて、一度真っ新な自分に戻ってみる。
毎日が新鮮で楽しかった中3のわたしに、戻ってみる。
目を開いて、さぁ、カシュカシュを飲んでみて。
どんな香りが、どんな味が、どんな感覚が隠れている?
今だからこそ、大人になったわたしだからこそ、見つけられる新鮮さがあるのではないかと思います。
それをあの頃みたいにひとつひとつ純粋に楽しんでいけば、きっと充実した長い1年間を過ごすことができるのではないでしょうか?
中3の時に見つけたワクワクが今現在のわたしを作る要素となったように、今わたしが見つけた何かが、未来のわたしを輝かせるものになるはずです。
今回でこの連載「本と、紅茶と、あの頃と。」は最終回です。
合計10回ものお話を書かせていただきましたが、毎回この素敵な「はちみつバード」という場から浮いていないか、世界観を壊していないか、ドキドキしていました。
その一方で次は何の作品で書こうか、どんな過去を暴露しようか(?)、ワクワクしていたのも事実です。
このドキドキワクワクは、間違いなく未来のわたしにたくさんのギフトを残してくれていると思います。
こんなお洒落で刺激的なWEBマガジンという場を提供してくださった編集長の夏色インコさま、普段の生活で接することのないほどスタイリッシュで素敵なほかのライターのみなさま、暖かいご声援をくださった読者のみなさま、本当にありがとうございました。
感謝してもしきれません。
この連載は終わりますが、これからも日々の些細な出来事をひとつひとつ丁寧に味わって、隠されたエッセンスを見つけ出していきたいです。
きっと「はちみつバード」なみなさまは、日常的にそんな暮らしを楽しんでいる方々ばかりだと思います。
1年を長く長く感じるほどに、濃密で充実した毎日を重ねていきましょう♪
…そこに本と紅茶があれば、もう最高です!
「っポイ!」やまざき貴子 著
白泉社 花とゆめCOMICS
(1991〜2010)
text & photo
紅茶コーディネーター、紅茶学習指導員。
普段は某大学で図書館司書(パート)の仕事をしています。
学生の頃の夢は「良妻賢母な司書の小説家」…とりあえず 「妻」と「司書」にはなれました。
書くことが好きで、書き出すと止まらなくなります。