ねこみみプリンセス 06 ギョウザはー、危険な調理法ー。
マーガライトの家での生活が始まった。
「姫、それでは弟子になるにあたって、いろいろなことをやってもらいます」
「はいー」
カレにゃんより呼びやすいようで、マーガライトはすぐにカレニーナを姫と呼ぶようになった。別に何と呼ばれても気にしない姫。
「では、山からたけのこを採ってらっしゃい」
「たけのこー?」
「大丈夫。うちの使役妖精がやり方を教えてくれます」
「安心しいや」
見ると、ペンギンが麦藁帽子をかぶっている。
「ほれ、怪我するから、軍手はき」
「はいー」
差し出される軍手を素直に装着する姫。
「クワの扱いには気をつけるんやで」
「はいー」
ガサガサと山に入っていく一行。じゃぱんは、何でオレたちはここでタケノコ狩り……? という気持ちを、必死で抑えた。今は考えてもしょうがない気がした。何故か。
たどり着いた竹林には、青い竹の下、太いタケノコがもこもこ生えていた。
「わあ~、じゃぱん。タケノコが、もっこりですよ~」
「お前な……、その言い方やめとけ……」
「むー?」
ペタペタと、ペンギンはタケノコへ向かって進む。
「ほれー、タケノコには腹と背があるんや。より倒れているほうが腹やで」
「ほほーう」
確かに、タケノコは天ついて生えているわけではなく、少し角度を持って生えている。
「周りを少し、こやって広めに彫ってな」
さくさく土を掘り進めるペンギン。考えれば異様な光景。
「で、角度のついた、この腹のほうからタケノコに、サクッとクワを入れるんや」
ペンギンがクワを入れると、ころっとタケノコは転がった。
「わあすごいー、ペンギンさんは、タケノコ名人ですねー」
「何いうとる。次は、姫が名人になるんやで」
「わああ~、ほんとうですか~?」
和気あいあいとする一人と一匹。掘った穴は、必ず埋めるんやでー、とか聞こえてくる。
あううう、オレはこんな所で何を……と、頭をかかえるじゃぱん。
こういう感じは初めてではない。何か、何か得体の知れない不安がある。
それがとうとう爆発したのは、三ヶ月後のことだった。
「……いい加減にしろ! マーガライト」
「なんです? じゃぱん。疳の虫でも湧きましたか?」
マーガライトはレモングラスのハーブティーを飲みながら、ソファの上でだらだらしていた。
「お前な、魔法を教えるとか言って、この三ヶ月間、姫に教えたのはタケノコの掘り方だの、じゃがいもの植え方だの、えだまめの植え方だの、農業関係ばっかじゃねえかー!」
じゃぱんの言葉に、考え込むマーガライト。
「……そうですね。じゃぱんの言うことももっとも……。では、何を教えればよろしいのですか?」
ちょっと挑戦的な言い方に、じゃぱんはますます熱くなった。
「せっかくお前のところに修行しに来たんだ! 農業関係以外に、お前しか教えることができないことが、あるだろうー!」
「……ふむ。わかりました。姫、姫ー」
すととととと、と、姫は向こうの部屋からやってきた。
「なんですかー? マーガりん」
「あなたも、そろそろ次のステップに進んでもいい頃です。こちらへいらっしゃい」
「はいー」
いつもと違う展開に、緊張するじゃぱん。二人が立ち止まったのは、台所の前だった。
「……これは、とても危ないことです。十分に注意するのを、忘れないようにね」
「はいー」
「……では」
マーガライトは何もした様子もないのに、ボッとコンロに火が付いた。息を呑むじゃぱんと姫。
コトン。
その上には。
フライパンが置かれた。
「……ではこれから、私秘伝の、ギョウザの焼き方を伝授」
「しなくてええわー!」
絶叫するじゃぱん。
「おお、ペンギンがうつりましたね」
「ごまかすなー!」
「じゃぱんー、ギョウザきらいー?」
「お前もトンチンカンぬかすなー! 兄王たちを助ける話はどうなったんだ!」
ふう、とため息をつくマーガライト。
「ごまかせなかったか……」
「ごまかせるつもりだったんかい!」
「仕方ありませんね……、できればこれは、言いたくなかったのですが……」
しん、と静まり返る空気。
マーガライトは、微笑みながら言った。
「わたし、魔法の教え方なんて、さっぱりわからないんですわ。ふふふ」
衝撃の告白。
口をぱくつかせる、じゃぱん。ごぐ、と喉を整えて、絶叫した。
「ふふふじゃねえー! お前、魔法使いだろうが!」
「いや、私天才肌だから、気が付けば何でも出来るようになってたので、教え方なんてわからなくて。何とかならないか考えているうちに、三ヶ月経っちゃって……」
ふううう。と息をつくマーガライト。わなわなと震えるじゃぱんに対して、姫は焼いていない生ギョウザに気をとられている。
「だからね姫、考えたんだけど、ここを出て、魔法学校へいきなさい」
「ギョウザ……」
「うん、ギョウザは焼いてあげるから。それを食べたら魔法学校へ行こうね」
「学校ですかー? それは、ヘマをすると、クビになるところですかー?」
「うーん、近いけど……。まあ、がんばってね」
「がんばるー」
「あああああ……。三年しか期限がないってのに、三ヶ月もムダに……」
じゃぱんの苦悩をよそに、姫はいろいろ違うことを心配していた。
「マーガりん、スイカ……」
「うーん、早く卒業できれば、スイカが生る前に、帰ってこれるかもしれませんね」
「ふざけるなー! 魔法学校は二年教育じゃねえか! しかもこいつはなー、他のヤツよりずっと、バカなんだぞー!」
哀しい事実を吐露するじゃぱん。かまわずマーガライトは、姫の頭をくりくり撫でる。
「大丈夫大丈夫。姫はがんばるもんねー」
「がんばるー」
「がああー! 根拠が限りなく無いー!」
ペタペタと、ペンギンが近づいてきた。風呂桶持って。
「ほれ、どこか新しいところへ行く前には、風呂に入るのが、エチケットってもんやでー。沸かしたから、はよ入りやー」
「ありがとうございますー」
ポン、と肩をたたくペンギン。
「……忘れるなよ、タケノコは腹からやで」
「はいー」
んなこと忘れてもええわー! という絶叫も森に吸い込まれた。
あれよあれよという間に準備がなされ、夕方には出発する羽目になってしまった。
準備が順調なほど、不安は広がる。
「うう……、限りなく心配だ……」
「じゃぱん、髪の毛ちゃんと拭いてないよー」
「……お前にはストレスというものが無いのか……?」
トテトテトテ。
ペンギンが荷物をじゃぱんに渡した。力なく、異次元にしまいこむじゃぱん。
「ほれ、行くでー」
言うがはやいか。
ペンギンは100倍に膨れ上がった。ぼばふーん!
「ぬなななななな!」
「ほれ、乗りなはれー」
ペンギン100倍の存在感は、なかなかすごい。気球ぐらいはありそうだ。
「ペンギンさん、すうごいいいー!」
「まあな」
褒め言葉も気にせず、ペンギンは出発をうながす。
「マーガりんー、ありがとうございましたー」
「学校が終われば、また戻ってらっしゃい。スイカは腐るまで取っておいてあげるからー。あれは姫のスイカだからー」
「食べちゃだめー」
「はいはい。頑張ってらっしゃいー」
「いくでー」
ふわわわわーん。
でっかく膨らんだペンギンは、どこか知らないほど遠くへ、姫とじゃぱんを運んでいく。
いつしか夕焼けと森の間に、ペンギンは入っていった。
橙色に染まる光景。
周りを枯れた森に包まれた、不思議な建物。
それが、チャレルネカトネ魔法学校の、校舎だった。
ペンギンは、徐々にしぼんでいき、少しずつグラウンドに落ちていった。
周りの生徒が異変に逃げだす中、一人の男が、ペンギンに近づいてきた。教師なのだろうか、ぴしりとした濃い紺色のスーツを着ている。
ペンギンから降りてきた、ねこみみと妖精に向かって、男はこういった。
「ようこそ、プリンセス・カレニーナ。入学を許可しますよ」
「どうもありがとうー」
「部屋は292941。必要なものは全て、そこに置いてあります」
男は、それだけ言うと、くるりと背を向けた。
「……?」
「肉肉しい、と覚えなさい」
背中で答える男。
「ほほうー。あたまいい……。じゃぱんー、先生って、さすがだねー」
次の瞬間、嘲笑が流れてきた。
「クスクス……、ばかみたい。あれだけの数字も、覚えられないなんて」
どこかから流れてきた声は、また風に流された。
周りの生徒の、誰のものかもわからない。
「……おい行こうぜ、ねこみみ」
「うんー」
不愉快な気持ちで、じゃぱんは姫より先に進んだ。
部屋は個室だった。制服が姫とじゃぱんの分両方置いてあり、食事もすでに置いてあった。
時間割を見ると、魔法基礎2、応用錬金術、魔法結晶分解の限界について、など、姫には到底理解できないようなものばかりだ。
「おい……、帰ったほうが良くないか?」
「むー? 大丈夫、がんばるー」
「……」
今まで不安の多い人生だったが、今回の不安はこれまでの比ではない……。『やさしくまなべるきほんのまほう』ぐらいのレベルで行ってくれないと、このネコミミは理解不能だ……。
そして、不安はかなりの確率で当たるのも恐ろしい事実。
ごはんを食べてパジャマに着替え、歯は磨いたが口元にごはんつぶつけて眠りこけている姫は、これからどうなるのだろうか。
「そして、オレはどうなるんだ……」
それを考えると、もっと暗くなるのじゃぱん。
もしかしたら、あのマーガライトの家にいたほうが、幸せだったのかもしれない。後ろを振り返るたびに哀しくなるような運命に、じゃぱんはますます沈み込むのだった……。
ぶっちゃけ言えば、やっぱり予感は的中した。
ネコミミは授業中、魔法をかけられたように寝た。
気絶。気絶に近い。
昼に寝るので、夜に起きるようになってしまった。
予習しようにも、教科書の内容がわからないし、じゃぱんも教えることができないほど、難解だった。
週に二回はあるテストも、問題文の意味すらわからないという始末だ。
また、時々聞こえるクスクス、という笑い声も気にさわった。それもどうやら数人の声らしいので、特定もできない。
姫はがんばるつもりはあるのだが、なにしろとっかかりが何もない。
それに、じゃぱんには一つの疑念があった。
こんなことで、魔法を使えるようになるのだろうか……? というものである。
理論だけで魔法が使えるなら、誰も苦労はしない。時間割のどこを探しても、実践的な授業は見当たらなかった。
二年目にならないと、教えてもらえないのだろうか……。それまで、姫が持つかどうか。
ぐったりと、ベッドに横たわるネコミミ姫は、さすがに疲れ果てていた。姫が生まれてこのかた、じゃぱんはそんな状態を見たことがなかった。痛々しいこと、この上ない。
「……ねー……、じゃぱーん……」
くったりと、力ない声で呼ぶ姫。
「ん、なんだ?」
姫は、ちょっと笑った。
「……あの、スイカ……、もう生ったかなー……」
その言葉に、じゃぱんは、胸がいたくなった。あれから、もう二ヶ月近くにもなる。この痛みが自分の痛みなのか、姫の痛みなのか、もうわからない。
ただそう言って、かくり、と首を落とす姫。
まずい。
じゃぱんはそう思った。このままでは、どう考えてもまずい。なんとかしなければ……。
「……待ってろ」
「どこいくのー……?」
「図書館だ。もしかしたら、ものすっごく簡単な教科書の一冊でも、あるかもしれない」
「いっしょに、いくー」
「だめだ、休んでろ」
「むー……」
「いいな」
じゃぱんは、図書室に飛んでいった。あそこは、夜も閉鎖されていないはずだ。
鍵は開いていた。
しかし、真っ暗で、灯がどこにもついていなかった。これでは探すことができない。
「……くそ、灯は持ってないし、昼に出直すしかないのか。だが、ずっと授業が入っているし……」
遠くで、ふわわ、と光が動いた気がした。
誰かがいるのだ。
ガ、カタタン。
誰かが、椅子に座る音もした。じゃぱんはフワフワと、そちらの方に近づいた。
たった一本のろうそく。
それを傍らに置き、その人物は、本を読むわけでもなく、ただ座り込んでいた。
よく見ると、その人物は、純粋魔法系統学の教授だ。
様子を見ても、ただ、座っているだけだ。じゃぱんは、意を決してたずねた。
「……あんた、ここで、何をしてるんだ……?」
声は、すぐに答えた。
「授業」
抑揚のない声に、じゃぱんは薄気味悪くなった。
「……授業って、誰も、いないじゃないか。時間割にも……」
「時間割に無い授業が、授業ではないともいえまい? 第一、時間割の授業を受けなければ卒業できないわけでもない」
……。
ワンモアプリーズ。
「……いま、サラッと、恐ろしい言葉を言わなかったか?」
「時間割の授業を受けなければ、卒業できないわけでもない。誰かが、そう言ったか? 別に出席をつけているわけでも、単位を計算しているわけでもない。ただ、卒業試験に合格することだけが、卒業条件だ」
……。
「じゃあ、あの時間割はなんだんだ!」
「学校には、時間割は必要なのだよ。そうだろう。時間割のない学校など無い」
「……」
落ち着いて考えよう。
「卒業試験は?」
「基礎魔法の習得。十二の魔法を、使用できるようになることだ」
「今……、授業を、しているんだよな? 教科は?」
「何もない」
「……魔法を、教えてくれるのか? 理論じゃない。使い方、をだ」
じゃぱんが、身をのりだしたその時。
ゴガシャーン。
「じゃぱんー、どこー、こわいようー」
核心に入ろうとしたのに、水を差されてしまった。
「ああ、やっぱり来たか、あのネコミミ……」
「じゃぱんー、じゃぱんー」
「待ってろ! 今行くから!」
「わあんー!」
どうやら、どこかで泣いてしまったらしい。
泣き声は大きかったので、姫はすぐ見つかった。真っ暗な中うずくまり、涙を拭いている。耳がどことなくねている。
「ホラ、あっちに灯があるから、立て。部屋に戻るか?」
「わあんー、わあんー、わあんー!」
ぼろぼろと泣き喚く姫。めったに泣かない姫なのに、もう手がつけられない。残念だが、一度、部屋に帰ったほうが良さそうだ。
「……悲鳴を上げるのは、満たされないからだ。欲望が、知識が、魂が」
灯が近づいてきた。さっきの教授だ。
「何を探している?」
灯を持ったままかがんで、教授は姫に話しかけた。
「……でぐちがー、みつからないのー……」
姫は、しゃくりあげながらも答える。
「ずっとずっと、みつからなくて、へとへとなの……」
新たな涙もこぼれていく。
今の状況が、よっぽど辛いのだろう。姫はぐしゃぐしゃになって、袖で顔を拭いていた。
「抽象的な姫だな。では出口の外には、何がある?」
「ひかり……」
「光の先には?」
「せかい」
「誰に教わった?」
「おかあさま……」
「……そうか」
教授は、灯を床に置いた。
「光のあるところが、出口だ。そして光は、闇の中にある。つまりここだ」
「……」
「何かを探すときは、反対のものから探すといい。いつもだ」
姫の瞳から、ぽとぽと、と涙がまた、零れ落ちた。首を振り、それを振り落としてから、姫は言った。
「魔法を教えてくださいー……」
教授は、少し笑った気がした。大きな手で、姫の髪をなでた。
「いいとも」