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ねこだれる

ねこみみプリンセス 06 ギョウザはー、危険な調理法ー。

2017.05.21 06:17

 マーガライトの家での生活が始まった。

「姫、それでは弟子になるにあたって、いろいろなことをやってもらいます」

「はいー」

 カレにゃんより呼びやすいようで、マーガライトはすぐにカレニーナを姫と呼ぶようになった。別に何と呼ばれても気にしない姫。

「では、山からたけのこを採ってらっしゃい」

「たけのこー?」

「大丈夫。うちの使役妖精がやり方を教えてくれます」

「安心しいや」

 見ると、ペンギンが麦藁帽子をかぶっている。

「ほれ、怪我するから、軍手はき」

「はいー」

 差し出される軍手を素直に装着する姫。

「クワの扱いには気をつけるんやで」

「はいー」

 ガサガサと山に入っていく一行。じゃぱんは、何でオレたちはここでタケノコ狩り……? という気持ちを、必死で抑えた。今は考えてもしょうがない気がした。何故か。

 たどり着いた竹林には、青い竹の下、太いタケノコがもこもこ生えていた。

「わあ~、じゃぱん。タケノコが、もっこりですよ~」

「お前な……、その言い方やめとけ……」

「むー?」

 ペタペタと、ペンギンはタケノコへ向かって進む。

「ほれー、タケノコには腹と背があるんや。より倒れているほうが腹やで」

「ほほーう」

 確かに、タケノコは天ついて生えているわけではなく、少し角度を持って生えている。

「周りを少し、こやって広めに彫ってな」

 さくさく土を掘り進めるペンギン。考えれば異様な光景。

「で、角度のついた、この腹のほうからタケノコに、サクッとクワを入れるんや」

 ペンギンがクワを入れると、ころっとタケノコは転がった。

「わあすごいー、ペンギンさんは、タケノコ名人ですねー」

「何いうとる。次は、姫が名人になるんやで」

「わああ~、ほんとうですか~?」

 和気あいあいとする一人と一匹。掘った穴は、必ず埋めるんやでー、とか聞こえてくる。

 あううう、オレはこんな所で何を……と、頭をかかえるじゃぱん。

 こういう感じは初めてではない。何か、何か得体の知れない不安がある。

 それがとうとう爆発したのは、三ヶ月後のことだった。

「……いい加減にしろ! マーガライト」

「なんです? じゃぱん。疳の虫でも湧きましたか?」

 マーガライトはレモングラスのハーブティーを飲みながら、ソファの上でだらだらしていた。

「お前な、魔法を教えるとか言って、この三ヶ月間、姫に教えたのはタケノコの掘り方だの、じゃがいもの植え方だの、えだまめの植え方だの、農業関係ばっかじゃねえかー!」

 じゃぱんの言葉に、考え込むマーガライト。

「……そうですね。じゃぱんの言うことももっとも……。では、何を教えればよろしいのですか?」

 ちょっと挑戦的な言い方に、じゃぱんはますます熱くなった。

「せっかくお前のところに修行しに来たんだ! 農業関係以外に、お前しか教えることができないことが、あるだろうー!」

「……ふむ。わかりました。姫、姫ー」

 すととととと、と、姫は向こうの部屋からやってきた。

「なんですかー? マーガりん」

「あなたも、そろそろ次のステップに進んでもいい頃です。こちらへいらっしゃい」

「はいー」

 いつもと違う展開に、緊張するじゃぱん。二人が立ち止まったのは、台所の前だった。

「……これは、とても危ないことです。十分に注意するのを、忘れないようにね」

「はいー」

「……では」

 マーガライトは何もした様子もないのに、ボッとコンロに火が付いた。息を呑むじゃぱんと姫。

 コトン。

 その上には。

 フライパンが置かれた。

「……ではこれから、私秘伝の、ギョウザの焼き方を伝授」

「しなくてええわー!」

 絶叫するじゃぱん。

「おお、ペンギンがうつりましたね」

「ごまかすなー!」

「じゃぱんー、ギョウザきらいー?」

「お前もトンチンカンぬかすなー! 兄王たちを助ける話はどうなったんだ!」

 ふう、とため息をつくマーガライト。

「ごまかせなかったか……」

「ごまかせるつもりだったんかい!」

「仕方ありませんね……、できればこれは、言いたくなかったのですが……」

 しん、と静まり返る空気。

 マーガライトは、微笑みながら言った。

「わたし、魔法の教え方なんて、さっぱりわからないんですわ。ふふふ」

 衝撃の告白。

 口をぱくつかせる、じゃぱん。ごぐ、と喉を整えて、絶叫した。

「ふふふじゃねえー! お前、魔法使いだろうが!」

「いや、私天才肌だから、気が付けば何でも出来るようになってたので、教え方なんてわからなくて。何とかならないか考えているうちに、三ヶ月経っちゃって……」

 ふううう。と息をつくマーガライト。わなわなと震えるじゃぱんに対して、姫は焼いていない生ギョウザに気をとられている。

「だからね姫、考えたんだけど、ここを出て、魔法学校へいきなさい」

「ギョウザ……」

「うん、ギョウザは焼いてあげるから。それを食べたら魔法学校へ行こうね」

「学校ですかー? それは、ヘマをすると、クビになるところですかー?」

「うーん、近いけど……。まあ、がんばってね」

「がんばるー」

「あああああ……。三年しか期限がないってのに、三ヶ月もムダに……」

 じゃぱんの苦悩をよそに、姫はいろいろ違うことを心配していた。

「マーガりん、スイカ……」

「うーん、早く卒業できれば、スイカが生る前に、帰ってこれるかもしれませんね」

「ふざけるなー! 魔法学校は二年教育じゃねえか! しかもこいつはなー、他のヤツよりずっと、バカなんだぞー!」

 哀しい事実を吐露するじゃぱん。かまわずマーガライトは、姫の頭をくりくり撫でる。

「大丈夫大丈夫。姫はがんばるもんねー」

「がんばるー」

「がああー! 根拠が限りなく無いー!」

 ペタペタと、ペンギンが近づいてきた。風呂桶持って。

「ほれ、どこか新しいところへ行く前には、風呂に入るのが、エチケットってもんやでー。沸かしたから、はよ入りやー」

「ありがとうございますー」

 ポン、と肩をたたくペンギン。

「……忘れるなよ、タケノコは腹からやで」

「はいー」

 んなこと忘れてもええわー! という絶叫も森に吸い込まれた。

 あれよあれよという間に準備がなされ、夕方には出発する羽目になってしまった。

 準備が順調なほど、不安は広がる。

「うう……、限りなく心配だ……」

「じゃぱん、髪の毛ちゃんと拭いてないよー」

「……お前にはストレスというものが無いのか……?」

 トテトテトテ。

 ペンギンが荷物をじゃぱんに渡した。力なく、異次元にしまいこむじゃぱん。

「ほれ、行くでー」

 言うがはやいか。

 ペンギンは100倍に膨れ上がった。ぼばふーん!

「ぬなななななな!」

「ほれ、乗りなはれー」

 ペンギン100倍の存在感は、なかなかすごい。気球ぐらいはありそうだ。

「ペンギンさん、すうごいいいー!」

「まあな」

 褒め言葉も気にせず、ペンギンは出発をうながす。

「マーガりんー、ありがとうございましたー」

「学校が終われば、また戻ってらっしゃい。スイカは腐るまで取っておいてあげるからー。あれは姫のスイカだからー」

「食べちゃだめー」

「はいはい。頑張ってらっしゃいー」

「いくでー」

 ふわわわわーん。

 でっかく膨らんだペンギンは、どこか知らないほど遠くへ、姫とじゃぱんを運んでいく。

 いつしか夕焼けと森の間に、ペンギンは入っていった。

 橙色に染まる光景。

 周りを枯れた森に包まれた、不思議な建物。

 それが、チャレルネカトネ魔法学校の、校舎だった。

 ペンギンは、徐々にしぼんでいき、少しずつグラウンドに落ちていった。

 周りの生徒が異変に逃げだす中、一人の男が、ペンギンに近づいてきた。教師なのだろうか、ぴしりとした濃い紺色のスーツを着ている。

 ペンギンから降りてきた、ねこみみと妖精に向かって、男はこういった。

「ようこそ、プリンセス・カレニーナ。入学を許可しますよ」

「どうもありがとうー」

「部屋は292941。必要なものは全て、そこに置いてあります」

 男は、それだけ言うと、くるりと背を向けた。

「……?」

「肉肉しい、と覚えなさい」

 背中で答える男。

「ほほうー。あたまいい……。じゃぱんー、先生って、さすがだねー」

 次の瞬間、嘲笑が流れてきた。

「クスクス……、ばかみたい。あれだけの数字も、覚えられないなんて」

 どこかから流れてきた声は、また風に流された。

 周りの生徒の、誰のものかもわからない。

「……おい行こうぜ、ねこみみ」

「うんー」

 不愉快な気持ちで、じゃぱんは姫より先に進んだ。

 部屋は個室だった。制服が姫とじゃぱんの分両方置いてあり、食事もすでに置いてあった。

 時間割を見ると、魔法基礎2、応用錬金術、魔法結晶分解の限界について、など、姫には到底理解できないようなものばかりだ。

「おい……、帰ったほうが良くないか?」

「むー? 大丈夫、がんばるー」

「……」

 今まで不安の多い人生だったが、今回の不安はこれまでの比ではない……。『やさしくまなべるきほんのまほう』ぐらいのレベルで行ってくれないと、このネコミミは理解不能だ……。

 そして、不安はかなりの確率で当たるのも恐ろしい事実。

 ごはんを食べてパジャマに着替え、歯は磨いたが口元にごはんつぶつけて眠りこけている姫は、これからどうなるのだろうか。

「そして、オレはどうなるんだ……」

 それを考えると、もっと暗くなるのじゃぱん。

 もしかしたら、あのマーガライトの家にいたほうが、幸せだったのかもしれない。後ろを振り返るたびに哀しくなるような運命に、じゃぱんはますます沈み込むのだった……。

 ぶっちゃけ言えば、やっぱり予感は的中した。

 ネコミミは授業中、魔法をかけられたように寝た。

 気絶。気絶に近い。

 昼に寝るので、夜に起きるようになってしまった。

 予習しようにも、教科書の内容がわからないし、じゃぱんも教えることができないほど、難解だった。

 週に二回はあるテストも、問題文の意味すらわからないという始末だ。

 また、時々聞こえるクスクス、という笑い声も気にさわった。それもどうやら数人の声らしいので、特定もできない。

 姫はがんばるつもりはあるのだが、なにしろとっかかりが何もない。

 それに、じゃぱんには一つの疑念があった。

 こんなことで、魔法を使えるようになるのだろうか……? というものである。

 理論だけで魔法が使えるなら、誰も苦労はしない。時間割のどこを探しても、実践的な授業は見当たらなかった。

 二年目にならないと、教えてもらえないのだろうか……。それまで、姫が持つかどうか。

 ぐったりと、ベッドに横たわるネコミミ姫は、さすがに疲れ果てていた。姫が生まれてこのかた、じゃぱんはそんな状態を見たことがなかった。痛々しいこと、この上ない。

「……ねー……、じゃぱーん……」

 くったりと、力ない声で呼ぶ姫。

「ん、なんだ?」

 姫は、ちょっと笑った。

「……あの、スイカ……、もう生ったかなー……」

 その言葉に、じゃぱんは、胸がいたくなった。あれから、もう二ヶ月近くにもなる。この痛みが自分の痛みなのか、姫の痛みなのか、もうわからない。

 ただそう言って、かくり、と首を落とす姫。

 まずい。

 じゃぱんはそう思った。このままでは、どう考えてもまずい。なんとかしなければ……。

「……待ってろ」

「どこいくのー……?」

「図書館だ。もしかしたら、ものすっごく簡単な教科書の一冊でも、あるかもしれない」

「いっしょに、いくー」

「だめだ、休んでろ」

「むー……」

「いいな」

 じゃぱんは、図書室に飛んでいった。あそこは、夜も閉鎖されていないはずだ。

 鍵は開いていた。

 しかし、真っ暗で、灯がどこにもついていなかった。これでは探すことができない。

「……くそ、灯は持ってないし、昼に出直すしかないのか。だが、ずっと授業が入っているし……」

 遠くで、ふわわ、と光が動いた気がした。

 誰かがいるのだ。

 ガ、カタタン。

 誰かが、椅子に座る音もした。じゃぱんはフワフワと、そちらの方に近づいた。

 たった一本のろうそく。

 それを傍らに置き、その人物は、本を読むわけでもなく、ただ座り込んでいた。

 よく見ると、その人物は、純粋魔法系統学の教授だ。

 様子を見ても、ただ、座っているだけだ。じゃぱんは、意を決してたずねた。

「……あんた、ここで、何をしてるんだ……?」

 声は、すぐに答えた。

「授業」

 抑揚のない声に、じゃぱんは薄気味悪くなった。

「……授業って、誰も、いないじゃないか。時間割にも……」

「時間割に無い授業が、授業ではないともいえまい? 第一、時間割の授業を受けなければ卒業できないわけでもない」

 ……。

 ワンモアプリーズ。

「……いま、サラッと、恐ろしい言葉を言わなかったか?」

「時間割の授業を受けなければ、卒業できないわけでもない。誰かが、そう言ったか? 別に出席をつけているわけでも、単位を計算しているわけでもない。ただ、卒業試験に合格することだけが、卒業条件だ」

 ……。

「じゃあ、あの時間割はなんだんだ!」

「学校には、時間割は必要なのだよ。そうだろう。時間割のない学校など無い」

「……」

 落ち着いて考えよう。

「卒業試験は?」

「基礎魔法の習得。十二の魔法を、使用できるようになることだ」

「今……、授業を、しているんだよな? 教科は?」

「何もない」

「……魔法を、教えてくれるのか? 理論じゃない。使い方、をだ」

 じゃぱんが、身をのりだしたその時。

 ゴガシャーン。

「じゃぱんー、どこー、こわいようー」

 核心に入ろうとしたのに、水を差されてしまった。

「ああ、やっぱり来たか、あのネコミミ……」

「じゃぱんー、じゃぱんー」

「待ってろ! 今行くから!」

「わあんー!」

 どうやら、どこかで泣いてしまったらしい。

 泣き声は大きかったので、姫はすぐ見つかった。真っ暗な中うずくまり、涙を拭いている。耳がどことなくねている。

「ホラ、あっちに灯があるから、立て。部屋に戻るか?」

「わあんー、わあんー、わあんー!」

 ぼろぼろと泣き喚く姫。めったに泣かない姫なのに、もう手がつけられない。残念だが、一度、部屋に帰ったほうが良さそうだ。

「……悲鳴を上げるのは、満たされないからだ。欲望が、知識が、魂が」

 灯が近づいてきた。さっきの教授だ。

「何を探している?」

 灯を持ったままかがんで、教授は姫に話しかけた。

「……でぐちがー、みつからないのー……」

 姫は、しゃくりあげながらも答える。

「ずっとずっと、みつからなくて、へとへとなの……」

 新たな涙もこぼれていく。

 今の状況が、よっぽど辛いのだろう。姫はぐしゃぐしゃになって、袖で顔を拭いていた。

「抽象的な姫だな。では出口の外には、何がある?」

「ひかり……」

「光の先には?」

「せかい」

「誰に教わった?」

「おかあさま……」

「……そうか」

 教授は、灯を床に置いた。

「光のあるところが、出口だ。そして光は、闇の中にある。つまりここだ」

「……」

「何かを探すときは、反対のものから探すといい。いつもだ」

 姫の瞳から、ぽとぽと、と涙がまた、零れ落ちた。首を振り、それを振り落としてから、姫は言った。

「魔法を教えてくださいー……」

 教授は、少し笑った気がした。大きな手で、姫の髪をなでた。

「いいとも」