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ねこだれる

ねこみみプリンセス 07 とりあえず、にゃふーん。

2017.05.21 06:18

 魔法の勉強は、次の日から始まった。

 深夜、場所は灯のない図書室だ。何時に始まるのか、正確にはわからなかったので、姫とじゃぱんは、早めに来て待っていた。

 静かに香る、本の香り。

 やがて足音が響き、遠くから灯りが近づいてきた。

 教授か、と思ったが、女性のようだ。

 薄暗くてよくはわからないが、背の高い女性は陽に焼け、ガッチリした身体をしている。

 戦士かもしれないな、とじゃぱんは思った。女性は、快活に声をかけてきた。

「こんばんはお嬢さん。マチルダよ。宜しく」

「カレニーナですー。こちらはじゃぱんー」

 ぽわわんと挨拶する姫。

「ジャック・パンサーだ! またオレの本名忘れてんのか!」

 二人の様子に、マチルダは快活に笑う。

「あははは、仲良しなのねえ。使役妖精を持っているなんて、お嬢様なのかしら? とにかく宜しく」

 どしっ、と隣の席に座るマチルダ。

「マチルダさんも、魔法を習いにきたのですかー?」

「そうよ。でも、少しはもう使えるの。ずっと戦場にいたから、魔法環境が整っていたのね」

「まほーかんきょー?」

「戦場? どこの出身なんだ? 最近、この辺では戦はないだろう?」

 全然違う質問をする二人。マチルダはじゃぱんの方に答えた。

「出身はここよ。でも私は傭兵だから、戦場を求めて移動するの。今回は里帰りもかねてここに来たのよ」

 そこへ、灯りが近づいてきた。教授が来たようだ。お喋りをやめて、生徒達は居ずまいを正す。

 教授は向かい側に座ると、感慨深げに声を出した。

「生徒がいるのは、久しぶりですね。では、授業を開始しましょう」

 時間割の授業とは違い、教科書もノートもないようだった。静かに、ろうそくの灯りが揺らめく中、授業は始まった。

「……では、魔法について話そう。その前に、エレメンタルについて話そうか。知ってるね? 一般的には人が持つ嗜好や、惹かれる性質のことなどをさす。姫のエレメンタルは? 好きなことや、ものは?」

 姫は、ほんわり答えた。

「おそらー。ボーっとみてるとねー、ぷかぷか飛べる気がするんだよー」

 ……。

 しばし、静まり返る図書室。姫、はまりすぎである。

「……私は金ね。宝石が好きなの」

 空気を戻すように、マチルダが答える。

「じゃぱんは水だよねー」

「ああ。まあ、妖精は存在がほとんどエレメンタルみたいなもんだからな。わざわざ聞くことでもない」

 ふむ、と一息つく教授。

「魔法とエレメンタルは、関係が深い。人は無意識に、自分の属するものに惹かれることが多いからね」

 深くフードをかぶった教師は、懐から何かのカードを出した。一枚一枚、広げていく。それぞれには、エレメンタルを表した絵が描かれている。十二枚のカードが、机の上に広がった。

「この世界は、主に基本の七つの要素(エレメンタル)から出来ていると言われている。金、風、火、水、天(空)、地、木だ。それに人、霊、宙、神をあわせて十二のエレメンタルがあると言われているが、あくまでも大まかな分類にすぎない。エレメンタルはこれらに留まらず、様々なものがある。区別は、便宜上のものにすぎないと思ってくれ」

 姫は空の絵を見た。そこには、ただ青い空と白い雲だけではなく、黒雲、雷、雨、風など、空に関するさまざまな事象が描かれている。

 教授は続ける。

「また、エレメンタルは独立しているが、それぞれ『類するもの』や、『相反するもの』がある。それは『エレメンタルの相環』ともいうな。他にも、性質としては結晶化などがあるが、これはまたにしよう。なにより重要なことは、エレメンタルには、強い弱いがあることだ。これは、『エレメンタルの活性力』と呼ばれる。これは主に精神に左右され、気性が激しい者のほうが、魔法力は強い」

 難しい話になってきた。すでに姫の瞼が落ちそうだ。

 姫はぎゅっと、目をつぶって、耐える。そして思い切ったように、質問した。

「しつもんー、いいですかー」

「どうぞ」

「じゃあー、ものすごく怒るひととー、いつも眠そうなひとはー、どっちが強いー?」

 質問の仕方はボンヤリだが、教授は気にせず答えた。

「怒る人が強い。感情が高ぶると、魔法力も上がるんだ。しかし、そういう人は、すぐに死ぬ危険性もあるね」

「どうしてー?」

「感情が制御できないまま異界と通じると、自分の魂を維持できなくなって、魔法力の源である異界に吸い込まれてしまうんだよ。魂だけ、あるいは魂も身体もね」

「むー。じゃあー、いつも眠いほうがいいのー?」

「それじゃあ、いつまでも強くはなれない。修行を重ねると、感情をコントロールできるようになるんだ。どこまでも気を荒ぶらせつつも、どこかに冷静な自分がいて、すぐに気持ちを鎮めることができるとか。あるいは静かに、強い感情をたぎらせることができるとか。君の国にいた、カサンドラは後者だね。高温の青い炎を、静かに燃やし続けることの出来る人だ」

「むー、やっぱりカーさんすごいなー」

 その言葉に、教師はニコリと笑うと、カードを片付けた。

「ではこのへんでエレメンタルはひとまず置いて、魔法の話をしようか。魔法とは、異界にあるという、『魔法力の源』を奪い、行使するものなんだ」

「うばうー?」

「そう。多く奪えるものが、強い魔法を使える。使う流れとしては、『始動キー』を使って一瞬だけ扉を開け、『呪文』でエレメンタルを操作し、『エレメンタルの活性力』を使って奪う」

「とびらって、どこにあるのー?」

「扉は、自分の魂と身体だ。あくまでも抽象的な言い方をすればね。『自分自身』を異界と繋げて、魔法力を奪うんだよ。しかしこれは、あくまでもイメージとして覚えておくといい」

「むー……」

 姫はそろそろ、頭がオーバーヒートしてきているようだ。またふるふると、頭を動かす。

「眠いだろうが、我慢しなさい。こういう話は、『魔法環境』と言ってね。魔法に関する情報を頭に入れることで、自分の魂や身体が、魔法を使えるように近づいていくんだよ」

 姫はもう一度ふるり、と頭を振って、答える。喋ったほうが眠気が去るかもしれない。

「マーガりんは、なんとなく使えるようになったって言ってたよー」

「ああ。マーガライトさんは生まれつき、魔法環境が整っていたらしいから、知識は周りから自然に受けていたのだろう。ある程度『扉』を整えるには、知識がある程度必要なんだ。例外もあるけどね。……おや」

 姫は、またうとうとと、首を動かし始めた。そしてついに、ことり、と机に頭を落とす。

 みんなが見つめる中、姫はそのままゆっくりと、小さな寝息を立て始めた。

「やれやれ。姫は、後で特別授業だな」

 教授は、困ったように姫の寝顔を見つめた。

 マチルダは、不思議そうにつぶやく。

「……カレニーナさんは、姫なのですか? さっきから、姫と」

 教授は、姫を見ながら答える。

「この世でネコミミをはやした人間は、王か女王か、王子か姫しかいないよ。年齢的にも、姫だろう。そうだろう? ジャック・パンサー君」

「ああ。こいつは姫だよ。今はけっこう怪しいが」

 久しぶりにフルネームで呼ばれるじゃぱん。あれ? よく考えたら、教授に名前を教えたことはあっただろうか……?

「ふうん……、大丈夫なのかしら、その国」

 とっくに大丈夫じゃなくなっているので、じゃぱんは大きなため息をついた。

 教授は気をとりなおし、授業を再開する。

「ではマチルダさん、君は魔法戦士らしいが、すでにある程度の魔法は使えるんだろう?」

「あちこちからの聞きかじりで、なんとかね」

「では、基本を飛ばして、君からの疑問に答える形のほうがいいだろう。いいかね?」

 マチルダは座りなおし、にやりと笑った。

「わかったわ。では、質問をするわね。……そうね、まずは直接魔法と関係ないことでも、いいかしら。気になっていたから」

「かまわないよ」

「……では、どうしてこの学校は、普通に魔法を教えないの?」

 それは、じゃぱんも気になっていたことだった。朝から晩まで行われる、『時間割の授業』は、苦痛この上ない。しかも、魔法習得とは関係ないとなれば、無意味きわまりないではないか。

「当然の疑問だ。ではまず言っておくと、どの魔法学校も、この形式だということをことわっておこう。別に、うちだけが特殊なわけではない」

「……安心したわ。学校の選択をまずったかと思ったから」

 こつ、と無意識にか、教授は机を指で叩いた。

「まず、魔法は危険なものだということはわかるね? 下手をすれば、異界に放りだされる。あるいは大爆発を起こしたりして、大災害が起こる」

「ええ」

「魔法学校は、そうした事故を防ぐことを、第一に作られた。あくまでも、魔法習得が目的ではなかったんだ。そうした事故を起こす人間は、まず、先天的に魔法が使える状態で生まれた者。そして、早くから魔法環境が整ってしまい、未熟なままで魔法が使えるようになった者。そして最後に、魔法に対する純粋な探究心が高じて研究を初め、怪しい魔術本を読み漁り、実行に移した者だ。特に最後の者が、後をたたない」

 揺らめく灯り。じゃぱんとマチルダは、納得した。

「……なるほど。魔法に興味のある者は、魔法学校へ行けばなんとかなる、と思い、自分で無茶な研究をしないようになるということね」

「その通り。そのうえ、研究をしたい者には、ここで指導教官をつけて研究をさせることもできる。魔法書も膨大にあるしね」

「でも、あのばかげた時間割は?」

「近年の入学希望者は、魔法学校に来ることがステイタスだとして来る者が一番多い。彼らは魔法を学ぶことよりも、魔法学校を卒業し、簡単な魔法を使って見せびらかすことが重要なんだ。我々も、溜まっていく魔法研究の発表の場が欲しいところでもあって、あの時間割を作り、お互いの需要を満たしているというわけさ」

 フードの奥で、皮肉な笑いが浮かんで消えた。ばかげた学校の内情に、思うところがあるのだろう。

「他に質問は?」

「じゃあ、スッキリしたところで本題に入るわ。私が習得したいのは、無詠唱呪文よ。呪文を呟いていたんじゃ、実践では遅すぎるから」

「始動キーは?」

「……ラウ・ム・マリ・ルー」

 呟いたとたん、マチルダから、力の満ちる感じがした。扉が開いたのだ。

「ありがとう。閉じていいよ」

 フッ、と、炎が消えるように力は消えた。

「始動キーも、呪文も声に出さずに、魔法が使える方法があると聞いたの。だからここへ来た」

 教授は、腕を組んだ。また困った顔をしながら。

「無詠唱呪文は、難しいんだ。あれは、自らのエレメンタル活性力だけで鍵をこじ開け、扉を開き、力を奪うものだ」

「でも、無詠唱呪文を使えることができれば、ずっと魔法を纏わせ続けることも可能なのでしょう? そう聞いたわ」

「ああ。だがそれこそ、かなりのレベルが無いと無理なんだ。ずっと魔法を纏わせるのは、ずっと扉を開けたまま、閉じようとするそれを押さえておくことだ。一定の精神力を無意識のレベルまで保ち、ずっと使い続けるのはとても難しい。修行してレベルを上げ、時期が来れば使うことが出来るようになるものなんだ。それまでは待ったほうがいい」

 要するに、レベルが足りない、というわけらしい。

「……じゃあ、ムダ足だった、ってわけねー。何か手っ取り早い方法があると思ったのに」

 椅子の背もたれに倒れこむマチルダ。残念そうにため息をつく。

「あせることはないさ。魔法は身に付けば、あとは早いしね」

「でも、キャッスルゲートのほうがキナ臭くなったって話でね。そろそろ正式兵の採用がありそうなの。無詠唱が使えるとなると、セールスポイントになると思ったんだけど……。まあ、あせっても仕方ないから地道にやるけど」

「基本的には、魔法に近道は無い。じっくりと探っていったほうがいい。恐ろしいことになりたくなければね」

 その時、ぴくぴく、と姫の耳が動いた。ボーッとした顔で、姫が目覚める。

「むー……」

 その様子を見て、マチルダは面白そうに声をかけた。

「おはよう、姫様。私は帰ることにしたの。短い間だったけど、さよなら」

「むー……、おはよう……、さよならー……?」

 優しくさわさわ、と姫の髪を撫で、マチルダは去っていった。

 わけがわかってない姫に、教授は言った。

「おはよう、姫。……勉強だ」

「うひー……」

「うひーじゃない。さあ、顔を洗っておいで」

 もう逃げることはできない。姫はよれよれと、顔を洗って戻ってきた。

 それから、マンツーマンでこってりと魔法の講義は進んだ。

「では、今日は終わり。……これからは、コーヒーを持って図書館においで」

 朦朧とした空気。姫とじゃぱんが、どのくらい経ったのかわからないほど長い時を感じた後、光の差し始めた部屋で、教授は言ったのだった。

 あっという間に、二週間経った。

「はい、火が弱いのは?」

「みずー」

「空属性のうち、水とつりあった状態にあるものは?」

「くもー」

「雲と金に近いものは?」

「かみなりー」

「エレメンタルの反発力が起こるのは、どんなとき?」

「えう……、あいはんするエレメンタルどうしがせっしょくしたじょうたいで……、そうほうあるいはかたほうから、つよいちからをくわえられたとき……?」

「結晶化は?」

「あいはんするエレメンタルどうしで……、かたほうから、つよいちからをくわえられたとき……」

「……まあ、いいだろう」

 はふー。

 じゃぱんは胸をなでおろした。テストはなんとか合格したようだ。昼を徹して勉強した成果だろう。姫は寝不足で、ちょっとラリっていたが。

「さて」

 教授は切り出す。

「魔法環境は整ったと思うんだが……、開始始動キーは、まだわからないんだろう?」

「いっこうにー」

 ぽやんと答える姫君。

「開始始動キーは人によって違う。それは、自分で見つけるしかない。自転車と同じで、ちょっとしたことで、つかめるんだが」

「どうやってー?」

「そうだな。まずは異界へ行って、だな」

「?? それはどうやるのですかー?」

「それくらいは、自分で考えなさい」

「むー、ごもっともー……」

 しょぼくれる姫。しかし頭は、テスト勉強でメルトダウン寸前である。

「そういえば、手紙が来ていたよ、姫」

 差し出された手紙を、カサ、とじゃぱんが受け取る。こういうのは使役妖精の役目だ。

「……」

「どうしたのーじゃぱん。だれからー?」

「マーガライトからだ。『スイカ食べちゃうよー。もう耐えられない』だそうだ……」

 がば、と姫は立ち上がった。

「姫のスイカー!」

「この陽気じゃ……腐るな」

 ぽつりというじゃぱん。その言葉に、姫のわたわた度は急上昇した。

 くだらないわたわたに向かって、教授は冷静に呟いた。

「そうか。……一度、帰ってあげなさい。あの人も、きっと本当は孤独な人だから」

「こどくー?」

「さみしいんだよ」

「マーガりん……?」

 不思議そうに、姫は教授を見上げる。その顔に、教授はフードの奥から微笑を浮かべた。

「しばらくしたら、また戻っておいで」

 くりくり、と教授は姫の頭をなでた。そして授業は終わり、教授に短い別れを告げて図書館を出た。

 すると姫はふと、外に出たくなった。

「じゃぱんー……、おそと……」

「何だ? 眠気ざましか?」

 二人が共にほの明るいグラウンドへ出ると、そこにペンギンがほとりと、立っていた。

 驚く姫に、ペンギンは、あの口調で、まっすぐに姫に言う。

「勉強しとるかー?」

「しーてーるー」

 姫はそう言って走り出し、ペンギンを抱きつぶした。冷静にペンギンは質問する。

「タケノコは、どっからや?」

「ええとええとー、は、はら!」

「よしよし。頭は無事やな。たまにパーになって帰ってくるやつがおるらしいからな。姫は一歩手前だから心配しとったんや」

「むー。でもあぶなかったよー」

「……迎えにきてよかったな」

 そう言うと、ペンギンは百倍膨張した。

「帰ろうや、姫」

 でかいペンギンの言葉に、にっこりと笑って、姫は言った。

「うーれーしーいー」

 いそいそと、二人はそのまま、ペンギンに乗り込む。

 朝の光の中、二人を乗せて、ペンギンはマーガライトの待つ山へ飛んでいった。

 昼近く。

 家に入ると、マーガライトはトマトに酢をかけているところだった。

「おや、おかえりなさい姫。呪文は使えるようになりましたか?」

「マーガりんー、たーだーいーまー」

 とたたたたー、と姫は緑の魔術師に近づいた。そして抱きしめた。

「おや、姫。さみしかった?」

「マーガりんー、スイカ」

「はいはい、とってあるから」

「はんぶんあげるー」

「半分? でも、スイカちっちゃいですよ?」

「いいのー、あげるー」

 微笑むマーガライト。

「じゃあ、姫にはわたしのを半分あげましょうね。姫は、塩かける? 砂糖?」

「そのままー」

「いい趣味ですね」

 マーガライトは、抱きついた姫の手を、そっとほどいた。

 そこへペンギンが、ペタペタとスイカを運んできた。

「ほれ、冷やしたんを、ちょっとぬるめにした。今がいい感じやでー」

「スイカー」

「姫のスイカですよ。割る? 切る?」

「うーん、きるー」

 マーガライトが、スイカの上にスッと手のひらを当てただけで、スパリとスイカは切れた。驚く姫。

「マーガりん、すごいー」

「これは水の魔法です。魔法は便利ですよ。お風呂わかしたり、天井の掃除をしたりね」

「本来そういうもんじゃないだろー!」

 叫ぶじゃぱんに、マーガライトはスッと手のひらを向けた。ビクッと身を固くするじゃぱん。

「……このように、ハッタリにも使えて便利」

「マーガりんはー、魔法を使いこなしているんですねー」

「そうですよー」

 ぱちぱちぱちと、拍手する姫。対照的に、やな汗をかくじゃぱん。

 一同は、スイカを皿にのせ、縁側で四人一列になって食べることにした。

 久しぶりに嗅ぐ、土と太陽の匂い。姫とじゃぱんはずっと、ドラキュラのような生活をしていたので、日差しが懐かしく、眩しく感じた。

「姫は、呪文はもう使えるのですか?」

 しゃぐしゃぐ言いながら、マーガライトは尋ねた。

「いいえー。しどうきーとかいうのが、わからないのですー」

「ああ、始動キーね」

 魔術師はまた、しゃぐ、とスイカにかぶりつく。

「いかいにいくんだってー。どういうことでしょうかー」

 ぷっ、と種を飛ばす姫。

 続けて、ぷぷっ、と種を飛ばす魔術師。

「では、私が、行きかたを教えてあげましょう」

 マーガライトは突然、思いがけないことをアッサリ言い出した。

「むー? ごぞんじなのですかー?」

「はい。私の言うとおりにすれば、大丈夫ですよ、姫」

「はいー」

 スイカを持ったまま、キリッ、と見つめ合う師匠と弟子。

 ……マーガライトは、厳かに切り出した。

「……まず、えだまめを収穫する。じゃがいもも収穫する。ナスとキュウリも収穫しましょう」

「また野良仕事じゃねえかー!」

 絶叫するじゃぱんは、うっかり種を飲み込んでしまった。

「ふむ、なるほどー、しゅうかくですねー」

「ええ、そうすれば始動キーなどちょいっと分かります。姫はいい子だから、私を信じますね?」

「しんじるー」

「あああああ……」

 信じられないじゃぱんは煩悶する。

「おや、じゃぱん君は信じそうにありませんね。悪い子だ」

「えーい、すでに三ヶ月ムダにしたやつが何をいうか! お前の信用は大暴落だ!」

 すでに食べ終わっていたペンギンが、ペタペタやってきた。収穫の準備をしてきたらしい。

「ほれ姫、軍手をはきやー。陽に焼けるから、てぬぐいは首やで」

「はいー」

「姫は、なんでも上手になりましたからね。収穫もばっちりでしょう」

「えへー」

 なごやかに盛り上がるほのぼの世界。

 ついていけないじゃぱんは、また絶望にうちひしがれた。駄目だ。もう駄目だ。オレはこの家でも、どこでもあらがえやしないんだー!

「じゃぱんー、どうして泣いてるのー?」

「人生を悲観しているのでしょう」

「いやオレ人じゃないし!」

「ほれじゃぱん、はさみ持ちやー。このザルとカゴもやで」

「じゃぱんー、れっつごー。これも魔法のためだよー」

「うわあああ! オレは信じない! 信じないぞー!」

 しかし、じゃぱんは所詮引きずられる性格である。結局その後、マーガライトを除くみんなで野菜を収穫し、茹でた枝豆と夏野菜のカレーをたらふく食べて、一日は終わったのだった……。

「台風が来る前に収穫できて、よかったですね」

 マーガライトの言葉に、じゃぱんはがっくりと肩を落とした。

 その夜。

 くたびれはてた姫は、久しぶりのマーガライト家のベッドで熟睡していた。

 手作りキルトの掛け布団が、肌に心地良い。静かな夜だ。

 そこへ鈴の音が、聞こえてきたような気がした。

 チリリン。

「くかー、くかー」

「カレニーナ、カレニーナ」

 聞き覚えのある、青年の声。

「むー?」

「覚えてるかい? 兄さんだよ」

 チリリン。

 気がつけば、鈴をつけた青い二匹のねこが姫のそばにいる。月明り。ピンと立った耳。キリッとしていて可愛い。

「にゃー、ねこねこー。なごなごー」

「カレニーナ。ねこは、なんてなく?」

 サラリと質問してくる青いねこ。

「にゃーん」

「違うんだ」

「にゃおーん?」

「違うんだよ」

「うにゃん」

「違うんだ……」

 姫は疑問も持たずに、ただ思いつくままに、ねこの鳴きまねを繰り返した。

 静かな夜、延々と、鳴きまねは続く。

 もう何十回目かになるころ、姫はあたりをひいた。

「にゃふーん?」

「そう! にゃふーんだ!」

「おめでとうカレニーナ!」

「にゃふーん?」

「そうそう。カレニーナ。よくできたね!」

 二匹のねこは、心底嬉しそうに、姫のにゃふーんを喜んだのだった。

 ちりりりん、と鈴は音をたてる。

「ねえ、上にい、下にいー、いっしょにねてくれるー?」

 姫は、二匹のねこに尋ねてみた。兄たちは、もうねこなんだからいいような気がした。

「カレニーナ、もう十七歳なんだから、一人で寝なきゃだめだよ」

 しかし、あっさり断られてしまった。

「むー……」

 ちりりん、と音がして、突然二匹のねこは窓辺に飛び上がった。

 そして、そのままスルリと外へ飛び出してしまった。驚く姫。

「上にい、下にい! どこいくのー、どこいくのー」

 駆け寄って窓の外を見ても、青い夜がひろがるばかり。

 どこからか、こだまのように『にゃふーん』と聞こえてきた気がした。

 朝。

 ボーッとしながら、姫は台所に降りてきた。

「姫、いい夢はみましたか?」

 マーガライトが尋ねる。

「みたー、へんなゆめー。にゃふーん」

「にゃふーん?」

「にゃふーん」

 マーガライトは、カップに注いだばかりのコーヒーをポットに戻し、カップだけを姫の目の前に置いた。

「……姫、にゃふーんと言いながら、このカップに手をかざしてみなさい」

「こうですかー?」

「そう。両手でね。いち、に、さん!」

「にゃふーん!」

 コトト、とカップは動いた!

「にゃ、ちょ、ちょうのうりょくー?」

「多分それが、姫の呪文始動キーですよ。よかったですね」

「えーと……?」

「魔法が使えるようになったんですよ。まあ、まだ入り口ですが」

「にゃふーんで?」

「そう。これからは、あんまりむやみに言ってはいけませんよ」

「にゃふーんを?」

「そう。だから駄目だって」

「……」

「誰か降ろしてくれー!」

 じゃぱんの声。

 二人がぱたぱたと寝室へ行くと、じゃぱんは天井にはりつき、ばたばたしていた。

「なんだ、なんなんだこれはー!」

 見上げて、困ったように、マーガライトは言った。

「……姫の属性は空で、じゃぱんは水ですからねー。浮かび上がっちゃうんですよ」

 顔色を変えるじゃぱん。

「知るかそんなんー! とにかく降ろせー!」

 じゃぱんをほおって、マーガライトは姫に話しかける。

「始動キーがわかって良かったですね姫。姫ならもっと強くなれば、この家ごと空に浮かべることができますよ」

「わー、ふわふわー」

「いいから降ろせって!」

 助けのこない状況に、あわてるじゃぱん。

「あー、でも、姫は呪文がわからないから、降ろせないんですよ。これを、魔法力だけ持ち帰った状態といいます。わかりましたか? これからは、始動キーは気をつけて使わなきゃ駄目ですよ」

「わかりましたー。じゃぱんー、ごめんー」

 ぺっこりと素直にあやまる姫君。じゃぱんは弟子よりも師匠にキレた。

「お前が降ろさんかい! マーガライト!」

「ふーん、態度悪いですねー」

 じゃぱんは悔しいながら、吐くように叫ぶ。

「降ろしてくださいお願いします!」

 のんびりと、そこにペンギンが入ってきた。おたまを持って。

「おーい、何しとるんや。朝食やで。昨日のきゅうりもいい感じに漬かっとるでー」

「わー、あさづけー」

「じゃぱん、降ろしてほしければ、後で畑に水を撒いてください。最近雨が降らなくて……。ふう」

「いいから! とにかく今降ろせ!」

「味噌汁は豆腐やでー」

「わー、ほかほかー」

「お前もフォローを入れんかい!」

 てことで。

 今年の夏野菜をある程度消費したあと、始動キーを修得した姫とじゃぱんは魔法学校へ戻ることとなった。主にじゃぱんの熱烈な希望によって。

 姫とは違い、どうやらじゃぱんにとっては、マーガライト家よりも学校のほうが精神安定的にはいいようなのだった。