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政治と電力 日本の原子力政策全史(下)No1

2021.11.27 06:25

  政治学者、上川龍之進さんによる「政治と電力 日本の原子力政策全史」(下)では、主に、核燃料サイクル、東日本大震災の津波被害を受けた福島第一原発に対する民主党政権の対応、福島原発事故後の原子力政策、電力の自由化、などについて語られています。

  まず、日本人が本来知っていて当然だと思われるのに(ほとんど)知られていない原子力政策の基礎知識に「核燃料サイクル」というのがあります。この「核燃料サイクル」にも実は(「原子力ムラ」と同様)、わかると唖然とするような問題が山積しています。

  日本の原子力発電所の多くは「軽水炉型」と呼ばれる原発です。日本は「軽水炉型」原子力発電所を建設推進してきました。この「軽水炉型」原発による発電の燃料となるのは、ウラン鉱石です。このウランを燃やすことで電力を発電するわけですが、このウランは、燃焼が進むにつれて、核分裂性のウランやプルトニウムが減少し、発熱量が低下します。この発熱量が低下した燃料は、「使用済燃料」と呼ばれ、軽水炉型原発から取り除かれ、新しいものに取り替えられます。しかし、この使用済燃料には、燃料として使えるウランやプルトニウムが約97%も残っていて、リサイクルすることができるのです。この使用済燃料からプルトニウムを取り出すことを「再処理」と言います。この再処理で抽出されたプルトニウムを再び燃料として発電を行う計画を「核燃料サイクル」(下図参照)といいます。

  「核燃料サイクル」においては、再処理されたプルトニウムをウラン238と混合し、混合酸化物(MOX)をつくります。このMOXを高速増殖炉(上図の右側のサイクル「高速増殖炉サイクル」における原子力発電所)の燃料として発電させますが、この高速増殖炉の発電過程でも軽水炉型原発の発電と同様「使用済燃料」がでます。この使用済燃料では、ウラン238(*1)がプルトニウムに転換し、使用前よりも多くのプルトニウムが抽出されるのです。このプルトニウムを高速増殖炉用の再処理施設において再処理し、再び高速増殖炉の燃料として使用します。この「核燃料サイクル」が完成すれば、(ウランに限らず)天然資源が乏しい日本において、理論上1000年以上にもわたりエネルギーの自給が可能になるのです。これが日本が当初目指していた「核燃料サイクル」です。

  元科技庁(*2)事務次官は、「すべての始まりは、我々太平洋戦争を経験した世代が、資源問題からいかに解放されるかを真剣に考え始めたことからでした。御存知のように太平洋戦争は資源獲得の争いでした。そのため、戦争を二度と繰り返してはならない、と痛感したことが出発点だったんです。」 そこで当時の日本政府が目をつけたのが原子力だったのです。「日本のように資源の乏しい国は、原子力の平和利用というのが非常に有効な手段であることは事実です。従ってそのためには『核燃料サイクル』の技術が確立される必要がある、と言うことです。」(上巻P47) 核燃料サイクルは、原子力政策に関心を持つ科学者や政治家から支持を受けます。1956年に原子力委員会が策定した原子力開発利用長期基本計画では、使用済核燃料からプルトニウムを再処理で取り出す核燃料サイクルを目指すこと、その中核施設である『増殖動力炉』を国産技術で開発することが目標として掲げられたのです。

  当初、科技庁の官僚たちは、アメリカの技術を導入すれば高速増殖炉は容易に造ることができる、と考えていました。当時すでにアメリカにおいて高速増殖炉が稼働し、発電およびプルトニウム増殖に成功していたからです。しかし、高速増殖炉には、抑制がひとたび効かなくなると原子炉の暴走が起こり、炉心溶融するという欠点があり、実際アメリカではその炉心溶融事故が起こります。また、軽水炉型原発では、炉心を冷やすのに普通の水を用いるのに対し、高速増殖炉では、500度以上に熱した液体ナトリウムを使います。このナトリウムは「水に触れると化学反応を起こして爆発する」という性質があり、空気中のわずかな水分でも敏感に反応して火災を起こすため、ナトリウムの扱いには細心の注意を必要とするのですが、高速増殖炉は、軍事用プルトニウム生産炉としての優れた性質を備えていたため、ナトリウム取扱技術に関する情報は、アメリカの軍事機密とされていたのです。このため、当時の日本の研究者たちは、高速増殖炉の開発には徹底的な基礎研究が必要で、直ちに実用化することは不可能だと結論づけたのです。本書の説明にはこのように書かれていますが、これは換言すると、高速増殖炉をつくる具体的な技術は確立されてなく、ほとんど見込み、思い込みで計画され、計画だけが具体化していったようにも受け止めることができます。

  その後日本では、高速増殖炉の建設計画は少しずつですが進められ、電気出力100万キロワット級の実証炉(*3)の建設設計が始まります。しかし、その建設主体が、動燃、電事連、原電(*4)と次々に変わって行き、高速増殖炉実証炉の設計計画は遅々として進みませんでした。しかし、1992年10月、電事連が「トップエントリー方式ループ型炉」という新型の実証炉設計書をまとめます。この高速増殖炉は、一応は「高速増殖炉」という名前はついているものの、電気出力が商用炉の半分程度の実証炉で、本来の実証炉としての存在意義は大きく損なわれます。

  このあたりの経緯については上川さんは次のように話しています。「なぜ電事連はこのような新方式を採用したのか。吉岡斉(*5)は、その最大の理由は時間稼ぎだと論じている。電力業界は、発電コストが高く実用化の見通しが定かでない高速増殖炉の開発に巨費を投じることに乗り気でなかった。(だから莫大な資金を必要とする実証炉建設にも当然乗り気ではなく、)そのため、実証炉建設の正式決定をできるだけ引き延ばそうとした、というのである。」(上巻P118)

  当初の予算の3500億円から5800億円と大幅に上回りなんとか完成にこぎつけたこの高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)は、1995年8月28日、ついに発送電に成功します。しかし、残念なことに、同年12月8日、もんじゅは、ナトリウム漏れを起こし、そのナトリウムが空気中の水分や酸素に反応、激しく燃焼し空気ダクトや鉄製の足場を溶かす事故を起こします。 更に、もんじゅの開発実施機関「動燃」は、この事故の通報をすぐに行わず(事故後1時間後、福井県と敦賀市への通報を行った)、さらに、事故現場を撮影したビデオテープの一部を意図的に削除していたことが発覚。このような不始末のため、高速増殖炉における安全性に関する懸念が広がり、原子力行政に対する批判も高まります。

  この後、国はもんじゅの改造工事を2005年9月から始めますが、運転再開は機器故障やトラブルなどで四回も延期。2010年5月に性能試験を再開し、臨界(*6)へ達しますが、さまざまなトラブル、事故が発生し再び運転は中止されます。その後も保安院(*7)の抜き打ち検査、日本原子力研究開発機構の内部調査などで、点検対象の機器に数多くの主要部品の未点検や点検の先送りが判明、機器約3万9000点のうち9679点が点検の先送り状態になっていたことが発覚します。同機構は2013年、内部調査報告書を原子力規制委員会へ提出。「最重要機器についてはすべて点検が終了。」と報告しますが、更にその後、原子力規制委員会と原子力安全基盤機構が合同の立入検査を行ったところ、2300点に上る新たな点検漏れが発覚します。 本書を読むと、わかりますが、もんじゅの稼働においては、限られた人員、限られた日数でできる工程を遥かに上回る作業が存在していたため、結果として未点検や点検先送りが常態化していたようです。このような杜撰な管理というのはやはり残念ですね。先ほども書きましたが、この「高速増殖炉開発」に関しての構想、開発を進めるにあたり、どのくらいの研究者、科学者や技術者が話し合い、協議を重ねたのか。。やはり、一部のトップの判断で突き進んでしまった、としか疑わざるを得ません。。。

  もんじゅは、1995年のわずか三ヶ月余りの発電だけで、あとはナトリウム漏れ事故以降、止まったままです。しかしだからといって費用がかからない、というわけにはいきません。 実は、このもんじゅにおいては、「停止中もナトリウムが固まらないように温める必要があり、その費用だけで1ヶ月1億円以上、その他の経費の経費合計は一日あたり5000万円を超える費用がかかっている(毎年200億円前後)。もんじゅの事業費は、2016年度までの累計で、1兆410億円に上り、財務省幹部は、『泥沼どころかアリ地獄』と述べていた。」というのです。(下巻P218)

  このように、高速増殖炉の技術は未だ確立されておらず、費用も垂れ流し状態。政府はついに2016年、もんじゅの廃炉を決定します。ただし核燃料サイクル計画自体を破棄したわけではありません。政府は「2018年を目途に実証炉開発の工程表を策定し、今後10年ほどで基本設計思想をまとめる、」としたのです。本書によると、(あきれるというか、怖いというか)「この決定に、ある大手電力幹部は『表向きは高速炉開発を否定できないが、いくらかかるか分からない実証炉を誰も運営したいと思っていない。核燃料サイクル維持の建前さえ崩れなければそれでいい。』と本音を語っていた」ということです。。。(下巻P222)


(*1)ウラン238:ほとんど核分裂を起こさないウラン。(*2)科技庁:科学技術庁。1956年(昭和31年)から2001年(平成13年)まで存在した、日本の行政機関で、科学技術の振興、科学技術に関する行政を総合的に推進した。(*3)実証炉:原子炉開発において、最終段階に実用規模の発電施設として技術的信頼性を実証し、経済性の見通しを得るために建設・運転される原子炉。(*4)「動燃」:動力炉・核燃料開発事業団。新型動力炉および核燃料サイクルの確立のために,1967年10月に設立された特殊法人。「電事連」:電気事業連合会。 日本の電力会社でつくる業界団体。「原電」:日本原子力発電株式会社。茨城県那珂郡東海村と福井県敦賀市に原子力発電所を持つ1957年設立の卸電気事業者。(*5)吉岡斉(よしおかひとし):東京電力福島第1原発事故を巡る政府の事故調査・検証委員会(政府事故調)の委員を務め、科学者の立場から脱原発を訴えた九州大教授。(*6)臨界:原子核分裂の連鎖反応が一定の割合で継続している状態。(*7)保安院:原子力安全・保安院。かつて存在した日本の官公庁のひとつ。原子力その他のエネルギーに係る安全及び産業保安の確保を図るための機関。