必死でありたい
○○でやるというと、仕事や事象について「必死」なんて言葉がよく使われます。
私はこの「必死」という言葉が意外と好きなんだと最近になってわかりました。
「おもてなし」を極めようと思っていると
一度は「茶道」にぶつかってしまいます。
千利休先生の逸話などはよく目にしたり、人から伺ったりします。
懐に刀を仕込み、粗相があったら「切腹する」覚悟を持っていたなんて
昔の人は目上の人をもてなすことに命をかけていたんだなぁって思ったりしました。
間違いがあったら、それこそ「死」を覚悟して、事に当たると
自分の命を輝かせることができるように思います。
(もちろん、現代においては命を懸けるなんてことはありませんが)
そして、輝きを持っているからこそ、相手に伝わることがあるようにも思います。
こちらの漫画の1巻で実はそれを学んだりしましたw
「BB」というボクシング漫画の続編で、
「BB」の主人公の娘が主人公となります。
その娘の幼少時代は紛争地帯をまわる父親に
それこそ「必死」で食らいついていたため、
常に命の危険に晒されていました。
「必死で父親のすることを一回見ただけで覚えるようにした
そうしないと自分が死んでしまうから」
なんて、シーンが心に刺さっていました(うろ覚えですが)
でも、その時(中学生ぐらいだったとおもいます)
なんだかとてもそのシーンが腑に落ちたんです
必死でやればより高い精神状態になれる!!
なんて、安易に考えたものですが・・・
最近になってお客様を前にする時、ふと「自分はこの方に対して命をかけているだろうか」
と思うことがあります。
一度だけの出会いに対して、どこまで真摯に受け止めているだろうか
相手をどこまで知ることが出来るだろうか等
それこそ「懐に刀を忍ばせる」精神で対峙することがあります。
自分に向いた刃を省みると
反省できる点は後に鮮明になって自分を傷つけます。
でもそれを糧にして、その傷口を直し、前へ進もうとすると
より心が大きくなるような気がします。
お相手になるお客様の多くは「経営者」のかたが多く、
皆さん自分自身にとても厳しい方ばかりです。
厳しいところを乗り越えてきた方々はやはり、
厳しいところを乗り越えてきた人の言葉には感銘を受けるようです。
「必死」でことに向かい、相手が「経営者」の方々であると
毎日自分の足りないところとの格闘が始まります。
足りていないことだらけ
足りないところを埋めないと、
刃が自分に深く刺さります。
それを避けるために
「必死」で学び
「必死」で対峙し
「必死」で語りかけ
「必死」でことを成す
日々勉強となります。。。。