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欧州遠征2015夏-11-

2015.10.19 10:36

シャウエンの滞在は結局丸24時間程。街歩きしかやる事ない場所だしこれでも十分と言えば十分。次から次へと街を移っていくせわしなさ。街の観光だけではそんなに長居する意味があるわけでもないので構わないと言えば構わないのだけれども、もう少しゆっくりしたいというのが正直なところ。が、金がない。無事前日に最後の一席を確保したバスでタンジェへ。…バスの予約出来てなければ危うく民営バスで大冒険をするところだったとか。

まともなバスを手配したとはいえ、着いたのは町外れの新ターミナル。それを知るのはバスを降ろされてから。この遠征、イスタンブールの空港に降りた時から似たようなこと何度あったっけ?…まあいい。中心部へはどうやらそう遠くはなさそうということで躊躇なく徒歩行軍。メディナでは無いのだろうけど古そうな丘の町を眺め、地元民と子供の要らなくなったおもちゃを譲りにいくという一家とくっちゃべりながら道を歩き続け、地元民の後ろを辿ってスラムの横を掠めて原っぱを横切りメインターミナルへ。割と歩く価値はあった濃い30分。そしてたどり着いたタンジェの街、流石はコスモポリタン都市。かなりヨーロッパの雰囲気も漂う垢抜けた場所でした。メディナ内はどうだか知らないけど。

海岸では人々が遊び、駅前の原っぱにある遊園地では子供やカップルがキャッキャウフフ。近所のマクドでは肉を食べまくるタンジェ人。本当にイスラム圏なのか怪しい光景がそこにあった。そんな人々を眺めながらジブラルタルの先にあるユーラシアを眺めながら自分の横断したヨーロッパを想い、マクドで肉汁たっぷりラム肉バーガーが美味いと感激し、寝台列車でアメリカ人老夫婦にめっちゃちやほやされながらマラケシュを目指す。

朝起きると夜行列車はモロッコの荒野を走行中。その値段故に外国人旅行者ばかりの寝台車はその景色にあれやこれやと感想を言いながらカメラをむける。

なんだかんだ撮り鉄が抜けない自分はあそこの丘なら撮れるだのなんだ考えながら外から撮れないことにやきもきする。そんなこんなで列車は定刻でマラケシュに到着。 別に遅れてくれてよかったのに。その後はモロッコに来てから何度お世話になってるかもはや数えることを諦めたカルフールで食料を買い込んでメディナの有名日本人宿へ。モロッコだから仕方ないけど、余程安い宿じゃない限り妙に女子力が高い所ばかりでこんな貧相な身なりの貧乏旅行者が泊まっていいのか悩む。宿でちょっと落ち着いてから街へ散策に出る。砂漠ツアー諸々の予約をするという使命も帯びて。とりあえずエッサウィラに向かうバスは難なく座席確保。そして最大の問題、砂漠ツアー。メディナ内で予約するのは何だか信頼性に乏しいので新市街に赴くが、1番の有名どころは未だに犠牲祭休暇。結果的には別会社でツアーを見つけて一件落着。そしてこの格安サハラ現地ツアー、あちこちで値段が違うらしく、いや人によって値段が違うらしく日本人の先人の情報を見るに800DHだとか900DHだとか間を取って850DHだとか様々。今回は予約したところが良かったのか殆ど向こうの言い値700DHで予約成立。我ながらこれは良い仕事をしたと思ってる。

翌日はバスで日帰り港町エッサウィラへ。この日はサハラ砂漠を含めた内陸部が広範で雨模様。そんなわけでこの日からのつもりだったサハラツアーの予定をずらして雨曇りと砂漠がバッティングしないようにした。余裕を持たせた日程といい機転といい自分にグッジョブ。