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Oxymoron bond

思考は志向し試行のすえ施行する

2015.10.20 05:01

僕は場合によって、それも多くの場合は対人関係において自分をノーマライズさせる。簡単に言えば自分を「良い人間」のように装う。実際にはもっと卑怯であざとくて、加えて言えば底知れる役立たずにもかかわらず、そうでないかのように自身を偽るのだ。

とはいえ、僕以外も、多くの人間が僕と同様に自分を切り替えている。多重人格だとか乖離性人格障害だとか、精神障害の類ではなく、日常で無数の人間が無自覚に人格を操作している。上司に対して、家族に対して、恋人、友人、初対面の人物、全員にまったく同じ態度をとったり、同じ言葉遣いをしたりする人間はほとんどいない。それは対人関係において、できる限り無駄な衝突や争いを避けるため、防衛本能として働いている。一般人であっても人によって態度や声色を変えるのはそのせいだ。

正直な人間などこの世には存在しないと言っても良いだろう。人によって本音と建て前を使い分けている時点で、うまく切り抜けたい、気に入られたいという感情があるのだから。

無自覚でなく、僕は自覚することにした。自分の卑怯さを自覚することで自分が自分であることを証明するのだ。誰であるかを認識するのだ。

およそ善人とはかけ離れた思惑によって突き動かされた四肢の末路は明るくない。性欲に酔って、金銭欲に溺れて、物欲に駆られて、名声をあわよくば掴もうとしている。我ながら幼稚な思考が脳を支配している現実に幻滅せざるを得ない。泥濘と化した欲望の沼底が僕の脚を強く締めつけ、そのまま飲み込んでゆく。

「ああ、僕は欲にまみれた暗愚な男だ。要は中身のない人間なのだ。」

自暴自棄は反芻するほどに色濃く醜く腐ってゆく。当初は存在した未来への希望とやらはどこへ行ったのか。道端に落ちているのか。それとも初めから無かったのか。分からない。僕の思い描く未来予想図は黄金体験に満ち溢れ、世界中のありとあらゆる幸福が自分の身体を貫いてゆく幻想を浮かべていた。

来るはずはない。掴むはずはない。社会の汚物に塗れ、嘘と虚構の薬漬けにされた人間のもとに幸福など、微塵の可能性もない。あとはただみっともなく朽ちてゆくだけである。朽ちるまでノーマライズさせた自分を必死に取り繕い、覚られぬよう冷や汗をかきながら塵界に這いつくばるのだ。美しく醜い自分に酔いしれ、吐き気を催す愚弱の群れに自分を投げ入れる哀れさは、あまりに耐えがたい屈辱である。また彼らも同じことを思っているだろう。