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空想都市一番街

忍と『変人』ミュージシャン⑧

2021.12.04 08:43

セナが落ち着くと、忍はセナの手を引いて「天」に向かった。


「あの…忍さん」


「なんですか?」


「なんでスタスタ先に行っちゃうんですか?」


「並んで歩いたらセナさん前見ないで喋るから事故るでしょ?」


セナは、アハハ…と困ったように笑った。


「ごめんなさい…俺、忍さんに甘えちゃって」


忍はセナを振り返らずに言った。


「いいんです。…何にも考えないで。今は早く店に行きましょ」


「…ありがとう」


セナはそれから黙って忍に手を引かれて歩いた。


「へくしっ」


「あーほらやっぱり。風邪ひいちゃう。早く行きますよ」


店に入ると、店長が待っていた。


「来たな。ほらタオルで拭いて座敷上がって着替えろ。」


忍は来る前に店長に電話を入れていたのだ。


店長は弟さんの服を借りてきてくれていた。店長はガタイがいいので、セナにも忍にもサイズが合わないからだ。


「すいません店長。ほんとありがとうございます!」


セナはバッとTシャツを脱ぎ捨ててから、あっ!と言って忍に背を向けた。


「ハイハイ、僕は二階で服借りてくるから見てないよ」


二階に上がって忍は着替えを借りた。

店長の弟さんのTシャツと古着のジャージ。なんかセンスがいい。


下に戻ってくると忍はセナを見てブフッと吹き出した。


「誰このオシャレな人」


店長も笑っている。


弟さんはストリート系の人らしく、

セナが絶対はかないようなオシャレなシルエットの黒いパンツと、


センスの良いプリントのTシャツを着ていた。


「シュッとしててだいぶ印象ちがうじゃないすか」


忍がからかうと、セナはアハハ、と笑った。


「これ着てたらいい企業受かるかも」


「そんな格好の面接ねーよ」


店長に突っ込まれてセナはいつものように楽しそうに笑っている。


少し落ち着いたのかな。

よかったな。


忍はセナ笑顔を見て一安心した。


「じゃ、店長雨上がってきたみたいだから僕帰ります。着替えありがとうございました」


「なんだ飯食べて行きなよ。せっかく来たんだから」


「いや、いいんです。誠司んとこに楽器取りに行かないといけないし」


またゆっくりしに来いよ、と店長が言うと、セナは入り口まで見送りに来た。


「忍さん、本当にありがとう。俺…なんて言っていいんだろ…」


「…何にも言わなくていいです。

僕も体が勝手に動いちゃって…その、とにかく今は、僕のことは気にしないで、出来ることをしてください。」


「…うん。わかった。

あの、俺さ!あの時…すごい安心したんだ。忍さんのお陰で。だからありがとう。あのままだったら肺炎になって死んでたきっと」


セナは困ったような笑顔を見せた。


「ふふふ。風邪に気をつけてくださいね」


2人は、じゃ、といって別れた。


忍はだいぶ小ぶりになった中を駅まで歩いた。


きっとユイちゃん危ないのかもな。


あの時言葉の代わりに体が動いたのだ。


全身で、彼を守りたかった。


ああすることがセナにとっていいことだったのかは分からないけど。


止められなかった。


自分て大胆だな。誠治に言ったらびっくりすんだろな。


と思いながら忍は大きめのジャージの裾を膝下まで折り返して、早足で帰った。



「それで、どうした。ユイちゃんか」


店長は座敷に座ってぼんやり黙っているセナに言った。


「……」


「まぁ、なんか飲めよ。何にする?」


「すいません。ジャックダニエルください」


セナがウイスキーをロックで飲むのは珍しかった。


半分くらいを一息に飲んでしまうと、セナはテーブルに突っ伏した。


「ユイちゃん死んじゃうかも」


「かなり悪いのか」


「脈も弱いし、血圧も低くて、手も真っ白なんすよ。冷たくて。ずっとあっためてたんだけど、全然あったかくならなくて。先生は覚悟しといた方がいいって。」


店長は苦しそうにうなづいた。


「俺が気づいてたら…」


「自分を責めるなって言ったろ。お前は何も悪くないんだ。誰も悪くないんだよ。」


セナは目を真っ赤にして泣いた。


「お前の悲しみはお前にしかわからねえよ。だけど、忍ちゃんとか、誠治くんとか、お前のことを大事に思ってる奴らはたくさんいる。お前が悲しかったらきっと側にいてくれるよ。ちなみに俺も」


セナは微笑んだ。


「うん、そうっすね。さっき忍さんも俺にキ…」


「キ?」


セナはハハハ、と笑った。


「俺ちょっと疲れちゃったのかも。忍さんが抱きしめてくれたんですけど、すっごい安心した。このまま忍さんに抱かれてたいって思っちゃいました。ユイちゃんいるのに。バカですね」


「それでいいんだよ」


店長はもう一杯ウイスキーを入れてやった。酔っ払って寝ちまいな、泊まってってもいいから、と優しく言った。