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政治と電力 日本の原子力政策全史(下)No4

2021.12.04 04:43

       これまで、この読書ブログで書いてきたように、日本の原子力政策については、広く国民に知らされていない問題がいろいろあります。今回は最後に「福島原発事故の処理費用」について取り上げます。


  事故後の5月10日、国の支援を要請しに来た東電の清水社長に対し海江田経産相が手渡した「確認事項」の第五項に基づき5月24日に第三者委員会「東京電力に関する経営・財務調査委員会」の設置が閣議決定されます。6月18日の初会議では菅首相も臨席。「東京電力の厳正な資産査定と徹底した経費の見直し、事業の見直しを含め経営・財務の調査を行って頂く。」と述べ、今後、政府として東電への資金援助を決めたい、と発言します。(下巻P6) この経営・財務調査委員会では、原発事故被害に対する要賠償額を5兆円としますが、この要賠償額は福島第一原発事故で避難している住民や福島市内の営業被害に限ったもので、それ以外の多くの賠償義務を除いて算出しています。どうしてかというと、これには原子力損害賠償支援機構の資金力の問題があったためです。そのため、除染に関する損害賠償に関する見積もりが放棄されていて、更に、賠償総額の見積もりも当初の二年分のみで、三年目以降については見積もりを行っていませんでした。(下巻P10)


  一方、東電側の社外取締役たちは、このような国の対応に不満を持っていました。「政府の東電支援は、賠償や除染の費用を一時的に肩代わりするにすぎず、支給された資金は将来、国に返還する必要がある。しかも支援の上限は5兆円だが、彼ら(東電側)の見積もりでは、賠償、除染の費用は10兆円規模に膨らむとみており、一企業の努力だけでは到底対応しきれない」、と考えていたのです。そこで2012年11月の記者会見における13年、14年の経営計画発表の中で、損害賠償費用と除染費用の合計だけで10兆円に上る可能性を示し、5兆円用意されている交付国債枠を増やしたとしても、東電は巨額の負担金を返済するだけの「事故処理専業法人」となってしまい、このままだと、電力自由化に対応することはできず、地域独占を維持せざるを得なくなる(*1)、と主張。賠償、除染、廃炉に関して東電の負担に上限を設け、上限を超えた部分については国庫への償還義務が生じないような追加支援、つまり、財政支出を求めました。(下巻P103)

  

  これに対し、2013年夏の参議院選挙での自民党・公明党の圧勝後、経産省、東電、国との話し合いで最終的に「計画済みの除染費(最大2.5兆円)は「賠償」として東電が支払うものの、追加除染の費用は「復興政策」に位置付け「公共事業的観点から実施」するとして国が支払うこと、また汚染土の中間貯蔵施設の費用(1.1兆円)も、電源開発促進費から支払うことで決着します。(下巻P106)


  その後、政府は12月10日に、「原子力災害からの福島復興の加速に向けて」を閣議決定。国と東電の費用分担を決めます。これにより賠償費用を約5.4兆円(東電が2.7兆、東電を含む原発事業者が2.7兆円)。汚染土の中間貯蔵施設建設の費用1.1兆円(東電負担)、すでに実施・計画済済みの除染費用約2.5兆円(政府保有の東電株の売却分を充当)などが決まり、これまで決まらなかった東電の債務総額は最大8兆円となる見通しがつきました。ただ廃炉については、東電が自力で約2兆円を用意するものの、それでは足りない可能性もあり、ここで東電の負担額の上限が決まったわけではありませんでした(下巻P107)。


  2016年9月、経産省の分科会に「電力システム改革貫徹のための小委員会」が設置されます。この会合において福島第一原発の廃炉費用が、当初見込んでいた2兆円では済まないことが確実視されます。さらに賠償費用もこの時点で既に当初の5.4兆円を上回り、6兆円を超えていました。そこで経産省はこの不足分を大手電力会社が持つ送電網の使用料(託送料金)に上乗せすることを検討します。これだと電力小売り全面自由化で参入する「新電力」にも負担を課すことになるのですが、経産省は新たに新電力に切り替える消費者もそれ以前は大手電力を利用しており、消費者間の公平性を確保するため新電力利用者にも「過去分」の負担を求めることにしたのです。 この点について上川さんは「託送料金への上乗せは、経産省の範囲内で、法改正は必要ないとされた。しかし、『これまで原発は安価で、原発事故は起きない』といって原発を推進してきた経産省が、『原発の事故対応費は昔から国民全体で負担すべきだったのであり、新電力とその契約者が負担しないのは不公平だ』、などというのは支離滅裂ではあるが、このような理屈付で、膨らみ続ける賠償費用のつけ回しを図ったのである。」と経産省の半ば強引な説明に対し批判しています。(下巻P244) 


  三ヶ月後の同年12月、「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」において、経産省は福島第一原発事故処理費用の新たな試算を示します。それによると、廃炉・汚染水対策費は8兆円(東電負担)、賠償費は7.9兆円(東電負担が3.9兆円に増額され、大手電力の負担は3.7兆円に増額、新電力も0.24兆円負担。託送料金の増加分は2.4兆円(2020年から40年で回収するとすれば一般家庭での電気代負担額は月18円増加する計算)、除染費は4兆円。中間貯蔵施設整備費は1.6兆円にそれぞれ増額され、総額は21.5兆円とされました。これらの試算は、同日開かれた「電力システム改革貫徹のための小委員会」でも提示され、この案に対しては、「実際に事故が起こって賠償、除染、廃炉の費用がますますかかる。原子力は安いと言えるのか疑問だ」(*2)、託送料金の役割は「送配電に必要な費用(の徴収)に限定すべきだ」(*3)、「販売時に原価に含めていなかった分を遡及して取り立てるなどということは通常の商取引ではありえない。販売側が自己責任で処理すべきものだ。」、「国および電力会社の甘い判断の問題である。『安全神話』を流布させてきた責任を棚上げた費用負担論は認められない。」(*4)などの談話が発表されました。(下巻P248)


  このように「福島原発事故の処理費用」については、当初見積もられたものより、年々増加しているのが現状で、実際、上記委員会後開かれた閣議後の会見で世耕経産相も「(処理費用は)状況や予見できなかった要因で、増加することもあり得る。」と認めています。また、2017年3月には、日本経済研究センターが「事故処理費用は50兆~70兆円になる恐れ」と題するリポートを発表します。それによると、「汚染土などは中間貯蔵施設に搬入された後、30年以内に県外処分されることになっている。その費用は低レベル放射性廃棄物並みの処理単価で試算しても30兆円に上るという。また、廃炉・汚染水処理でも32兆円になるケースもあり得るとしている。」(下巻P248) 国がこれまで原子力政策を推し進めてきた理由としては、原子力発電は安全で他の電力より安価であるという理屈づけでしたが、この原発事故と事故処理費用の増加でその理屈も通らなくなってきています。原発の事故費用の増加、最近の資源価格を考慮して計算すると、1キロワット時あたりの発電単価は、原子力が14.7円、石炭火力は11.9円、液化天然ガス(LNG)火力の8.4円となり、原子力発電は他に比べ大きく割高になるのです。


  以上、「政治と電力」(上巻、下巻)のブログにおいて原子力政策の問題をいろいろ書いてきました。このように国と原子力村は「原子力は安全で安価な電力」という理屈付けを盾に原子力政策に関して国民に十分な説明を行わず推進してきました。また、今回説明した原発事故処理費用に関してもお分かりのように関係者は常に「現時点でわかる数字を控えめに算出」し、その計算が変わるたびに発表を繰り返し行いますが、その費用は常に右肩上がりです。また、残念ながら、国(世耕経産相)も今後この費用が増額する可能性を認めています(上記済)。 さらに国が所有するプルトニウムを消費するため計画した「プルサーマル」を本格的に実施するとなれば、その発電には今までの原子力発電の9倍の費用がかかるのです。(現状では既に使用済燃料の保管場所はどこも70%以上使用済燃料で埋まっていて、また最終廃棄物/核のゴミの最終保管場所も決まってない状況では、一刻も早く原発を再稼働し、プルサーマルを実施したいというのが国の本音だと思います。)  更に本書のブログを書くにあたり直近の日本経済研究センター(公益社団法人)のHPを確認したところ、上記した事故処理費用50兆~70兆円がさらに膨れ上がり「80兆円を上回る費用になる恐れがある。」(*5)ということです。



  これまで何回となく繰り返しましたが、やはり国は、これまでの原子力政策についてもっと国民に広く知らしめて、国全体で原子力政策の今後をどのように進めていくのか話し合いが必要だと思います。国と利害団体(原子力村)は、最終的に増加する費用は、税とか電力料金(明細には載らない形で)に上乗せするのは、これまでの経緯ややり方から見てお分かりのように、ほぼ確実だと思います。一方、国民が他人事のように「まあしょうがないよね。。」みたいな無関心を続けていたら最後に困るのは、日本の将来を背負って立つ若者や子供の世代です。


      元伊藤忠商事社長の丹羽宇一郎さんは自身の著書において「これまでの高度成長期につくってきた国の借金は、我々大人世代でなんとかし、これからの若い世代にその負担を押し付けてはいけない」と強く語っていますが、全くその通りだと思います。この今後、出てくる原発事故処理に関する追加費用は最終的には国民が(おそらく)負担することになるのだと思いますが、であるなら国が国民に負担をお願いする前に、我々国民も黙ってそれを受け入れるのではなく、言うべきことはしっかり言うべきだと思います。また残念ながらこの原子力に関する問題は一朝一夕には片ずく問題ではありません。国が積極的に原子力政策を国民に知らしめないのなら、国民からもっと関心を持たなければいけない問題だと思います。


(*1)原発の事故処理費用分を電力利用者の電力料金に上乗せすることになり、電力自由化で市場に参入する新規電力会社と競争する上で不利になる、ということ  (*2)日本消費生活アドバイザー・コンサルタント相談員協会代表理事/大石美奈子委員 (*3)消費者相/松本 純氏  (*4)超党派議員連盟「原発ゼロの会」役員会 (*5)同HPでは、「(19年3月に)2年の経過を踏まえ、関係者へのヒアリングなどを通じた情報から再試算を試みた結果」と説明されています。