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幼少期の原風景

2017.06.10 02:24

※2016/6/6アメブロ記事を転載しています。



3~6歳、私は青森県の南部町というところに住んでいた。


その後津軽に移ったので、地元といえば津軽ということにしている。


しかし、私の原風景は、いつも、南部町にあった。


先日、28年ぶりに、そのあたりを見てきました。


住んでいた平屋はなくなっていたけど、階段はそのまま。


跡地にはたくさんの花が咲いていた。


あぁ、ここにいた。わたし。


懐かしさがこみあげてきた。

その町営住宅のそばに、「さわ」と呼んで、近所の子たちとよく遊んだ小川があった。


ここで、ままごとをしたり、木の根っこに入って遊んだりした。


その「さわ」が、当時のまま、残っていた。

大人になって戻ったのに、当時の記憶と、スケール感もキラキラも、寸分たがわぬすてきな「さわ」。


ここで、しばらくぼーっとしていた。


ここでは、時間が止まっていたのかもしれない。


すべての風景が、さびれることなく、


鮮やかに私に「久しぶり」「おかえりなさい」と歓迎してくれた。


夢に抱いていた理想郷にいる気もちで、


とても幸せな気持ちで、散策していた。


私はここが大好きで、こことひとつだったんだ。


小学校二年から移った津軽で、私はたくさん友だちもできたし、バリバリの津軽弁になったし、楽しい青春をすごした。


一方で、心のどこかでは、ひとりぼっちというような感覚があった。


南部町についたとき、ああそうか。


ここが故郷だったんだと感じた。


何の努力もなく周りとひとつだった。


全部が話しかけてきた。


その感覚がよみがえってきた。


これを思い出すために、私はボイスワークや瞑想や、自然に入るということをしていたのだなぁ。


この原風景の感覚、「ふるさと」「ひとつ」という感覚を追体験したくて。


そうとはしらず、そうしていたんだ、とわかった。


このままここで育っていたら、きっと当たり前になりすぎていたんだろうな。


この風景も、なにもかも。


28年ぶりだからこそ、こんな気持ちを思い出したんだな。


ありがとう。


ありがとう。

学校近くのスーパーは、建物だけ残っていた。