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真似ることから始める

2017.06.16 02:47

■「真似をすること」とは

人の真似をすること。

それは世間では真似というとネガティブなイメージで使われることが多い。

服装を真似た、作る楽曲を真似た、事業を真似た、キャラ設定を真似た、等々。

劣化版に聞こえるからでしょうか、真似ばっかりしてかっこ悪い、と言われます。


しかしそれは本当にだめなのか。


先に言っておくと、僕はかなり賛成派です。


人の真似をすることというのは、

言い換えると、成長/成果のショートカットです。

権利が絡むことを真似るとややこしいですが、

それを差し引いても、真似ることは正義であり、

真似を極めるといいことがたくさんあると思っています。

特にビジネスマンやスポーツマンにおいては、いいことしかないと考えています。


■真似は皆、日常的にやっている

たとえば、スポーツでうまくなりたい人。

これは必ず、まずはフォーム・基礎を学びます。

これは、正しいフォームがあるので、それを真似れば、うまくなるよ、という指針。


もしくは、新卒で入社したての社会人。

成長が早いのはやはりOJT(On the job Training)です。

研修で何ヶ月も学ぶより、実務で真似て無理やり進める方が、成長は早い。


更には、ラップ。日本語ラップ、特にフリースタイルバトルが流行ってますが、それもそう。

みんなまずは色んな人の楽曲やバトルを見て、フローやリリックを真似します。

それでまずは引き出しを増やす。そこに自分の経験を混ぜたり、

オリジナルなリリックを作っていくことで、うまくなる。(知らんけど)

今のヘッズたちは、こういう動画を見て勉強してるんです。

(この動画のGOLBYとR-指定の韻踏み対決はもうお腹いっぱいレベルです)


みんな知らぬ間に、成長しよう、成果を出そうと思えば、

自然と真似してるはずなんです。


ではなぜ、それでも成長や成果に個人差が出てくるのか。



■真似ることは必ず最初ダサい

うまく完璧に先人の真似をそのまま実行できれば、

当然成果は出ます。間違いなく。

ただし、そこに邪念が入ってくることが、個人差の原因の一つだと思っています。


一つ例を挙げると、

人の真似をしているひとは、どうしても馬鹿にされやすいため、

ちょっとださかったり、短期的に恥ずかしい思いをすることもあります。


または、自分は仕事ができる人間だと過信し、

人の真似じゃなく俺は俺のやり方で!と思って、真似さえしようとしない場合など。


殆どの場合が、

真似を正当化せずに真似を極めようとしていないか、

プライドが邪魔しているケースだと思います。



■すごい人は真似を極めている


スポーツ界における真似の天才は、武井壮だと思っています。

その武井壮のエピソードは有名ですが、


武井壮が自身の運動神経について分析していました。

ゴルフ、陸上、ビリヤードなどが全てプロ級にうまいのは、

自身が思った通りに体を動かすトレーニングをしているからだ、と。


まずは理想とするフォームを研究する。

その通りに自分で体を動かしてみる。

思っているものと違う自分の姿がビデオに写っている。

徐々に理想に近づけていく。


この繰り返しで、プロ級にうまくなるのですが、

武井壮は、このサイクルが早くなるように、

「日々頭でイメージしたとおりに体を動かせるようにトレーニングしている」というのです。


このエピソードはググるとすぐ出てくるので割愛しますが、


つまりは、「運動神経がいい人」というのは、

「正しいフォームを真似るのが上手い人」なんです。

更に言うと、「正しいフォーム通りに体を動かせる人」です。

ここに個人差が生まれます。


これでわかるのは、

人はうまく真似をしようとしても、

簡単に真似られるものではない、ということです。

武井壮でさえ、真似るためのトレーニングしているのだから。


■真似るときのよくある落とし穴

では、その真似の個人差はどう生まれるのか。

その落とし穴とはどんなものなのか。


よくあるのは、

とことん真似をしきれていないこと、だと思います。


例えば提案資料を作る時。

まずやるべきなのは、

話の構成を考えたあとは、とにかく当てはまりそうなイケてる資料を探すことです。


イケてる資料を見つけたらどうするか。

真似が上手じゃない人は、配色を変えてみたり、フォントを変えてみたり、

部分的に真似をしてみたりします。

ここで大事なのは、思い切って配色やフォント、図や言葉の配置まで、全て真似てしまうことです。


綺麗で分かり易い資料のデザインは、

配置、フォント、フォントサイズ、配色、様々なことにセオリーがあって、

イケてる資料はそもそもそういう基礎ができた人がつくっているのです。

これを部分的に真似しても、そのセオリーを崩すこととなり、

少しでも崩れると、それは一気に不格好な資料へと転落します。


真似をするときには、意味がわかっていなくても

とにかく完璧なまでに真似をすることが大事であり、

完ぺきに真似をできるよう努力をすることが大事です。


■オリジナリティの正体


じゃあ、真似ばっかりしていつになったらオリジナリティができあがるのか、

そんな悩んでもしょうがない悩みを抱えている人をよくみます。

特に新卒の社会人に多いです。


僕が声を大にしていいたいのは、

オリジナリティなんて考えなくていい、ということ。


必要なことは、

とにかく真似て、一段ずつステージを上げること。


どれだけたくさんのことを完璧なまでに真似られたか、が大事で、

それにより経験の幅と平均値が上がる。


複数の経験との掛け算で、結果論的にオリジナリティに「見られる」


オリジナリティとは他人が決めることであって、

それは日々の目の前のことの積み上げ、掛け算で勝手にできてくる。

狙わなくていいものだし、狙っても作れない。

(ここはあえて言い切ります。)


オリジナリティで悩んでる時間があるくらいなら、

まずは真似て、自分のステージを一つずつ上げていくこと。

たくさんの先人を、完璧なまでに真似て真似て真似て・・・

そういうことでしか、結果的にオリジナルな存在になれません。

(超ごく一部の天才以外は)


そういう意味では、

自分に足りないポイントを見つけること

足りないポイントを「足りない」と素直に受け入れることができる能力のほうが

大事なのかもしれません。


と、新卒社会人の人がそろそろ成果に個人差がでてきて

悩んでそうなこの6月に、書いてみました。



さて、フリースタイルバトルの練習しよ。

エイ、エイ。



タケバヤシ