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uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

父のこと

2012.05.29 23:21

忘れられてしまいそうシリーズ

「父のこと」

 

 手押しの車につかまりながら、ヨチヨチと散歩から帰ってきた父。少しでも、もとの体に戻ろうとがんばっている。

 

 「じいちゃん、偉いね」とわたしが言うと「うん」と笑顔で返事した。



 「じいちゃんの、いま一番の願いはなに?」と父に聞いたことがある。

 

 すると、「ばあちゃんの足がよくなること」と答えた父。

自分の体も満足じゃないのに、母の痛む足を心配している父だった。

 

 

 わたしは父のことが、嫌いだった。子どものころのわたしは、酔っぱらった父に叩かれてばかりいた。理不尽な暴力だけれど、体力的にかなわないから反撃ができなかった。それがくやしくてくやしくて、大きくなったらいつか殴り返してやろうと思っていた。しかし、わたしの成長に伴い、いつしか父は、手をあげなくなっていた。



 その後、世間的にはふつうの父と子に見えていただろうと思う。しかし、わたしは父のことが嫌いであった。幼いころから殴られていた苦い思い出は、大人になっても忘れることがなかった。



 その父が、わたしの目の前で倒れた。三年前(七年前)の夏だった。体の左半分を畳につけ、震えていた。右手がなにかをつかもうとするように、宙をかきまわしていた。



 脳梗塞。脳の右側の三分の一が壊れていた。

 その晩、妻や母を一旦家に帰し、わたしが泊まりで付き添った。ベッドの横の椅子に腰かけ、父の寝顔をぼんやり見ていた。ほらみろと、意識のない父に声を出さずに毒づいた。酒ばっかり飲んでいたからだぞ、と。



 父の寝顔は穏やかだった。父はこのまま目を覚まさないほうが幸せかもしれない。目が覚めたら、つらい現実が待っている。そう思ったとき、突然に、本当に突然に、幼いころの情景が浮かんできた。



 父が海に連れていってくれたこと。

 抱っこして、ヘタクソな歌をうたってくれたこと。

こっそり食堂に連れていって「うまいか?」と、わたしの顔を見て笑ったこと。

 

 父はわたしをかわいがっていた。



 思えば、不器用で、正直で、まっすぐな父だった。それゆえに生活に疲れ、酒に負けていた時期もあったのだろう。そこに反抗期のわたしがたてついて、父をさらにイラつかせていた。

 

 父はわたしを殴ったあとに、激しく自分を責めていたことだろう。親が子どもを心底憎んで殴るなんてこと、きっとできっこないんだもの。そんなことを思って父の寝顔を見ていたら、涙が出てきた。



 死んじゃダメだ。まだ親孝行していないのだから、ここで死んじゃダメだと父の寝顔を見つめ、言い続けた。

 

 そして、その願いは通じ、父は生還した。後遺症のせいで、心は小さな子どもに戻ってしまったけれど。足も引きずるようになったけれど。それでも父は生きている。



 お父さん。死なないでくれてありがとう。わたしはお父さんの子どもでよかったです。ほんとうによかったです。ありがとう。

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