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uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

あの時代 その3 完結編

2013.06.04 19:30

  あれだけ練習したのだ。あとは運を天にまかせるしかないじゃないかと思いながら、試合場のまんなかに立つ息子を見ながら思った。

 

 もとより予想していたことだが、相手の子は、やはり息子よりも頭ひとつ大きい。

 

  「はじめ!」の合図で相手が突進してきた。息子はすかさず前蹴り。しかし浅い。そのあとの回し蹴りも軽くガードされる。ポイントにならない。

 

 それから息子は相手のパワーに押されてどんどん後退していった。

 

  三度目の場外を告げられるとき、いやな予感がした。

「また負けるかもしれない・・・」と。

 

 しかし、たとえ負けたとしても、わたしも息子もいっしょうけんめいにやった。

いっしょうけんめいに練習したんだから、負けたってしょうがない。

勝敗がすべてじゃない。やるだけのことはやった・・・

だから負けたって悔いはない・・・と、思おうとしたが、思えなかった。

 

 

 悔いはある。悔いはある、絶対に。

 

 わたしの息子はそんなキレイごとで納得はしない。

あの目は勝つつもりでいる目なのだ。

 

 後退しながらも、一発の前蹴りのチャンスを待つ息子の姿を見ていたら、枯れたオヤジになりたがっているわたしに腹がたった。

 

 足を真っ赤にして泣きながら何千発も練習してきたのだ。

息子が闘っているのに、オヤジが闘いを放棄していいはずがない。

 

 思えばわたしは闘いを嫌ってばかりいた。他人とではなく、自分とも闘わなかった。息子までそんな人間にしなくてもいいではないか。

 

 やつはあれだけエネルギーを放出しているのだ。それなのに、親のわたしが諦めてどうするか。わたしが変らなければ、息子も同じになってしまう。

 

 頑張れ頑張れ。どこまでも頑張れ。

 オマエはいままで頑張ったんだ。

 

 頑張れ頑張れ、まだまだ頑張れ。とことんいっちまえ。

 

 押されに押され、なんども場外に押しだされ、このまま終われば判定負け必至のラスト十秒・・・

 

 

 回し蹴りを狙う相手のガードが一瞬さがった。

 

 「いけーっ!」

 叫ぶと同時に、バシッと、わたしの頭に大きな音が、バシッと響いた。

 

 息子の右足が相手のヘッドギアにつき刺さっていた。

 

 「技あり!」

 

 続いて左の回し蹴りが顔面に決まった。

 「技あり! あわせて一本!」

 

 主審が試合をとめ、息子の手をあげた。

 

 

 あ・・・

 

 勝った。

 オマエ、勝ったみたいだぞ。

 

 

ほら、勝ったじゃないか。ほら、勝ったんだよ。

 

ほら、だからいったろ、絶対にオマエは勝つっんだって。

 

でも、その言葉を信じていたのは、わたしよりもオマエのほうだった。

 

 

わたしは一瞬でも、オマエが負けてもいいと思ってしまった。

 

オマエはぜんぜんそんなこと思わなかったのにな。

 

 

ほら、おかあさんはあそこで泣いてるぞ。

 

ヘンだな、こんなときは泣かなくってもいいのにな。

オマエは嬉しくってニコニコしているのにな。

 

 

息子のヘッドギアを脱がせ、汗いっぱいの頭をクシャクシャにかき回しながら、わたしは息子を女房のいる席に連れていった。

 

そして、わたしは大急ぎで体育館の外に出た。

 

やったなやったな、とうとう勝ったなと思うと、じんわりと涙が出てきた。

 

たかだか一勝しただけでおおげさに泣いてしまうなんて滑稽だといい聞かせるのだが、ちいさな体で辛い練習に耐えた息子の姿を思い出すと、止らなかった。

 

 

 続く二回戦、もちろんわたしも息子も勝つつもりで闘ったのだが、判定で負けてしまった。

 

 泣きじゃくってわたしのところに戻ってくる小さな息子に

 

 「もっと練習して、次は勝とうぜ」といったら「あったりまえだよ」と、ちいさいけれども力強い声で答えてくれた。

 

 息子はこれからも哀しいこと苦しいことを覚えていかなければならないだろう。

そして、いつか父から離れていくときがくるだろう。

 

 しかし、そうなっても、たとえ支えられなくなったとしても、この手はいつも息子に添えておきたいと思う。

 

 無防備な寝顔でむにゃむにゃとわたしの腕にしがみつく息子の頭を撫でながら、わたしは息子に恥ずかしくない父になろうと思うのだった。

 

 息子と同じように、わたしもまだまだ成長し続けよう。

 

 

               終わり

 

******写真はあの日のものじゃなく、新潟主催大会のもの。背中が息子。右の回し蹴りを相手の顔面に入れている。黄色い服の審判は、わたし。