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uni-nin's Ownd フジタイチオのライトエッセイ

藤田市男という人

2014.04.19 20:54

 仏壇のある座敷に写真が4枚。

婆ちゃんは知ってる。高校一年のときまでいっしょに暮らしたもの。

 

 あとの三人も知っているけど、見たことない。

 

 じいちゃんと、オジチャンが二人。

 

 じいちゃんは、わたしの生まれるちょうど二ヶ月前の四月十六日に死んだ。孫の誕生を楽しみにしていたそうだが、農作業場で倒れた。脳梗塞だと思う。

 

 

 オジチャンたちは、太平洋戦争で死んだ。二十代だった。

 藤田家の長男と次男だ。

 

 長男は陸軍、次男は海軍。

 

 どこで死んだのかは、長男のほうは戦友から話を聞いているので知っているけど、次男のほうは、まるで知らない。

 

 どこかの海で船を沈められて死んだんだ。戦友たちも、みんなまとめて死んじゃったのかもしれない。

 

 やだな、戦争。でも、好きでやっていたわけじゃないだろうし。・・・なんて話は、とりあえずやめとこ。

 

 いま書きたいことは、死んだオジチャン(長男)のことだもの。

その人の名は「藤田市男」という。

 

 そう、わたしと同じ。いや、もちろんあちらが元祖。

 わたしの名前は、その人からもらった。

 

 死んだばあちゃんが、わたしが生まれたときに「いちおという名前にしてくれ」と両親に頼んだそうだ。「死んだ人の名前をもらうと丈夫になるそうだから」と言って。だからわたしの名前はちょっと古めかしい。大正生まれの人の名前だから。

 

 

 子供のころから、藤田市男の写真を見ていた。 

 りりしい顔している。近衛兵だったそうだ。皇居にお勤めもしていたのかな。

 

 同じ名前ゆえ、どこかライバル視しているわたしがいる。憧れと競争心と。

 

 気がついたら、わたしのほうがずっと年上だ。 

 元祖藤田市男の倍以上生きている。

 

 アナタの経験できなかった歳になっています。

 

 

 わたしのオヤジはわが家の末っ子。

だから戦争にもいかずにすんだし、生きていられた。

 

 そしてオヤジが我が家の跡を継ぎ、そして母と結婚した。

翌年生まれた男の子はひと月で肺炎で亡くなり、4年後にわたしが生まれた。

 

多くの悲しい出来事と、いろんな偶然が混ざりあって、わたしがこの世に出てくることができた。