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超人ザオタル(45)探求の岐路

2021.12.07 00:25

ふたりには私の話を消化する時間が必要かもしれない。

それは私が決断することではない。

私には私の道があり、それは誰も侵すことができない。

そしてふたりのそれも同じなのだ。


どんな決断でも尊重しなければならない。

これは力ずくでやらせるようなものでもないのだ。

自らの意思で、すべてを知った上でこの道は歩まなければならない。

そうであってこその価値というものがある。


私たちは無言で就寝の挨拶を交わした。

ふたりは考え事をするような顔で部屋を出ていった。

おそらく考えてどうこうということではない。

道を歩くことの意味など知っているのだ。


あとはそこを行く覚悟だけが求められている。

覚悟さえあれば、自分の真実へと近づくのだ。

ただ、思考の抵抗が思いの外強いことも知っている。

思考は自分の中心でいたいのだ。


いちど権力を得てしまうと、それを手放すのは惜しいものだ。

その場所が自分には分相応でないと知っていても。

その場所を明け渡さないと、自分の成り立ちさえ危ういということにも目をつぶる。

そうしてその道を外れている罪悪感を持ちながら生きていくのだ。


それが思考だ。

思考は思考の範囲で何とかして自分が誰かを知ろうとする。

自分が誰かなど知っていると声高に言うこともある。

だが、それは表面を少しなめただけでしかない。


そうして真実と安全な距離を保っている。

自分は道を忘れたわけではないと自分に言い聞かせている。

そこに触れ続けることは思考にとって危険極まりないことだ。

終着地に到達する必要などはない。


それは思考の地位の喪失を意味するのだ。

そこまでふたりが思いを馳せることは出来ないだろう。

その過程を終えてから分かることでもあるのだ。

それが正しい道なのか間違った道なのかなど歩いているときには分からない。


できることは、自分が誰なのかの薄い理解を丹念に積み重ねることだけだ。

それをどれだけ積み重ねればいいかも分からずにいる。

そんな状況であれば、思考が口出ししたくなるのもうなずける話だ。

ともかく、ふたりはこの道の岐路に立っていることだけは確かだった。