波野なつこの幼少期
子供の頃から、私はすっごーくバカでした(笑)
いや、多分、そこまで異常な子供でもなかったんだと思うんだけど、とにかく泣き虫でした。
姉がいて、その妹。と、いうこともあって、「泣けばなんとかしてもらえる」という甘えもあったのかと思うけど、本当に泣き虫で
「なーきーむーしーけーむーし、はーさーんーでーすーてーろー」
ってよく歌われていました。
これを歌われるたびに、「挟んで捨てられる!」と思うと泣けるんですよ(笑)
完全に逆効果!!!
親は泣くな!と言いたかったのでしょうが、子供って自分一人では生きていけないのわかっているから「捨てられる=死ぬ=怖い」ってなるんですよ。
怖いから泣いちゃダメ!というより、怖いから泣いちゃうのです(笑)素直よねー。
自分が大人になって、子供が泣いているのを見るたびに自分もこうだったのだなぁって思います。
そんな私には幼馴染の男の子がいました。
非常にやんちゃ。うちの母は「20歳まで生きられないわよ」って言ってました。
だいぶ毒のある親でしょ?(笑)
普通、よその子供のことをそういうか!?
まぁ、特殊な母に育てられた私が特殊になるのは自然なことだってこの年になるとわかる。
その幼馴染はとってもやんちゃでちょこまかと走り回るのですが
一方私は動かない。動くのが面倒みたいで動かない子だったらしい。
その辺は今もあまり変わらないかな。
何より印象的残っているのが、
幼馴染が幼稚園児にして2の塁上が言えたこと。
2、4、8、16、32、64、128・・・
と大人でも考えてしまうようなことをスラスラと言いだすんですよ。
千の位までは言っていた気がする。
それ以上は・・・私の記憶ではよく覚えていない。
なんせ、1000以上の世界なんて知らないからね!!!
幼馴染には5つ上のお兄さんがいて、そのお兄さんが言ってたのを聴いて覚えたらしいけど、お兄さんも小3とかよ?幼馴染は幼稚園児よ?
ちょっとさ、尋常じゃないでしょ?
こんな天才とバカは紙一重ってこいつのことだ!と言いたくなるようなのがそばにいたら私も卑屈になるでしょうよ!!!
同い年の幼馴染にはできて、私にはできない・・・
そんな他人との比較は幼稚園のときにはすでにスタート。
自分はダメな子…そんな思い込みは幼少期からでした。
一方で絵を描けばいっぱい褒めてもらったり、書道始めれば入選したり、作文書けば文集に載ったり、理科の実験の様子が新聞に掲載されたりと得意な部分はそれなりに褒めてもらっていました。
なので、何もかもができない!とは思わなかったものの、ダメな子という烙印は子供の頃からでした。それでも卑屈になりつつも、ここまでこれたのはそれなりに得意分野があり、明るくてピエロのような性格だったからでそこまで深刻に考える脳みそがなかったからでしょう。次回は中高生の頃のお話でも致しましょう。
私は私だ!!