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junpei murakamiの日記

自分が自分を喰らうという悲しき生き物とは、、、

2017.06.20 17:57

二ヶ月ぶりの投稿である。


書きたい事がいくつかある。

勢いに乗って投稿したいものだけど、できるかどうか。。。




少し前にウロボロスというドラマがやっていた。漫画が原作のようだ。

このドラマは全く見なかったのだが、僕はウロボロスという言葉を聞くとある事を思い出す。。。


そもそもウロボロスって何かっていうと、最初のがぞうにもあるけど、

こんな感じで、自分で自分の尾を噛み付いて円になっている蛇だか龍だかの事だ。


古代では終わりも始まりも無い完全なものの象徴であったとか。


これについてはよく意味がわらないが、僕はこの絵を初めて見た時にこれは人間の事を書いてるのかと思ったのだ。


でも人間の事ではなかった。


でも、僕はウロボロスとは今でも人間の事だと思っている。




◼︎往々にして人は自分で自分に噛み付く


なぜこんな尻尾に噛み付いている蛇が人間なのか?というと人間というのはとにかく矛盾した生き物だ。


社会人になって、20年が超えて、自分で仕事をしだしても10年を超えた。


そんななか、様々な仕事の場面でかなり厄介な事や、ややこしい問題にも直面したことがたくさんある。


そこで、気づいた事として、

人は往々にして、自ら自分という存在をぶち壊す。


例えばその組織や、その仕事がぶち壊れると自分が一番困る人。

その組織や仕事の1番の責任を持っている人間。

その人自らがその組織や仕事をぶち壊すのだ。


非常におかしな話なのだが、これが本当によくある事だ。




◼︎やっぱり感情の扱いは簡単ではない


そういった多くの局面を見て、思うのが、やはり人間の「感情」の恐ろしさだ。


感情には理屈は通用しない。


自分で自分をぶち壊す、この「ウロボロス的感情」、

俗にいう自己破壊衝動というものは自分が感情に飲み込まれた時に出てくる。


その後がどエラい事になるとしても、その時はとにかくその感情を押し通すことこそが、その人にとっての全てなのだ。




◼︎よくあるパターン


例えば、その人が抜けてしまうと組織がぶち壊れる大切な人をクビにしてみたり、


感情的に自分の気持ちを怒鳴り散らしてブチまけたり、


そのタイミングで少しだけ頑張れば、その問題を乗り越えられる時に、頑張る事を放棄したり、


このままだといずれ必ず大きな問題になる事があって、今すぐに手をつければ簡単に解決できるのに、何にもしなくて大ごとになったり、


どれこれも、そいつが気に入らないとか、ただ腹がたつとか、なんだかめどくさいという非常に低レベルな感情だ。


そういった感情に飲み込まれた時に、人間は非合理的な自己破壊的な行動に出てしまう。


後から絶対に死ぬほど後悔する事が、頭の隅にはボンヤリとうかんでいるのにそれをみないようにしてしまう。


見ないようにしてしまう。と、いうのは違うか。。。みた上でやらない。


これは言葉で表すのが非常に難しい感情だ。


人間の頭や心で感じることを言語化したところで、半分くらいしか伝わらないと言う。


人間の非合理的な矛盾した感情や行動は、この言葉に出来ないなにか?だと僕は思っている。




◼︎僕はというと、

僕は実生活では仕事でもプライベートでも、この類の感情に飲み込まれる事はハッキリいって無い。


そもそも感情的になる事がないのだから、大きな感情に飲み込まれるて起こしがちな、感情的な間違った行動をする事は無い。


100%とは言えないけど、99%はないと思う。

僕は極端に論理的で無感情な人間なのだ。


なので、そんな感情に流されてしまう人をバカだと思ってた。


多くのそんな人を見てきて、ただただ横目でバカなやつだと蔑んで見ていた。


しかし、最近そう思わなくもなってきた。

それは人間だからしょうがない事なのだという事に気付いたのだ。




◼︎話は変わるが僕はギャンブラーでゲーマー


僕はパチンコ、パチスロをたまにやる。


10代から始めて、高校卒業からの二年間のフリーターDJ時代と専門学校は時代はずっとパチンコ屋でバイトをしていた。基本的に好きなのだ。


途中ハマりにハマったり、完全に辞めてみたりとあったが結局いまもやっている。

今後もやり続けるだろうと今は思っている。


やる理由としては、

気分転換もあれば、もちろんギャンブルで勝ちたいと言うのもある。


が、なによりも一番は唯一非常に強く感情的になれるのがおもしろいのだ。


そして、僕は小学生の頃からずっとゲーマーだ。


今はハマってしまわないようにゲームをする事は辞めている。一切仕事しなくなるのがわかってるから。(過去に半年間無職でウィニングイレブンやり続けた)

なので老後にとっておいている。


まー、

そもそも、今は毎日の仕事がロールプレイングやシュミレーションゲームのようなもんなので、ゲームをやりたいという欲求が出ないのもある。


とにかくそんなゲームは昔から僕が唯一、一喜一憂出来るものだった。


コンピュータや友達に勝って喜んだり、負けて悔しがったり。

ゲームの時だけは感情が豊かになる。


今のスロットはゲーム性がすごく高い。

お金のかけられるゲームだ。


なので、やったときは物凄い感情的になる。


勝った時の喜びの感情や、負けた時の絶望感。これが数時間で両方体験できたりもする。


実生活では、どちらの感情もあんまり感じない僕が1日で、天にも昇る心地で最高の表情になったり、死んでしまおうかとなるくらいの絶望感に打ちひしがれた顔に鳴ったりする。ww


感情的に動いてしまい間違った判断をしてしまう事も度々ある。




◼︎そこで感じる感情は、、、


しかし、その時になんていうか、物凄い「生きてる」感じがするのだ。


その生きていると感じるのは、ゲームに負けて同時にお金も失うと言う「痛み」を体験するからこそなのだ。


どちらかと言うと、人間は良いことよりも、マイナスな感情に対しての方が、心が揺さぶられるように出来ている。


つまり、人間に備わっている感情を揺さぶることこそが、人間として生きている証で、それを人は求めてしまうとも考えられるのではないだろうか?


そう考えるといくつか前の項で言った、人が自ら自分を壊してしまう事は整合性がつく。


その自己破壊的行為こそが、人が求めてしまう生きている事ということなのかもしれない。


自分の心を揺さぶり、自分の心を痛めつけそこで自分の存在を強く感じられる。


その時に自分が人として生きていると言うことを、凄く強く感じることができるのだ。


そう考えるとそうしてしまうのは当たり前の行為だ。

人は自分の存在を感じたい生き物だから。




◼︎ダメよダメよ、、だからこそ、、


芸能人でも人気者で不倫なんてしないほうが良い様な人が不倫したり、

最近起こった若手俳優の件にしてみても、クスリなんかに手を出す人も、

そんな事をして、表沙汰になった時におおごとになってしまう、、


だからこそやってしまうのだ。


これは人間である以上、誰しもが陥る恐があると言う事をしっかり理解しておくべきだ。


人は痛みにより自己の存在を確認する動物であると。。。


そこで、そうならない為にも、


ぼくは、程よくギャンブルをする事をオススメしたい。笑


壮大な自分のギャンブル好きの言い訳に着地したようなってしまったけど。ww


実生活のリアルな人生でヒリつく必要は無いし、大きな痛みを追う事はオススメできない。


何故ならリアルな人生では大きな失敗をしてしまうと、なかなか這い上がるのは簡単ではないのだ。


失敗者に厳しいのが世の中である。


日々の生活はクールに淡々と着実におくり、感情的に一喜一憂したりするのはそれ以外にするのをオススメしたい。


ぼくの場合はギャンブルだけど、趣味で人に迷惑をかけずにそのような一喜一憂できて、感情的にムキになったり、おかしな判断をしてしまうような事があるならそれでも良いだろう。




◼︎きっとウロボロス=人間。なのである。


人間とは矛盾の生き物だ。


自分で自分を食い尽くしてぶっ壊してしまわないようにしよう。


自分の人生をぶち壊そうとする一番の敵は、実は自分だという事もわすれないようにしよう。


人はみんなウロボロスなのだから。


僕もバランス取るためのギャンブルが、自分の人生をぶち壊す事にならない程度に、上手い事やっていきたい。。


自分を諌める為に、ここに記しておこう。